第九話「don't you believe?」



 揺れる車の中、月夜が私とナレイを照らす。


 初対面のはずなのに、ナレイはまるで古い友人を見るような目で私を見ていた。


「私を護衛に欲しいってあの話、嘘なんでしょ、ナレイ」


 突然、切り出してきたその話には驚いた。


 紫階級のナレイには、副総督の"贈り物"は確実に受け取れない。


 だから私を護衛に要求してきたのだった。


「—五割は嘘、五割は本当ね」


「…リラを疑ってたくせにあなたも五割は嘘つきなのね」


 ナレイはひどくリラを疑っていた人物だったから、私はあまり好かなかった。


 本来、リラを疑うのは当然という状況ではあったがそれでも私は好かなかった。


「そう、あの子だって、あなただって、自分に嘘はついているでしょう、嘘の吐く対象が違うだけよ」


 何処か分かりきっている態度も、少し癪に触る。


「他人に好かれたいなら自分に嘘をつくのはやめなさい、そうじゃないなら他人への嘘はやめなさい」


 ナレイのハンドルを握った手の人差し指がトントンと動いていた。


「…あなたは他人に好かれる気はないのね」


「死人だもの、好かれようと好かれまいと口出ししないわ」


 生と死、私とは真反対の人だ、矛盾を拒む私とは対照的に矛盾を受け入れている。


「それこそ自分に嘘をついてるんじゃないかしら」


 私のその言葉に呆れたように、ナレイはため息をする。


「嘘をついたって、私は救われないもの」




 ——そこから、数十秒間の沈黙があった。


 空調とエンジンの音だけが響き渡るその間で、ナレイは一体何を考えていたのだろう。


「できればあなたとロボハン二人に…いや、あなただけでも総督に会ってほしい、それが私の本心」


 その言葉に嘘はない、ナレイに対する疑いはない。


 疑うべきは総督の方、私たちに何も仕掛けてこなければ何一つとして動きを見せない。


 …



 朝九時、この前のコンテナ船よりは小さいが、それでも豪華客船ほどある船が止国の海に浮いていた。


 この数日間で、何度船を乗り換えたのだろうか。


 いい加減、飛行機にも乗りたい。


 ただ仕方ない、飛行機は撃墜させられたらそれで終わりだけど、船なら多少の救いようはある。


 —多少の。


「ミライ、支度は済んだか」


 ロボハンが大荷物を持って、平然とした顔のまま確認をしてきた。


「支度も何も、僕荷物なんてナイフとお金しか持ってないよ…ところでレーリ・クラークは?」


 ポケットの中に収まる程度の荷物、荷物検査で引っかかったナイフがようやくついさっき返ってきた。


 止国のナイフだったから色々疑われたけど、サズファーの友人と言ってどうにか返してもらえた。


「レーリなら昨日の夜にナレイととっくに出発したぞ、今頃総督に会いに行ってる頃だろうよ」


「…総督?なんで」


「薄々止国の人間が勘付いているからな、総督の存在について正式に公表するからとかなんとか」


「ふ〜ん、なんか裏ありそう」


 と、ロボハンの荷物、キャリーケースから紙がはみ出ていたのを見つけた。


「…ロボハン、それ」


 それに指を指すと、ロボハンがその方向に目を向けた。


「あ、これか」


