第二話「wide and narrow world」



 私、いや私たちは広い広い世界で生まれた。


 止国は違う、ここは広い世界の中で孤立した狭い世界。


 ここで生まれた子供たちは、生まれてから死ぬまで駒。


 ある人が言った。


「世界が平和であるためには、大きな対価が必要だ」


 対価とは人が受け取るもの、ここじゃ対価そのものが人だと言い張る。


「数十億の人間が救えるのなら、数百万程度の人間は安いものだ」


 破綻している。


「むしろ、選ばれた特別な人間だと思うべきではないか」


 矛盾している。







 無事、止国からアーブストルクまで移動できた私たちは出張所へ向かう列車の切符を買い、待ち時間を街で潰すことにした。


「リラは行きたい場所ある?」


 真横にいるリラに問いかけたが、何も返ってこなかった。


「…………」


 この距離で聞こえないわけがない。


「…リラ?」


 心なしか、いや心なしじゃない。

リラの目は泳いでいる、泳ぐというか走り回っているというか。


「リラ」


「え!?あ、はい…!」


「リラ、国外に出るの初めてならそう言ってくれればいいのに…」


 船に乗り込んだ時、母親に電話で海外出張を報告しているのを見かけた。


 それもそうか、白階級で医療班なら止国を出ることはあまりない。


 止国の人間が国外へ出るケース。

それは四つ存在する。


 一つは、どこでもいいから戦争が起きた場合。

 

