The curse from the wound

第六話「declaration of war」



 死というものは人間の魂が体から消え去って完遂される。


 しかし、それは完全ではない。


 コップに入った水を逆さにして、中の水を全て出したとしても水滴は残る。


 魂も同じ、人間が死に魂が全て消えても一部が残ることがある。

 

 だから、もう一度その肉体を利用しようとからの魂の入れ込んだとしても、肉体に残置されたほんの一部の魂がからの魂と混ざり合い、少し記憶を引き継ぐことがある。


 サズファーが止国を滅ぼそうとしたあの日、大量の死者が出たあの日。


 その中から三人、肉体にからの魂を埋め込み再び蘇った人間がいた。


 記憶がない死んだ人間は、総督と副総督の存在を隠しながら付き人を作るのに丁度いい。


 資料は死亡済みになっているから、見つかることはほぼないだろうし、見つかったとしても情報は探れない。


 一人目が私、ナレイ・アーク。


 生前の名はナレイ・イルマージ。


 元はサズファーの付き人、彼のやろうとしていることに私がどう思っていたのか分からない。


 そもそも彼のことは姿しか覚えていない。


 何故そんな人物の付き人になったのか、私には分からないまま。



 私にとってはそれほど重要な人物でもなかったのだろう。


 二人目が、スミレトス・リン。


 今は副総督の付き人をやっている、あまり関わってないし、関わりたくもないから前のことも今のことも知らない。


 三人目、リラ・リン。


 スミレトスの実の娘、前の記憶は全然残っていなかったらしい、そのままバーナー教官の生徒に配属され、ごく普通の医療班としてやっている。


 が、そこが問題だった。


 その少女は、記憶がないにも関わらずあたかも前からここにいたかのような振る舞いをしている。


 もしかしたら、何か覚えているのかもしれないし、覚えているふりをしているのかもしれない。


 リラ・リン、これからのレーリ・クラークの行動に彼女は必ずなんらかの形で関わってくる。


 それが凶と出るのか吉と出るのか。


 どうして彼女は放置されているのか。





 …六年前の止国、今でも鮮明に覚えている。


 人間には必ずターニングポイント、というものがある。


 俺にとって、それは間違いなくあの日だった。

 

「ロボハン!あそこ!」


 遠くに煙が上がっている、あの位置は間違いなく。


「レーリの寮…!」


 この時間、寮に人がいることはありえない。


 これはレーリの合図、それ以外はありえなかった。


 ただ正確な位置を知っているのは和束だけだった。


 和束を先頭に合図の場所へ向かう。


「しくじった…サズファーならレーリに僕が伝えることまで想定して動く…!」


 例えレーリにサズファーのことを伝えていなかったとしても、あの男なら知っている可能性がある人間からやる。


 だから狙うなら俺と和束、その二択だと思っていた。


 今までなかったほどの全力で和束が走っている。


 和束は言った。


 もう失わない、確かにそう。


 きっとその想いは何よりも強かっただろう、その時に理解した、想いで人は強くなれる。


 俺にはできないこと、機械のような人間には想いで強くなることなんて不可能なのだろう。


「ロボハン!」


 その場に着く、されど足は止めず。


「…ッ!」


 炎が上がるその下で、その男は立っていた。


「サズファー…」


 和束の純粋な怒りの声、先に駆けつけた人間がどうなったかなんて言うまでもなかった。


 炎と血と瓦礫、最悪の光景だった。


「ロボハン、レーリを探して」


「…すぐ合流する、死ぬなよ」


 和束はその男の方へ、止められるはずもない。


 俺は炎の中に飛び込み、瓦礫をただひたすらに退け始めた。


 ガラスも何もかも、全て手で掴んでは退ける。


 手からどれだけ血が流れていても、そんなこと関係ない。


「レーリ…どこだ」

 

