第3話 女ごころの分からない俺

 「おはよう、上杉うえすぎ君」


 進藤茜しんどうあかねはそう言いながら俺と妹の方へゆっくりと歩いてきた。

 

 進藤茜しんどうあかねは俺の隣の家に住んでいる俺と同級生の女子だ。

 俺が小学校6年生の時に隣に引っ越してきて俺の得意とする催眠術の切っ掛けを与えてくれた子だ。

 身長は妹より少し高い160センチくらいで少しだが茶色に染めた髪が風になびく。

 顔は妹と同じって…妹と同級生の女子を比べるのはどうかと思うが、まあ可愛いと思う。

 俺は目の端に催眠術の掛かった妹を見ながら歩いてきた進藤しんどうに挨拶する。


 「やあ、おはよ」


 進藤しんどうは俺の挨拶を受けると俺の横にいる妹に目線を移す。

 俺はそれに気づいてこのままではいつもと違う妹を進藤しんどうに疑われると思い、妹の催眠を解くために進藤しんどうの目線を少しそらす事にする。


 「あっ!空に変な鳥が飛んでる」

 

 俺は左手で空を指しそんなベタベタな嘘をつく。

 だが進藤しんどうは俺の言葉を信じて空を眺める。


 「え!?どこ?どこ?」


 ああ、進藤しんどうが単純で良かったと思いその間に俺は妹の目の前に右手を出して親指と中指を滑らせ『パチン!』と音を鳴らす。

 よし、これで妹の催眠が解けたな。

 後は、成り行きに任せるだけだな。


 進藤しんどうは空から俺に目線を戻して少し目つきを鋭くして俺に言い放つ。


 「もう!どこにもいないじゃない!」

 「あれ?さっきはいたのにな」

 

 俺は少し笑いながら答え話題を反らす為に妹に話題を振る。


 「穂香ほのか進藤しんどうに朝の挨拶ぐらいしろよな」


 妹の穂香ほのかは催眠から覚めたばかりなのか少しぼぉーとしていた。

 そんな様子を知らずに進藤しんどう穂香ほのかに挨拶をする。


 「穂香ほのかちゃん、おはよう。今日から中学3年だね。頑張ってね」

 

 穂香ほのか進藤しんどうの言葉で今自分がいる現状を理解し挨拶を返した。


 「あっおはようございます。頑張ります」


 挨拶をした穂香ほのかは俺を横目でチラリと見た後口を開く。


 「それじゃあ、私は先にいくね」

 

 穂香ほのか進藤しんどうに笑顔でそんな言葉を発して小走りで俺達の前から走り去った。

 俺は後ろから穂香ほのかを見ていたが現状が納得できないのか頭を少し横に傾けていた。

 とりあえず問題は去った。

 後は進藤しんどうの相手をするだけだが俺は正直、進藤茜しんどうあかね少し苦手だ。


 小学6年からの付き合いで既に4年を超えている。

 隣の家に住んでいる事からよく話す機会が多いのか進藤しんどうは俺の心情や行動を読むのが得意だ。

 まあ、単純な所も多い女子でもあるけど。

 そんな事を考えていると進藤しんどうが話だす。

 

 「初めてじゃない?妹さんと登校するなんて」

 「そっそうかな?たまたま朝玄関で一緒になっただけだよ」


 俺達は穂香ほのかの去った後、交差点を渡り高校へ向けて歩きだした。

 俺は歩きながら進藤しんどうに怪しまれない為に彼女にも催眠術を掛けようと思ったが止めた。

 理由は進藤しんどうが催眠術にとても掛かりにくい体質だからだ。

 俺は中学の時にいろんな人に試したが一番催眠術に掛かりにくかったのが進藤しんどうだ。

 もしかしたら進藤しんどうは俺が何をしようとするか分かっているからなのかと考えたが、俺は進藤しんどうに無理に催眠術を掛けようとは思わなかった。

 何故かって、それは催眠術の切っ掛けを与えてくれた恩人の進藤しんどうにそんな事は失礼だと思ったからだ。


 「高校くらいは一緒のクラスになれるかな?」

 笑顔で進藤しんどうが語り掛けて来る。


 「さあ、どうかな。中学3年間一度も同じクラスじゃなかったから。後は運だけじゃないか?」

 「そうよね。一緒のクラスじゃなくても一緒の高校なんだからいっか…」

 

 最後の進藤しんどうの言葉に一瞬俺の心はドキリとしたが、女心のわからない俺は彼女のジョークだと受け取った。そんなこんなで話をする内に俺達がこれから通う東高校が見えて来た。


 今日は入学式の初登校の日だ。

 校門の前までくると制服を着た生徒であふれかえっていた。

 俺達はその中に紛れ込み掲示板の前までくる。

 俺は自分のクラスを確認すると1組だった。そして同じ1組の女子の列を確認するが残念ながら進藤茜しんどうあかねの名前はなかった。


 「残念だったな。又、別のクラスだ」

 俺は横にいる進藤しんどうの横顔に向けてそんな言葉を発した。

 

 「でも、また隣のクラスだよ。家も隣だしクラスもずっと隣。何か縁でもあるのかな」


 進藤しんどうは俺に顔を向けて意味ありげな言葉を掛ける。

 俺はそれにどう答えようか考えていると俺の肩をたたく奴がいた。

 俺が振り向くと同じ中学出身の高木健たかぎけんが声を掛けて来た。


 「よお、上杉うえすぎ

 「高木たかぎか、ビックリしただろ」

 「わりい、わりい」


 高木は白い歯を見せながら俺に声を掛ける。


 「一緒のクラスだな。また仲良くやろうぜ。じゃあな」

 

 高木はそれだけ言うとさっさと掲示板の前からいなくなった。

 高木とは腐れ縁なのか中学では1年と3年で同じクラスになったやつだ。

 唯一俺が心を許して話せる友達・・と呼べるやつだ。

 そして俺は進藤しんどうと別れて1組のクラスへと入った。

 そこへ女性教師が来て体育館へ誘導され入学式が行われ又教室へと戻ってきた。


 「私がみなさんの担任となる坂下さかしたです。1年間よろしく。まず初めに皆さんに自己紹介をして頂きます。一人づつ前に来て一言づつ挨拶して下さい」


 坂下先生はそこまで言うと目線を一番前の端の生徒を見る。


 「それでは窓際の生徒から初めてください」


 俺は自己紹介といい一つの作戦を考えた。 

 やっぱり最初のイメージは大事だよな。

 それにクラスで優位に立つには俺の得意技を使うしかないでしょ。

 俺は密かに薄ら笑いをしながら俺の番を待った。

 そして俺の挨拶の番が来たので俺は教室の壇上へと上がる。

 生徒の数は男子20女子20の約40人かどのくらい耐性があるかわからないが試す価値はあるでしょ。

 俺は一呼吸した後言葉を発する。


 「東中から来た上杉涼太うえすぎりょうたです。よろしく。得意技はこれです」


 そして俺は右手を伸ばす。

 その手に席に座る生徒そして教師の視線が集まる。

 行くよ。

 親指と中指をずらして『パチン!』と鳴らす。

 さあ、俺の催眠術にどれだけの人が掛かるか楽しみだ。

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