Lely Clark

第一話「country to stop」

「country to stop 止めるための国」



 正義の国、ここがそう言われ始めたのはいつからだっただろうか。


 生まれた時からここにいる、一番知っているはずなのに私は全然知らない。


「これより、等級昇格式を行う」


 今から数百年前、度重なる大戦の終結に痺れを切らした人類が肇国した抑止力。


「昇格者は前へ」


 この国の役割は単純、どこかで戦争が起きたら止める、ただそれだけ。


 それ以上は知る必要はない。


 それ以上は知らされていない。


「レーリ・クラーク、前へ」


 でも私は知らなければならない。


「はい」


 この国の、止国しせんの真実を。






 昇格式が終わり、私は会場を出た。


「Dからの金昇格、あの機械坊主以来だな」


 横からバーナー先生に声をかけられた。


「それに金への昇格、Aを除けばお前が初めての女だ」


 D、それは四歳から五歳の間に行われる選別の成績をランク付けしたもの。


 最下位に位置付けられるのがD、それが私だった。


 そして金、これはその人間がその後の戦績、功績から判断される階級のようなもの。


 一般兵は白、そこから紫、銅、銀、金の順に上がっていく。


「そう…功績なんて数を積めばどうにかなるものですからね」


 私はそう返した。


 実際、その『機械坊主』の人も功績を積んで上がっていたし。


「この国が誕生してから二人しかいない逸材だ、もう少し誇れ」


「誇ってはいますよ、ただ喜んでいないだけです」


 喜べるはずもない。


 こんなもので。


「レーリ、金に上がったんだ。付き人は決めたのか」


「あ…」


 付き人。


 階級が上がれば行動範囲が増える、そういうこともできるようになる。


 すっかり忘れていた。


「やっぱり決めてなかったか…まぁ付けないという選択もあるが、一目で金階級と判別できたり周りもそっちの方が便利だ」


「今時、付き人を連れてない金なんていないですもんね…あの人を除いて」


「そういうことだ、お前は人望もある、今週中には決められるだろう」





 さて、そんなことを言われてもなのだけど。


「他の金階級の人ってどうやって付き人とか決めてるんだろう…」


 当たり前だが、相手側の承諾も必要だ。


 勉強、訓練との両立を考えなきゃならないし、そう簡単に…。


 まして、自分から申し出てくれる人なんて


「あ、あの…」


「…ん?」


 今回は、後ろから声をかけられた。


 少しだけ幼い声。


「…誰?」


 振り向くとそこには、三歳くらい下の、十三歳くらいの女の子が立っていた。


「あ、あの、付き人ってもう決まってますか…?」


「え?」





「レーリ、お前にアーブストルクへの出張所に出向いてもらうことになった。あ、もちろん所長としてな」


 先生から告げられた金階級最初の任務、それは美しいほどに重役だった。


 入れ替わり、あっちで所長をやっていた人が数ヶ月こっちに帰ってくるらしく、その間の代替。


「金に上がってすぐの任務じゃありませんよ…?それ」


「お前は優秀だからな、銀の時からさっさと金に上げろだなんだと言われていたんだから予想はしていただろ」


「はぁ…私は初耳ですよそれ」


「まぁなんだ、出張する以上は付き人は必須だからな、決まったのか?」


 そういえば、


「いやぁ…そのことなんですけど…」


 言いにくいことでもなかったが、眉毛を指で掻きながら口にした。


「…ん、どうかしたのか」


「決まってはいるんですけど…」





「…あなた、十三歳なの?」


「いえ、厳密には来月から十三です…」


 静かな学院の食堂、ピークの時間とは外れていてほとんど人はいない。


 そして私は今、さっき声をかけてきた少女、リラと話をすることになった。


 金髪の長い髪、十字の形をした赤いリボンで結んでいる。


 最初は緊張してお茶を二、三度こぼしたが今は落ち着いている。


「やっぱり…変…ですか?」


 かくいう私も、甘い緊張感にそわそわさせられていた。


「別に変なことじゃないけど…実際まだ卒業してない人を付き人にしてるのは結構いるし…」


 止国では五歳から十五歳までは『訓練中』として扱われる。


 といっても、十六歳になっても訓練は続くし、違いがあるとすれば勉学の有無。