 その場は息ができなくなるほど、炎が拡大していた。


 意識が朦朧とし始めても、探す手は止まらない。


 視界が揺れている、今にも目を閉じてしまいそうなほど。


 息が荒くなる、熱い空気が肺へ入ろうとしてくる。


 その時、後ろから引っ張られて炎の外へ放り出された。


「バカ、死ぬぞ!」


 バーナーの声だった、昔からよく聞いていた声で意識が朦朧としていても一瞬で分かった。


「俺がレーリを探す、お前は和束のところへ行け!」


 その後、和束の方へ息を切らしながら走った、記憶には美しいほど鮮明に残っている。


 俺はレーリを心の底から守りたかったわけではなかった。


 和束の守りたい人を守り抜く心、それに傷が付くことを拒んだだけだった。


 俺は人を守りたいという気持ちを持てなかった、和束は本当に俺の持っていないものを持っていた。


 だから、俺は和束と同じ目的を追いかけていた。


 今思えば俺は和束になりたかったのかもしれない。





 ロボハンが部屋で遠出の準備をしていた。


 行き先を言わなかったから、私も聞かなかった。


「教えて、ロボハン」


 昨夜のこと聞いた。


 確証はないけど、死んだ人間を再び利用している三人、そのうちの一人がリラであることも。


「もしあなたがリラを利用するしかない状況になった時、その時あなたは私の敵?」


 リラが副総督の付き人スミレトスの娘であることも。


「…さぁ、どうだろうな、お前が付き人を利用されたくないのなら俺はお前の敵なのかもな」


 ただ、リラを疑うことは決してしなかった。


「それに敵か味方、それはレーリ、お前が決めることだろ」





 出張所から二時間の場所にあるアーブストルク・セイウェ港都市。


 俺は、貿易船に乗ってテイーストルクに渡るとことにした。


 理由は幾つかある。


 数日前に接触したナレイ・アーク、彼女の監視は続いている、何処から見ているかまでは分からなくなったが。


 彼女は一人でレーリと俺を監視していた、ただ偶然同じ場所にいたから。


 別れて行動すれば同時に監視することは不可能だ、人間は一点しか見つめられない。


 こうすることで、彼女はどちらかだけを監視し、どちらかの行動を監視できなくなる。


 するとどうだろう、俺かレーリ、彼女の監視がなくなった方には別の監視が来る。


 ナレイ・アーク、総督の付き人の監視下で総督について探るのは危険行為、敵か味方か分からない以上誰だってそうするだろう。


 俺にナレイの監視、運が良ければレーリには副総督の監視が入る。


 そうでなくとも、総督について探るタイミングは必ずやって来る。


「…んで、なんであんたが船に乗ってんだ」


 船に乗り始めて十数分、出港すらしていないというのに見覚えのある人物を見つけた。


「なんでって、そりゃ監視の任務があるもの」


 そこにいたのは紛うことなきナレイ・アークその人だった。


「…お前の任務は、レーリと俺の監視じゃなかったのか」


「そうよ、でもレーリから私を引き離そうとしたのはあなたでしょう?」


「アーブストルクからテイーストルクへなんて船で行くより飛行機に乗った方がずっと早い、あなたの目的は明確な目的地がない船でバレずにテイーストルクへ向かうことでしょう?」


「…この船の行き先は明確だろ」


「明確じゃない…というより一つじゃない、この船には第一楼共和国とテイーストルク、あと止国への薬品なんかが乗っているものね」


 ナレイの言う通り、この船が行くのはテイーストルクだけではない。


「正直止国の人間って出入国許可いらないからそこんとこ面倒なのよ監視とか…」


 第一楼共和国、テイーストルク、止国の順でこの船は運航する。


 なら船に乗った俺の行き先は、着くまでは決してバレない、そういう魂胆だった。


「止国行きの荷物、調べた?」


 ナレイがそう問うてくる。


 嘘が通じる相手でもない以上、正直に答える。


「ああ、童楼製薬の薬品だった、これは総督の方針か?」


「…総督について教えるのは私しないつもりなんだけど」


「でも間違っていることは正す義務があるから教えるけど、それはないわ」

 

