第五話「looking for the truth」


 午前五時、私は庭に出て昨日の花をまた見に来ていた。


 星のようで、たくさん咲いている。


「…和束」


 それでも花言葉は、悲しい別れ。


 別れの言葉を言えない代わりだったのだろうか。


 花に、水滴がついていた。


「この花のこと、気付いていたんでしょう?」


「ロボハン」


 後ろに立っていたその人に問いかける。


 

 朝八時、部屋のドアを開けると、リラがキッチンで忙しそうにしていた。


「あ、レーリさんお帰りなさい」


 リラはフライパンを持ちながらせっせと働いていた。


「リラ、朝ごはん?」


「はい…さっき起きちゃって、いつもなら早起きなんですけど…」


 私が止国で生活している時も、朝四時半に起きて朝五時には朝食を作っていた。


 一時期は、和束に誘われて朝にランニングをしていた時期もあったけど、あれは正直キツイのでもうやりたくはない。


「私、いつも授業が十時開始だったので余裕があって…」


「嘘?私たち七時から訓練開始だったのに…」


 バーナー先生が組んだスケジュールだろう、十時から十六時ぐらいまでは指示なしで訓練していたのは医療班のためだったのかと、今更思い知る。


「空き時間が多いのでこうしてみんな料理とかを勉強するんです」


 リラの料理姿は絵になる、というか手慣れていた。


「まぁ、朝は簡単な物ですけど…」


 お皿の上に載っていたのはベーコントーストとビーンズ、それにスクランブルエッグとベイクドビーンズ。


「ううん、私があっちで作ってたものより断然良い」


「牛乳、飲みますか?」


「コーヒーで」


 きっと私にとっては慣れない生活になるだろう。


 あの生活が恋しいわけではないが、やはり違和感があった。






 出張所の屋上、そこは山の中間地点ということもあって遠いが海と街を見下ろせる場所だった。


 少し肌寒いが、今日は晴天だ。


「ロボハン、やっぱり」


 分かりやすい背中に声を掛けると、それは振り向いた。


「朝食は食べた?」


 こうして、ロボハンと落ち着いた時に話すのは本当に久しぶり、というか初めてかもしれない。


 あの戦闘機の上で和束が私を見つけた日、まともに会ったと言えるのはあの日だけだろう。


 でも、互いに互いのことをよく知っている。


「後で食堂で食う、それよりお前も所長の挨拶があるだろ」


「あんなの一分もあれば終わるわよ」


 和束が犠牲になって守ろうとした者、それが今ここに二人揃っている。


「…本題に入るけど、ロボハン、あなたはどうして外に出ているの?」


「親父と童楼製薬について探るためだ」


「童楼製薬…それテイーストルクの製薬会社の名前でしょ?」


 童楼製薬、テイーストルクの製薬会社で世界の医薬品市場の売上の役約八割を占めている大企業。


 それだけ名が知れている会社だから、止国の人間でも多少は知っている。


 ただ止国との繋がりがあることは知らなかった。


「バーナーが、俺には知る権利があるって」


「先生が…?」


「レーリ、これはお前にも関係がある話だ」


 ロボハンはそう言うと、ジャケットの小さなポケットから箱を取り出した。


「これ」


「これって…ただの頭痛薬?」


 リラと立ち寄った店にも置いていた、ごく普通の頭痛薬だった。


「止国に置いてある薬は全部止国で作られてる、これだけは違った」


「童楼製薬、はっきりそう書いてる」


「…それは…どうして?」


「それが分からない、でも一つ疑問な点があってな」


「童楼製薬、テイーストルクの会社って情報は持ってるだろうけど本社がどこにあるか分からないってことだ」


「…分からない?」


「そう、ネットにも本にも何処にも書いてない、テイーストルクにだって行ったんだがな」


「待って、そもそも探してどうする気?」


「止国との繋がりを調べる、それだけだ」


 止国が他国と関係を持っていい条件は限られる、薬品を提供されているならそれは確かに不思議なことだが、探りそこから何を得るのか私には不明だった。


「…繋がってるかもしれない、それだけでしょ?何をそこまで…」


「レーリ、俺の父親はその繋がりを調べようとして十六年帰ってきてないんだ」


 ロボハンの親のこと、和束から何度か聞いたことがあった。


 名前がない理由、名付け親になるべきだった母は死に、父は国外にいるからだと。


