第2話 少年の過去2
数時間後
サイレンの音が聞こえてきた。警察が来てくれたのだろう。結構な数が集まっていることはすぐに分かった。
「おい、生存者がいないか徹底的に探せ!危険だから警戒は怠らないようにしろ!」
「はい、わかりました。比津見警部」
早速、行動に移した警察はくまなく探索を始める。周辺の森やコテージの中まで。ガサガサと大きな音を立てながら、強引に森の中へ入って捜索する。すると、ぐちゃぐちゃになった人間の死体があった。大半の肉や臓器は無くなっており、他のキャンプ地に残っている死体ももちろん同じような状態だ。
何度も少年の上をドタバタと通る音がするが、一向に気づかれる気配がない。少年からしても、恐怖で体が動かなくなり、声も出せなくなっているので、見つけてもらえるよう行動することができないでいた。
「それにしてもこれはひどいな。バラバラにされている。」
「うっ、おぇぇぇ!」
口を押えて何とか耐える隊員たち。
「おい、耐えろって、現場を汚すんじゃねーよ」
この状況を見て、平常心でいられるものは少ないだろう。ネットでグロい画像ばかり見ている奴にしか耐えられそうにない。
一通り調査がすんだのか、巡査部長の高村が報告にくる。高村は中肉中背の男で、年は三十歳後半だろうか。
「比津見警部、キャンプにいた全員が殺されているものと思われます」
「馬鹿、もっとしっかりと探せ!一人は恐らく生きているはずだ。父親と思われる人物が通報した時に『息子を隠した』と言っていたからな。途中で連絡が途切れてしまったが……」
高村は少しむっとした顔をする。それもそうで、いくら上司でも何歳も年下の人間に馬鹿などと言われたら腹が立つのも仕方がないというものだ。
「お言葉ですが、これ以上この周辺にはいないものと思われます。森の中の探索もある程度しました。その息子さんも、もうすでに殺されてしまっているのではないでしょうか?森の中には男の子の遺体も含まれていました」
「本当にしっかりと探したのか?」
高村に対して疑いの目を向ける警部。しかも、のぞき込むように。そろそろ限界が近いのか、高村は怒りでピクピクと片眉が動いている。
後ろではひそひそと比津見に対する文句を言っている者がいた。
「美人なのにあれはないよな?そもそも生きてるわけないじゃん。こんな無残なことになってるのに……」
「だよな!それなら自分で探せってんだ」
すべて比津見には聞こえていたらしく、怒気を含んだ言葉を発する。
「なんだ?それなら私が見つけてやろう!見つかった場合、君たち二人はこれから一か月間、私の昼食代を出してもらうことにする。いいな?」
しばらくの間、静まり返るが口を出そうとするものはいない。
「よし、ならば……」
文句を言っていた二人のうち、片方が遮った。
「警部!警部が見つけられなかった場合はどうするおつもりですか?」
比津見は少しの間考え込み、こう言った。
「よし、それなら見つからなかったときは二人を焼肉食べ放題に連れて行ってやろう。もちろん私のおごりだ」
それから、警部は辺りを見渡した。死体には既にビニールが覆いかぶさっている。警部は数個ある内の一つのコテージに目をつけた。偶然か必然か、そんなことはだれにも分からないが、警部は少年のいるコテージまで歩き中を確認した。
入ると中には、一人の死体があった。もちろんビニールは被せてある。警部はちらりと見た後、床下収納を開けた。
すると、中からパンッ!と音が鳴り、紙吹雪が飛び出した。
これは床下収納に入れられた際に父親から渡されたものだ。少しでも効果があればと・・・何故クラッカーをもっているのかだが、今日は父親の誕生日だからである。ちょうど中に入ってきた人に見つけてもらうため、放ったクラッカーが開かれた時と重なってしまったのだ。
隊長も隊員も驚き、警戒態勢に入った。銃に手をかけている者もいる。
「ちょっと待て……いたぞ!生存者だ!おそらく通報者の子供だ。早速保護する」
射つなと合図を出し、その後で高村に小声で確認を取る。
「死体は全部、ビニールで覆っているか?」
「はい。完了しています」
「目を隠せるもの、タオルとかはないか?」
高村は、急いでタオルを持ってきた。
「ありがとう。これをつけるよ?」
死体と大量の血を見せないように、少年の目にタオルをかける。そのままお姫様抱っこで、車の中に連れていき少年の頭を撫でた。
「君はよく頑張ったよ」
警部の顔は慈愛の表情に満ちており、隊員の目をくぎ付けにする。
「あの小僧、羨ましいな~。しかも頭ナデナデだぜ?羨ましいったらありゃしねえ」
「バカ!両親が死んでるんだぞ!もう少し考えて発言したらどうなんだ!」
「君たち、残りはやっておいてくれ。この子は病院に連れていく。」
車の中から隊員に指示を出し、ドライバーに声をかける。
隊員たちは全員敬礼した。
「出してくれ」
ドライバーに頼んで、病院まで連れて行ってもらった。
―――
病院
「よし、降りようか」
少年の手をつないで病院に連れていく。この病院は何か普通ではないような雰囲気が漂っており、少年もそれを感じてしまったのか足取りが重くなる。
「ほら、行くよ」
強引に連れられた少年はあきらめてついていくことに決めた。
自動ドアが開き中に入ると、冷たい空気が足を撫でる。そのまま受付を通らずに、そして診察室すらも通り過ぎる。少年は不思議そうにしており、ヒツミを見上げる。ヒツミは少年の視線に気づき、笑顔を向ける。言葉を発することはなかったが、その表情を見ただけで少年は特別に安心しただろう。
