第十七話「splashes and wind」



 当分は消えそうにない、土煙。


 ボロボロの瓦礫と倒れた木々が流れ込むクレーター、その上を飛び交う虫。


「…どういうことだ」


 何かが爆発した、確かに地下から巨大な爆弾が起動し破壊をもたらした。


 一瞬、その光を視認した。


 地面が崩れ、天井と壁が崩れ、目に映る一人を除いて全てが破壊された。


 爆発による傷はない。


 あるとすれば、瓦礫が当たってついた土と砂、その程度だった。


 他は全て、あの男の一撃でついた傷。


「サズファーはどこへ行った…」


 爆発の瞬間、あの男はまだ目の前にいた。


 それが、今いない。


「死んだ…なんてことはないよな、アイツに限って」


 できることなら死んでいてほしいものだが、無傷の自分の身体を見る限り、その結果は望めない。


「あ、バーナー教官」


 背後から聞き覚えのある声がして、咄嗟に振り向く。


「お前、リラか?」


 黒いドレスのようなもの着た、見覚えのある少女、だが、自分の知る少女は違う。


 表情が違う、おおよそ感情というものがほとんどない虚な顔。


 何もかもに絶望し失望し、何かを渇望しているような。


「バーナー教官の知る方じゃないけどね」


「…"俺の知る方"じゃない?」


「安直に言ってしまえば、私は…そうね、あなたの敵」

 

