第3話 少年の過去3

 病院の後に連れていかれたのは比津見の家だ。綺麗なアパートではあったが、広くはない。家の中は意外と綺麗で、あまりものは置いていない。テレビにタンス、小さなテーブルそしてベッド。ミニマリストなのだろうか?それとも金が無いだけ?


「智尋くん、一緒にお風呂入ろっか!」


 智尋ももう小学校4年生だ。見た目が幼く、背も小さいので比津見は気づいていないのだろう。次々と着ている服を脱ぎだした。それでもまだ、智尋は性に対しての知識も興味も持ってはいないので何も反応することがない。比津見の体は凄く良いプロポーションで、まさしくボン!キュ!ボン!だ。普通の男ならもうここで犯罪を犯しそうになってしまうかもしれない。しかし、比津見に半殺しにされる景色が見える。


「よ~し、それじゃあお姉さんが体を洗ってやろう!」

 なぜか楽しそうな声だ。スポンジで泡を作っており、きめ細かいのか、もちもちの泡に仕上がっていた。智尋の背中から洗っていく。


「背中ゴシゴシ~」

 ノリノリだ。

「痒いところとかはないか~?」

 やはりノリノリである。

 鼻歌混じりでからだの隅々まで洗っていく。普通頭からじゃないの?と思った智尋だったが、黙っていることにした。


「よし、こんなもんだ!次は頭だぞ~」


 智尋はぎゅっと目を閉じている。目に入らないようにしているのだろう。


「これで終わりっと!!先に湯船に浸かっときな~」


 全身をシャワーで綺麗に流された。智尋は足の爪先が湯に入ると、結構熱かったらしく、足を引っ込める。


「ほら、さっさと入らないと風邪引いてしまうぞ」


 ゆっくり入って熱さに耐える。気持ち良くて、顔の筋肉が弛緩する。

 智尋は湯船に入りながら比津見の方をじっと見つめる。比津見さっきとは違い、頭から洗っている。


「何で僕の時は体から洗ったの?」

「え!?・・・わからない。早く洗ってやろうと思ったからかもしれない?」


 比津見自身もよくわからない行動だったらしい。比津見は短い髪を洗いながら言った。


「お父さんとお母さんは生きてるよね……ねえ……どうなったの?」


 体を洗っている比津見は少し体がはねる。


「……」


 比津見はそのまま無言で自分の体を洗いきった。そして、自身も湯船へと入る。入ったあともしばらく黙ったままだったが、やがて決心がついたように口を開いた。


「智尋くんのお父さんとお母さんは両方亡くなった」


 比津見は智尋が診察を受けているときに智尋の両親が死んでいることを連絡で知らされていたのだった。

 智尋の顔はピクリとも動かない。智尋は知っていた。両親が死んだことは自分が一番早く分かっていたからだ。もしかしたらとの思いで聞いたのかもしれない。

 比津見はなにも言わずに智尋を抱き寄せると頭を撫でる。が、智尋は涙を流すことも、悲しい顔をすることもなかった。

 智尋は自分から浴槽からでて、脱衣所へと向かう。


「ちょっと、私も一緒に」慌てて比津見も上がる。


 そのあとは無言だった。比津見は疲れていたので、コンビニ弁当で済ませた。もちろん智尋も。

テレビには今日の出来事がニュースとして報道されていた。それをジッと無言で





ご飯を食べるときも、テレビを見ているときも、智尋は黙りきって時計を見ていた。


「おやすみ」

「おやすみなさい」

 おやすみだけは言ってくれ、比津見も安心した。


ーーー

早朝


「おはよう、ごはんできてるよ」

「お、おはよう」


 テーブルには美味しそうな朝食が置いてある。

 智尋はものすごい勢いで食べている。口にはご飯粒がついている。


「学校は一ヶ月後、この学校に転入することになったからね。」


 見せられたパンフレットには、東京七海中学校と書かれていた。作られてから数年しか経っておらず、なかなかきれいな学校のようだ。

 比津見は仕事に行くようでスーツに着替えている。ビシッと決まっていてカッコいい。


「それと、一ヶ月間、今の学校には行かなくてもいい。今は学校の友達と普通に接することが難しいだろう?あっ!勉強のことは気にしないでいいぞ。私が教えてやるからな。」


 自信満々に答えた比津見だったが、時計を確認すると遅刻寸前の時間だったらしく慌てはじめる。