 止国と童楼製薬が繋がっている、それは総督の指示ではない、何故かナレイの言い方だと信用できた。


「んじゃ副総督ってことか…」


「そうね、総督が関わっていないことは基本的に全部副総督の自分勝手」


「…この前お前が携帯で俺らを監視しているかのような素振りをした時があったけど、あれ嘘だろ」


「あら、どうしてそう思う?」


「止国は軍事目的以外で衛星を使用してはならない、ストルク条約だ」


 この前のナレイの携帯にレーリと俺の位置情報が映っていたのはハッタリだった。

 

 地図の上に俺たちの居場所が表示されていたあの画面、見せられた時は何も思わなかったがよく考えると衛星を使用しないとあんなことできない。


「あれ、軍事目的には入らないだろ」


「いやそもそも、あんなこと今の技術じゃ無理だけど」


「…は?」


「そもそも、どうやってGPSを持ってない二人を同時にマップに表示するのよ」


「は…?んじゃあれは…?」


「脅しとかに使えそうだから適当に地図に点々を描いただけだけど」





 リラが朝の支度をしている、夜遅くまで仕事に付き合わせていたのに眠そうな顔一つしなかった。


「リラ、昨日はありがとう」


「いえ、やるべきことをしただけです!」


 むしろ、いつもより元気そうな気すらした。


「それとレーリさん、バーナー先生に電話しなくていいんですか?」


 すっかり、忘れていた。


 朝の支度が終わる前に電話しようと机の上の受話器を取って番号を打ち込んだ。


「…」


 五秒、十秒、十五秒。


 二十秒ほどツーツーと音が鳴り続いている。


「先生、いつもすぐ出るんだけどな…」


 結局、その電話が繋がることはなかった。


「…不在でしょうか…」


「ツーツーってなってたんだけどいつもと違う音よね…」


「…もしかして別の方と電話している時の音じゃないですか?」


「誰かと電話してる…?」



 …




 出港直前。


 海の上、見る分には美しい。


「最後に質問だ、俺らにとってお前は敵か味方か」


「…あなた達が止国の人間として生きる限りは味方でしょうね」


 総督は止国そのもの、ナレイは総督の付き人という立場を何よりも最優先に考えている。


 ただ、総督の正体も目的も分からない以上、どこまでが敵でどこまでが味方か、明確には見えてこない。


「付き人としての立場、それも優先だけど…」


「…」


「わがままを言うなら…いや、いずれあなた達は辿り着くでしょうけど、私個人にとって調べて欲しいことが一つ」


 ナレイ・アークとは違う、ナレイ・イルマージとしての立場。


 それは、俺たちと何も変わらない。


 何も知らない無垢な人間としての立場。


「私とスミレトスが総督と副総督の付き人をする前、誰がしてたのかなって」


「…確かにだけど、そんなに知りたいか?」


「私が付き人になったのは六年前、それ以前は誰が副総督と総督の言伝をしてたと思う?」


 総督と副総督は姿を隠す必要がある、故に死んで記憶のない人間、最も裏切る可能性が低い二人を選んだ。


 そう考えるのが妥当、だがそれ以前にも同じような人間がいたのだろうか。


 確かに戦死する人間もいる、可能性はある、だがだとしたら入れ替わる理由が分からない。


 それより、六年以上前から死人を再び利用するなんてことをしていたのだろうか。


「もしかしたらサズファーに殺された人間の中にいたのかも…」


「本来、今みたいに付き人が単独で行動することは異例なんだろ?…殺されたってのも考えにくくないか」


「そうとも言えない、現に副総督は月に数回しか付き人と会っていないし」


「なんだそれ、付き人の意味あるのか」


「会っていない、というより会えないのよ、副総督は収容されてるんだから」


「収容って、閉じ込めてるのかよ」