「"裏切り"って感じじゃないな、最初から副総督側の人間だったってことか?」


「…う〜ん、どうだろ…少なくともあなた達の知ってるリラはあなた達側の人間だけど…それでもまぁ、"敵に回った"の認識で間違いないわ」



 リラはその場を立ち去ろうと、足を逆を方向へと向けた。


「追ってきてもいいけど、瓦礫に埋もれてたこれは返しておくわ」


 背後に現れた白い人の形をした"何かが"か両手に抱えていたのはレーリだった。


 その巨体がレーリを俺の方向へ投げた、迷わず受け止めたが、その瞬間にリラはその場から立ち去って姿を消していた。


「…リラ…」


 気絶したレーリを地面にそっと寝かせ、周りを見渡した。


「どういう爆弾だ…これ」


 何もない、見渡す限り。


 どこまで被害を受けたのかも分からない。


「ラクス!」


 煙の中から声が聞こえる、間違いなくアスヤの声だった。


 足音が煙を断ちながらこちらへと向かってくる。


「アスヤ、生きてたか」


「ミーレ・イクツガを殺してすぐだ、ラクス…お前の戦ってた方のミーレ・イクツガの死体もあっちで見つけた」


「やっぱ死んだんだな、アイツ」


「坊主とナレイは?」


「まだ見つけてない、それよりこの爆弾の範囲…衛星から見れないか?」


「いや、携帯も持ってねぇしな…」


 アスヤのポケットに入っていた携帯もボロボロになっていた。


「あの男の計画通りなら、この国の半分は消えた」


 この場にいない三人目の声、正体はすぐにわかる。


「———!」


 アスヤもすぐに気付き、声の方向から遠さがるように一歩下がる。


「サズファー…」


「爆発にはこの国の人間はすぐに気付く、衛星には数分後に反映され止国にも連絡がいくだろう、何せ国半分が完全に"消えた"のだからな」


 原因不明の大爆発、すぐにこの国の災害支援がここに来る。


「…ラクス」


「アスヤ、坊主とナレイを探してきてくれ」


「分かった、嬢ちゃんは?」


「レーリならすぐに起きる、大丈夫だ」







「レーリ…目、開けろ」


 風と暗闇の中、それだけが五感に響いていた。


 誰かの声で、目を覚ました。


「……ん?」


 目を開けると、紫色の雲が広がっていた。


「———え?」

 確か、あの時私はあの大穴に飛び込んだ。


 アスヤさんを助けに行くために———。

「レーリ、起きたばかりで悪いが落ち着いて聞け」


 声の正体、先生がそこにいた。

「…はい」

「リラは———敵に回った」




「…リラが…敵に…?」



 立ち上がって、バーナー先生の背中を見た。


 服がビリビリに裂け、傷とあざがいくつもあった。

 そして、その向こうにいたのは——。

「サズファー…」


 待っている、恐らく——"私たち"と戦うのを。


「…何があったんですか」


 周りを見渡せば、私たちのいたあの空間は原型すらない。


 止国用の爆弾でさえ、ここまで地面を抉るほどの威力のものはない、恐らくは地下に保管されていた爆弾だろう。


「爆発だ、お前とリラ、アスヤ以外の生死は不明だ」


 ロボハン、ナレイ。


「…被害範囲と他の教官の方々は?」


「元から別の場所にいたからな、教官の生死は分からんが…範囲は———"この国の半分"だ」


 大雑把に言ってしまえば、十九万km²が消し飛んだ、ということになる。

「———半分…?」


「…消えやがった」


 半分、島国の半分が消えた?


 そんな爆弾が、私たちの戦っている地面の下にあった?


