第十四話「stars blooming on the ground」



 総督と副総督には、互いに一人ずつ付き人がいた。




"投薬は新生児三十人に対象に行われました、そのうち十八人は十歳以下、五人は十一歳から二十歳で死亡、二十一歳から三十歳で死亡が二人、残りは存命しています"


 五人、newとして適合して生存した人間がいた。


 一人はサズファー、彼は一度死亡していたがスミレトスは何かしらの手を打っていたのか存命していた。


 本題は二人目と三人目、総督と副総督の"元"付き人、替えの二人"ナレイ""スミレトス"両名の蘇生により一時的な交代をさせた。


 彼らには一つの絶対だけを最後に自由行動を命じた。


 "ミーレ・イクツガの危機的状況にて、一人は敵の殲滅、もう片方はリラ・リンを奪取し逃げに徹すること"


「全員、殺してしまおう」


 その言葉に反応し、二人はその場に現れた。


「——ッ、アスヤ!レーリを連れて逃げろッ!!」


 この状況、バーナー・ラステンクスは殲滅しようとするnewと対峙、そしてレーリ・クラーク、アスヤ・リリィス両名はリラ・リンを狙う片方と対峙せざるおえなくなる。


 現れた一つの巨体は、高速で意識をレーリ・クラークにそらしたバーナー・ラステンクスを蹴り飛ばした。



「———ッ!!!」


 "サンスクリット・リーク"


 newとして"サズファー"の次に適合した肉体を持つ総督の付き人だった男。


「化け物だな、こりゃ」


 流石は最優の教官、受け身もガードもあの状況で間に合わせたか。


 どちらにしろ、彼らにとって絶望的な状況なのは変わりない。


「さらはだ、バーナー・ラステンクス」


 









 副総督の姿は一瞬にして闇消えた、逃げられた。


 そしてこの男はどこから———、なるほど。


 俺が破壊したあのでっかい壁の穴から入って天井走ってここまで来やがったのか。


 なおさらまずい、アスヤとレーリは逃げられたのか——。


 気を配ることすら命取りになる、コイツのさっきの蹴りからよく分かった。


 もう一人いるとしたら、あのレーリとアスヤはそのもう一人と対峙せざるおえない。




 ———後ろから聞こえてきた巨大な破壊音、最悪の状況の音。


「もう一人、いやがったか」


 なら俺はこの男を殺して、レーリたちに加勢しなければならない。


 そう、一筋縄でいく相手じゃないのは理解している。


 一ミリでも動けばこの男も動く、だからと言ってこのままの状況を維持しても時間切れになる。


「——!」


 最高速度で動き続ける、new相手にはその覚悟が必要だ。


 


 踏み込み一歩、その刹那、コンクリートの破壊の音が響き渡る。


 男も踏み込んだ、コンマ一遅れてじゃない。


 「"まったくの同時"、お前——、俺の動くタイミングまで読んできやがったか」


 出遅れているわけじゃないなら問題ない、一撃の拳を放つ。


 弾かれた、放った瞬間。


 つまり初速の拳に、最速の拳を打ち込まれた。


 踏み込んだのは同時だった、その上に光より速い一撃を打ち込まれた。


 しかも、コイツはわざと拳を狙ってきた。




「——なんで今急所を狙わなかった?」


「急所に当てれば死ぬ、戦闘不能にするのが私の目的だ」


「できることなら降参してくれってことか?」


「欲を言えばな、君のような優秀な人間が死ぬのは好きではない」


「…嘘だな」


「どうしてそう思うの、バーナー・ラステンクス」


「さっきの蹴りは急所狙ったからな、お前」


「…君に嘘はつけんな、正直に言えば"彼"を相手にしたくはない」


「彼…?」


 男は袖を捲り、鬼のように太い腕を剥き出しにし、構えをとる。


「サズファー、まさかあの男がここにいるとはな」


「…サズファーだと?」


「スミレトスの仕業か…余計な男を蘇生したな」


 サズファー、その最悪の名前の男が生きている。


 どうしてこうも、いきなり難易度が上がるのか、骨が折れるどころで済めばマシだ。


「アンタ…名は?」


「———確かに、まだ名乗っていなかったな」


「サンスクリット・リーク、元和束総督の付き人、そして」


「—自らの総督を手にかけた痴れ者だ」



「…総督を殺した…?」


 どういうことだ、付き人が総督を殺した———?


