第三話「roses and machines」

 

 今から何年前のことだったか、時間が経ち過ぎてすぐには思い出せない。


 あの就任式の日を。


「バーナー・ラステンクス、君を今日より正式に止国重役教官に就任する、前へ」


 ただ、あの時はひたすら前を向くことを決めた。


「はい」


 


 風が冷たく肌寒い海の前で、自販機の壁にもたれて缶コーヒーを開けずに持っていた。


「ラクスが先生か〜…似合わないな」


 ラクス、それは俺を呼ぶ時の懐かしい愛称だった。


ラステンクス、フルネームで言う人間はそうそういなかった。


「うっせぇ…元から器じゃないのはわかってるての」


 正式な就任式を明日に控え、色々と準備に追われていた俺は、唐突にアスヤに呼び出された。


「…んで…何のようだよ、俺明日就任式なのわかってんのか?」


「わかってるとも、ラクスに言いたいことがあるから呼んだんだよ」


 その時のアスヤは、口調は変わらないがどこか改まっているような、そんな感じがした。


「…俺の息子のことだ」


「息子…?」


「あぁ、先日生まれた」


 アスヤが数年前から婚約していたことは聞いていた、正式に書類を出す時に手伝ったのを覚えている。


「…お前の奥さん、体悪いって聞いてたんだが大丈夫なのか」


 昔から体が弱い、それが縁結びで婚約したと聞いていた。


「だから、死んだ」


「…そうか」 


 アスヤは少し悲しい顔していたが、それ以上表情にはあまり感情を出さなかった。


「んで、今回の出来事で確信がついた」


 話が本題に入る、そんな口ぶりだった。


「間違いなくnewが絡んでる」


「new?…あれの投薬は開発当時から世界共通で使用禁止だっただろ」


 new、それはその薬を投与された人間を表す言葉で実際は薬を指す名前ではない。


「考えてみろバーナー、投薬を使う使わないなんて、この隔離状態の国じゃバレるわけもないだろ」


「確かにそうだが…」


「だから俺は、今の金階級の地位を利用して薬について突き止める」


 アスヤの口から出てきた言葉は、今まで聞いた彼の言葉の中で最も衝撃的だった。


それは、多大な時間が必要であり、多大な賭けに等しいものだった。


「……お前、子供はどうする気だ」


 ありきたりな質問をした。


 自分でも、答えはわかっている。


「…お前に、任せたい」


 わかっていた答えでも、口にされると頭に血が昇る。


 アスヤの襟を掴み、感情を吐露する。


「ふざけんな…誰も望んでない道だろうが!」


 そんなに軽いものなのか、そんなにも安いものなのか、その行為は誰が望んでいるものなのか。


ただ、複雑な感情と怒りに狂わされる。


「わかってる…だが…」


 ゆっくり襟から手を離し、一旦冷静になることを意識し、落ち着きを取り戻す。


「…誰かが止めなきゃいけないんだな、アスヤ」


「あぁ…頼むラクス」


 忘れていた。


 決意した人間を止めるのは間違いだ、それはそいつ自身を踏み躙ることになる。


「それでアスヤ、当てあるのか」


「…あの薬を開発したのは童楼製薬だ、本社はテイーストルク」


 決意がある、当てもある、理由もある、それだけ条件が揃っているならもう止められない。


「止めるのは無理でも、止国との繋がりがあるのかだけは確認する必要がある」


 アスヤは、俺の就任式と同時刻に出発すると言った。


 俺も息子の面倒を、できる限り見れるようにすると言った。


「お前一人に、何人もの命を背負わせるのは辛い、だから早く帰ってこい」


「わかってる、それにラクスだって明日から人の命預かる身だろ」


 アスヤが出発し、俺は教官になった。


 就任式が終わった後、アスヤの息子に会いに行った。


 新生児室で、御七夜すら迎えていない赤子だった。


 アスヤから預かったその子のネームプレートには、何も書かれていなかった。


「命名式すら…迎えてないもんな」


 元々、アスヤの妻が名前を決める予定だった。


 それが出産後すぐ亡くなったしまったため、名前は決まらずのままだった。


「安心しろ坊主、アスヤは必ずお前を…」


 そんな言葉も、きっとまやかしなんだろうか。








 「久しぶりね、ロボハン」


 リラが私の袖を少し握っていた。


 私の声色が少し変わったことに気付いて、何かを警戒するように。


「レーリさん…その人…って…」


