第四話「to you who are collapsing」



 二度言うことではないが、私には明確に姿を現す神が存在する。


 盤上に駒は順調に揃いつつある。


 newの資質を受け継いだレーリ・クラーク。


 そして全てが順調だった計画において唯一例外として現れたアスヤ・リリィス…その息子、A-0401。


 サズファーとの戦いを境目に始まった私の計画に、二人の存在は不可欠だ。


「楽しみだ…私が与えたnewの力…それは世界を壊すことすら可能にしてしまう…どう使うのかな…君たちは」


「…その点、あの男はとんでもない出来損ないだったな」


 私の神は、憎悪も嫌悪も全てを受け入れる。


 求めているのは答えだけ、崩壊でも平和でも手に入るのなら構わない。


「サズファー…君は最後まで戸惑いも後悔も苦痛も矛盾も見せてくれなかった…殺されて当然だ」


 私が求めるのは、ただ与えられるだけで役目になんの疑問も持たなかった機械のような空っぽの人間が、矛盾にどう抗い嘆き苦しむのか。


「私はミーレ・イクツガ…そう、神が運命から孕んだ天使…自然現象により産み落とされた必然と偶然の矛盾、善と悪の矛盾を抱いた人の子を導く必要がある…」


「力をお貸しください、私の神よ」


 そこにあったのは、一人の少年を模した神の姿。





 誰かに見られている。


「殺意はない…けど、リラも見てるか…」


 ひっそりと呟く。


 狙いは私だけではなくリラも対象、つまり止国の人間に敵意のある誰かか。


「レーリさん、見られてるって…」


「うん、でも乗り場に着くまでは手出ししてくる気はないみたい」


 サズファーと森の中で敵と戦ったあの日の感覚と似ていた、敵意がある人間が近いと体が反応する。


 いつの間にか、それは心理すらなんとなく読めるようになっていた。


「あの、本当にここにいても大丈夫なんですか…?」


「不安なら私がリラを抱っこして飛んでもいいけど」


 そう言うとリラは何度か窓の外を確認した。


「あ、いや…いいです…」


「リラ、乗り場に着いたら私から後ろから離れないで」


 鞄から取り出した護身用のハンドガンをリラに渡す。


「レーリさんは…」


 武器は一つしかない、けれど私にそれは必要ない。


「大丈夫、私は素手でどうにかなるから」


 リラは少し不安げに頷いた。


 どんどんと地上が近づいてくる。


 無言の状態で数分が経ち、乗り場の寸前まで来た。


 人がぞろりといる、客に紛れてこちらに視線を飛ばす者がいた。


「アイツ…ね」


「どの人ですか…?」


 その人物は、赤いフードを被っていた。


「あの赤いパーカーの」


 そのせいか、性別がわからない。


 長袖で手にポケットを入れているせいか、肌が極力隠されている。


 リラはハンドガンをコートの下に隠し、席から立ち上がった。


 そうしている間に、乗り場寸前までやって来た。


 ロープウェイが到着し私たちが出た後、また別の人たちが乗り込む中その人は乗らずに立っていた。


 リラの手を引き、警戒しながら、目を逸らさず、横を通り過ぎようとする。


「待ちなよ」


 案の定、声をかけられた。


「何か用?」


 顔を合わせる気はない私は、背中合わせのままでそう質問した。


「安心してよ、別に危害を加える目的はないから…それに、上からロボハンが見てるしね」


 その何者かは、あろうことかロボハンという名前を口にした。


「止国の人間ではなさそうだけど、なおさらタチが悪いわよ」


 リラはただ、私と同じ方向を向いて手を強く握っていた。


「知っているのはほとんど名前だけさ、僕は大抵のことに興味がないからね」


「そう、なら私が言うことは何もないわね」


「うん、君から聞きたいことなんて何一つないよ、むしろ僕が教えに来てあげたんだから」


 不気味、というより狂気的な何かをその何者かから感じた。


「レーリ・クラーク、このままだと君は僕のお気に入りと同じ結末を辿ることになるよ」


「…それってどういう…!」


 咄嗟に後ろを振り向いた時、その何者かはその場にはもういなくなっていた。


 乗り場から飛び降りれば不可能じゃない、でも私に気付かれずに去れることが不気味だった。


「…」


 ただ、何処か彼の言動には『あの人』のような何かを感じた。


「誰…なんでしょう…」


 リラが震えた声でそう言った。


「列車が来るから急ごっか」


 ただ一つ。


 あの赤いフードの『少年』は、きっとまた私の前に現れる、そんな気がした。





 列車の中で、座席からただ外の景色を眺めているとリラがくしゃみをした。


「寒いですね…」


「この国は夏でも寒いもの、初めての海外にしてはちょっと環境が違いすぎるわよね」


 自分のコートを脱いで、ただでさえ厚着のリラの肩にかける。


「あと、どれくらいですかね…」


「一時間もすれば着くと思う」


 途中、店で買ったトランプがあった。


 本で見たことがあるからなんとなくでリラと興味を持って買ってしまった。


 ただ、そのトランプは開封してカードを見るだけだった。


 遊び方なんて何も知らない。


 カードだけ持っていても意味がない、遊ぶ方法が必要だった。


「リラ、トランプする?」


「…どうやって遊ぶんですか?」


「適当に、一時間もあれば考えて遊ぶ時間もあるでしょ」


 弾丸には、それを撃つ銃が必要だ。






 