 レーリ達は総督に会いに行っていたんじゃないのか——。


 それとも、レーリ達もそのことは知っていたのか。


「それ、いつの話だ」


「もう十年も前の話だ、"薔薇の髪飾り"をつけた女だったことしか今は覚えておらぬがな」


 元より、総督と副総督の存在を隠していた。


 今頃、罪に問われる話でもないだろう。


 だが、


「——何故、殺した」




「止国の目的にはそぐわぬ人物だった、ただそれだけだ」









 ラクスの一言、"逃げろ"。


 その瞬間、レーリ・クラークを担いで地面を殴りコンクリートの壁を形成しその場から後ろに三十メートル後退し部屋を出た。


「——ラクスが危機感を感じて…何が起きてる…」


「…分断させる狙いだったのなら…」


 ラクスが危機感を覚える瞬間、今までに一度だってそんなことはなかった。


 今の副総督にラクスが負けるはずがない。


 だからと言って他の人間の気配はなかった。



 あの状況で気配を消せる人間が、まさか。




「———!」


 

 何かを感じとったその瞬間、でかすぎる破壊音をたてコンクリートの壁が思いっきり割れた。


 不自然すぎる割れ方だった、まるで爆弾でもつけられていたかのような。


 

「…誰だ…お前」


 一人の女が立っていた。


「初めましてアスヤさん…それとレーリちゃん」


 その姿はある人間に酷似していた。


 まるでナレイ・イルマージの瓜二つの双子のような——。


「——まずいな、立てるか嬢ちゃん」


「…倒せるかはわかりませんけど…あと呪いは流石に使えません」


「十分だ」


 クソ、それよりラクスの方は大丈夫なのか——。


 副総督と対マンしてくれてるなら好都合だ、だがあの男は今レーリ・クラークによって再生困難な傷をつけられているはずだ。


 別の誰かがいる?


 考えにくい、ラクスと真正面に戦って勝てる人間がいる——?


「…さてはお前らnewか」


「ええ、あのサズファーと同期ではありませんけどね…」


 こんな人間、止国にいたなら確実に目立つし、金階級まで上がってくるはずだ。


 それから考えられることは一つ、間違いなくミーレ・イクツガの付き人だった人物。


「…さっきから次から次へと化け物ばっかり…」


 レーリ・クラークも、その女の危険さに気付いていた。


 そしてこの女、余裕でミーレ・イクツガ本人より強い。


 脳が危険信号を出し続けている。


「退くなら退いてもいいんですよ、私の狙いはリラちゃんですから」


 レーリ・クラークが体をふらつかせながら、その場で立ち上がった。


「退けるなら退いたわよ、狙いがリラでさえなければ」


 女は笑っている、いや、コイツは終始笑っている。


 ナレイ・イルマージとは似ている、だが表情は正反対だった。


「私に勝てない、そう思うのは賢いけど退かないのは賢くない判断ね」


「…ほんとにね…あなた、何者?」


「気付かない?あなたのよく知る人と似てるって」


「——ナレイの」


「ええ、そう!妹がお世話になってる!」


 よくはしゃぐ奴だ、俺たちは今にも頭の中で策を練りまくってるってのに。


 もう退けない、レーリ・クラークは退く気はないし、俺もラクスと早く合流しなければならない。


「———自己紹介も済んだし、本当に退かないなら殺すけど」


 一瞬、刺されるような寒気がした。


「——ッ!!」


 ——レーリ・クラークが吹っ飛ばされた。


 背中を打ちつけ、その壁は背中の形に十五センチほど抉れた。


 咄嗟すぎて何が起きたか理解できなかった。


「な…んだ?」


 女はその場から動いていない、攻撃したのも見えなかった。


 銃じゃない、銃は撃ち抜くものだ、あんなに吹っ飛ばされるわけがない。


「…それとも呪いってやつか…?」


「あら、知ってるんですね…そっか、さっきレーリちゃんが使ってましたか……あのミライとかいう少年が相手ではなくて助かりましたよ、ほんと、攻撃先読みしてくるとかズルだし」