 今、目の前にいる。


 先生が機械坊主と言っていたその人が。


「そう、ロボハンは名前がないあなたに対して言う『私たちだけの愛称』…先生が知っているはずもないわね…」


 先生は機械坊主と言っていた、だからずっとわからなかった。


 ロボハン、和束と私だけが彼のことをそう呼んでいた。


 そう呼ぶうちに何も掘られていないネームプレートに何の疑問を抱かなくなり、そのうちそれが私たちにとっての彼になっていた。


「止国の船が見えて、もしかしてと思ってな」


「ロボハン、あなた…どうして外へ?」


 いつまでも顔を見せず、ずっと遠いところにいたその男に、私は問いかける。


「お前と同じだレーリ」


「サズファーと関わった俺たちは、もう後戻りなんてできない」


 そう、そうだった。


 ずっと追いかけていた、あの日から。


 逃げることなんてできなくて、体もそうするのを拒んでいた。


「じゃあ教えてロボハン、その『俺たち』の中に…和束はいるの?」


 あなたは今、どうして一人なの?







 幼い日の記憶、初めて他者と深く触れ合ったあの日のこと。


「君、名前は?」


 青い髪の誰かが、自分に話しかけてきた。


「…名前…A-0401…」


「それ番号でしょ、名前だよほら」


 そう言って彼はネームプレートの裏を見せてきた。


「それは、俺にはない」


  生まれた時から、名前なんてなかった。


 いずれ親が帰ってきてつけてくれるとバーナーは言っていた。


「ない…?」


 彼を困惑させてしまった。


「あー、すまんすまん和束、そいつはほんとに名前がないんだ」


 後ろから知らない大人がやってきて、和束と自分の頭を撫でてきた。


「え〜、じゃこれから何て呼べばいいの?」


「そうだな…今日はそれを決める日にしよう」


 その人はどこか暖かくて、どこか柔らかい、そんな人だった。


「…俺はキイチ、今日からよろしくな」


 そうして自分の方に手を差し出してきた。


「今日から…?」


「そう、今日からお前は俺の生徒だ」


 バーナー以外に初めて会った人間、それがキイチ先生と和束だった。


「二人しかいないの…?」


 先生、という割にはそこにいる生徒は自分と和束だけだった。


「そう、二人だけだ、こだわりにこだわりを重ねた結果選ばれたのがお前たちだ、光栄に思っていいぞ」


 今思えば、厳しいと聞いていた止国の訓練があの先生の前ではとても普通に感じた。


『辛くなったら休め』


『失敗は糧にはならない、失敗しないために今こうして訓練してる』


『挫けないのが強い心なのではない、立ち上がるのが強い心というものだ』


 あの人はなんというか、体ではなく心で、言葉で俺たちを強くしてくれた人だった。


 和束と強くなれた、それが何よりも大切なものだった。


 それさえあれば、他に必要なものなんてなかった。


 世界だって、名前だって、その大切なものに比べれば無に等しいほど。


 和束といた時間、それらは決して和束と共に強くなった時間を無駄にしない安堵の時間だった。


 でも、どこかで、もしかしたらわかっていたのかもしれない。


 どれだけ、楽しいことにも終わりはある、平穏なんて続かない。


 だってそれが止国の存在意義。


 国と国の平和のために、人と人の平和を捨てる。


 そして、あの日から一ヶ月後。


 医者の頸動脈触診、心音確認、対光反射確認が終わり、その言葉が告げられた。


「四時十七分、和束優さんの死亡を確認させていただきました、ご愁傷様でした…」


 恨むべきなのか、恨むのなら何を。


「サズファー、止国…いや、自分か…」


 ただ、決意はついた。


「サズファーは消えた、止国のことは俺に任せてくれ和束」


 任せる、なんて言い訳だと思った。


 俺はただ、お前といた時間が無駄じゃないことを今でも証明し続けたいだけなんだ。


 だが、今はそれだけでいい。


「…だからこそ、あいつが不思議で仕方ないな」


 レーリ・クラーク、あいつは一体、何を理由に真実を追い求めるのか。


 逃げられない、しかし理由でもない限りは進めない…俺はそう思う。


 理由がないのなら、それは自傷行為に他ならない。


「なぁ和束、少しでも長く俺の理由でいてくれ」


 和束の最後の遺品であるヘアリングを持って俺は病院を出た。


 止国をどうにかして、それで俺はどうする?