「智尋は家に・・・は無理か。ご飯も作っていないし・・・あ~、よし!智尋もついてこい」


 病院につれていかれたときのように、強引に智尋を引き出す。比津見のマイカーに乗った。黒色の車で、中は比津見らしく綺麗でなにもない。


「出発進行~」


 元気よく声をあげる比津見は車を発進させる。

 智尋は車の窓から外の景色を見ていた。この車から景色を見るという行為があのことを蘇らせる。

 比津見がミラーを通して智尋を見ると、微かにだが口角が上がっていた。


―――


警察署


「え~!!なんですか?比津見警部、子供いたんですか?若いのにこんな大きな子……」

「入り口でもそれ言われたよ。この子は私の子供じゃないけど、一緒に暮らすことにした。もう家族さ」

「なんで、そんなことになってるんですか!」

「しかも、百歩譲ってそうだったとして、なんで職場につれてきちゃったんですか?」

「そんなのしょうがないだろう。家に一人だけって訳にはいかないし」

「というより、学校は?学校に行ったらいいじゃないですか」


 なにも知らない警官二人はもっともらしい言葉を口に出す。

 比津見は返答に困っており、おろおろしだす。


「僕のお父さんとお母さん死んじゃったんです。蜂みたいな化け物に殺されて。だから、比津見さんのところに住むことになりました。学校に関しても、僕に気を使ってくれて『行かなくてもいい』って言ってくれたんですよ。学校も違うところに変更してくれました」


 最近接しているなかで、無口だった智尋がすらすらと話している姿に比津見は驚き、口が開いたままである。


「「そ、そうなのね」」


 両親が死んでしまっているという、あまりにも重い話だったので申し訳なさそうに比津見の方に目線を送る。比津見もなんて言ったらいいのか分からないので、仕事の話に切り替える。


「それじゃあ、仕事するよ」

「「はい!」」


 二人は会釈してその場から立ち去った。


「智尋くんはここで静かに待っててね。お昼は一緒に食べようか。……お昼、何か引っ掛かるな……そうだあいつらにお昼代一ヶ月分もらわないと」


 血相を変えて電話をかける。かけた先は比津見の部下、智尋が被害者となった事件をあつかった警官である。


「君たち!さっさとお昼代一ヶ月分渡してもらおうか!」

「ひぃ!い、嫌です!!」


プー プー プー


 切られた。よっぽど渡したくなかったのだろう。


「あいつら~切りやがった。まあ、賭けみたいなもんだったからな。まあいい」


 椅子の背もたれ部分に手をかけ、背筋を伸ばした。色っぽい声が漏れる。


「さ~て、仕事しますか」




「ふぃ~~、お昼だ~!!智尋くん」


 昼食の時間になった。お弁当をカバンから出して、智尋に渡す。

 とても作り込まれており、相当早く起きて作ったのだろう。


「「いただきます!」」


 二人は黙々と食べている。


「聞きにくいんだが、あの時何があったんだ?智尋」

「あの時?」

智尋はピンと来ていないようだ。

「キャンプ場のこと」

「森の中に大きな蜂がいたんだ」

「蜂?」


 首をかしげる比津見。智尋は続ける。


「うん、とっても大きくて人間位の大きさだったよ」


 人間サイズの蜂なんて見たことないし、いるとも思えない。だが、本当にいるとしたらニュースになる。そして、人間を殺すのだから民衆もパニックになる可能性も十分に考えられる。


 比津見はそんなことを考えながら食べ続ける。


「比津見さんはキャンプ場に来た時に発見できなかったの?」


 口の中の物をごくんと飲み込む。


「ああ、あの後も山の中を調べたらしいが何にも見つからなかったそうだ」

「そう……」



 午後の仕事も終わり、二人一緒に家に帰った。

 家の鍵を開けた後、比津見はさっと早く入り、靴を脱いで振り返る。


「おかえり」


 優しく智尋に言った。まるで本当の家族のように。

 智尋の目が涙でキラリと潤む。視界がぼやけるが、比津見の姿はかろうじて視認できる。


「ただいま!」

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