 鍵を開ければいいものを、ロボハンは無理やり紙を引き抜いた。


「ナレイ、スミレトス、んで、レーリの付き人の資料」


 くしゃくしゃになった紙束三枚をペラペラしながらロボハンは差し出した。


「ふ〜ん」


「今までは分かんなくてな、名前が分かったからようやく見つけたんだよ」


「…見つけてどうするの?」


「いや、これ自体には特に意味はねぇよ、見つけた場所が重要でな」


 すると、ロボハンは一枚一枚の資料に書いてある保管場所が判子で印字された箇所を指差した。


「ナレイが第三教官室、スミレトスが第八教官室、レーリの付き人は死亡者資料室で見つけた」


 よく分からない話の展開に、適当に相槌を打ちながら話を聞いた。


「…ふんふん、それで?」


「ナレイとスミレトスは死亡が確認される前に死体を回収されたと考えれば分かるか?」


 ナレイが言っていたことを思い出した。


 彼女は行方不明者として扱われている、そこから数年も時間を空けていたから顔だけじゃ正体はバレないし、極力バレないようにしていると。


 ただ、恐らくそれは彼女のみ、スミレトスは名前を変えたナレイとは異なり、資料に書いてある名前と同じものを使っている。


 現在も銀階級のままだと考えれば納得がいく。


「…えっと、じゃあリラ・リンは死亡を確認されてから死体を回収されたってこと?」


「ああ、つまり死体の回収時期には多少の誤差がある…確認される前に死体を回収することができるのはサズファーが止国壊滅を図ったその日には蘇生の準備はできていたってことだろ、国外にいるくせに用意周到だと思わないか?」


 ロボハンの言うことにおかしいところはない、いや逆に言えばおかしいところしかないが。


「じゃあなんで死亡を確認された人も回収してるの」


「残すと何かしらの不都合があったんだろうよ」


「そこは曖昧すぎる…」


「予想だけど、この前も教えたnewって奴が絡んでるんじゃないかとは思ってる」


 そこで出てきた単語、newとは歪な人体実験のことだと記憶していた。


 どう言う理屈か、そんなものは知らない、ただそれが良いものではないことは理解している。


 人間以外ならまだしも、人間に命を侵蝕されるのは癪に触る。


「—お前に一度サズファーのことで俺とレーリを恨んでるのか聞いたことあるよな」


 ロボハンがそう問いを投げてきた、「うん」と一言返した。


「お前は恨んでないと言った、俺もサズファーを恨んじゃいない、アイツのやり方は罰を背負うものだった」


 そして、彼はその罰で死んだ。


 彼がいなくなったことは確かにつまらないと思った、不服だと思った。


 だけどその他に不服だと思うことはなかった。


「協力してくれ、ミライ」


 ロボハンそう言って手を差し伸べてきた。


「—ただ目的が同じだけだよ」


 一応の握手を交わし、船に乗り込んだ。






 リラの部屋は物が少なく、必要最低限のものしか置かれていなかった。


 そそくさとキャリーケースに荷物を詰め込む、付き人用のキャリーケースは思っていたより物が沢山入って便利だった。


「準備できたぞ、リラ」


 殆どが服だった、中にメイド服が混ざっていたことには少し疑問を抱いたが聞かなかった。


「ありがとうございます」

 