 六歳、いや五歳くらいの時だったか。


 自分がいくつだったかは覚えていないけど、その時の記憶は鮮明に覚えている。


「神様の木箱、抑止力…いろいろ言われてるんだね止国って」


 家族、親族、誰からも捨てられた自分は、国に来ていた止国の兵士に拾われた。


「言い方に意味などない、止国は止国だ」


 その人の名はサズファー、今まで見た人間で一番好きだった。


「ねぇサズファー、僕これ気に入らないかなぁ、正義の国ってやつ」


 ボロボロだった自分を近場の図書館まで引っ張って、手当てしてくれた。


 足に包帯を巻いてもらっている時、適当に手に取った本を読んでいた。


 そこに彼の国のことについて、いくつか書かれていた。


 『正義の国』とか『神様の木箱』とか、そう呼ばれることが多いと書いていた。


 戦争の抑止力、止国。


 人の原始的欲求である闘争、殺し合いを抑制するために作られた馬鹿げた国。


 やり方は単純で、大きな力で制圧する。


 それは根本的に変わらない、そしてつまらない。


 その国のことは嫌いだった、それでもサズファーのことは好きだった。


 今まで好きなことなんて何もなかった、子供の簡単に決まってしまう好き嫌いの中でサズファーだけが好きのうちだった。


 おかしいだろう、本来何も知らない子供の好きと嫌いは半々、もしくは好きなものが少し多くなるか、それくらい自身はませていた。


 自身もそれに気付いていた。



 それから数週間、サズファーが止国に帰ってしまうまではずっと保護してもらった。


「これをお前に」


 帰り際に、何やら袋を渡された。


「…なにこれ?」


「服だ、いつまでそのボロボロの服を着ているつもりだ」


 その中には、赤いパーカーが入っていた。


 ただそれより、服以外の重さもあった。


 むしろそっちがメインというか。


「明日からお前は宿に泊まれ」


「…何日?」


「毎日だ」


「え?どれだけ入ってるのお金…」


 おおよそ、六歳の少年が持っていい金額ではなかった。


「端金だ、どうせ必要なくなる」


「ありがとう…あとこのパーカー大きくない?」


 その赤いパーカーは、あと数年は着れないほど大きかった。


「中に武器を入れてある」


「え?」


「お前が一番欲しいもの、むしろそれ以外は何も欲していなかったかのように見えるが」


「そう…なのかな」


 驚いた、何よりサズファーは自分でも気付いていない好きを見つけてくれた。


「いや…少し違う、僕が欲しかったのは武器ではなくそれから得られる結果、なのかも」


 馬鹿らしい話、武器から得られる答えなんて分かりきった物を欲しがっている。


 でもそれが、崩壊していく自分にとっての世界への反抗と逆襲だった。


 そしてそれが、崩壊していくサズファー、君への感謝だ。


「ありがとう、『死ぬ人間』に感謝したのは初めて」


 そうサズファー、彼はこれから数日以内に死ぬ、確実に。


「…やはり、お前は妙な奴だな…面白いガキだ」


 でも笑った、彼に意味なんて分かるはずのないから。


「止国にいる機械のようなガキとは違ってお前は」


 生きている人間のようだ、彼はそう口にした。







「目を瞑っていた方が楽しい世界があるのに、どうして人は目を開けちゃうんだろう」


 ずっと眠っていた方が楽しいだろうに。


「どうしてだと思う?」


 目の前にいる銀髪の止国兵にそう問いかけた。


 ただ、その『機械』は何も答えない、ずっとこっちを見て突っ立っているだけ。


 あの日、彼から貰った赤いパーカーが少し赤黒く染まってしまった、自分のソレで。


「君はサズファーの言っていた通りだ、機械みたいでつまらない」


 そう告げると、その機械はようやく口を開ける。


「そうか、じゃあ今から目を瞑って面白い世界でも見に行くといい」