最も多いケースで止国の役目に従い、その場へ前線班が出向き双方を制圧し終息させる。


この場合、派遣される医療班は銀以上、ほんの一部。


 そもそも傷を負う兵士が出てこないのだから、医療班の出る幕がほとんどない。


 医療班は大抵、戦地に出向く人間ではなく止国で医者になるというタイプがほとんど。


 …そういえば一度だけ医療班が総動員で動いたことあったっけ、私は思い出したくないけど。


 二つ目は、今の場合。


 銅階級以上の派遣、出張。


 一つ目と違うところは、戦地だけではなくその国の文化に触れられるところ。


 メディアゼロの情報遮断状態の止国では、貴重すぎる体験で自分から志願する人間も多い。


 三つ目、金階級の自由行動。


 金階級になると、視察、偵察、調査と適当に理由付けして海外へ行くことができる。


 先生の言っていた機械坊主は恐らくそれを理由して国外を転々としている。


 四つ目は、脱走。


 ある意味、階級に縛られないという意味ではこれが一番簡単か。


 いや、冗談。


 百失敗する。


「なんで分かったんですか!?」


「今のリラなら蟻でもわかりそうだったけど」


 私が初めて国外に出た時を思い出した。

テレビや新聞、情報を得られるものの存在に驚き、人や文化に驚いたのを覚えている。


 その時がもう少しまともな状況ならもっと驚いていたんだろう。


「…初めて国外の文化に触れるので緊張していたのもありますけど…なんとなく止国を出るときに胸騒ぎがして」


「やっぱり、長年いた故郷を一瞬でも離れるのは心配よね」


 親から、友人から離れるというのは誰だって寂しいものだろう。


 …私の場合、前者はなかったけど。


「…レーリさん」


「ん?行きたい場所決まった?」


「あの、近くにロープウェイありましたよね?」









 意外だった。

街に来て真っ先に目をやるものがロープウェイだったとは。


 そこから見える景色、海、山、そして街。


 リラが見ていたのは、それら全てだった。


 しかしそのどれよりも見ているのは恐らく 人、街の人々。


「レーリさん、この国って元々戦争してたんですよね…レーリさんここ来たことあるって言ってたし…」


 私は、この街を見るのは二回目だった。


 しかし今とあの時の街では、美しさに天と地の差がある。


「うん、最初はほとんど睨み合いだったんだんだけど、いざ始まれば私たちもすぐここに来たの」


 睨み合いの状態、止国は武力による戦いが始まらなければ動けず、圧をかけることもできない。


 よくもまぁ『抑止力だなんだと言えたものだ』とあの時は思っていた。


「レーリさん達が守っているものって…こんなにも綺麗なものなんですね」


 少しだけ、リラの言葉に救われる気がした。


 別に何かに囚われていたわけでもない。


 それでも、何かが少し楽になった。


「よかった、リラがそう思える人間で」


「…?」




「リラ、これから少し大事な話をするわ」







 今から六年前、


「醜く汚れた街だな」


 アーブストルクの街を見下ろした男はそう言った。


 私は確かに、その言葉を傍で聞いた。


 アーブストルクに第二楼共和国が宣戦布告し、私たちは出張所へ向かわされた。


 アーブストルクは抵抗をしない、戦争をしない、という条件で止国に守衛されるよう条約を結んでいた。


「…どうしてそう思う、サズファー」


 バーナー先生がそう男に問いかける。


「戦争中、自身らの命が危険に晒されている状況でよくも呑気な顔でいられるものだ」


 サズファーは、不服だと言わんばかりだった。


「ここは被害を受けてないからな、平和を演じるのはいいことだと思うが」


「演じることしかできない弱者を守るのが、俺たちの役目なのか」


 選別の成績はA、最年少で金に昇格した天才中の天才様の言葉でありながら、微塵も説得力を感じなかった。


「ああ、世の中の大半は弱者だ、弱者同士の醜い争いをやめさせるのが俺たちの仕事だ」


 バーナー先生とサズファーが睨み合っている状況に耐えられなくなった私は、


「先生、そろそろ着きます」


 話を変えて誤魔化した。


 するとサズファーは私の方を睨むような形で見た。


「バーナー、この娘は」


「俺の生徒だ、レーリ・クラーク。


十歳だがもう銅階級なんでな…連れて来た」


「どこかの『機械坊主』と似ているな。


ただ与えられるだけの役目になんの疑問も持たない馬鹿なガキだ」


「悪りぃかよ、考えすぎるアホより扱いやすくて助かるっての」


 正直、私はため息が出そうだった。





 戦闘機が何台も並んでいる。


「クラーク」


 空中戦が始まる予兆、第二楼共和国が現在進行形でこっちに向かって来ている、という状況で私はサズファーに声をかけられた。


「これは、お前が持っておけ」


