第八話「despair and beginning」
部屋は静まりかえっていた。
緊迫した雰囲気というべきか、絶妙な暗さと空調の音だけがする空間。
「…それが、あなた達にあった出来事なのですね」
金階級を統率する、ラグウェ・イクリス。
彼女に私とロボハンは今回の件を報告しに来ていた。
「ああ、副総督がついに動き出した」
ロボハンはナレイに渡された敵兵の顔写真を机に並べていた。
「正直、私でさえ副総督の存在には気付けませんでした」
ラグウェの声や表情に嘘はなかった。
「嘘…あなたが表じゃ止国の一番上でしょ?」
「ええ、なので総督の存在は知ってはいましたし隠してはいました、だが副総督の存在は何も」
「それに止国の方針などその他諸々、私の判断で動かしていましたから」
それは間違っていない、私を出張所の所長に任命したのも金階級に昇格させたのも間違いなくこの人だった。
あの等級昇格式、その場で私の名を呼んだ人物だった。
「…ナレイ、スミレトス、この二名どちらも面識はあります、どちらも総督からの言伝役だと存じていましたが」
「ナレイはそれで間違いない、スミレトスは副総督の言伝役だ、教官を集める件はあんたにどう伝えられてるんだ」
「"総督"のもとへ教官を集合させる、そう聞いていました」
副総督は総督の皮を被って行動している、そう考えるのが妥当だろう。
「総督は何故これを放置しているのか…気付いてないなんてことは流石にないはずです」
「ロボハン、ナレイから何も聞いてないの?」
「アイツは総督のことに関しては何も」
ただ、今必要なのは副総督に関しての情報だけだった。
「後日、情報を整理して私の方からあなた達を召集します」
「ああ、出来れば明日にでも頼む、時間がない」
私とロボハンが止国に帰ってくるまで、四日掛かっている、副総督が召集に指定したのは一週間後、残された時間は三日で猶予はあと二日。
私とロボハンは部屋を出た。
…
狭い病室、またもや静まりかえった空間に私はいた。
「…バーナー先生、私はどうすればよかったんでしょう」
「よかったんでしょう…か、今考えるべきは先のことだ」
バーナー先生は、私たちが帰ってきてからずっとリラの様子を見てくれていた。
リラは結局、あの日から目を覚さなかった。
部屋に戻った時、既にリラは部屋の隅で倒れていた。
「バーナー先生は、副総督に会ってどうするつもりですか」
「何を言おうとお前は着いてくるだろ、行動を起こすつもりならサポートはする」
「それで、そこの付き人はどうするつもりだレーリ」
ドアをノックもせずに開け、そうロボハンが言う。
「…置いていくわけには」
私の言葉を遮るようにロボハンが言葉を挟んだ。
「止国に置いていくわけにはできない、だろ…どうせそう言うと思った」
ロボハンはどこか呆れた声だった。
「レーリ、お前の付き人はスミレトスの実験台…まして副総督を完全に敵に回した俺たちの側に置いておけるはずがないだろ」
「でも…リラは」
「例えその子に敵と自覚がないにしてもだ、どう足掻いても罠だ」
副総督が収容されているのは国外、テイーストルクだった。
バーナー先生がスミレトスを追跡に突き止めた場所。
リラを止国に置いていけば、利用される可能性もなきにしもあらず、守ることもできない。
「でも、リラは私の付き人なんだから」
「屁理屈だレーリ…ただでさえ敵地に乗り込むのに敵の駒まで持っていく…?馬鹿げてるぞ」
「まだ敵かは分からないでしょ、利用されてる可能性があるから副総督を対処してるんでしょ!」
思わず反論に声を上げる。
「…ここは病室だ、それに口喧嘩より必要なことがあるだろ」
バーナー先生は冷静に私たちを仲裁した。
リラを敵として見られたことが許せなかったのだろう。
確かにリラが利用されている可能性は高い、それでも私は敵だとは思わなかった。
「…ごめんなさい、少し外で頭を冷やしてきます」
私はロボハンを横切り外へ出た。
…
止国、足を踏み入れたのは初めてだった。
病院の屋上から、また船の上の時のように海を眺めていた。
サズファーが去ってしまった時、海を眺めていたのを覚えている。
その時眺めていた向こう側に今、いるのだと思った。