「…ふーん、レーリ・クラークがそんなに大事?」


 機械がここにいる理由は一つ、レーリ・クラークに自分が接触したことが原因だった。


 赤いパーカーの中に隠していた武器、レーリ・クラークも気付いていたが、彼女はそれを無視した。


 だが彼は、この機械は、無視しなかった。


 それに会話を聞かれていた、そしてサズファーと関わりのある人間だと悟られてしまった。


 あの後に機械が近付いてくることを察して武器を取り出したのが間違いだった、その瞬間にナイフで腹部を一箇所傷つけられてしまった。


 深くはない、それでも十二歳の自分の体には重すぎる傷だった。


 路地裏に自分から誘い出したのも間違いだった。


 でも、傷をつけられたことは都合がいい。


 『アレ』が使える。


 自分が全てから捨てられた理由、サズファーが死ぬとわかってしまった忌々しい力。


 発動条件、血を流すことは満たしている、それも多量の出血で好都合。


「ねえロボハン…例えこの力を使っても僕は君には勝てない…体が追いつかないからね」


「そうだな、じゃあ逃げるか?」


 随分と冷静、どうしてこの機械の人は『力』に疑問を持たないんだろう。


 そうか、確か和束とかいう人も持ってたんだっけ、これ。


 だからサズファーも負けちゃったんだもんね、仕方ない。


「うん、逃げるよ、それ以外選択肢なさそうだし」


「そうか、じゃあ二度と関わるな」


 逃げられることは確定したのなら。


「っと」


 足に思いっきり力を入れ、自分の体が耐えられる速度を維持してナイフで機械の心臓を狙った。


 地面を蹴った時の力が強すぎたのか、タイルがボロボロに飛び散り視界を妨害してくる。


 ただ狙う臓器が決まっている以上、見えなくとも外さない、それは地面を蹴った時点で決まっている。


 体を突き刺す前からの重さ、距離僅か八メートルを移動するだけでそれは自分の体重の十倍近い。


 ナイフと自分が機械の目の前、残り数ミリで攻撃が決まる地点までやってきた、地面を蹴ってからコンマ一秒も経っていない。


「…ッ!?」


 突然、視界が真っ暗になった。


 ナイフが機械に当たった感触はない、明らかに当たるはずの攻撃が当たらなかった違和感が不快感を呼ぶ。


 地面に強く打ち付けられた、その瞬間に状況を理解した。


 ナイフが胸を貫こうとした瞬間に、顔面を掴まれそのまま神速で体ごと地面に押さえられた。


 その速さは文字通り、神速。


 いや、神様でも出せるのか怪しい程の速さだった。


 そこから来る威力は凄まじい、逆に痛みを感じないレベルだった。


 機械の手が顔から外れる、それでも視界は不十分、ぼやけている。


「流石、『予知通り』強いんだね」


 自分の頭を横をスッと動かした、その瞬間に何か耳の横の地面に刺さった。


 途中で打ち付けられた瞬間に奪われたナイフだろう、トドメを刺す気があるのかないのか分からないが、刺さっていれば確実に死んでいただろう。


「僕の『予知』だとね、一発ぐらい刺しても変わらないんじゃないかなって思ってね」


「そうか、確かにな」


 今の一瞬の出来事で、深夜とはいえ音は街に響いただろう。


 地面も傷だらけ、騒ぎになるからこの機械は自分を殺せない、そう思った。


「お前の予知だとお前から逃げるんだろ、さっさと行け」


「はいはい…イテテ…レーリ・クラークもこれくらい強いのかい…?」


 そう言って立ち上がった。


「お前…サズファーを殺した俺たちのこと、恨んでるのか」


「別に、人の命にいちいち価値を見出すつもりはないよ、それこそ動いてる命になんて尚更興味ないよ」


「僕が興味があるのは、新品じゃなくて壊れかけの道化と壊れた玩具だけだよ」







「あ、あのレーリさん…明日から本当にこれ着るんですか…?」


 リラが顔を赤らめてハンガーとそれにかかった服を持ち上げて、そう言った。