 止国の奥の奥、いわゆる上層部。


 その最上を位置する人間たちのいる場所、それは止国ではないどこかに存在していた。


 静かな部屋に一人、私は座っていた。


 窓から見える景色は絶景ともいえる、海や木々の美しい世界が広がっている。


 部屋にノックの音が響く。


「ミーレ様、リンです」


「入れ」


 ドアを開くとそこには、いくつものファイルを持った男が立っていた。


 スミレトス・リン、銀階級に位置する男。


 二年前からここを出入りするようになった。


「先日申されていた、newに関する実験データをお持ちしました」


「遠路はるばるご苦労、あいにく今は忙してくてな、重要なところだけを教えてくれ」


「はい、まず薬を投与された人間についてですが、一人を除いて大半は虚弱体質になって生まれてきました」


「そこまでは聞いている、私が知りたいのはその後だ」


 十数年前、new投薬の実験が唯一成功した男がいた。


 サズファー、桁外れの身体能力を持って生まれたその男は一人で止国そのものと大差ないほどの力を持っていた。


 newという新しい人間を生み出せる証明をしてくれた。


「投薬は新生児三十人に対象に行われました、そのうち十八人は十歳以下、五人は十一歳から二十歳で死亡、二十一歳から三十歳で死亡が二人、残りは存命しています」


 三十人のうち存命しているのは五人、生存率はかなり低い。


 その薬は、童楼製薬が作り出した悪魔のようなものだった。


「…うむ」


 時代とともに人間は、退化していくもの。


 しかし止国の人間は常に進化しなければならない。


 そのために開発されたのが「M-Redevelopment」という薬だった。


「そしてこの研究から私たちはnew投薬は止国の人間でさえ耐えることは困難だと思っていましたが、違いました」


「その投薬を行われた人間の子供には、少なからずnewの資質が成長とともにあらわになり始めました」


「こちらがその資料です」


 するとスミレトスは数枚の資料を渡してきた。


「これは?」


「投薬された人間の子供たちです」


 資料に書かれている子供たちは金階級のみであった。


 レーリ・クラーク、それと


「A-0401…この子の名は?」


 名前が空白だった、何も書かれていなかった。


「ありません、親が十数年行方をくらましておりまして」


 つまり止国を自由に出入りできる人物、金階級の人間だろう。


「兵士の管理は私の役目ではない…君たちの…いやまて、この子の親の名はなんという」


「はい、アスヤ・リリィス…と」


 アスヤ・リリィス。


 その名を聞いた瞬間,顔は自然と微笑んでいた。


 ……。


「ハハ…」


 微かに口を開き、


「ッハハハハハハハハハ!!」


 素朴で大きな笑いが腹の底の底から溢れ出てくる。


 そうか、そうか、こんなところで。


 奴はまた、そうして私のところに来るのか。


「運命とはどうしてこうも私を楽しませる!?」


 人の生も死も憎悪も嫌悪も愛も全てはただの自然現象に過ぎないというのに。


 本当に人というものは神によって作られたものなのか。


「確信だ、運命だけは自然現象ではない…神が唯一人に与えたもうた奇跡と快楽だ…」


 生物の中で人間にのみ運命は与えられた。


 運命は自然現象ではない。


 …所詮、神は人間の創造物にすぎないが。


「ミーレ様」


「ああ…もう十分だ」


「では、私はこれで」


 スミレトスが部屋を出る。


 その瞬間、全ての電気が消灯し壁映し出されていた美しい窓から見える景色も豪華な部屋も全てが消えコンクリートの壁だけが残った。


 そしてドアが外からロックされた音が聞こえた。


「…しかし、私には…明確に姿を現す神が存在する」


 偶像ではなく創造物ではない、私を導く人の形を模した神。


「牢獄の中で私を楽しませてくれる神よ」


 錆びたぼろぼろの卓上から携帯を取り、電話をかける。


「資料は読んだ、newの二人を監視してくれ、銅階級の人間までならいくらでも使って構わない」


 しかし私も、いい加減手に入れるとしよう。


 自らの手で。


「すぐ気付くだろうが止国との敵対は避けるだろう、彼らの観察結果は全て報告したまえ」