「…ミライあなた、随分簡単に入国したものね」
ナレイは何故かすぐそばにいた、止国にいるなら、あの二人を監視する必要はないのは確かだけど。
「そうでもないよ、入る時とんでもない量の書類書かされたんだから」
自ら着いてきた訳ではない、ただ事実上止国の兵士に襲われていることになっている以上、止国からの対応ということでここにいる。
「ミライ、あなたはやっぱり変な思考の持ち主ね」
「まぁね、"最初は"きっと普通の人だったんだと思うよ」
壊れたものはもう元には戻せない、その理だけが自分の中にある芯。
壊れてしまった自分を支える一本の鉄柱。
「なかなか破綻してるし、嫌いじゃない」
正直、船の上では適当にそれを発していた。
リラ・リン、疑う要素しかない少女を援護する気は毛頭ない。
「そう、ありがと、僕は全人類好まないけど」
サズファーに関わったもの同士なのか、何なのかは分からないが、意気投合はできていた。
「何故あなたは…そうサズファーに固執しているの?」
「サズファーは僕の理想だよ、気に入らないものは壊す、迷いも何もない、理想的な"人間"かな」
現に、あの船に乗り込んだのは気に入らないものがあったから。
「人にとって死は報酬、受け取ったらそれでおしまい、そうあるべきなんだ」
「報酬を受け取った人間をまだ使い回す、腐った人間にしか思いつかないねそんなこと」
ナレイは、そのことに何も口出ししなかった。
表情も変えず、ただ聞いていた。
「…そうね、前の私も自殺を選んでる、そのまま死なせてあげるべきだったと思うわ」
「そういえばミライ、あなた船の上で人の価値について話をしていたわね」
人の価値、そんなものはなく、人間は無価値。
他者に興味がないわけではない、人間には他者の命の価値を決める権利など毛頭ないのだ。
「まぁあれは…適当に言ったところもあるけど」
「無価値ね…そう、私も他者に価値を見出したことはないわ、でも人に死んでほしくないと思うことはあるわよ」
ナレイは、人の顔をしていた。
さっきとはうってかわって、人らしい表情を浮かべた。
「幸運な人、必要なんだね」
「ええ、あなたにとってサズファーはどうだったの」
「死を拒むことも悔やむこともしない、でも確かに彼のいない世界はつまらないかな」
「それ、そう考えたら、大切な人じゃなくても価値のある人だったんじゃないかしら」
「…壊れかけの道化と壊れた玩具、もし価値をつけられるならそういうもの、サズファーはそれだったのかも」
人間として壊れている、破綻している、自身と全く同じそれが好きだったのかもしれない。
違いがあるとすれば、最初からそうだったか、自身のようになる事しかできなかったのか。
…
一時間は、ずっとここにいる。
止国の風はいつも冷たい、海から冷たい空気と共にやってくる。
病院の屋上に出てもよかったけど、普段行かない場所だから落ち着くには向いていない。
だから今こうして、細々と歩き、直接浜辺まで歩いて来た。
砂の上に座り込み、下を向いて溜め息を吐いてはまた海を眺める、それを繰り返していた。
リラのことになると、自分はここまで感情的になるんだと今頃理解した。
他者もリラも変わらない、ただ普通に接しているだけなのに何故か私はリラに固執している。
私以外の人間にとって、リラは警戒すべき敵の駒。
私にはそう思えない、思いたくない、私情だろう。
私情で誰かを危険に晒したくはない、だけど私は私情でリラを守りたかった。
「レーリ」
さっき聞いたばかりの声。
「ロボハン」
「さっき…すまんかったな」
ロボハンは私の視界には映ろうとせず、ずっと後ろに立っていた。
だから目を合わせずに話した。
「別に…私の方がおかしかった、和束は万人を救おうとしてた、ならリラだけの話をするのはおかしいわよね…」
「今は和束の話じゃない……お前の付き人は、お前にとって普通とは違うんだろ」
「…どうだろ、だとしてもなんでなんだろう」
私にとってはリラは付き人、確かに大切な存在、一緒にいた期間は短くても死なせたくない。
ただそれは皆に等しく思うこと、一人に固執して思うことじゃない。
私にとってはそれほど重要な理由があるのかと考える。