 それはそれとしてリラの力じゃ、とても閉めるのは無理だっただろう。


 意識を失ってから思うように力が入らないらしい。


「…行き先、テイーストルクって聞いたのでカイロ入れといたんですけど…合ってますよね?」


「ああ、この前スミレトス追跡した時は…あ」


 スミレトス、よく考えればリラの父親だった、そんなことを忘れて口が滑った。


「いや…いいんです、私も父の記憶はありませんし…」


「尚更だろう……あ、そうだ」


 内ポケットに入った、小さな筒を取り出してリラに手渡した。


 紫色でワニの皮のようなデザインをした筒はいつ見ても歪だった。


「これ何ですか?」


「階級昇格おめでとうさん」


「…え?」


 リラは蓋を開け、手のひらへ口を下に向ける。


 紫色の星の形をしたバッジが中から一つ落ちてきた。


「私が…ですか?」


「裏、読んでみな」


 リラがバッジを裏返して目を近づけた。


「私の名前が…」


「死亡も取り消しになってる、だからもう何も隠す必要はない」


 その一言を最後、まだ実感が湧かないリラを一人に、部屋を出ようとした。


「あ、あの、バーナー先生」


 ドアノブに手を掛けたところで、呼び止められた。


 振り返ってバッジをまだ手のひらに置いたままのリラの方を見た。


「——私、まだ先生のもとに居ていいですか?」


「…勝手に俺に生徒になったことは別に気にしなくていい、お前は優秀だしな」


 リラは昨晩とは裏腹に笑みを浮かべた。


「ありがとうございます…」


「レーリにも見せてあげろよ、その顔」







 レーリ・クラークは前日に止国を出て、アスヤの息子ももうすぐ教官と共に副総督のもとへ出発する。


「…友人に挨拶はしないのですか、アスヤ」


 窓からその景色を眺めていたその男に問いかけた。


「俺は十六年近くここに帰らなかったんだ、バーナーに殴られるな」


 その眺めている背中を、私は椅子に座って眺めていた。


「バーナー教官は今や最も生徒数の多い教官です、言ってしまえば一番優秀なんですよ」


 話に行き詰まり、たわいもない話をしようとした。


「アイツ、教官になる前はそれが一番怖いって言ってたよ」


「—怖い、ですか」


「ああ、兵士を育てるんだからな、百人いても数年後に九十人になってるかもしれない、それが怖いと」


 それは、誰だって怖いだろう。


 自ら戦いを選んだのではなく、生まれた環境がその百人の運命を定めてしまっているのだから、死は美しいものではなく純粋な恐怖のまま。


「ですが、彼の生徒で失われた者はいません、優秀なのは確かです」


 今や、"あの人"をも超える教官になっただろう。


「それは、彼女を見れば十分わかるさ」


 彼女、その代名詞の正体はすぐに分かった。


 私も同意見だったからだ。


「…レーリ・クラーク、彼女なら何か変えられるかもしれませんね」







 もう数年、掃除されていないというレベルで汚れた廊下、蜘蛛の巣が貼られ、天井からは水のしずくが垂れている。


 照明もなく懐中電灯を照らしながら道を進んだ。

 

「まさか総督の話も嘘?」


 総督がこんな刑務所のような場所にいるはずがない、むしろ刑務所の方が確実に綺麗だろう。


 虫が蔓延り人が出入りした形跡が殆どない、ましてや換気すらされていない。


「いや、この奥に総督がいるわ」


 嘘じゃない、ナレイは本気だった。


 騙すのが上手いなら早々に切り上げてほしい。


 すると、その廊下の奥へ辿り着いた。


 大きな扉の前で立ち止まった。


「…ここからは」


 ドアノブに手を掛けた。


「ええ、あなた一人で行って」


 ドアを開け、またその奥に続く廊下を見た。


「—あなたなら…いや、いいわ」


 ナレイが私を呼び止めるように何かを言いかけたが、既に伝える必要はないかのような口振りで中断する。


 足を進める、さっきとは違い廊下には蜘蛛の巣も虫もなかった。


 照明が自動で付いた、眩しくて一瞬目を細めた。


 そこからそのあるべき姿をした廊下をひたすら歩いて目に映る奥の扉まで一直線。


 その扉の奥には総督がいる。


 総督がどんな人間なのか、想像しても無駄だと思って考えていなかった。


 その人と会う直前ですら、考えられずにいる。


 扉を目の前にする、ゆっくりとそのドアを開ける。


 





 船内のロビーを散策する。


 この船、思っていたより設備は充実しているし、部屋も一つ一つ割り振られている。


 飛行機よりもなんだかんだ快適なのかもしれない。


 それでもミライは不満そうな顔をしていた。


 その不満げなミライを横にロビーでコーヒーを飲んでいると、もう一組見つけた。


 並んだ中央の椅子に、ポツリと二人だけ座っている人物がいた。


 珍しく眼鏡をかけて本を読むバーナーと、その肩で爆睡しているレーリの付き人だった。


 その光景を見つめていると、バーナーがこちらに気付いて小さく俺に手招きした。


「ミライ、少し外す」


 その言葉に対してミライは何も言わず、窓の外の海を眺めていた、それしか見るものがないのだから仕方ない。


 椅子から立ち上がり、その方向へ向かって足を進め、そのままバーナーの隣の椅子に座る。


「こうして、落ち着いて話をするのはいつぶりだ、坊主」


 バーナーの声は、肩に頭を委ねたその少女を起こさないように低くなっていた。


「…和束が死んだ次の日以来だろうな」


 和束を失ったその日から、誰とも接触したくなくなった、会話をするにも最低限のことだけで笑って話すこともなくなった。

 