「呪いってのは多種多様なのか…厄介すぎるな…」


 副総督も、嬢ちゃんも、この女もそれを持っている、newが関係している…というよりは、それが本来の目的なのかもしれない。


「流石に金階級にもなるとオカルトなことが起きても飲み込みが早いんですね…」



「———レーリちゃん大丈夫〜?この程度で死んじゃうのはナシがいいかなぁ」










 まずいことになったかもしれない、アイツの呪い、単純すぎて逆に厄介かもしれない。


 未来を読むとか、私のやつとは違いすぎる。


 恐らく、ミーレ・イクツガと同じ型の呪い。


 吹っ飛ばす?それとも何かしらの力で引っ張った…?いずれにしろ呪いであることに間違いはない。


「生きてるわよ…」


 ナレイの姉って言っていたけど、結局それ素性明かしてないも同然だろう。


「よかった〜、レーリちゃん…これで目は覚めた?」


「ええ、ばっちり」


 足の痛みも、さっきのガスの痛みも、気にならなくなってきた、多分体が適用し始めてる。


 顔を二回ビンタする。


 失点を取り返さなければ。


「嬢ちゃん」


「アスヤさん、一刻も早く倒してバーナー先生と合流します」


「ああ、俺もそのつもりだ」


 今私が喰らったそれ、呪いであることに間違いはない。


 なら発動するためにトリガーとなる動作があるはずだ。


 ミライなら血を流す、私なら体に矢印の字を発現させるように。


「やぁっと殺しあえるんだ、手加減はしてあげないよ」

 

 さっき、あの女は何も動いていなかったんじゃない。


 何も動いていないように見せた、そうに違いない。



 今は様子見、それを探れ、できるだけ真正面には立つな。


「レーリちゃん、やっぱコレ警戒してるんだ」


「———!」


 私の横スレスレ、壁が何かに砕かれた。


「沢山撃ってあげるから、好きなだけ探りなよ」


 走れ、体がそう叫んだ。


 全速力で足を動かす、私の蹴った箇所が次々と破壊されていく。


 アスヤさんの方もそうだ、走って蹴った地面が破壊されていく。


 二箇所同時に破壊できるのか、それとも一回ごとの破壊に数えられるほどの間隔はないのか。


 いずれにせよ、厄介すぎる。


 他に何か確認することは——。


 破壊の跡。



 それだ、破壊された壁と地面の形——。



 壊れはしている、だが完全ではない。


 まるで、粉々になる寸前に時でも止められたかのような抉れ方をしている。


「——くっ!」


 そろそろ全速力で走りながら呪いについて探るのも限界だ。


 次、本体だ。


 一気に近付いて、本体に攻撃すれば——。


「え?」


 拳を、当てられていた。


 何が起こったか、分からなかった。


 それに、痛みがない、当てられた衝撃もない。


「まだ気付かないんだ」


 混乱、困惑、その思考のコンマ一秒で蹴り飛ばされた、今度のは痛みもあるし、ちゃんと衝撃もあった。


 幸いガードは間に合った。


 だがおかしい、認識できないスピードで動いていたのなら拳が衝撃を発生させないわけがない。


「ここから走ってリラちゃんのとこまで二十秒くらいか〜…できればあと四分三十秒くらいで終わらしたいんだけど」


 私が攻撃された瞬間、敵の背後に回り込んだアスヤさんの姿がない。


 どこかへ飛ばされた?なら音が聞こえるはず、まずこの部屋のどこにもいない。


 ドアも壁も壊れていない、壊れている箇所があるとすれば、


 ———地面。



 大穴が空いていた、そこが見えないほどの大穴。


「ん?あの男なら今落としたわよ」


「落とし…た?」


 今の一瞬で?