「はい、スミトレス・リンです」


「はい、彼に異常はありません」


 ミーレ・イクツガ、彼に実験データを伝えたすぐ後。


 あの方からの連絡に答え、現状を報告をする。


「それと…私の娘は健在でしょうか」


「…えぇ、それは都合がいいです、私の実験に付き合っていただき感謝します、それでは」


 感謝の言葉を述べ、それを最後に通話を切る。


「それにしてもアスヤ・リリィス…彼が副総督をあそこまで奮い立たせる理由とはなんだ…?」


 ロビーから外へ出ると、黒い車が一台待っていた。


 近づくとドアが開き、中から男の声が聞こえた。


「乗りな、銀階級のスミレトスさんよ」


 何度か聞いたことのある声だが、思い出すことはできなかった。


「君は?」


 運転席の窓が開く。


「…バーナー・ラステンクス、止国の教官だ」


「止国の教官様が、私に何か用でも?」


「それ込みで、説明する」




 この辺りでは暗い道が多く、道路照明すら設置されていない。


 この国の時刻はとうに午後十一時を迎えていた。


「さて、そろそろ話をしてもらおうか…バーナー教官」


「…あぁ、お前がレーリと友人のガキの資料を持っていったんでな、何かと思って適当に理由をつけてここまで来てやった」


 基本止国では、兵士の情報はその兵士の教官が管理している、ならば資料を手に入れる過程で教官の目につくのは当然のことだった。


「つまりバーナー教官、君は生徒を何かに利用されると?」


「するだろうな、特にレーリ…銀から金に昇格されるのが早すぎた、銀に上がってから三ヶ月で金になんて何かあるとしか思わないだろうよ」


 カーナビしか車内を照らすものがなく、その男の表情は不明だったが、声質はどことなく立腹しているようだった。


「…君はアスヤ・リリィスについても知っているようだね」


「言ったろ、友人だ」


「是非知りたいが…その様子では教えてはくれなさそうだ」


 カバンの中に手を入れ、護身用に持ち歩いていた銃を掴む。


「やめとけ、銀階級風情で勝てる相手だと思うな」


「…」


 銃から手を離す。


「お前らが実験してるnew、あいつらに心技体教えてる身だってこと忘れんなよ」


「そこまで勘付いているのなら、私を今ここで殺すべきではないのかね」


「…解決にならないことはしない主義なんでな」


 自身を殺す可能性を持った相手が今隣にいるという状況下で、ハンドルから手すら離さないその男の姿は不思議と恐怖感と不快感を感じた。


「それに、聞きたいことがある」


「…何かね」


「お前が出てきた無駄にでかい施設、あの中には何がある」


「…あそこには、止国副総督のミーレ・イクツガが収容されている」


「収容…副総督を閉じ込めていると?」


「ああ、私たちにとって必要な存在だが、ある意味私たちにとって最も危険な存在でもあるからね」


 止国では、副総督と総督の二名の存在を知るのは限られた人間、勘づいた人間と知らされている人間の二種。


 この男は、前者だろう。


「……」


 その言葉を発した後、数十秒の沈黙が続いた。


「質問は以上かね」


 携帯を手に取り、時間を確認する。


「いや、まだだ」


「…さて、まだ知りたいことがあるのかい」


「スミレトス・リン…お前の娘、何故サズファーとの戦いで死亡したことになってる?」


「私の身内まで調べるとは…趣味が悪いな君は」


 今思えば教官という役職には多くの制約がつくが多くの自由を得られる、敵に回すにはあまりにも厄介だった。


「…死亡している、そう書いてあるのに君は何を疑う?」


「さぁてな、お前の娘が死亡しているなら…今、レーリの付き人をしているあの子は何者なんだろうな」


「なるほど、どちらも君の生徒だったか…これは失態だったな」


 窮地車が道を曲がり、どこかの公園のようなところで停車した。


 男も、ハンドルから手を離していた。


「…ここは?」


「出れば分かる」


 ドアを開け、少し歩いた先に大きな石碑があった。


 携帯のライトをつけ、全長四メートルにも及ぶ石碑にはこう書かれていた。


「和束…青葉…」


 異国の言葉、テイーストルク語で使われている文字だった。