「うん、女の子の付き人ってあんまり出張所に来なかったものだから昔使ってたそれしかないんだって」


 出張所に着いた後、真っ先に案内されたのはモダンな部屋だった、最新の電化製品とか置いてあって利便性にたけていた。


 深夜に到着してしまったせいか、話は明日にしてほしいと、案内してくれた兵士が言っていた。


 部屋に着替えは既に用意されていて、クローゼットの中に付き人用の小さなメイド服が入っていた。


「その…てっきりいつもみたいにカッターシャツを着てするものかと思ってたので…」


「流石に室内だけでしか着せられないと思うから…まぁすぐ慣れると思うから頑張って」


「え〜…」


 リラは諦めた顔で、メイド服をクローゼットにしまった。


「…お風呂って何処にあるか知りませんか…?」


「部屋を出てひたすら右に行ったら大浴場があるから、そこで入ってって言ってたけど」


 そう告げるとリラはドアを開けて、廊下を見る。


 直後、何故かドアを閉めてしまった。


「一緒に付いて来てください…」


「付き人に私が付いていってどうするの…」


「だって、暗い廊下に非常口の緑色の光と赤い光しかないって怖いじゃないですか…」


 なんとなく、戦いのことばかり考えて来た私たち前線班とリラたち医療班の違いが分かったような気がした。


「仕方ない…」


 立ち上がり、着替えとタオルを掴む。


 ドアを開け、私が先導する形で廊下を歩く。


 長い廊下、暗闇は慣れている、昔からそうだったわけではない。


 でも、どうして暗闇が怖かったのか、今では思い出せない。


 色々考えていると、突然リラが私の袖を掴んだ。


「リラ…?」


 リラはどこか不安げな顔をしていた。


「…」


「そっか…」


 その時、思い出せたような気がした、暗闇が怖かった理由を。


 小さい頃、暗い道を歩く時に誰かの袖を掴んでいたのを思い出した。


 母だ、あの時私は母の袖を掴んで歩いていた。


 ただそれは、怖い暗闇から母に守ってもらいたくて袖を掴んでいたのではない。


 暗闇に母が消えてしまわないか、その不安から私はずっと母の袖を掴んでいた。


「…リラ、大丈夫だから」


 母が亡くなって、私は暗闇が怖くなくなった。


「別に、私は消えたりしないから」


 母は消えたのではなく死んだのだ、私を裏切ったわけじゃない。


 ただ、消えることは裏切りになる、そんな区切りのない思想を私は抱いていた。


「…私は付き人ですから…ずっと近くにいなきゃダメなんです…」


 リラはずっと正しいことを言ってくれる、本来正しい姿であるべき私が正しさに迷っているのはおかしいだろうか。








 その日は、星空が綺麗だったのを覚えている。


「レーリ、幸せについて考えたことある?」


 和束が柵の上に座って、そう私に問うた。


「…幸せ、あんまり」


 他者のために戦う、そう生まれた時から決まっていたのなら幸せなど、自分の幸福など考える必要はなかった。


「僕たちは普通の人間じゃない、自分の幸せより万人の幸せを考えなきゃいけない」


 そう、万人の幸福のために、その妨げとなる争いを止める。


「…万人の幸せって一体なんなんだろうね」


「万人に当てはまる幸せなんてないと思う、仮に答えがあるならそれはきっと私たちも幸せにすると思う」


 数百万人や数億人、それだけの人間が幸せになる魔法でもあるのなら、争いなんて起きないし、抑止力なんて必要ない。


「…だよね、僕たちは分からない答えのために戦って人を殺すのかな」


「それは違うと思う、和束…私たちは死ぬ人間を最小限に抑えることを第一にしてる」


「それもそうだろうね、僕たちは死んだ人間にカウントされないのだから」


「…それは」


 他国の兵士にも、国のために死ぬなんて考えを抱いている人はいるかもしれない。