 バーナー先生とさっさと合流しなきゃ行けないのに、ロボハンたちの様子も確認しないと、

ナレイも、リラも守らなくちゃならないのに———。


 どんどんと、状況は最悪になっていく。


 打開策、打開策、ない、何も、私一人じゃこいつは殺せない。


 呪いの本性も掴めてない、勝率があるとすればそのあとなのに。


 なのに、なのに、なのに。


「勝つじゃダメだ、殺さなきゃ」

 


 自分でも理解できない発言した、まるで私じゃない誰かが言ったような、その瞬間のことだった、本気で足が動いた。


 痛みでまともに動かすことができなかった足が。


 そこからは自分でも認識できないほどの速さで。


「———えっ」


 私の回復に動揺で一瞬の隙が出来たのか、その女を蹴り飛ばした。


 ガードもさせない、構えもとらせない、体制を整えさせるなんてもってのほか。


「はやく、殺さなきゃ」


 ナイフを取り出して、その首を狙う。









 何故だ、あの少年ミライの呪いが消えない、血液そのものは完全に消滅しているが。     


 呪いというものは本体が死ねば、数時間足らずで消滅する。


 偽物と本物の切り替えに時間を取られた、一撃喰らったのが仇になったか。


 血を流し込まれた時点で、あの少年を殺すということは確定していた、でもなければ死ぬのは私だったのだから。


「…何故だ、何故消えない」


 先にこの場から立ち去り、解毒に専念すべきか、それとも死体を確認すべきか。


「いや、あの死体の場所にはレーリ・クラークがいる、既にサズファーが回収したか」


 あの時、確実に私は少年を殺した。


 出血量から見るに助けることも不可能。


 ならば、今はここを離れ回復に徹し、あの二人がリラ・リンを回収し合流するのを待つしかない。



「わかっているのか、お前がここを離れれば収容違反だ」



 背後に一人の男が立っていた。



 

「———驚いた、貴様サズファーか、あの少年の仇でも取りに来たのかね」


 振り向いた先に、最悪が立っていた。


「ミライも俺も、お前らと違って人の生死に一喜一憂などできん」


「…なら、どうするのかね」


「お前も、ここにいる奴らも全てだ、殺す」


「その前に一つ聞かせたまえ、君、あの少年の呪いを自分に移したな」


 血の譲渡、呪いは本体が死んでも生きようとする、他人の体に移植するのは容易い。


 それがあの少年のように血なら尚更だ。


 呪いがいつまで経っても私の体から消えない、なら他人に移って生きているとしか考えられない。


「…バカを言うな、俺に未来視など必要ない」


「——なに?じゃあこの呪いは一体——」


 