リラを付き人にしてからの数日間、一週間と少し程度だったが、初めからあの子は違っていた。
『レーリさん達が守っているものって…こんなにも綺麗なものなんですね』
「…あ」
突然脳に流されたその声、ロープウェイからあの景色を見た時にリラが一言呟いたことだった。
私を救ってくれた一言だった。
『…私は付き人ですから…ずっと近くにいなきゃダメなんです…』
そうだ、リラは明確に私を必要としていた。
だから私はそれに応えようとしていた。
ただそれだけだった。
そっけない言葉の中に、リラの心はあった。
「そう、簡単なことなのに、バカね私」
こんな単純なことにも気付けない。
常に正解をくれるあの子の声に救われたかった、あの子が私を必要としているから、それによって私も救われていた。
「私たちは和束という大切な、手を引いてくれる人を失った」
リラが私の手を握って歩いていた時に感じていたのはそれだったのだろう、母親を思い出したあの日。
「リラはきっと、私にそれを感じていたんだと思う」
「…もしそれを失えば、あの子はきっと私たちみたいに一人でしか生きられなくなる」
…
十数年ぶりの止国、落ち着かないその空間の中にも唯一落ち着ける空間があった。
金階級、ラグウェ・イクリスの部屋。
バーナー以外に信用できる人物がいるとすればその人だった。
「突然帰って来て本当に忙しい方ですね、アスヤ」
イクリスが机の引き出しから取り出した書類、ホッチキスで綺麗に何枚を重ねられていた。
「これが総督からの命令が書かれた書類です、電子メールだと偽装できるので原則紙のみです」
その書類をぺらぺらと手で流して確認する。
「確かに、サインは総督のものだな」
直筆で書かれた『W.riie』というサイン。
総督の存在を知る者が数名、その中で名前を知っているのは、現時点、俺とイクリス、ナレイと副総督、その四名が分かっているところだった。
その中でその名を悪用している人間、それが副総督だった。
「正直、私は総督の存在くらいは止国全国民くらいには教えてもいいと思うのですが」
「ああ、副総督に関しては情報が少なすぎるにしろ、総督は別に危険ってわけでもないだろうよ」
newの開発、童楼製薬との繋がりの可能性、死体の再生利用、それら全てに総督は関わっていない、ナレイはそう言っていたとレーリ・クラークから聞いていた。
「…ならそうしますか、ナレイがいるなら総督に連絡を取ることも可能でしょう」
大きな決断も、小さな決断も等しく考える、それがイクリスの異質さだった。
「これ以上、止国を混乱させるわけにはいかんしな…」
「…ただ問題があるとすれば、何故今まで誰もそうしようとしなかったんでしょう…」
…
「…」
レーリ・クラーク、A-0401、偵察でも監視でもなく、私自身の駒を利用し奇襲した。
「ミーレ様、今回のことはどのようなご判断で」
本来の監視の命令、総督としての命令であったがためナレイが自身から引き受けそれを阻止した。
副総督の命令は総督として扱われる、今ではそれが欠点だった。
「好きなだけ尻尾は掴ませた、頃合いだよ」
スミレトスの実験は順調に進行していた、だがその為にはレーリ・クラークを引き寄せる必要がある。
「流石に、彼らには縁が多すぎるな」
レーリ・クラークが止国からこちらに向かってこれば良い、その際にリラ・リンを止国に置いていくも連れてくるもどちらでも計画は進む。
「なら次に出る行動は予測がつきますね」
「ああ、ナレイは今あちら側だ、次は総督にコンタクトを取ろうとする者が出る」
教官バーナーを利用すれば必ず、レーリ・クラークは引き寄せられる。
「問題があるとすれば、A-0401とアスヤか」
「それならば、私に考えがありますので」
スミレトスが自慢げに口を開く。
「余分な駒を、ビショップなら用意しているつもりです」
…
病室で、ゆっくりと目を開けた。
ベッドに横たわっている自分の体を動かす。
「起きたか、リラ」
そのことにすぐ気付いてくれたのはバーナー先生だった、いや、その場にはバーナー先生しかいなかった。
「…気にするな、お前のせいじゃない」
私の暗そうな顔を私より先に気付いていた。