「バーナー先生———」


 もう考えるな、今から考えるべきことは今からのことだ。


 目の前にいるあの男に、勝つことだ。


「逃げろレーリ、サズファーは俺が足止めする」


「…死ぬ気ですか——」


 間違いなく、あの男と一人で戦うのは無謀だ、それは銅階級の時から知っている。


 あの戦争で、あの事件で。


「——全員死なす気か?足止めしなきゃお前も坊主もナレイもアスヤも死ぬぞ」


「私も、せめて援護くらい…」


「ダメだ、逃げろ」


「——ッ…」


 あの時も、今も、私はあのサズファーに大切な人間を奪われるのか。


 そもそも、奪われてばかりなのか。



「それにな、レーリ、少しはお前の教官信じろ」


「バーナー先生を?」


「…無理だろうな、アイツ相手に…でも、俺はアイツに勝つ気でやるし、殺される気なんて毛頭ない」









「いやアンタ、生きてたのかよ」


「あなたこそ、A-0401」


 瓦礫だらけの丘で目の前に立っていたのはさっき死体になっていたはずの女、童楼咲葉だった。


 血がついた銀髪、しかし傷はない。


「…いや、普通あんだけ頭撃たれてたら死ぬだろ」


 リラの横に死体となって転がっていた時、頭に穴を開けられまくっていた。


「私は頭に残痕呪を宿しているので、不幸中の幸いでした」


「そんな偶然…いや、あるか」


 女は身体についた埃を払い、周りを見渡した。


「門の中のエネルギーを利用したのですね…なら門も壊れているでしょうね…さて、あの真リラ・リン、私もろとも燃料にするつもりだったのでしょうか」


 真リラ、童楼咲葉はあの少女をそう呼び始めた。


 多分だが、この女にネーミングセンスはない。


 状況を整理する、まずは場所だ。


 位置的には何も変わっていないが、爆発で穴が空いて、それがクレーターになったせいか周りに見えるもの一切が変化している。


「ていうかアンタ、怪しいと思ってたけど…やっぱり呪い持ってたんだな」


「ええ勿論、じゃないと数千年も生きませんよ」


 とんでもないことを口にされる。


「数千ね…ん?不老の能力かよ…」


「いえ、それは光に当たっていない時間のみの副作用で、本来は人格付与の能力です」


「人格付与…?」


「あなたもあの悪趣味な兵隊と戦ったでしょう?」


「悪趣味な…?」


 悪趣味な兵隊、と言われてパッと来るもの。


「あの船の上の武装死体集団、お前のかよ…」


「とりあえず、レーリ・クラークを早いところ見つけなければなりませんね」


「レーリを?なんで」


「できれば会わせたくない人物がいます」


「会わせたくない?…サズファーか?」


「そうではない…ですが会わせるとミーレ・イクツガの計画の失敗確率が上がるので」


 それ、ミーレ・イクツガの敵側の奴で言うことか、と疑問に思う。


「ミーレ・イクツガなら死んだだろ、まだ計画を進めるつもりなのかよ」


「……確かにそうですね」


 数千年生きてきたと思えないほどのポンコツだった。


「納得すんのかよ…で、誰だよ、その合わせたくない奴」


「———あなたは知っていますよ」








「———ッ!!」


 何もない、一歩も動いていないのにレーリがその場で倒れた。


「レーリ!」


 思えば簡単なことだった。


 レーリが治癒しているのは上半身だけで、足にはダメージが残り続けていた。


 その状態で戦ったのだから、逆に倒れていない方が不思議だった。


 立っていただけでも、体力を消費し続けていた。


「——なん、で」


 完全にレーリの意識は消え、サズファーを前にして、最悪の事態になった。


「待ち時間は終わりだ、バーナー」


 サズファーが構えをとった。


 ——どうする、レーリを担いで逃げるのは無理だ。


 逃げたとしても、別のやつが殺される可能性が高すぎる。


 


 サズファーがこちらに攻撃を仕掛けようとした、瞬間だった。


 光すら発さない、目に映らない肉体が閃光ほどの速さを発揮し、繰り出された拳を———"青年"が蹴り返した。


「———とっ」


 サズファーの目にも、一瞬、動揺が垣間見えた。


「——!!」


 繰り出されるもう一蹴り、サズファーは後退を余儀なくされる。


 煙のもやから姿を現した青年が、こちらを向く。


「先生、僕がレーリを」


 青髪の顔で、懐かしい記憶が———そこに立っていた。


 見覚えがないはずがない。


「———和束わづか…か?」


 和束優、俺の認識では間違いなく死んだはずの人物だった。


「…はい、正真正銘」


 背丈が伸び、凛々しい顔になってもなお、あの時の面影は残っていた。


 状況が状況のこの中で、不謹慎だが微笑みで少し口が緩んだ。


「久しぶりに良いものを見た、行け」


「…先生、また会いましょう」


 たくましく成長した青年はその場を去った。


 足までとてつもなく速くなっていた。


「さて…そりゃ何十年後の話かな」









「…まさか、ね」


 どこまで飛ばされたのだろう、景色に見覚えはないが近くにロボハンが見当たらない、ということは飛ばされたのは私だ。


 砂埃を払い、その場まで立ち上がって周りを見た。


 煙まみれで遠くまでは見えない、誰か来るまでここに残るか、ロボハンを探しに行くか——。


「ダメね…敵と遭遇するリスクが高すぎる…」


「もういるじゃない、ナレイ」


「———!?」


 背後?右?左?


 見渡そうと聞こえてきたもう一人はいない。


 煙の中、まさか———。


「こっち」


 違う、前だ、正面———。


 あまりにも自然に溶け込まれていて、視界に映っても気が付かなかった。


「…誰…?」


 目の前にいるその女は、深くため息をした。


「…普通お姉ちゃんの顔、忘れる?…まぁ死んでるなら無理もないか」


 ———圧倒的な威圧感、足がすくむほどの。


「姉…って、まさか」


「そう、あなたの親愛なるサナお姉ちゃん」


 聞いてはいた、だけど———。


「もしかして、私の前の付き人って——」


「いや、それは勘違い、私は副総督の付き人だから」


「…変わらないでしょ…で、感動の再会の果たした生き別れの姉が何のよう…?」


 その問いを投げた瞬間、その人の目付きが一気に変わった。

 