 功績だけを積み上げ、階級を上げ、金階級になった。


 率直に言ってしまえば地獄のような日々だった。


「あれから結局、俺には大切な人なんて作れなかったよ」


 ずっと一人で国外を練り歩いて、止国の人間とも、国外の人とも交流しないようにしてきた。


 和束を失った恐怖からか、もう誰も失いたくないという思考に陥った。


 簡単にそんなこと、普通の人間はできないのだとバーナーは言っていた。


 それができる自分は人間からかけ離れた何かなのだろう、そう思って自分を機械に比喩しているのは正解だと思った。


「レーリはどうなんだ」


 一番されたくなかった質問をされた。


 和束とサズファーが交戦している間、あの火の中でレーリを手を血塗れにして探した記憶が鮮明に残っている。


 あの光景が、自分の信念を揺るがせる。


 結局、誰も大切にしていないふりをしているだけで、いざ誰かを失いそうになったらまた必死になってあんな風になるのかもしれない。


 確かにあの時はまだ和束がいた、変わってしまう前の自分だった。


 ただあの時必死に助けようとしたレーリは今も生きている、確かにそのことには安堵した。


 和束の大切な人を守れたと心の中で誤魔化して、それは真実だが嘘なのかもしれない。


 本当は、レーリという仲間を失いたくないのは自分自身が和束と同じく持っていた感情なのかもしれない。


 それを否定したくて、リラという危険性がある付き人をそのままにしておいたのではないかとミライには告げられた。


 自分の貫いてきたものが壊れるような気がしていた、そんなことのためだけに他人を捨てられるなら、それこそ他人に価値を見出していないのだろう。


 自身の感情の方が他人の命より価値がある、それは人間が持ち合わせてはいけないモノだ。


「…今の俺にできること、和束の守りたかったレーリのためにできることをする」


 俺も守る、そう言う自信はなかった。


「間違えるな、アイツが守りたかったのはレーリとお前だ」


 もし、このまま前に進むならいつか自分が壊れるような気がした。


 答えのない道の上を走っている、足も肺もいつか廃れて枯れてしまうような場所を。


 それで終わるのは恐怖でしかない、だがそれが今の自分に対する罰だと思った。


 和束に"引き伸ばしてもらった"命、例え何があろうと無駄にするつもりはない。


「—バーナー、副総督の話だけど」


 その時、ミライの視線が一瞬こちらを向いていたような気がした。






 総督のいた部屋を出る、心は晴れた。


 "あの人"が総督ならこれから進む道に間違いはない、これまで進んできた道に間違いはない、そう思った。


 外でナレイが待っていた。


「許可は取れたかしら」


「ええ、今の総督があの人でよかったと思うわ」


 そう言うとナレイは少し微笑んだ。


 さて、だからといって休んでいる暇はない。


「…レーリ・クラーク」


「分かってる、想定済みのことなら相手が何人でも怯まない」


 "いる"、確実に。


 総督の部屋に近付いてくる何かが。


 廊下は一つだけだ、来るなら今私たちがいる目の前。


 暗闇の奥からきっとその敵は出てくる、副総督からの余計な贈り物だ、総督があの人なら私たちとの接触は間違いなく避けたがっていたはず。


「一人か…」


 前の二十人近くの敵とは違う、一人。


 一人が近付いて来ている、とてつもない速い。


 ただ、迷いがないのはこちらも同じ。


 ついさっき晴れた、私の進む道は何も間違っていない。


「—ッ!」


 その敵と真正面、接敵するように一歩強く踏み出して加速する。


 闇の中へ走る、敵との距離がどんどん近くなっている。


 とてつもないスピードで、その人と言葉を交わすことはないだろう。


 互いに間合いに入った瞬間に勝負は終わる。


 足を次々進めていく、総督の部屋もナレイもとっくに見えない、周りは完全な闇だ。


「—!!」


 そんなことを考えていれば来た、今、この瞬間。


 闇の中で見えにくいが敵の放った速すぎる一撃に対し、急ブレーキと共に体を思いっきり、背中と地面をあわせるように曲げた。


 顎の上を拳が通過した。


「— 」


 私の戦いには三つある、戦略、力量、速さ、今の戦いをこの一種で分析するとすれば既に力量は負けている。


 相手の体格は百八十を超えている、力量が劣っているのは仕方ない。


 ただ、このうち一つでも劣っていなければ戦いに勝利することは"確実"に可能だ。


 バランスの悪い体勢を支えていた足を相手の顎めがけて放つ、崩れた体勢を手で支え半逆立ち状態で力の限り蹴り飛ばした。

 