目を開けたのは今でも、意識はこの病室に運ばれた時から戻っていた。
それでも、現実から目を背けたくて目だけは閉じていた。
「…私怖いんです」
現実が、今が壊れていく感じに酷く恐怖していた。
「怖い…か、それは"思い出した"ことに対してか?」
過去の記憶、私が死ぬその前の。
ずっと隠していた、いや、ほとんど残っていないのだから自然と生きていれば隠すなんてことをする必要もなかった。
だからずっと自然に生きていた、流れに身を任せていた。
「…憧れと恐怖だけです、前者は元から覚えていました」
バーナー先生には、真実を告げても大丈夫なような気がした。
五年近く、私はこの人の生徒だったからだろうか、違うような気がしつつも、私はその人を信用していた。
「レーリさんのこと、実はバーナー先生に教えてもらう前から知ってたんです」
あの日、白くて何もない部屋で目を覚ました死んでしまって何もない私の記憶に、唯一残っていた記憶。
レーリ・クラークという人に、ずっと憧れていた記憶。
きっとあの人は覚えていないだろう、私もそれほど鮮明に覚えているわけではない。
「ずっと昔、レーリさんに助けられたような気がするんです」
「戦う才能がない私に、誰の役にも立てないと思っていた私は…綺麗な赤い髪をして、美しい顔立ちなのに何処か強い感じがして、そんな人に医療班の道を選ぶように言ってもらったんです」
綺麗な赤い髪をした人、今でも覚えている。
今の彼女と比較しても、何も変わらない紛れもなくレーリ・クラークその人だった。
手を差し伸べて、私の背中を押して、強い言葉を掛けてくれた憧れの人。
「…レーリさんは私の憧れなんです、でも私は嘘をつくことしかできなかった」
「ずっと昔からバーナー先生の生徒だったかのようにに振る舞って、
船の中でも親しくて愛しい家族がいるかのように振る舞って、
何も知らない無垢な少女を振る舞って、
今もこうして弱い人間として振る舞って、
それで保たれていたあの人との憧れの時間が壊れるのが怖かったんです」
どれだけ辛くても、どれだけ彼女が敵を作っても、どれだけ彼女が苦しんでいても、私は彼女のそばにいたかった。
理由もない、意味もない、ただ私が私欲を満たしていたいだけ、そんなことが最も彼女を苦しませるんだと今更実感した。
「…リラ、お前はレーリに並ぶ俺のよくできた生徒かもしれないな…」
「そんなこと…だって私はずっと嘘を…」
「レーリだって、自分に正直じゃないだけで自分に何度も嘘をついてた」
バーナー先生は、誰よりも優しい顔をしていた。
自分の生徒を誇らしげに、まるで自分の子供を自慢するかのように。
「大切な人にもう会えないってわかっても、泣きたい心を我慢して、前に進むことだけを考えて」
和束さんという人にもう会えないと分かった時の彼女は、まるで元から分かりきっていたかのような顔をしていた。
でもきっと、その裏では絶望と悲しみが湧き出していたのかもしれない。
薔薇の髪飾りに、何処か想いを寄せるようなあの手付きがそれをひっそりと現していたのかもしれない。
「…でも初めて、レーリはお前のことで自分に正直になったんだ…初めて自分でも守れるかもしれない命に出会えて、幸せにできるかもしれない人に出会えて」
そんな話を聞くたび、私の目には涙が溜まっていた。
手を震えて、感情が分からなくなる。
「守るということには優先順位がある、第一は命、第二が幸せ、万人の守護を意識しすぎれば幸福までは守れない」
「だが、一人や二人くらいなら命も幸福も守れる」
命と幸福、万人のそれを守ることは不可能だ、命は同じだとしても幸福の概念は人によって変わる。
全ての人間の幸福を知ることはできない、全ての人間の幸福を追求することはできない、所詮は人間の範疇であるのだから。
「レーリが初めて、止国の人間じゃなくなった気がするんだ」
その第二も守る、人の幸福まで守ることを選んだのは、初めてだったという。
それは止国の人間の在り方ではなく、一人間としての在り方だと、バーナー先生言った。
「それって…レーリさんは幸福なんでしょうか…」
私の幸福をあの人は守ってくれる、それによって自身が幸福になれるかは定かではない。