「——黙って、私に殺されなさい」


「…ッ、それで、聞くと思う?」


「聞くわ、あなたが生きていたいなら——」


 目を閉じる瞬間見えたのは、手刀——?違う、ナイフか——。


 問いに回答が出された時、血飛沫を上げて、意識は完全に赤黒く染まった。








 レーリを担いで、走る。


 近くにロボハンがいるはずだ、合流しないと——。


 瓦礫の山を駆け抜け、縦横無尽に移動し続ける。


 煙で視界が悪いが、それでも人の気配はある、だがそれはくじ引きだ、敵である可能性もあるし、迂闊に近付けない。


「——!」


 すると、煙の向こうから瓦礫の一欠片が顔面めがけて飛んできた。


 スレスレで回避した。


「忘れてた、あなたのこと」


 煙の中から現れたのは、黒いドレスに身を纏った金髪の少女だった。


 あの瓦礫を投げたのがもし、この少女だとすれば、明らかに体格に見合わない。


「…誰かな、君」


「あなたが今担いでるその女の、元付き人」


「嘘だね、レーリが突然瓦礫を投げつけるような人を選ぶはずがない」


「中身が違うの、中身が」


 中身、つまり人格、もしくは性格がレーリの知っているこの少女と違うのか。


 二重人格という点は考えにくいし、一番近いのは呪いによる副作用か人格形成されていてその前の人格か、童楼咲葉による付与か。


 今の瓦礫投げ、呪いの力で行っと考えればあの小さな体格でも違和感はない。


「ようするに闇堕ちってこと?幼く見えたけどそこそこ厨二病なんだね、君」


「ホントに…なんでミーレも童楼咲葉もこんなバカを生かしておくのかなぁ…」


「考えれば簡単な話だよ、君と同じ生まれつきの呪いを持ってる、あの爆弾ニュートラルの燃料にとっては最高の品だから」


「…こんな奴と同じ境遇だなんて最悪にも程があるわ」


 ということは、やはりこの少女は呪いを持っている。


 あの爆弾の燃料は呪い、ミーレ・イクツガの目的はnewにより残痕呪を量産し、それら全てを爆弾のエネルギーにして"破壊の伴わない人間だけを消しとばす爆弾"を作ろうとしている。