やがて、エレベーターの前に到着した。薄暗い場所で、誰も好んでこんな場所には来ないと思われるところにエレベーターが設置されている。さらに、乗るためには暗証番号が必要らしく、厳重なセキュリティーが施されていた。ヒツミは慣れた手つきでパスワードを入力し、エレベーターに乗り込む。
「さあ、これから行く場所は医者兼研究者のところだ。私が知っている中で、ううん、日本でトップの人だから心配しなくていい」
エレベーターの階は地下の3階が指定される。勢いが通常のエレベーターよりも早いものになっている。これを作った人、もしくはこれを作らせた人はせっかちなのだろうか。
エレベーターが指定の階に止まった。そこは廊下などではなく部屋そのものにつながっていた。
「おーい、来たぞ。ヒツミだ」
警部の名前はヒツミというらしい。ヒツミの声が部屋で反響する。まったく診察室には見えない、実験室である。まるで映画に出てくるような実験室で、液体でいっぱいになったカプセルのようなものも丁寧に並べられている。中には怪しげな物体がフワフワと浮かんでいる。床には魔法陣のようなものも書かれている。
奥にはベッドが並んでおり、一つは誰が使っているらしい。頭までシーツを被っており、二つの山が見える。ベッドを使っているのは女の人で間違いないだろう。
ヒツミは、恐る恐るシーツに手をかける。死体かどうか、見極めかねているのだ。気持ちを落ち着かせてから、バッ!と一気にシーツを剥いだ。中身を見ると、ヒツミは胸をなでおろす。
「なんだよ~。誰~?せっかくいい夢見れていたのに」
しょぼしょぼとした目を擦って、周りを確認している。目の焦点があっていないのか、パチパチと瞬きを繰り返している。
「ヒツミだ!」
意外と大きな声で言ったものだから、少年の体は大きく縦に揺れる。
「ごめんね~」
同じ目線になり、少年に謝った。
「セイシロウちゃん、この子は?あなたの隠し子?」
首を傾げて質問した。
「そんなわけないだろ…まだ結婚すらしてないのに」
「ならデキ婚というやつか!?デキ婚しちゃうの?私、セイシロウちゃんに負けちゃうの~」
「だから!そんなわけないって否定しただろ!」
拳を作って、いまにも殴りかかってきそうである。
「まぁまぁ、落ち着いて落ち着いて。で、なんでこんなことになってるの?」
女は必死に比津見をなだめる。
比津見は簡単に説明した。
「あるキャンプ場で事件が起きてな、この子だけが生き残った」
「ふーん」
女はじっと少年を観察している。少年は比津見の後ろに隠れてしまうが、チラチラと女の方を見ているのが分かる。
「可愛いわね~」
女はうっとりしている。
「とりあえず、ケガをしていないか確認してくれないか?」
「分かったわよ。君の名前はなんていうのかな~?私の名前は南愛華(みなみあいか)」
「村上智尋(むらかみちひろ)……」
智尋は下を向いて小さく言った。
「そうかそうか。じゃあ智尋くん、君はこのお姉さんの名前知ってる?」
隣で腕を組みながら智尋を見つめていた比津見は、突然話に出されたことに驚き、机に腰をぶつけた。机の上のコーヒーが入ったカップが揺れる。少しこぼれて、カップの下の書類を茶色に染める。
「あ~~!なにしてんのよ~」
「す、すまない……」
南は急いでタオルを探しに行こうとして、立ち上がるが、机の脚に自分の膝をぶつけたことによってカップは完全に倒れた。書類はビショビショで、中身が机から滴り落ちて下にある本にもかかった。
「勘弁してよ~」
涙目、いや、完全に泣いている。
「ごめんーーーー!!」
「はあ、もういいわ。あんたも自己紹介しなさいな」
軽く息を吐く比津見。
「私の名前は比津見誠志郎(ひつみせいしろう)だ」
「なんで、男の子みたいな名前なんですか~」
からかうように南は言う。その表情はとても楽しそうだ。
「あんたは黙ってなさい!智尋くんには……秘密だ」
「え~教えてあげなさいよ」
「そんなことはいいの!早く見てあげなさい」
「はいはい」
南は奥の部屋に智尋を案内した。奥は診察室で、聴診器をつける南が座っている。
「さあ、智尋くん。ここに座って。はい、少し冷たいわよ。」
聴診器で心臓の音を聞く。特に問題ないようで、南は智尋の体を診察する。
「ここ、何かに刺されているわね。蚊かしら?」
塗り薬を塗ってもらった。
独特の匂いが鼻を通り、塗ったところは冷たく感じられた。
「後は、血液検査するために少し血を抜かしてもらうね」
注射を手に持っている南は何か危険な感じがした。
「さあ、腕を出して」
智尋のひじの内側に注射針を刺す。
「怖くないの?珍しい子ね……」
智尋は自分に注射針が入っていく様子をまじまじと見ていた。肉の中にずっぷりと入るのを見て、
「終わったよ。」
早速南はなんだかよく分からない機械に血液が入った試験管をセットする。数分で結果が出たみたいだ。出てきた紙を見て、表情が険しくなる。すると、比津見が入ってきた。
「もう終わったかな?」
「ええ、終わったよ。それで、智尋くんはどうするの?児童施設にでも入れるつもり?」
「いいえ、私が育てることにする」
南は石のように固まっており、微動だにしなかった。
「さあ、帰ろう。南ありがとう。」
智尋の手をとってエレベーターに乗り込み、一階へのボタンを押した。来た道を戻って病院の外に出た。もう夕方になっている。夕日は智尋たちを真っ赤にする。
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