 私が体勢を立て直すまでに掛かった時間が一秒、相手の意識が戻る直前に腰から抜いたナイフを首に突き刺した。


 接敵してから僅か四秒近くで、その戦いは終わった。


 ナイフを引き抜き、倒れた死体の顔を確認した。


「やっぱりか」


 ため息をついた。


 見覚えのある顔、出発前にロボハンに渡された資料にいた人だった。


 死体の再生利用は間違いなく真実だった。


 ただ、動きが止国の動きではない、つまりこの人も記憶は残っていなかったのだろう。


 何らかの方法で洗脳されているか、操られているか、その人たちを殺してしまうことに対して恐れも躊躇いもない。


 今の私にはやるべきことが明確にあるのだから。


 ゆっくりと、逝ったその人間の開いたままの瞼を手で閉じた。


「もう、あなたが死ぬことも生きることもないから」


 これからも、私は一度死んだ人間を殺していくのだろう。






 遠目でレーリ・クラークの動きを見ていた。


 私には死ぬ前の記憶はないし、死ぬ前もさほど強くなかったらしいからか、詳しくは見えなかった。


 ただその人が強いか弱いかとか、その程度の分析ならできるつもりだった。


「—」


 正直言って、強いことしかわからなかった。


 あの船の上のロボハンだって、ミライはよく見えていたものだと思う。


 ただレーリ・クラークの動きに迷いはなかった。


 唯一分かったことといえば、ロボハンとはそこが明確に違うところだった。


 今までの彼女がどうだったかは知らない、だとしてもあの迷いのなさはきっと、元から判断力に優れていた証なのだろう。


 


 少し、見ていて痛々しいと思った。


 その迷いのなさは美しい、これから何があろうと折れず貫き通す信念があるのなら、彼女が敗北することはないだろう。


 その理屈が、戦場に通用するかどうかと言えば話は違う。


 私たちが今しているのは、無策で無謀な殺し合いだ。


 単純な殺し合いなら良かったものを、状況が悪い、貫き通すには余りにも曲がり過ぎている。


 もし、もしその信念が"あの男"にも通用するのなら—。


「ナレイ」


 いつの間にか、私のもとまで戻ってきたレーリ・クラークが私の名前を呼んだ。


「私の今の戦いを見て何も思わなかったのならいい、でももし何か思っていることがあるならそれはきっと正解」


「…でも、いつまでも正しい答えに縋っていては何も変わらないわ」


 見据えていたかのように、私の頭の中で留まっていたそれに答えるように、レーリ・クラークは語った。


「そう、もう誰にも嘘をつく気がないのね」







 総督の部屋に入った時、その場に人はいなかった。


 机があって、その上に一冊の本が置いてあった、ただそれだけだった。


 目立つように置かれていた、その他のものは全て机の上になかった。


 でもすぐに分かった、総督の正体もこの状況が作り出された意味も、この本を開けば答えが返ってくると。


 ゆっくりとその本の一ページ目を開いた。


 最初に私の目に飛び込んできた文字、それは


「和束…りえ…?」


 和束という懐かしい文字だった。


 いつの日か見た、優という少年の苗字。


「…嘘…でしょ」


 揺れる心に比例して震える手でページめくる。


 めくったそのページには、一枚のしおりが挟まれていた。


 一枚の、押し花のしおりだった。


 見覚えのある花、覚えていた。


 ここ数日で何度も目にしたハナニラ、和束が部屋に飾っていた花。


 確信した、和束が言っていた亡くなった姉、それは総督のことだったと。


 色々なものに押しつぶされそうになった。




『これを読んでいるあなたへ、ごめんなさい。


先に謝っておきたい、私はあなたを救えなかった』



 私の目に飛び込んできた一文目が、それだった。

 

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