 そう言って手のひらに置かれたのは、GPS装置だった。


「…どうして?」


「さっさと終わらせる、悪いが周りの奴らと群れて行動する気はない」


 サズファーの意図は、その一言だけで理解できた。


 一人で先走って敵を殲滅する、ということだった。


「このことは、バーナーにだけ伝えておけ」


「…私もついていく」


「俺について来れるのか」


「多分」


 そう言って私は、装填した。


 GPS装置の裏面についているテープを剥がし、通りかかった兵士の背中に指の力で投げてくっつけた。


「行くぞ」


 サズファーは、そう言って敵の方向へと走り去る。







 森の中を走るサズファーに、私は見失わないようにだけついていく。


 正直速すぎて、一直線に走っているのに何度か見失いかけた。


「多分、あれ全速力じゃない…」


 数キロ走ったところで、微かにプロペラらしき音が聞こえてきた。


 すかさず、背中に背負った狙撃銃を両手で担いだ。


 間違いなく戦闘機が向かってきている。


「…少し怒られることをする」


 銃口を真上に向ける。


 音で距離を判断し、弾が戦闘機の担いでいるミサイルに直撃するタイミングで撃つのを狙う。


「…今!」


 引き金を引いた瞬間の真上からの衝撃を受け、直後弾は綺麗な直線を動いて空を駆け上がる。


 訓練で使っていた銃より、実践用の銃は何倍も威力が大きく少し足を曲げてしまった。


 そして弾が天空彼方に届く瞬間、大きな鉄の塊を衝撃的な音とともに炎へと変換した。


 直撃、戦闘機の中にあったミサイル全てを爆破した。


「やっぱり無人機…」


 当然、その爆風は周りの戦闘機にも被害をもたらす。


「クラーク上は気にするな、今はあっちだ」


 無線機から声が聞こえた、先走っているサズファーの声だった。


 『あっち』が、何を指しているかは私にはわからなかった。


「私が全部落とす…」


 今の攻撃で、他の戦闘機は私を狙ってくる。


 あの戦闘機は、一度見つければその人間を全機が追跡できる。


 でも、街に近づけないようにするならこれでいい。


 すると、頭上をとんでもないスピードで鎖が通るのが見えた。


 鎖は空の戦闘機を捕まえ、翼が潰した。


「…!」


 鎖を飛んできた方向を見ると、それを投げ飛ばしたのは兵器でも機械ですらなかった。


「サズファー…」


 サズファーかなり遠い場所にいる、ただ片手で鎖をがっちりと掴んでいるのが見えた。


 上空を飛ぶ時速三千キロ前後の物体に鎖を投げたのは間違いなくサズファーだった。


 というか、間違いなくあれは出張所の周辺を囲んでいた鎖。


「よそ見するな」


 無線機からそう聞こえた瞬間、次々と戦闘機が爆散していく。


 サズファーの片手で担いだ狙撃銃によるものだった。


「片手で…!?」


 片手に狙撃銃、片手に戦闘機を捕まえた鎖。


 その上、表情一つ変えない。


 その時にやっと悟った。


 正真正銘、その男が異常な化け物であることを。


 最後に鎖を一振り、完全に翼を破壊し全てを終わらせる。


 相手の一陣戦闘機、ものの数秒で鉄屑と化した。


「相手は止国が介入していることを理解している」


 サズファーはそう言って狙撃銃の装填をする。


「今のはブラフだ、来るぞ」


 そう言った途端、今の数十倍もの戦闘機が空を駆けた。


「てことは全部…遠隔のドローン…」


 空の敵がメインじゃない、そう理解した私は全て無視して地上を見る。


「わかった、空は先生たちに任せる」


「理解したか、なら」


 その言葉を言い終わる寸前に、即座に腰から抜いたハンドガンを同時に発砲する。


 その発砲タイミングは、止国式のハンドガンの殺傷能力が働く、ギリギリ二百五十メートル内に敵が踏み込んできた瞬間だった。


 空以外の光がない森の中だろうと銃の射程距離まで入ったのなら目で見えずとも当てられる。


「全員叩く」


 手榴弾のピンを抜く。







 ツーツー、と無線機がなっている。

特殊な音で、初めて聞いた音だった。


「クラーク、本部からの強制通信だ」


 サズファーはそう言った。


 本来、元から繋げてる相手としか会話できないため使われるのは非常時のみ。


「はい、こちらレーリ」


「レーリ…よかった生きてんだんだな、お前どこだ」


バーナー先生の声だった。


「えっと…場所は明確には…わからない、今サズファーと協力して歩兵全員を片付けた」


 全八部隊、一つ十五人。


「んじゃサズファーに繋げる、終わったなら帰ってこい」


「サズファーなら横にいる、それより先生、ドローンは」


「ドローン…なんのことだ、戦闘機はお前たちが落としたんじゃないのか」


 おかしい、私たちが歩兵を相手にする前、明らかに頭上を戦闘機が通っていたった。


 なら何故…?