「でもね、十三歳ってことは今から忙しくなる時期じゃない…?大丈夫なの?」


「確かに勉強は大変になる時期ですけど…医療班なので」


 医療班、なるほど。

それなら軍事訓練がない分、多少時間が空いてる。


「あ、あの、ダメ…でしょうか…」


「ううん、今のところ十分すぎるくらいは好条件…でもそんなことより聞きたいことがあるの」


 単純な話、私は誰だって構わない。

だから忙しくたってその人がやりたいのなら私は付き人にする。


「あなたは、リラはどうして?」


 必要な情報は「理由」。


 いやむしろ、最初に聞くべき情報であった気がする。


「私は…選別がDで…その後もチャンスはあったのに戦う道を選びませんでした…」


 リラは私と同じDだった。

とはいえ世代が違うし、完全に同じレベルかと言われればそうではない。


 年々、いや特に私以降、選別は甘くなってきていると言えば聞こえは悪いが実際そうなってきている。


 選別なんてただの才能を図る試験程度に思っていた。


 最近は結構気にするものになってしまったのだろうか。


「レーリさん…Dで二人目の金昇格と聞きました」


「確かそうだった…んだっけ」


 機械坊主って言われてる人のこと、私は全然知らなかった。


 でもなんか、思っていたより有名人らしい…。


「私、実はレーリさんのことはよく知ってて…」


「え、そうなの?」


「はい、私…バーナー先生のクラスでして…」


「……え?」


 バーナー先生、なるほど。


 私のことを十一年見ているのは確か。


 先生、とは言いつつ親のような存在であったが故によく他人に私のことを話していた。


「あのバカ先…」


 私がこの子を知らなかった理由は医療班と前線班はほとんど縁がないから筋は通る。


 それにバーナーの生徒は九割以上は前線班、医療班の子なんて一人知ってればいい方…。


「バーナー先生、よくレーリさんのことを医療班で喋ってまして…」


「え、私の話、医療班全員に…?」


「はい、それはもう昔のことから…」


 バカ先改めバカ、後で殴りに行こう。


「私、だからレーリさんのこと尊敬してるんです!」


 体の足から頭の先まで恥ずかしくなってきた。


 口が緩んでまともに話せそうにない。


「…やめて、もう恥ずかしいから…合格、合格だから…」


「…?レーリさん、どうかしましたか…」


「…まぁ、付き人になれば昇格しやすくなるし、ギブアンドテイクよね」


 勉強も多少なら見てあげられるかもしれないし、悪い話どころか全然いい話だ。


「よろしくね、リラ」


「…!はい!」







「って感じで、リラちゃんに決まりましたよ」


「ふーん、付き人が決まって何よりだ」


「それより先生、今の話聞いてましたよね」


「………さて、なんのことかな」







「出航前に二人に色々言っておくことがある」


 船の前で先生に私とリラは呼び止められた。


「まぁあっちの国については勉強してるだろうから何も言わなくて十分だと思うけど、所長の付き人ってことで、リラは副所長だからな」


「…え?」


 リラは私の方をぽかんとした顔で見上げてきた。


「…いや、この人大事な話を直前でする人だから」


 現に、私も初耳だし。


「あと、機械坊主に会うかもしれんから挨拶しといてくれ」


「バーナー先生、それどんな人なんですか?」


「背が高い白い髪のモジャモジャだ」


「バカ先、それじゃ分かりません」


「いや見たら絶対こいつだってなるから…まぁ、その俺の友人の息子なんだ、見てきてやってくれ」


 …?


 そういえば不可解なことが一つ。


「その機械坊主…って人、金階級ですよね…国外勤務なのに付き人がいないんですか…?」


「あぁ、出張してるのは確かだが、所長とかじゃなくて何でも他国の情勢が知りたいんだとよ」


 止国の中にいる以上、他国の情報は教科書以外じゃ得ることはできない。


 機械坊主という人は、金階級を利用して他国を転々としているんだとか。


 私とほぼ同い年なのに、何が目的でそんなことをしているんだろう。


 と、のんびり立ち話をしていると船が出航する時間になった。


「じゃあリラ、そろそろ行こ」


「はい!」


「先生、じゃ一応行ってきます」


「一応ってなんだよ…」

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