 生まれた時からそう思っているわけではない、それにそれは国のためにであって世界のためではない。


 誰かを不幸にする覚悟、大切なものを守る覚悟、そのために死ぬ覚悟、それらを併せて国のために死ぬ覚悟なのだ。


「じゃあ、和束の幸せって何?」



「それ、前にも聞かれたよ」







「和束って、人のことばっかりだな、お前の幸せはどうなんだよ」


 和束に、そう問いただしたことがある。


「…え、僕の?」


 最初は、ずっと質問ばかりしてくる和束への仕返しだった。


「…ロボハンって…たまに難しいこと言うよね」


 少し俯いて、考えて、また顔を上げる。


「顔の知らない誰かのためじゃなくて、大切な人のために死にたい…とか?」


「それ、幸せじゃなくて願望じゃないか?」


「願望が叶うなら幸せじゃない?」


「いやそうじゃなくて…どう死にたいかじゃなくて、どう生きたいか、だろ」


 その時は、和束は間違っていると思っていた。




 あの日、朦朧とする意識の中で和束が必死に戦う姿を見た。


 止国にとって大きな一日になったであろうあの日。


 そういえば、サズファーにトドメを刺したのは和束だった。


 ボロボロになって、腕なんかもう動かない誰のかも分からない血で汚れた和束が倒れた俺の場所に来て、囁いていた。


「ロボ…ハン…」


 口から血が流れている、一言発した瞬間和束は膝から崩れ落ちた。


「バカ…喋る…な…ッ!」


 その和束に手を伸ばす、俺もその腕が折れていることなんてその時は忘れていた。


「聞いて…ロボハン…不思議とね、今までで…一番生きていたような気がした…」


 実は分かっていた、あの質問の答えの意味を。


 この国に生まれた以上、生き方は選べない、ただ死に方なら少しでも選べる、いや。


 生きる理由は決まっていても、死ぬ時の理由は自分で決めていいと。


「…大切な人を守っている時の方が…ずっと幸せだよ」


 簡単な話、なのかも知れない。


 それでも俺たちにとってそれは遠い遠い答えだった。


「和…束…」


 多分だけど、あの時の和束は目も見えなくなっていただろう。


「ロボハン…レーリと先生にも…」


 あの日から、死ぬ理由、戦う理由に囚われるようになった。


 何も和束のせいとは言わない、和束が与えてくれたものが大きすぎて重荷だっただけ。


 ただの実力不足だ、俺はきっと、本当は和束の足元にも及ばなかったんだと思う。


 よろしく、それが最後の言葉だったか。


 その後、俺は和束の後を追いかけるようになった。


 自分から和束に近付こうとしているのだ、辞退して消えることは和束への裏切りになる。


 それだけの理由で、戦える、今はそれだけでいい。







 一瞬、廊下で立ち止まってしまった。


 窓の外に咲く花が一瞬、目に映った。


「…?どうかしましたか、レーリさん…」


 その花に、見覚えがあった。


 暗くても、形ですぐに分かった。


「お花ですか…あれはハナニラですね」


「ハナニラ?」


「はい…暖かい春に咲く花なので、一年中寒い国で咲いているのは不思議ですね…」


 思い出した、あの花を見た場所を。


「和束の部屋…」


「…え?」


「リラ、花言葉は分かる?」


 和束の部屋に、あの花は飾ってあった。


 ロボハンと和束が住んでいた寮の部屋、そこに飾ってあった花だった。


 ずっと特徴的な花だとは思っていた、でも名前は聞かなかった。


「確か…ハナニラの花言葉って…」


 和束は昔から色々なことに詳しかった、ならあの花にもきっと意味があったはず。


「その…花言葉を意識して意図的に置くにしては不思議だと思うんです」


「…?」


「だって、あの花は…」







 悲しい別れ、そんな意味なのだから。

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