 収容、確かに人に対しても使われる言葉だが、その相手が副総督ともなると意味が変わってくる。


「そう、ある意味サズファーより危険だもの」


「そんな奴、副総督にしてんのか…?」


「止国に必要なのはそういう人材でしょ、より多く人を殺せる人間が優秀なんだから…彼は止国には必要だと判断されている、それは確か」


 人を多く殺せる人材、確かに人をただ殺すことに特化した男が金階級まで上がった例を俺は知っている。


 本来、止国とは紛争や戦争における被害者を最小限に減らす目的の国。


 そのために必要なものは、より多く人を殺せる人材だと当たり前のように理解している。


 それが止国の人間の基本思考になっている、和束がいなければ俺もそうなっていただろう。


「じゃあ、どうして彼を処分してしまったのかな?ロボハン」






 実を言うと、この船に乗り込んでから視線を感じていた。


 ナレイではない、人が多いから誰かの人目にはつくだろうと思っていたが、その目はずっと俺を見つめていた。


 貿易船の荷物の中に紛れていたその姿が現れた。


「普通に捕まるぞ、お前」


 あの時の赤いフードの少年、ロープウェイの場でレーリと接触していた後、俺についてきた所を路地裏で地面に叩きつけたのに、懲りずについてきていた。


「誰、あの子」


 ナレイからすれば完全に船に紛れ込んだ小さな子供であった。


「…ミライ、昔サズファーと縁があったんだとさ」


「あれ、名前教えたっけ?そっちにいる人は元々サズファーの付き人だった人だよね」


「…あなた…」


 警戒したナレイが腰につけた銃に手を回す。


「やめとけ、そいつに弾当てるのは俺でも無理だ」


 ミライには時間の先を見るという非現実的な力があった。


 残痕呪、信じがたいが同様のものを持っている人物を知っている。


 その上、ミライはずっと年下とも思えないほどの身体能力を持っていた。


 ミライは小さく両手を上げて敵意がないことを示す。


「別に今回は奇襲もしないし武器も抜かないよ、むしろロボハンが乗ってることが想定外」


 それを聞いてか、度し難い顔をしてナレイはそっと銃から手を離す。


「んじゃ、何だ」


 そう問うと、俺とナレイから視線を逸らし、ミライは振り向き普段より低い声で発した。


 その声からミライの表情は少しだけ怒りに満ちていることが想像できた。


「趣味が悪いよ、死体はさっさと土に帰りなよ」


 大量の荷物、その中のコンテナボックスの一つが勢いよく内側から開く。


 その中にいたのは、止国式の武装をした数十名だった。


「…止国の人間…!?」


 その全員が一斉に銃をこちらに構え、発砲する。


 俺とナレイは足を地面から弾くようにその場から退避し、別のコンテナの後ろに飛び込んだ。


 ミライは銃弾の軌道を完全に理解していたかのように軽々と同じ場に飛び込んで来る。


「あなた荷物、本当に調べたの!?」


「全部開けて確認してるわけないだろ…!」


「無理もないよロボハン、あれ人の気配しないし」


 複数の足音がこちらに向かってきているのを聞いたナレイが再び銃を手に取り、立ち上がる。


「死体とは言え止国の人間なら分が悪いから移動するわよ」


 それに無言で賛同した俺とミライは先走ったナレイを追いかけるように走った。


 真横を走るミライに問いかける。


「ミライ、お前あれを察知してこの船に乗ったのか」


「まぁね」


 理由はどうあれ、今はあれを片付けることが最優先。


「二十一人」


 走っている最中、ミライはそう俺に聞こえるように言った。


 それはさっきの敵の数をことを指しているのだろう。


「あの人数、お前一人で始末するつもりだったのか?」


「苦労は承知の上だよ、まぁ流石にあれは多すぎるけど…」