 その爆弾の一作目として今こうして"破壊だけを伴う爆弾"が作られた。


 おそらくは呪いの力、対象を絞ることで威力を増大させたと考えるのが妥当。


 そのため本来あの爆弾の中に入っている材料は通常の爆弾とは違い危険な物質は殆ど入っていない。


 後は、止国の人間の死体を蘇生し童楼咲葉による人格付与で均一な人間を作ってしまえば完全に争いのない世界の完成というわけだ。


 ——本当に、馬鹿馬鹿しい。


 人間讃歌とか、そういう考えは一切ないんだろうな。


「いや、僕は燃料になる気は微塵みじんもないけどね」


 きっとこの少女は、自分からその爆弾の燃料になることを選んだ。


 ただそれはミーレ・イクツガの計画を遂行するためじゃないというのが見て取れる。


 この世界を憎んでいる目、全て粉々にしてやろうという目をしている。


「…なってもらうわよ、意地でもね」


 大量の瓦礫が少女の周りを浮き上がり、僕への玉砕を待機している。


「レーリの大切な人なら、傷つけたくないんだけどな」


「いいえ、そいつが大切にしてたのは私ではなく彼女リラよ、あなたが気にすることじゃない」


「そう、じゃあ遠慮なく」


 下手な銃弾なんかより速く飛んでくる瓦礫、一つの大きさは最低でもスイカぐらいはある。


 中に鉄が混ざっているものもあるだろう。


「——」


 それら全ての瓦礫を、身体も僕自身も避けることはしなかった。


 ましては壊すわけでも、蹴り返すわけでもない。


 受け止めた、レーリを狙った瓦礫も全て自身の身体で受け止めた。


「…嘘、なんで避けないのよ」


 ある程度は血が出た、頭に当たったものがいくつもある、だが痛くはない、痛いはずがない。


「避ける必要もないよ、その程度の瓦礫」


 不意打ちの一撃、煙の中から瓦礫が飛んできた時にある程度の威力は把握していた。


 避ける価値ナシ、それが脳が弾き出した結論だった。


「…それにさ」


 少女の背後には、既に彼がいる。


 少女もそのことにようやく気付き振り返る。


「———おい、てめえ」


 しかし遅い、彼は既に少女が逃げきれない近さまで、接近していた。


 呪いでしか戦えないものに、あの距離まで近付かれたら対処する術はない。


 それが、止国の人間なら尚更だ。


「誰に手…出してやがる」


 静かに低い声、青黒い眼光に、殺意という言葉しかない表情、少女はその場で完全に停止した。


 それでいて、少女の身体を最小限傷付けないよう、彼は片手首を掴み持ち上げた。


「——チッ!」


 少女は舌打ちをした、自分の不甲斐なさか、その彼にか。


「探したよ、ロボハン」


「そりゃこっちのセリフだ、馬鹿」


 ロボハン、それは僕にとって最も信用できる馬鹿ゆうじんであり、兄弟のような存在でもある。


 二人揃えばできないことはない、そう思い込んで共に進んできた仲であり、その絆は色褪せることは決してなかった。


 だから今もこうして向かい合っている。


「コイツ、どうする?」


「殺すのはナシ、レーリのためにも」


「へぇお前、まだレーリが好」


「——その話は今なしでお願い」





「…殺してやる」


 そのたわいもない会話の中、少女が小さく呟いた。


 その刹那、ロボハンの真上数メートルに白い巨大の人間のような何かが現れた。


「——なるほど、そういう呪いか——」


「だな」


 僕もロボハンも、その瞬間を見て確信した。


 僕は逆にその方向きょたいへ走り、ロボハンは少女から手を離し距離を取る。


 ロボハンの真上に現れたのだから、狙っているのロボハンで、狙われていないのが僕——。


 

 巨体はこちらの思惑にものの数コンマで気付いたのか、もしくはその状況既に予想していたのか拳をこちらに放つ。


 が、距離を取ったと思わせたロボハンが逆走し、距離を詰めその巨体を蹴飛ばした。


 地面に着地した巨体は、その体重によるものか、足元の瓦礫を粉砕した。


 蹴りが当たる、確かな質量、体重があるということは物理攻撃が効くと考えて問題ないだろう。


 しかし見た目が人間とかけ離れた悪魔のような姿をしている、だとすればただデカくて身体能力が高いだけと考えるのはグッドではない。


 既に次の行動は分かっている、こういう時、相手が異次元な不明確な時、僕たち二人はどうするのか——。

 

 今の状況は戦況で、完全に理解している。


 互いに息を合わせ、出た行動——。


「とっ!」


「——っ!」


 "逃亡"


 相手は呪いをある程度見せてきたし、本体にはなんの戦力がないことが分かった。


 全力で走れば、あの少女じゃ確実に着いてこれない、あの呪いも少女から離れすぎるのもできないはずだ。


 時間が迫っている、レーリを連れて遠くに行かなきゃならないし、この国の自衛隊や別の止国の人間がここに来るのももってあと十分か、そこらってところだ。


「他の教官は船で待機してるってバーナーが言ってた、さっさと行くぞ」


 ロボハンが少し前を走る、ここからの案内をするつもりなのだろう。


「ここから何キロ?」


「爆弾の影響受けてなきゃいいんだけどな、ここから海まで七十キロくらいだと思う」


「十分以内に着けばいいんでしょ、念には念で見積もりたいしスピード上げて——いこ!」


 足に力を入れる、ひさびさに走るが未だ衰えずといった感じだった。


 ここから南方向に一直線に走り続ければ、瓦礫だらけでも海が見えてくるはずだ。


「——ところで、南ってこっちで合ってるか?」








 止国内部に敵が入ることはまずない。


 島国であるという時点で侵入は難しいのだが、島一周全ての海岸に二十四時間体制で一部隊が待機している。


 不法に入ろうものなら射殺、爆殺、刺殺、とりあえず死ぬのだ。

 

 ——が、止国内部に最初から敵がいたなら?