「もし、親父が死んでいるのか、はたまた生きているか何も分からない、でも俺は息子だ、親父がしようとしていたことは少しでも成し遂げる義務があるはずだ」


 真剣そうな目でそう語るロボハンは最初、私にも関係のある話だと言った。


「そう…じゃあ教えてロボハン、バーナー先生に何を言われたのか」






 光というものが一切ない空間、文字通り暗闇の世界。


「そこにいるのだろう、主よ」


 その場所にいるであろう彼女に声を掛ける。


「その声はミーレ・イクツガ…数週間ぶりですね」


 私にとって彼女は信仰する、この世で唯一姿を表す神だ。


「ええ、あの場所は出入りが厳しいものですから」


 名前は知らない、彼女は名前以外のことはよく教えてくれたが。


「そう…何か用ですかミーレ」


「いやはや、あなたの言った通りでした、アスヤとの因縁は終わっていなかった」


 あのA-0401、アスヤの息子があろうことかnewの資質を継いでいた。


「アスヤ・リリィスでしたか…確かに因縁は終わってないと言いましたが…その息子は私の想定外でしたよ」


「はい?…まさかアスヤが生きていると?」


「ええ、彼なら今アーブストルクにいますよ」


 驚いた、あの男はまだ生きていたか。


 しかし、アーブストルクとは。


「これはまた…面白いことに」


 あの場所には、レーリ・クラークとA-0401の両名がいると聞いていたが。


「まさか…」


「…ミーレ・イクツガ、監視を放ったのなら取り下げたほうがよいのでは」


 これはむしろ、好機だろう。


「駒が増えただけなら別にその必要はありませんよ、好きなだけ尻尾を掴ませればいいかと」









 あの人が部屋から出て行って何分経っただろう、とてつもなく時間が長く感じる。


「…はぁ…」


 付き人に志願したはいいものの、あの人があまりにもしっかりしすぎているからか、すぐに手持ち無沙汰になってしまった。


「まだ一日目だから部屋も綺麗だし、荷物は元から整理されてるしなぁ…」


 かと言って、私が所長仕事を手伝えるわけでもない。


「…付き人なのに…どうして私を置いてっちゃうんだろう…」


 少しだけ、ため息を吐く。


「……でも、どんな仕事してるくらいは見てもいいよね」


 そう思い、あの人の仕事机に近付いて置いてあるノートを開こうとした時。


 突然、机の上の電話が鳴り始めた。


「この番号って…バーナー先生から?」


 電話のモニターには、見たことのある番号が表示されていた。


 でも、私はバーナー先生から電話を貰ったことはない、なのにその番号が分かってしまったことを一瞬不思議に感じた。







 何故、君たちは自身が傷付く環境に身を置いているのか。


 君たちを傷つけるモノがあるなら、削ぎ、切り、踏み、嘲笑って潰せばいい、人にはその力と権利があるのだから。


 人はその行為を拒む、でも人にその力を与えたのは神様だ、神が許すというのなら人間からの許しなんて必要もないのに。


 翼がない人間が飛んで神様は文句を言ったかい?


 だからこそ止国の人間、僕は彼らがつまらないと同時に羨ましいと感じたことがある。


 国という牢獄に囚われている彼らは他国の文化や思想に汚されることはない、ましてや傷付くこともない。


 傷が増え、いつの間にか自身を拘束するようなものなど消え去っていた自分とは正反対だった。


 「ミライ」


 時折、サズファーにそう呼ばれたあの日がフラッシュバックする。


 この世に希望があったというのなら。


 サズファー、彼が最後の希望だっただろう。


「…いて」


 ロボハン、彼に付けられた傷が少し痛む。


 パーカーの破れた部分を縫い付けて直している時だった。


 考え事をしていたせいか、針が指先をチクリと刺した。


「あ、やっちゃった」


 ゆっくりと丸い赤が溢れてくる。


 それが流れたことで、あの忌々しい力でぼやけた何かが見えた。


 ノイズとぼやけ、それがどんな状況かは分からないが、青い髪の青年が椅子に座っている。


「これ…見たことある…確か…」


 そう考えているうちに、一瞬で見えていたそれが消えてしまった。


「…」


 もう少し見たい。


 そう思って針を傷口に刺しねじくりまわした。


 さっきとは比べ物にもならない量の血がポタポタと流れ落ちてくる。


 するとその忌々しい力がまた動き出す。


「…これは…サズファーを殺した…確か…」


 和束優、どうして彼が?