むしろ、私のために傷を増やし続けることになるかもしれない。
「…レーリや、機械坊主…俺たちはな、この道を行くと決めた時から幸福なんて道はとっくに閉ざしてるんだよ」
「それじゃ…」
矛盾している。
「そう、自身に幸福がなければ他人に与える幸福もない…だから、レーリがお前の手を引いていたんじゃなくて、お前がレーリを幸福の方へ連れて行ってあげてたのかもな」
「そう…だったんでしょうか」
例え、そうであったとしても今は違う、私の行動はあの人を奈落に引き落とすかのような結果を孕んでしまった。
善悪なら悪、色なら黒、そういう立場に私は今いるのにも関わらず、あの人の近くに寄り添っている。
密かに与えられていた理由、意味を、私は自分自身で壊した。
私自身の幸福への道も、そうやって閉ざしていくのだろうか。
「レーリさんの夢も、私の夢も、私のせいで壊れていくんだ…」
絶望の味、初めてではないのだろう。
それでも苦い、不味い、吐き出したい。
「いつになく卑屈ね、リラ・リン」
入室すると同時にそう発したのは、見知らぬ黒髪の女性だった。
赤い目に、綺麗な人だった。
「…あの…えっと…?」
「…あぁ、申し遅れたわね、私はナレイ……初めましてリラ、お久しぶりですバーナー教官」
「え…先生の…?」
その女性の口から出た言葉には私の名だけではなく、バーナー先生の名も含まれていた。
「スミレトスが副総督の付き人なら…アンタは総督の付き人だったんだな、ナレイ・イルマージ…いや、アークか?」
バーナー先生には既にその人の面識があったようだった。
ナレイというその人は「ええ」と一言発し、私の方を見た。
「リラ・リン、今の発言があなたの真意なら、私はあなたに対して敵という意識解いてあげられるわ」
その言葉にするべきなのは感謝なのか、私は一瞬だが難癖した。
「…」
「バーナー教官、私とレーリ・クラークは総督のもとへ向かいます」
「総督の…?レーリをか」
ナレイ、その人はレーリさんを護衛に所望した。
「はい、護衛に欲しいので、副総督がまた何処かで命を狙ってくるかもわかりませんし」
「戦力的にはロボハンの方が優秀でしょうけど、それなら副総督のお膝元まで殴り込む役の方がずっと適役です」
「それで、俺に許可を取りに来たと?」
「ええ、あなたの生徒ですから」
「…分かった、だけどレーリを説得するのもお前の役目だからな」
その返答を聞いて、その人は颯爽と振り返り部屋を出ようした。
ただ、ドアの前で立ち止まり、後ろを向いたまま私に一言。
「リラ、誰だって過ち…傷はあるわ、傷から出た呪いは絶対に祓えない、だから適合することね」
その一言、そう呟いて部屋を出た。
私は弱い心のまま、一歩を踏み出すことにした。
…
私は海が好きだった、ロボハンは嫌いだった。
それでも眺めていた、理由はきっと同じ。
私たちはまたこの海の向こうへ行く、その先に何があるとしても。
その決心がついたように、ロボハンはその場から立ち去ろうとした。
一歩立ち止まり、首を曲げ私の方を向いた。
「ミライが言ってた、他人に価値はないってさ」
「…人に価値をつけるなんて傲慢ね」
「ああ傲慢だ、だから…それは自分が見えてないってことなんじゃないかって」
大切な人、そんなものは存在しない。
それはきっと彼が辿ってきた破綻の道の先で見つけた破綻。
それは意味のある、破綻かもしれない。
「そうね、ロボハンは自分が見えてないかも」
「お互いにな、自分すら見れないのに誰が見れるって話だな」
…
ミライ、またそう呼ばれた気がした。
難しいけど、海の向こうから。
止国から見る海の向こう、自身の故郷の方角か。
いつもより明確に鮮明に声が聞こえた気がした。
「…驚いたよ、サズファー」
「君だけは利用されないでくれよ」
きっとこの声は彼には届いてない、彼に言葉が届くことなんて結局一度もなかった。
言葉なんて彼といる時は必要もなかった。
「副総督…ミーレさんだっけ…?」
「—クソ野郎、宣戦布告はこっちのセリフだよ」
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