 背中に何かが貫通した。


 刃先の長い、それでいて複雑な形をした何か。


 それは止国式のナイフと酷似する。


 口から血が溢れる。


「———まさかな」


「ああ、そのまさかだよ」


 呪いが他人に寄生し生き延びていたのではなく、本人ミライが生きていた。


 刺さったナイフを力強く抜かれ、痛みが全身に駆け巡る。


 それが止国式のナイフなら即死するレベルの痛みになる。


「——ぐッ」


 地面に這いつくばった私を、少年は踏みつけた。


「背中、レーリの呪いを喰らってくれたおかげで、刺しやすかったよ」


 もはや声も出ない。


 ただ暖かい血が流れ続けるだけ。


「じゃあね、ミーレ・イクツガ」


 それが、最後に聞いた言葉。








 屋上は風が強い、無いはずの片腕が痛む。


 尻餅をつき、最後の景色を眺める。


「…はぁ、片腕ないのに無茶させないでよね」


「俺がその男を殺すのが見たかったのか」


 本当の最期だった。


 newに使われてる薬を打ち込まれて、一時的な蘇生を果たせた。


 それでも、血の再生は間に合わない、限界だ。


「まぁ、これで一人殺せたし、役には立ったでしょ…ロボハンに怒られる心配もないや」


「"あの小僧"か」


「うん、殺すも生かすも好きにしなよ、所詮人間だしね…できれば殺してる方が見たかったけど」


「ミライ」


 名前を呼ばれ、サズファーの方に顔を向けた。


「ここまで、よくやった」


「うん、本当にあとは任せた…!」


 手でグッドサインを作り、人生で最初で最後の微笑みを見せた。


 目を閉じる寸前、目の前にもう一人、青年が立っていたような気がした。


 どこかで見たことある、いつかの呪いで見た光景。


 








「私も死にたかった…それが、私の前世から来ている呪いです、その前世の私はバーナー先生を知っていた…」


 そして、その前世の呪いが私だ。


「リラ・リン、あなたは記憶を取り戻したのですか」


「厳密には、"辻褄が合った"でしょうか…」


 咲葉さんから聞いたこと、今まで聞いてきたこと、それら全てを狂わせていたのが私だった。


「……リラ…あなたはこれから、多くの記憶を思い出すかもしれません、特に蘇生前は…あなたは自己蘇生なので記憶は残っている可能性があります」


「…そうですか…、———ッ!?」


 大きく揺れた、地震にしては短すぎるし、戦闘の揺れだとすぐに分かった。


「この揺れは…恐らくnewの人間ですね」


「new…の?」


「ええ、ミーレ・イクツガが次世代の人間だと呼んでいた五名の兵士です…私も詳細は知りませんが、薬漬けで身体強化された化け物とでも思っておけばいいです」




「———チッ」


 男の全速力は、今まで戦ってきたどの人間より数百倍は速い。


 攻撃を予測し、攻撃を誘い出し、ただ隙を待ち続けるという状態が続いた。


「バーナー・ラステンクス…話は聞いていたがここまで優秀とは、やはり殺すのは惜しいな」


 サンスクリット、この男は無傷なことに対して、俺はさっきの不意打ちでほんの少しダメージを受けている。


 本来なら問題はない、だがこの男相手ならどれだけの支障になるのか分ったものじゃない。


 だからといってこの状態を続けるのはまずい。


「———」


 なら、地面を蹴って一気にこちらから近付く、正面で殴り合った方が勝算はある。


 


 男の正面に一気に詰めた、拳でも蹴りでもいくらでも喰らわせられる距離。


 本気で放った一蹴り、男の横腹に入った。


 確かにその男は速い、だが"俺と同等かそれ以外"、その程度だ。


 ガードが遅れ地面を抉りながら後退する。


 ダメージは入った、勝てない勝負じゃない。


「今のはよかった…さきの発言は謝罪しよう、バーナー・ラステンクス…お前は全力を持って殺す相手だ」


 一気に男の雰囲気は、"相手"から"敵"に変わる。


「ああ来いよデカブツ、本気で相手してやる」


 今までにない、緊張感と緊迫感。



 踏み出し、それがこの殺し合いの合図。


「———ッ!!!!」


 互いに全力の速度でぶつかり合う。


 一秒間に飛んでくる四十近くの打撃を、いなし続け、その合間に挟むこちらの打撃を意図も容易く同じ衝撃を繰り出すことで男は防いでいる。


 その衝撃波は俺たちを支える地面にヒビとなって現れる、拳を交えながら体重を支える方向と変え続け移動する足裏から伝わる打撃が地面を破壊し続けていく。


 一撃一撃に集中し、次の攻撃を思い通りに誘い出すためにいなす方向が常に選択肢となって出題される。


 その一問を解答をする時間は、脳から体に命令するまでのそのスパンでは間に合わない、故に全てを予測して動く、目に頼らない、耳に頼らない、腕と足のその二つに頼って目は隙だけを探る。

 