「そう…new…分かった、ありがと」


 new、童楼家が作ったと噂されている薬品、それを投与された人間がロボハンの母親だった。


 もしそれが本当なら、その薬品がロボハンの母親を殺した可能性もある。


「別に、必要な情報を渡しただけだ、感謝されることじゃない」


 人体を永続的に強化する、そんな薬をどう作るのか不思議で仕方なかった。


「ロボハン、こういう感謝は素直に受けておくものだと思うけど」


「…」


 それでも、ロボハンの話は突然で非現実なものではあったけど、整合性があった。


「今度はこっちの番ね、私の気になってることを話す」


 ロボハンの目的がある情報とは違い、明確な目的がないこちらの情報はバラついている。


「まず、これはあなたも気付いているでしょうけど和束という名前、あれはテイーストルクでしか使われてない」


 サズファーが死んだあの日、本で和束という名前を調べた。


 元はテイーストルクの地名に基づいた名だった。


「そうだな…俺も何回か気になって聞いたけど、何も答えなかった」


 今思えば、自分の考えのあまり口に出さないのも和束だった。


「ただ和束には他国の知識が多すぎた、止国の内部で生まれているのなら絶対に持ち得ない知識量だった」


 止国と他国を比較する、そういうことができたのも和束だからこそ。


「和束と初めて会ったのはいつ?」


「四歳、それ以前のことは何も」


 ロボハンが小さく首を振る。


「…そういえば」


 髪を結んでいる薔薇の髪飾りを右手でゆっくり触った。


「和束、お姉さんがいたって」


 薔薇の髪飾り、すっかり自分を体現する物になってしまっていたが、これは本来和束に預かっていて欲しいと言われた物。


 形見と言っていた、ならその人も亡くなっているのだろう。


「…姉…初耳だな」


 これはロボハンでも知らない情報だった。


「和束は家族について話すこともほとんどなかったから、さっぱりだな」


 子供ですら何の疑問を持つことなく戦場に出てるということに違和感を教えてくれたのも和束だった。


 和束に助けられてばかりだった。


 何も返せなかった、後悔とは少し違う。


 後悔は別のものに向けているから。


「それで、私の知っていることなんだけど」


「止国の金階級より上の人間について、いるわ、二人」


「…いるよな、やっぱり…でも二人?」


 金階級、止国の『兵士』をランク付けして一番上にくる階級。


 昇格する前、私はてっきり止国を仕切っているのは金階級の人間だと思っていた。


 ただいざ昇格するとそんなことはなく、行動範囲が少し増えただけ。


 ただ私たちはそれより上を知らないし、教官の人間がどこから指示されているのかも分からない。


「バーナー先生も、指示は普通の人からの言伝だって」


「…じゃあその普通の奴らは?」


「ニパターンあるんだって、眼鏡をかけた男の人と黒髪で目が赤いの女の人だって、気になって資料を探したけど何も」


 総人口二百万人、全員確認するのは不可能に近いし。


 眼鏡をかけた人に限っては、資料で眼鏡をかけている写真なんて載っているはずもないし。


「…ただ、男の人は私たちに指示を、女の人は止国の国そのものに対する指示を伝えに来ていた」


 金階級の昇格した後、アーブストルクへの出張を伝えに来たのもその男だったという。


「つまりその二人は、誰か分からない上二人の付き人ってことか…」


「そう、姿を見たことないからそもそもいないと思ってた副総督と総督、そう思えば辻褄が合う」


 昔からその存在は噂されていた、ただ大半の人間は金階級が指示を出していると思い込んでいたし、総督と副総督の姿を見たことがない以上、内心その存在は否定していた。


「総督、副総督、本当にいたんだな…」


 単純に考えれば、私たちに指示を出すのが副総督、国そのものに対する指示を出すのは総督と考えるのが妥当な判断だろう。


 冷たい風が吹く、数秒の沈黙が続いた後、またロボハンが口を開く。


「レーリ、そういえばお前の付き人はどうした」


「勘がいいわねロボハン…本題はそっち」


「いや別に、ちょっと気になっただけだぞ」


「…」


 また再び沈黙が続いたが、今度は私から口を開く。


「バーナー先生から数日前、連絡があったの」


 この場にリラは連れて来れない、その理由。


「リラ、資料ではサズファーが死んだあの日と同日に死んでるわ」


「…死因は?」


「分かるでしょ、あの日に死んだ人間なんて皆同じ理由」


 サズファーとの戦い、活躍したのはロボハンと和束の二人だが、二人が駆けつけるまでの数分、戦った兵士達がいた。


 全員、もれなく重傷と死亡。