「…! サズファー戦闘機が!」


 私はその瞬間、嫌な予感に、嫌な匂いに包まれた。


「…出張所の探知装置が国内に入った瞬間に戦闘機を察知するはずだ、装置に引っかからないよう動けるのはドローンだけだ」


 森に入ってすぐ上空を飛んでいたのが人の乗った戦闘機、その次に高速で飛んでいったのがドローン。


 バーナー先生たちは装置に引っかかった戦闘機が撃墜されたのは察知している。


 その時通過したドローンが、生じた隙を狙っているならとっくにあっちは戦闘状態のはず。


「さっきのブラフは…」


 人が乗っていた、つまり捨て駒にされていた。


「ドローンが何を狙っているのか不明だ、クラーク戻れ」


「わかった、サズファーは」


「一気に数百人の通信が途絶えた敵側は必ずこっちに増援を送る、そこを叩く」


 サズファーなら問題はない、私は妙な胸騒ぎに早く戻りたくなった。


「先生、今の聞いてた?」


「聞いたから、さっさと戻ってこい」


 それを最後に、私は通信を切った。


「途中で誰かが撃退したとしても…誰が…?」


 先生たちのもとまで六キロぐらい、途中で撃墜されていたら気付かないけど、それだとしても誰なのか。


「サズファー」


「元から一人でやる予定だった仕事だ、帰るならさっさと帰れ」


 靴紐を結び直して、銃を腰に巻き直す。


 サズファーから予備の弾丸を渡して、私は走り出した。





 三キロ、中間地点で私はその光景を目にした。


 木々もなく平野になっている場所にドローンが、全て綺麗に整列していた。


「…え?」


 私は、何を思ったのか敵の機体であるドローンに近づいた。


「誰だ!」


 突然の男の声に銃を構えた。


 そのドローンの上に人影があった。


「…君、止国の…?」


 そこにいたのは、同い年くらいの青い髪の兵士だった。


 勢いよくドローンの上からジャンプしてその人は降りてきた。


 そして首から下げていた私のネームタグに目をやった。


「やっぱり止国のネームタグだ…」


 突然のことで、色々と混乱しつつも私は銃を下ろした。


 その人のネームタグには、不思議な名前が書かれていた。


『ユウ・ワヅカ』


 明らかにその名前は止国の人間とは思えない名前をしていた。


「君、単独行動?なんで一人なの?」


「…こっちも色々聞きたい…さっきまでサズファーと一緒に行動してて、不穏なドローンがあったから」


「げ…あれサズファーだったのか…というか不穏なドローンってこれのこと?」


 ワヅカはサズファーの名前を聞いて少し嫌そうな顔をした。


「そう、私たちの頭上を通過したのに行方不明なった敵軍の戦闘機」


 そのドローンには確かに、楼共和国の文字が印字されていた。


「あれ…一応報告したはずなんだけど…」


 ワヅカは困った顔で、


「ね、ロボハン、報告したんだよね?」


 そこにいる誰かに声をかけた。


「してない、急いでたし」


 ドローンの上にもう一人、ロボハンと言われる白髪の男がいた。


「……バカなの!?撃墜されてたらどうするつもりだったの!?」


 そしてワヅカが汗を流しながらロボハンに怒鳴り始めた。


「やっぱした方がよかったか」


「するでしょ普通!!おかけで目の前で戦闘機集団が鎖で撃墜された時すっごい冷や汗かいたよ!!」


 何を言っているのかわからなかったけど、さっきの探知に引っかかってなかったドローンの正体が彼らなのはわかった。


「あぁ、ごめんねレーリ、実は僕たち…」




「第二楼共和国が宣戦布告しそうだったから先に潜り込んで手回しするよう送り込まれてた…ってこと?」


「そうそう、でも思ってたより早く始まったから焦って敵軍の戦闘機パクって飛んできたんだよ」


 ワヅカが何を言っているかわからないと思うけど、私もわからない。


「この戦闘機って人が操縦すると出張所にあるレーダーに引っかかるはず…」


 すると無口気味なロボハンが口を開く。


「軍事基地に忍び込んでハッキングして盗んだ、そんでその上にへばりついてここまで来た」


「べはり…ついて…?」


 だめ、この人たち次元が違いすぎるし、どことなくあのサズファーと同じ匂いがするような気がする。


「うん、敵に紛れて行動すれば安全にこっちに来れるからね」


「でもさっきサズファーと私が…」


「そう、ロボハンっていうおバカさんがバーナー先生に連絡してなくて…別にレーリは悪くないからね」