 入ってきたのが止国の人間だったなら?


 そんなのどう足掻いても、対処できない。


 人間だって細胞のコピーミスを作り出してしまうのだ、止国内部で敵を作り出してしまうことだってある。


 そんなことは決してないと思い込んでいた、私が馬鹿だった。




 ラウ・クラーク、リラ・リン、その二人の話を聞いている時だった。


「教官、イクリス様、お話の途中にすみません」


 部屋に一人、男が入ってきた。


 レビ・セントラル、私の付き人、白階級で戦場に出向くことはなく便利なので、こうして身近に置かせている。


「どうかしましたか、レビ、話しなさい」


 


「はい、まず一つはテイーストルクにて謎の爆発を確認、衛星を確認したところ陸の半分が瓦礫と砂の地に…」


「…テイーストルク…って、今レーリ・クラーク達がいる場所では…!すぐに私たちも!」


 机を挟み、反対側に座る先生は、驚きの表情を見せつつも、冷静に私の話を邪魔しまいと黙っていた。


「いえ、そのことでA-0401様より船の回線で連絡が…『俺たちでどうにかするから近付くな』と」


 A-0401、彼の言葉なら信用できる。


 船からの回線ということは、他の教官達とも合流できたのだろう。

 

「——わかりました、彼の言葉信じます」


「それと、私たちで対処しなければならない事項は"これ"です」


 レビが手渡ししてきた紙、そこには一枚の写真が印刷されていた。


「つい数分前に中央街監視カメラで確認された"旧止国式装備"を纏った兵士です」


 中央街、それは文字通り止国の中央を位置する街。


 旧止国式装備という単語を聞いて真っ先に思いついた答えが次なる行動の答えを導き出した。


「——すぐに、見つけ出して対処ころしてください」


「いいのですか…?」


「はい、これが誰の差し金か分かっています、なるべく早く」


 そう、レーリ・クラーク、アスヤ・リリィスが出張所にて、A-0401が船の上で戦闘した"副総督の刺客"に他ならない。


 彼らは皆、"旧止国式"を身に纏っていたのだから。


「私も行くわ」


 そう言って、黙り続けていた先生がゆっくりと立ち上がった。


「先生が対処してくれるなら助かります」


「いいのいいの、そういう仕事だから」






 中央街の前線班たちを除いて人々の避難が完了した。


 残った前線班の人たちはある程度複数人でチームを組み他の箇所でこの事態に対処している。


 そして私たちの目の前に並ぶ大量の黒。


 他は兵士たちが連携を組み対処している中、リーク教官は私を除いて"一人"。


「思ったより数が多いですね…」


 視認した限り、旧止国式の装備を纏った敵が三十人、あくまで目に映る限りの数だ。


 多分それ以上にいる。


「あの…本当に大丈夫なのですか、シシル・リーク教官」


 イクリス様の元教官、ということもあるから強いということは知っている。


 しかし相手は二百キロ以上の装備を纏った数十人の兵士、老齢に達した女性一人でどうにかできるものなのかという不安があった。


「下がってて、レビさん」


「あ…はい」


 そう言われ、一歩下がった瞬間だっただろうか。


 リーク教官は視界から、消えた。


 とてつもない風圧を起こし、並び立つ兵士たちに突っ込んでいった。


 そこからは、蹂躙、というべきか。


 二百キロプラス体重を一人一人が、吹っ飛ばされ、街の建物にばったばったと叩きつけられていく。


「——!?」


 強い、とてもなく、一度戦闘を見たことがあるA-0401、サズファーといった金階級の彼らほどの力はリーク教官にはない。


 しかし、相手の力を受け流し、旧とはいえ止国式の装備を真正面に破壊する。


 戦闘が始まって十五秒だったか、二十秒だったか。


 全ての敵兵士が、無力化された。


 リーク教官はゆっくりと私の方へと歩いてきてこう言った。