「今こうして生きてるのも不思議だし、何よりあの子は医療班、戦うはずもないのに」


「でも、あの子もバーナーのとこの生徒だろ?」


「そう、授業した記憶もあるし、話してたからよく覚えてるって」


「…じゃ、あの日以前は?」


「…一人一人そんなに詳しく覚えてないけど、記憶にない…って」


 人口二百万に対して、教官は数十人程度、その中でも特にバーナー先生の生徒数は多い。


 一人一人、昔の記憶までは遡れない。


 だとしても完全にないというのが不自然すぎる。


「お前は、あの子を疑うか」


「いや、私の付き人を選んだのはリラの意思、私はそう信じる」




 …




「はい、リラ・リンです」


 レーリ宛に掛けた電話、受話器の奥から聞こえてきたのはリラの声だった。


「…リラか、バーナーだ」


「先生、レーリさん今席を外してて…」


「いや別に問題ない」


 嘘をついた。


 少しだけ、あの話で進捗があったがリラに話せるような内容ではない。


「何かあるなら、私の方から伝えておきますが…」


「そっちでうまくやってるか聞こうと思っただけだ、忙しい時にすまんな」


「あ、いえ別に…」


 本当はリラの父親、副総督の付き人と接触したことをレーリに伝えたかったが。


「んじゃ、レーリによろしく、切るぞ」


「あの、先生」


「…ん?どうかしたか?」


「先生の言っていた機械坊主の人と会いました…」


「お、そうか、元気そうだったか?」


 アスヤの息子、あいつが止国から外へ出てもう数ヶ月経っている。


 律儀に連絡を入れるような人間でもないから、音沙汰なしで少しだけ心配していたのもまた事実。


「その…レーリさんや和束さん、サズファーという人の話を聞きました」


 レーリは和束と関係があった。


 だとすればレーリとあの坊主が接触すれば、その話になるのは当たり前だった。


「…全部、聞いたのか」


「まだ全部かは分かりません…でも…その」


「私、これからずっとレーリさんの味方でいられるのかが不安で…」


 深刻そうな声で、そう呟いた。


 そう、レーリがこのまま前に進めば多くの敵を作ることになる。


 リラ自身が信じていたものへの裏切りにだってなるかもしれない。


 ただ、それでも。


「…リラ、安心しろ、レーリは俺の一番弟子だ」


「決して大切な人を死なせるような奴じゃないし、むしろ一人で全部解決しようとする奴だ」


「だからリラ、お前が支えてやってくれ、お前の憧れは決して間違いじゃない」


 たとえリラとレーリに何があろうとも、俺の生徒であることに変わりはない。


 誰が二人を敵視しても、俺が味方でいる。


 その覚悟はできている。






 突然、名前を呼ばれたような気がした。


「ロボハン」


 時折、その優しい声を思い出す。


 近くにいたような気がして、目を覚ました。


 時計の針は二時を指している。


 この体は、未だに和束が死んでいないと言っている。


 そう信じていた方が幸せなのだろうか。


 誰も救われない思い込みは好きではない。


 無駄な希望はしない、現実を受け止めるのが辛くなるだけだから。


「レーリと先生にも、よろしくね」


 目は覚めているはずなのに、その声はまだ聞こえてくる。


 ただ、過去の記憶をリピートしているだけ。


「ああ、分かってる」


 いるはずもないその声に感謝する。


「…警告、いつもありがとうな和束」


 出張所をずっと監視している人間がいる。


 あの日から視線を感じるそれは、和束の警告へと変わっていた。


 部屋の電気を消し、そのまま外へ出る。


 長い廊下から出張所の門へ出る、するとまた視線は感じた。


「あっちか…」


 監視している人間は、移動しながらこちらを監視している。


 間違いなく誘っての行動だろう。


「…無視してそのまま部屋に帰ってやりたいが、レーリに手を出されても厄介だな…」


 靴紐を結び直し、その視線の方向へと足を進めた。






 前に所長をしていた人の資料を整理している時だった。


 隣の部屋のドアが開く音がした。


「…」


 午前二時に外出、明らかに不自然だった。


「…?レーリさんどうかしましたか?」


「こんな時間にロボハン…私、ちょっと見てくる」


「え、あ、はい」


 部屋のドアを開けると、門から外へ出てロボハンが走っていく姿が廊下の窓から見えた。


「やっぱり…」


 リラが釣られて部屋から出てくる。


「レーリ…さん?」


「…リラ、もう寝よっか」


 ロボハンなら、大丈夫だろう。


 ただ、ロボハンの向かった先、それがあの場所だとするなら。



 