 ミライの先読みには、限度があるのだろう、流れ込んで得られる情報は複雑になる程得ることそのものが難しくなっていくと考えた。


 背中に妙な視線を感じてミライの手を引いて角を曲がる、ナレイはいつの間にか見えなくなっていた。


「…ロボハン!」


 角を曲がった瞬間、待ち伏せしていた一人の兵士に吹っ飛ばされた。


 ガードは間に合ったものの、衝撃から四メートル程後ろに後退していた。


「止国の兵士ってのは全員こんな馬鹿力なのかな…」


 衝撃でミライまでその後退に巻き込まれた、むしろ体重の軽いミライの方が後退して、ぶつかったコンテナには背中の跡がついていた。


 肝心のその兵士はただ俺たちを攻撃することだけにしか脳がなく、言葉は一言も発さない。


 二撃目、四メートル程の距離を一瞬で詰めまた同じ箇所を狙って拳を一直線に飛ばしてくる。


 来ると理解さえいれば、当たったとしても後退することはないし、まず当たることはない。


 腕をぎりぎりで掴み、その兵士を船の外に思いっきり投げ飛ばした。


「おぉ…」


 ミライがそれを見て小さく手で拍手をしていた。


「はぁ…見てろ、最上階級ってところを見せてやる」


 腰から邪魔で不必要な銃を外し、甲板の上に捨てる。


「残り二十人、全員俺が沈めてやるよ…!」





 止国の中にある唯一の都市、それがここベラキャ。


「…十六年振り…か」


 別に嫌いだったとかではなく、単純に来る理由がなかった。


 人が多く、歩きにくいのは昔から変わっていない。


 人気のない場所を積極的に歩いた。


「…んで、何のようだスミレトス」


 同行してきた人間にそう問いかける。


 というより、勝手な尾行されていた。


「いつも通りですよ、バーナー教官」


 そこにいたのはスミレトス・リン、副総督の付き人をしている人物だった。


「上からの連絡か」


「そうです、"上"からの」


 上、総督と副総督の存在を知られないために使われる便利な言葉だった。


 誰だってそう聞けば金階級だと勘違いしてくれる。


「…なんだ」


「一週間後、重役教官全員を副総督のもとに集めます」


「…! お前ら、隠す気じゃなかったのか…」


「ええ、しかしレーリ・クラークとA-0401が勘付きました」


「じゃあ何だ、副総督からの宣戦布告と受け取れと?」


 スミレトスに少しばかりの怒りの混じった問いかけをする。


 するとその男は数秒、表情は変えずただ沈黙してから口を開いた。


「…構いません、では後ほど連絡します」


 スミレトスは、そのままそそくさと何処かへ去っていく。


 別に追いかけることもなく、ただその男の去る姿を見つめていた。


「馬鹿馬鹿しい」


 逆方向へ自分の足を進める。


 少し見上げた空は、美しくない空だった。


「…あの時とは違うんだな」


 レーリや機械坊主も生まれていない、それどころか教官にすらなっていなかった頃。


 アスヤとここに度々足を運び、ただ人の中を歩いていた。


 友人と呼べる人物は、アスヤだけだったのだろう。


 この国に生まれた時から、思っていた。


 異常だと、やり方も存在理由も全部。


 ただ他者はそんなことに疑問を持つはずもない、その中で唯一アスヤだけが理解してくれる人物だった。


 でも最初はそれをどうしようだとか考えることはなかった。


 抑止力になり世界ためとカッコつけて死ぬのも悪くないと思っていた。


「…そう思えるなら楽だろうな」


 アスヤが止国を離れ、俺は教官としてレーリやリラの面倒を見るようになってから。


 それは他者に強要できるものではないと気付いた。


 "人にはなれた"のだろうが、止国の教官としては最悪だろう。


 駒に情を持つなんて、だから俺はいつ止国が敵になろうと構わないつもりでいた。


 覚悟というには十分な理由だろう。

 