 思考と肉体の速さに閃光が駆け巡る、人間同士の殴り合いが幾つものを爆弾を起爆していくように周囲を巻き込んでいく。


 ——まともに踏める地面など、もうない。


 だが俺たちは既にそういう空間に入り込み、適応してしまっている。



 意識するのは呼吸だけでいい、無酸素と有酸素を切り替えて体を動かせばいい。


「ふん———っ!!!」


 吠えるように蹴る。


「ら———ッ!!!」


 唸るように蹴る。


「———ッ!!!」


 その蹴りが、男の肋骨を破壊した。


 空間も地面も全てが揺れた、視界に映る全てにヒビが入った。


 蹴られてもなお、その場で立っていた。


「…骨を潰されるとはな…強いなバーナー・ラステンクス」


「——終わりか?」


 そう問いかける。


「生憎だが、まだ戦える」



 まだ構えるのか、この男、本当に化け物だ———。

 


「いいや、お前はもう終わりだ」


 この場にいない、知らない三人目の声がヒビだらけの空間に響いた。


「——まさか———ッ!!」


 その声に反応し一瞬で近付いてきた三人目に、サンスクリットは顔面を殴られ壁に叩きつけられた。


「なんだ———」


 コンクリートから立つ煙で状況が撹乱する。


 何故なら、三人目の気配が一切わからない。


 手を大ぶりに振り、煙を払う。


「…何故近付けた、サズファー」


 サンスクリットが鼻血を大量に垂らし、血で紅い目の前の男にそう言った。


 その男の名、三人目の正体はサズファー。


「ミライの言っていたくだらん"呪い"とかいうやつのことか…」


 呪い、サンスクリットが呪いを使っていた———?


「呪い…アイツが呪いを…?」








 紅茶と大量に敷き詰められた本の匂いが立ち込める個室、そこはとある教官の仕事部屋。


「突然のことで何も用意してなくてごめんなさいね、金階級ラグウェ・イクリスさん」


「この紅茶は中々美味しいですよ、シシル先生」


 私の元教官、シシル・リークを訪ねた。


 年齢はもうすぐ還暦を迎えるというのに、逆にそれが頼もしい気風を生み出している。


「…いきなりですが、本題に入りますね」


「ええ」


 右手に握っていた一枚の資料を手渡す。


「これは…リラ・リンの資料…ですか」


「はい、生存が確認されたので死亡を取り消しとされました…そこで先生に死亡とされる前の彼女について聞きたいのです、先生は確かリラ・リンの担当教官になる予定だったはずですよね」


「はい、教育期間に入る前に"あの事件"があって一度しか顔を合わせたことがありませんが」


 あの事件、それはかの男サズファーにより行われた大量虐殺事件。


 大量の死者を出し私たちの運命を狂わせた原因の一つであり、リラ・リンの死因である。


 リラ・リンは教育機関に入る前に、サズファーの手によって殺されてしまった。


「なんというか…彼女は不思議な子でしたね」


「不思議…?」


「人形のような子です、誰とも顔を合わせず、誰とも会話をせず、まるで何かを隠しているような」


 バーナー・ラステンクスから聞いていた話とは全く違った。


「人形…ですか」


「ええ、行き場に迷っていたところを私の生徒…ラウ・クラークが医療班の教育を受けるよう彼女を連れてきたのです」


「ラウ・クラーク…もしや、その人は」


「ええ、つい最近金階級に昇格なされたレーリ・クラークの母親です、病弱でしたが優秀でしたよ彼女は…」


 それから私はリラ・リンのこと、ラウ・クラークのことを聞いた。


 長い長い、短な二人の人生の話を。





「そのことを、レーリ・クラークはご存知なのですか」


 とある日、雨の中一人の女性の墓の前で何時間も突っ立ている少女を、バーナー教官が見つけたという。


 母の墓の前で、形見であるイアリングを握りしめていた。


 レーリ・クラーク、その時にバーナー教官は彼女を自身の教室に迎え入れた。


 


 今や、最も生徒数が多いと言われるバーナー教官の教官としての人生はそこから始まったとも言えるだろう。

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