 出張所を監視しやすい場所、その場所には一度訪れたことがある。


「俺だけ誘い出して何のようだ、お前」


 その場に人の姿はない、だが確かに一人、気配がある。


 午前二時で空は黒く、星以外の光がない状況で幾らでも隠れる方法はある。


「…さっさと出てこいよ」


 たが何も現れない、挑発でもしれているような気分だった。


「撃つぞ」


 そう言っても聞かない、だからその人間のいる方向に歩き出した。


「………長引かせんな」


「…はぁ、あなたつまらないわね」


 木々の暗闇の中からゆっくり、一人の女が出てきた。


 黒髪で髪の長い女が。


 目は、前髪で隠れていた。


「撃ちたいなら撃てばいいのに」


 それでも表情は口で分かった。


「撃たせようとしてる奴には撃たねーよ」


 不気味で、何を考えているのか分からないタイプの人間、それを極限まで極めきったような奴だった。


「あんな分かりやすい監視して、用はなんだ」


「…流石に五十倍の光学照準器はやりすぎたわね、いいわ教えてあげる」


 ポケットから携帯を取り出して、画面をこちらに向けてくる。


「副総督があなたを監視するように指示を出したのだけど、それより前に総督が監視するように指示を出してたから、だから私が直々に来てあげたのよ」


 そこには映っていたのは地図、この国の地図だった。


 青い点が二つ、地図の上に載っていた。


 一つはレーリ・クラーク、もう一つはA-0401と表示されている。


「やっぱ、お前が総督の付き人か」


 そしてここは、レーリと初めて会った場所。


 全て想定してやったのなら、相当気持ちの悪い相手ということ。


「そう、あなたが探してるのは副総督ミーレ・イクツガの付き人スミレトス・リン」


「そして私はナレイ・アーク、総督の付き人」


「…総督と副総督の存在を隠してるのは何が目的だ?」


「隠してないわ、ただ誰も今の今まで気にもしなかっただけ」


 勘づき始めているのは、レーリと俺とバーナー。


 そして勘づいていた可能性が大きいのが、和束とサズファー。


「…もう一つ質問だ」


「A-0401、私はあなたをここに誘い出した、私にもターンがあってもいいでしょう?」

 

「…」


「ただの言伝よ、私は総督側の人間だから副総督なんてどうでもいいし教えてあげる」


 アークの言い方はなんというか、総督と副総督がまるで敵対関係だというような言い方だった。


「ま、と言っても欲しがってる情報は十一割ミーレ・イクツガが持ってるけどね」


「…その時点で有力な情報感謝だが、その男と会えないなら意味がない」


 俺はその男と会うために、こうして歩き回っているのだから。


「だから簡単な話スミレトスを探せばいいのよ、付き人なんだから」


 スミレトス、副総督の付き人である限り国を出入りしている可能性が高い。


 まず一度見つけるだけでも苦労するだろう。


「簡単って言うな、お前らと違ってこっちは何にもない」


 最悪の場合、見つからない可能性もある。


「何もなくないわ、レーリ・クラークの付き人がいるじゃない」


 レーリの付き人、確か名前はリラ。


「…は?」


「あの子、スミレトスの娘だもの」


 リラ・リン、それがあの少女の名前。


 その時、アークは少し誰かを恨むような、そんな口をした。


「私とスミレトスとあの子は所詮は死んだ人間の再生利用」


「私の生前はナレイ・イルマージ、サズファーの付き人よ」


 突き止めたければレーリの付き人を利用しろと、アークはそう告げているようだった。






 午前三時、寝る支度と片付けを同時進行していたら結局一時間経ってしまった。


「ごめんねリラ、こんな時間まで起きさせちゃって」


「いえ…むしろやっと付き人らしいことができたと思うんです」


「…そう、ならよかった」


 そんなことを言うリラも、少し疲れた顔をしていた。


「あ、レーリさん、昼頃にバーナー先生から電話がありました」


「何か言ってた?」


「元気でやってるか〜って心配してました」


「そう、先生らしいわね」


 バーナー先生、多分あのことについて伝えてきたのだろう、ロボハンとの話を進めるために必要な情報だ。


 その時は席を外していたから、明日こっちから電話しよう。


「それとレーリさん」


「何?」


「私、どんなことになってもレーリさんの味方でいます」


「…そう、あの時の答えは出たのね」


 思ったよりも、リラは心の強い子なのかもしれない。


 きっと、私よりも。


「何があっても私はリラを守る、大切な付き人だもの」


 何があろうと、リラだけは利用させない。


 これ以上、誰も死なせない。


 これ以上、誰も。






 『Lely Clark編 終幕』

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