 なんてことを考えていると、携帯から着信音が聞こえてきた。


 画面に表示されていたのは"機械坊主"の四文字だった。




 古い蛍光灯と机とソファー、その程度しかない一室。


 とある一人の教官と会話する機会があった。


 俺が新任でまだ何も分からなかった頃だったか。


「…バーナー教官、君は生徒に対する情が強すぎるように思うな」


 その男はソファーに座り、壁に背を預けている俺の方を見てそう言った。


「戦場に駆り出されるという過酷な運命に生まれた子供達に対する、せめてもの慈悲だと受け取ってくれると助かるのですが」


「争いを過酷、そう捉えているのか」


 あのサズファーの教官を務めていた男だ、優秀な人間なのだと思っていたがそうではない。


「他に何が?」


「争いは紀元前から続く人間の遊戯のようなものだと私は考えているがね、スポーツのようなものさ」


「その為に我らは盤上の駒を増やしている、そう思わないか?」


 根本的に止国という国に染まりきった思想、確かにこの国の教官としては完璧すぎるほどだった。


「駒に情を持つことはそう悪いことですかね」


「思わない、ただ君は情が強すぎて駒の為なら死ぬ、そんな覚悟をいずれ持ち合わせそうだ」


 その男の言葉は、的中した。





 ナレイの銃から放たれた弾丸は、六発中六発、全て的中した。


 否、的中"は"した。


 全ての弾丸は頭、胴体、全身を纏う黒い鎧のような装備に防がれる。


「止国の装備ってどうしてこうもチートなの!」


 四つ積み上がったコンテナの上までジャンプして、ミライと共にナレイと合流する。


「総重量百五十キロの化け物専用装備だからな」


「…ロボハン、さっき投げてなかった?」


 三人合流したからと言ってどうにかなる状況でもない。


 奴らには気配がない、コンテナが遮蔽物になって戦うのは圧倒的に不利。


 コンテナなんて軽々と穴を開けて奇襲を仕掛けてくる、そういう奴らだ。


「ミライ、ナレイ、猫の手程度の援護でいい、頼んだ」


 そう二人に伝え、力一杯宙に向かって高く飛び上がる。


 自身の限界点、そこに辿り着くのにそう時間は掛からなかったが十分な高さだった。


 五十メートル近くあるコンテナ船の半分を真上から視認する。


「…見えたっ」


 黒い鎧に身を守らせた二十一人の兵士、全員が散らばっている。


「よしっ」


 一人一人相手にするなら問題はない。


 空中から甲板へと重力に身を任せて舞い戻る。


 一瞬で甲板は近付いてくる、体をうまく曲げ狙った場所、敵の一人がいる場所へ。


 位置エネルギー上乗せの踵を頭に直撃させ、ヘルメットを破壊してそのまま頭蓋骨を多大なダメージを与える。


「一人」


 まだ意識があるであろうその兵士の首を掴み、海に向かって投げ飛ばす。


 この数秒間で最も近くにいた別の兵士はこちらの存在に気付いて銃を構えながらコンテナの影から顔を出す。


 一瞬で距離を詰め、銃を構えている両手を掴み拘束状態を作り出し、逆上がりのような体制で無理やり胸に足蹴りを喰らわせる。


 装備をぐちゃぐちゃに粉砕し、肋骨までボロボロにした感覚を足で感じたと同時に両手から手を離し、そのまま兵士の背後のコンテナまで激突させる。


「二人…ッ!」


 背後まで詰めてきていた三人目に気付かず羽交い締めされる。


 まだ使える足で甲板を強く蹴り、その兵士ごと宙へ。


 二百キロ近く抱えている為、さっき並みの高度は出ないが空中なら十分、拘束に意味はなく地面という支えは存在しない。


 体を強く回転させ、ミライのいる方向へぶん投げる。


 コンテナからジャンプしたミライは吹っ飛んできた男を空中で捕え、マスク剥がし目を抉り地面へ向かって蹴り飛ばす。


「これのどこが猫の手程度なのさ!!」


 ミライが俺に向かってに叫ぶ。


「やるなアイツ」


 独り言を呟き、また四人目、五人目の方へ走った。





「…ん」


 書類仕事を片付けている最中、何か嫌なものを感じた。


「レーリさん?どうかしましたか?」


 血生臭い、嫌な気配。


 部屋から出ることすら億劫になる。


「…リラ、隅にいて」


 ドアを開けた先に、出張所の警備兵一人の死体が転がっていた。

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