「さ、次に行きましょうか」


「は…はぁ」



 現役教官の戦闘、幾つも見たことはある。


 しかし、老齢に達しながらもその動きを行えるということが恐怖で仕方なかった。


「私…本当にリーク教官と同じ民族の血が流れているのか不安なってきました…」








「———くっ!」


 速い、恐ろしく速い、そして何よりも力強く、一撃一撃が神殺しと言われるほど恐怖の威力を発揮する。


 風圧か、それとも当たったのが見えなかっただけなのか、地面の瓦礫が次々の粉々になっていく。


 これが、サズファーという男、攻撃を避けるだけでもこの世のどんなことよりも無謀で難しいだろう。


 まず、目が頼りにならない。


 光の速さを超越している、比喩ではない。


 目に映る頃には攻撃を喰らっている、というレベルではない。


 正確には目に映る頃には、その次の攻撃を喰らっている。


 激しい破壊の音、それに比べてその動作を行う男が恐ろしく静かで、その戦闘の姿をもし味方という視点で見ることができたのなら、この上ない安心感、そして嫉妬、尊敬ができたであろう。



 しかし、それがもし自分に向けられるとすれば残るのは"恐怖"。


 和束はこの化け物相手に、戦い抜いた。


 それは、どんな恐怖にも負けないという心を持っている証だと言い張っても、誰も文句を言わないだろう。


「———ア」


 一撃、また一撃と、その男の打撃を九分近く受け続けた腕は、変色していた。


 もはや、ガードになっていない。


 そして、そこから来る思考の遅れを突かれる。


 腹に一撃、喰らった。


 足が地面から浮き、四十メートルか、四十五メートルか、吹っ飛ばされ瓦礫の山に背中から激突させられる。


「——っぐぁ」


「終わりだな、バーナー」


 頭から血が流れる、恐らく背中からも大量に出血しているだろう。


 しかし、もうそんなことを気にするレベルではない。


 その一撃を喰らわせた後、サズファーはその場で立ち止まった。


 立て直す一瞬の時間を与えるという優しさではない。


 ——憐れみだ。


 ゆっくりと身体をふらつかせながら立ち上がる。


 ——あと二分ぐらいか。


 それが俺の残りの動ける時間。


 それを全て、一秒、いやそれよりも速い一瞬に費やせば、一撃を与えられるかといえば———賭けだ。






「…………」






 ゆっくりと瓦礫の上で構える。



「……」





 サズファーも、そのことには気付いていただろう、目を常に光らせていた。




「………」



 最後の一撃だ。


 勝とうが負けようが、死ぬ。



 死んでもいい、俺には"アイツら"がいる。


 そいつらの役に立てればいい。


「…ッ!!!!」


 全身に、今まで感じたことのない熱を感じ、風を感じ、圧を感じるほど、全力で力を入れる。


 踏み出した瞬間、全身から血が噴き出しただろう——、視界は薄赤いフィルターが掛かっている。



「———おぉぉぉぉぉぉッ!!!」


 踏んだ地面は柔らかいはずが、その踏みつけた威力からか岩盤ほどの硬さを帯びる。


 その硬さが身体を前へ前へ押し出す。


 男へ一直線、雷でも、炎でも、纏うように。


 空気との摩擦で、全身はより熱くなる。


 ———拳が崩れそうだ。


 ———目が燃えそうだ。


 ———腕がもげそうだ。


 そんな思考が出ては消えてを繰り返す。





 拳を繰り出す、人生で持ったどんな物よりも重い拳だった。


 支えの地面が抉れても、その男の心臓を目がけて。








「——ッ」




 





 だがその拳は、その男の左手によって止められた。


 しかし、止まり、それでもその拳は止まらず。


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