 その後、何事もなくワヅカとロボハンが到着し円滑に作戦は進み無事終了した。


 思ってたより規模は少なく、サズファー一人でどうにかなりそうでもあった。


 第二楼共和国は一定期間、止国の管理下に入り終戦。


 それ以降、ロボハンと会うことはなかったけどワヅカには時々連絡をもらっていた。


 ワヅカはバーナー先生の生徒ではなかったから会えるのは本当にたまにだけだった。


 ワヅカと食事をする時があった、食堂でたまたまばったり会い話した時のことだった。


「…レーリはサズファーのこと知ってるんだよね」


 突然、その話は始まった。


「うん、一度だけ一緒に作戦に参加したことある」


 今思えばワヅカのおかげだった、言葉数が少ない私が普通に話せるようになったのも。


「サズファー、強かっただろう」


 深刻そうな顔をして、少し足元を見るような目をしていた。


「うん」


「知っての通り、サズファーは手段を選ぶ人間じゃない、近々彼は止国を壊すつもりだ」


「…え?」


 本当に突然だった。


 一度しか会ったことのない男、でも止国では有名人だし、印象にはよく残っている。


 ある意味、止国に最も貢献していると言っても過言ではない。


「…言葉通りの意味だよ、彼は止国の人間を全員殺す」


「…どうして…?」


「彼は止国のやり方に不満を持っている」


 確かに、あの作戦の時。


 サズファーはアーブストルクの街を見ながら、不満げな顔をしていたのを覚えている。


「でも、それだけじゃ」


「彼は止国に不満がある、僕たちが『知らない止国の部分』にもね」


「私たちが知らない…?」


「例えば、そう…他国の戦争で戦っている兵士は一般的に成人男性だ、なのにこの国は子供や女性も兵士だ、普通に戦えば敵うはずもない」


 それでもなんの苦労もしない、確かに疑問点ではある。


「…確かなそうだけど…ワヅカ、あなたは何を知ってるの…?」


「ただ疑問に思っているだけだよ、その答えを知っているからサズファーはこの国を壊す、それだけはわかるんだ」


 ワヅカはふざけていない、ふざけるような人間じゃない。


 そしてサズファーも止国を壊せるに匹敵する力を持っている。


 普通はそんなことありえないと否定する、ただ否定する理由があまりにもなさすぎた。


「だからレーリ、僕とロボハンで彼を止める」


「…どうやって…?」


「サズファーは手段を選ばない、だから僕たちも選ぶつもりはない」


「だからねレーリ、君に預かっていて欲しいものがある」


 ワヅカは小さな箱を取り出した。


「これなんだけど」


 箱の中には、薔薇の髪飾りが入っていた。


「姉の物なんだ、大切な物だから預かっていて欲しい」


「…どうして私に?」


「生きて終われる保証がない…大切な物だから、大切な人に預けておきたい、僕にとって大切な人は二人しかいないから」


 少し、躊躇った。


 これを受け取れば、私は二人の行動を肯定することになる。


 死ぬかもしれない二人を、引き留めずに後押しするような。


 手が震えた。


「……わかった」


 その震えた手で髪飾りを受け取った。


「ありがとう、レーリ」


 ワヅカは席から立ち上がり、その場を立ち去ろうとした。


「でも、必ず取りに来て」


 背中を私に向けたまま、ワヅカは小さな声で


「わかってる、必ず取りに来る」


そう言ったような、気がした。







「二人に背負わせるの、私は」


 自室のベットの上で、私はずっと悩んでいた。


 手に髪飾りを握っていた、まだあの日から震えていた。


「どうやって止めるの、二人は…」


 サズファーの力は、アーブストルクの戦争で知っている。


 強い、そんな言葉で収まる人じゃない。


「…でもどうして、あの二人はそんなこと…」


「…そういえば、ワヅカって名前…」


 何かに気付いた私は、ベットから立ち上がり部屋の本棚から辞書を取り出した。


「ワヅカ…ワヅカ…」


ページをめくる、めくり続けて辿り着いた。


「和束…家…」


 ワヅカ。


 和束、テイーストルクの苗字に使われることが多いと書いてあった。


「…止国って、他国の血は絶対入らないはず…」


 他国の情勢、情報を知ることすら困難な止国に他国の血が混じるなんてことがあるとすればそれはもう奇跡でしかない。


「どういうことなの…」


 すると部屋のドアを叩く音が聞こえた。


「…誰?」


 ドアに近づいて、開けようとした瞬間。


「俺だ」