「そう、数百年前に止国建国に最も反対した男」


 和束家。


 数百年前、止国建国計画を進めていたテイーストルク政府に対し一等兵だった和束青葉は反旗を翻した。


 結果として止国建国を阻止することは叶わなかったが童楼製薬の元最高責任者の童楼澪との関わりが深い。


「…その和束家の人間が…他国の血を受け付けない止国にいたのか…不思議だと思わないか?」


「確かにね」


「止国には、謎が多すぎる…このままだと勘のいい金階級の人間に察されて滅びの道を辿ることになるぞ」


 そう、警告のようなものをした男は石碑に背を向け車に戻っていく。


 そして、一瞬だけ立ち止まったその男は一言こう発した。


「俺は、この状況が続くならそうなることを願うけどな」







 薔薇と機械、それは互いに和束優に与えられた称号と体現だった。


 そして、約束の証でもあった。


 薔薇の髪飾りを与えられ、ただその薔薇を返す日を待ち続けた私。


レーリ・クラーク。


 機械のようだと名を与えられ、ただその与えてくれた人間と共に生きることを望み続けた少年。


 ロボハン。


「レーリ」


「ロボハン答えて、和束は」


 数年待ち続けた答え、それを求めてきた執念、それが力となって現れ拳を強く握っていた。


「和束は、いや…そうだな、お前も和束に形を与えられた人間なら知る必要があるか…」


 その時のロボハンの顔は、今までにも見せたことのない悲しい顔だった。


「レーリ、俺もお前も二度と和束との約束は果たせない」


「……そう」


  分かっていた。


 あの和束が数年も顔を見せない、なんてこと普通に考えてありえるはずもなかった。


 でも、この結果はもっと前から、この薔薇の髪飾りを渡された日から分かっていたような、そんな気がしてならない。


 いわゆる、罪悪感だ。


 右手が、自然と薔薇の髪飾りを触っていた。


 あの時、これを受け取ることが難しかったのは彼の行為を肯定することが嫌だっただけではない。


 逃げられなくなる、そのことから逃げたかっただけなのかもしれない。


 でも、だからこそ。


 この薔薇を手にした時から、決意は決まっている。


「ロボハンごめん、聞いた私が馬鹿だった」


「別に謝ることでもない」


 私はもう、客席の人間ではない。


 とっくに舞台に上がっている役者の一人なのだ。


「決意はあの日から決まってる、サズファーに関わったものの一人として…覚悟を決めなきゃね」


 ロボハンと私に与えられた約束は、いつの日か機械という台本、薔薇という台本に変わっていた。


「リラ、行こうか」


「…はい…」


 ロボハンが歩き始めたと同時に、私とリラの足も前に進む。


 私たちがすれ違った瞬間、何かが崩れていくような、そんな感じがした。


 ロープウェイに乗り込み、どんどんと街へ戻っていく。


「…あの、レーリさん…」


「ん?」


「私は…その、レーリさんがどんなことになっても味方でいれるでしょうか…」


 そうだ、私は今。


 和束から渡された選択肢を、リラにも与えてしまった。


「リラ」


「でも、できる限り私はレーリさんの味方でいたいです…」


 リラは私の手を、強く握っていた。


「安心して、リラ」


「私はリラに背負わせるなんてことはしないから」


 これ以上、誰も死なせない。


 それは罪悪感を拭うために私に与える罰。


「それは少し違います…レーリさん…」


「…え?」


「ただ一人で背負ってほしくないんです」


「…」


 リラは客席から苦しそうに演じる役者の私に気付いていた。


 和束を見ていたあの時の私のように。


「リラは、思っていたよりずっと凄い子…」


「私も、レーリさんが持ってるもの…一緒に持ちます」


 罪悪感はある、後悔もある。


 ただ、引き返す気はない。


 止国という国の真実は、必ず突き止める。


「だとすれば、先に解決しなきゃいけない問題があるかな」


 このロープウェイに乗った時からある違和感。


「見られてるわね、私…」


 外から感じる視線。


 おそらくその人は、街で私を待っている。

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