 ドアノブを触ろうとする手が止まった。


 最悪のタイミングだった。


 今、最も会うべきではない人間。


 サズファーの声だった。


「…サズファー」


 一度しか会ったことがない、友人でも私の部屋にその男は来た。


「俺が何か言う必要があるか」


「…」


「ワヅカに伝えられただろう、その計画を今から実行することを伝えに来た」


「…それで、私が第一号ってこと…?」


「ワヅカ、ロボハン、奴らは出来る限り犠牲者を減らすためあの二人だけで行動するはずだ」


「なら、最も危険な人物はお前だ」


 サズファーは最初に、計画を実行するために最も重要なトリガーになった私を殺しに来た。


「…最後に、一つ聞かせて」


「あなたは、何を知っているの」


「お前が生きていればいずれそのことにも気付く、気付いてしまうだろう、そうなる前に」


「あなたが知っていることを私が知ったら、私も同じことをすると思う?」


「する、確実にな」


「そう…でも私には」


 例え、私がこの国の真実を知ってしまったとしても。


 例え、私がこの国が壊したくなるほど嫌いになったとしても。


「そんな力、私にはない」


 私はその言葉を最後に、意識を失った。







「レーリ、おい!レーリ!」


 目が覚めると、バーナー先生がいた。


 雨が降っていた、私は生きていた。


 周りはボロボロだった、私の部屋があった寮も粉々になっていた。


「先生、爆発から何時間経ちましたか」


「…レーリ、お前…」


「私が爆破しました…先生、サズファーは」


 どうやっても、サズファーを殺すには止国の人間全員で殺しに行くしかなかった。


 だから目立たせるために私は部屋に爆弾を仕掛けていた。


「死んだよ、こっちも何人か死人は出たがな…」


「…先生、ワヅカ…たちは…」


「全員、今までで見たことのないレベルの重傷だよ、今は病院だ」


 私が意識を取り戻すまでに半日かかっていた。


 その間、ワヅカとロボハンは全力を尽くしていた。


 もし、あの二人が動かなかったなら、確実に全員死んでいた。


「なに…これ…」


 立ち上がって見た光景、医療班の人たちが総動員してボロボロの兵士を運んでいる。


 地面を見た、そこらじゅう真っ赤になっていた。


「レーリ、もしお前があの爆発を起こしていなかったら、この被害が止国全てに及ぶところだった」


「お前の決断は、決して間違いじゃない」


「そうですか…」


「お前を銀階級への昇格する、上から報告だ」


「先生、私は…私はいいです」


 銀には上がらない、上がるべき人は別にいるから。




 あれから一ヶ月後、ワヅカとロボハンは未だに入院しているためまだ会える気配はしなかった。


「よかったのか、銀にならなくて」


私だって体の骨が所々折れていた。


時々、バーナー先生が部屋にお見舞いに来てくれていた。


十一歳になった私は、銀への昇格を断った。


「いいんです、今回は」


「今回の功績は自分のものではないと…?」


「はい、私は何も」


 それ以降、私がワヅカとロボハンと会うことはなかった。





 リラは、そんな長い話をずっと黙って聞いていた。


「…サズファーさん、聞いたことはありましたけどそんなことが…」


情報は止国の上部が隠蔽した。

サズファーも戦死したことになっている。


しかし、あの戦いで負傷した人間は数千人。

完全に隠し切るのは無理だった。


「…あの時に預かった薔薇の髪飾り、まだ返せてないの」


私が今つけているヘアゴムに無理矢理くっつけたまま数年、未だに私の髪を離れようとはしない。


「和束もロボハンも、今は何してるんだろうね…」


街を見下ろしながら話していると、ロープウェイが頂上に到着した。


「着いたみたいですね」


「コーヒーでも買って飲む?」


「はい、ちょっと冷えますね」


ロープウェイを出た後、コーヒーを買って街を見下ろした。


たわいない話をして、少し無言の時間が続いて、またたわいない話をしているうちに列車の時刻が近づいていた。


下山するためにロープウェイに乗り場に急いでいる時だった。


ロープウェイ乗り場の入り口に、彼は立っていた。


「久しぶりだな、レーリ」


数年ぶりに見た顔、先生が機械坊主と言った男、それが目の前に立っていた。


「…久しぶりね、ロボハン」

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