BUG CREATURES ~変わりゆく世界~

こんぶおにぎり

第1話 少年の過去

 一人の少年は自分の家におり、ベッドの上で仰向けになりながらゲームをしている。ゲームの種類はシューティングゲームである。ポチポチと強烈な勢いでボタンを押している。残りのライフは一機しかない。すると下から声がかかる。そう、今日は家族でキャンプに行く予定となっているのだ。

「早く支度しなさ~い」

「そうだぞ、置いていくぞ」

 冗談を言う父親。だが子供からすれば真に受けてしまうものである。

「だめだよ!」

 ゲーム機をほっぽり出して、ドアの横に置いてあるリュックを背負って階段を勢いよく降りてくる。体を大きく上下に揺らすので、リュックの横についてあるボトル入れから水筒が落っこちた。激しい音をたてて、床に激突する。

 ゴトン!!

 母親の顔が青ざめる。

「ちょっと!傷がついちゃうじゃないの!」

 凹んでいないか確認したあと水筒をリュックに入れてもらい、車に乗り込んだ。

 出掛ける前に怒られるなんて幸先が悪すぎるだろう。車内の空気も暗い感じである。


 少年は外の景色を堪能していた。町から段々と自然が多くなっていくことで、キャンプはまだかまだかと待ち遠しくなってくる。両親も楽しそうに会話している。

 母親の機嫌が良くなって一安心な表情の少年。

 すると・・・ 

「おお~キャンプ地に近づいているな~。段々自然が多くなってきているじゃないか。なあ?」

 少年の父親は、自分もキャンプが楽しみらしく、やけに張りきっている。


「皆さん、もうすぐキャンプ地に到着します」

 ナビからの連絡が入る。

 その後も数分で、無事につくことが出来た。キャンプ場に駐車し、車から降りた後、各自荷物を運び出した。


「いいな~この空気。都会じゃ味わえないからな!」


 大きく手を広げて、肺に空気を送り込む。が、吸いすぎで咳き込んでしまった。

 ゴホゴホとしている父親を見て思わず笑ってしまう少年。


「そうね~」


 しかし少年の母親はあまり乗り気ではないらしく、つまらなそうに返事をする。父親はよっぽど空気が良いと思ったのか、咳き込んだはずなのに繰り返し吸ったり吐いたりしている。

 一通り楽しめたのか、少年の方へ近づいて言った。


「しっかりこの空気を味わっとくんだぞ!?」


 少年の頭を強めに撫でながら言った。髪がボサボサになる。少年もうれしかったのか、先程とは違った笑みがこぼれた。

 キャンプ場は、かなりの山奥に存在している。周りを見渡すと高い木々に囲まれており、ここの空間だけ別の世界のようだ。空には輝かしい太陽が出ており、絶好のキャンプびよりである。事前にコテージかテントかを決めないといけなかったが、そこは母親の虫嫌いによって強制的にコテージとなってしまった。

 当時父親はこっそり買っておいた大きめのテント(結構な値段)をお披露目しようと計画していたが、おじゃんになってしまった。その日の夜は、こっそり泣いた父親だった。


 コテージの外観はとても綺麗で、最近作られたものに思える。中に入ると、とても開放的だった。天井は高くて透明なので、天気が良いと満天の星空を拝むことが出来るだろう。しかし、今は昼頃なので太陽の光が入ってきており、中のものを明るく照らしている。


「ポチッと」


 母親がボタンを押すと、光を遮るように屋根が付いた。


「すごいわね、これ」


 テンションが上がってきたらしい。さっきまでの不機嫌はどこへ行ったのか。

 父親もその様子を見て、さらに笑顔になる。


「よし、それじゃあ行くか」


 このキャンプは家族で計画したものではない。小学生の子供がいる家庭に配布されたパンフレットに載っていたものに参加しているのである。

 これからは、参加者たちと合同でお昼を作るというオリエンテーションのようなものに参加する予定になっている。これは参加が義務付けられていた。おそらく、子供たちのコミュニケーション能力の向上というのが目的なのだろう。パンフレットにも、積極的に知らない子へ話しかけてみよう、などのことが書かれていた。


 運営の人が出てきた。

「全員来られたようですので、これより、キャンプ体験ツアーを開始いたします。初めに一緒に昼食を作ってもらいます。ご両親たちは子供たちのサポートをよろしくお願い致します。それでは始めてください!!」


 子供たちははしゃぎながら集まって何をするのか決めている。少年は少し人見知りなのか、輪に入ることができない。

「ほら、あっちの男の子とか、そっちの女の子たちとか、話しかけてきなさいよ」

 母親が少年の手助けをして、一人でいる子や、少数のグループを見つけて教えていた。

 母親は女の子を勧めるときだけ、冷やかしモードに入り、ニヤニヤしながら少年に耳打ちする。少年は恥ずかしいのか、なかなか話しかけに行こうとはしない。すると、一人の少女が少年に話しかけてきた。


「ねぇ、一緒に野菜の皮むきしない?」


 作る料理はカレーライスというキャンプでは定番の料理と事前に決められているのだ。それに入れるための皮むき。


「ほら、行ってきなさい!」


 小さく背中を叩き、母親は耳打ちする。

 少年の顔は少し赤くなっており、小さく頷いた後、女の子と一緒に皮むきをすることとなった。


 全ての野菜を洗った。女の子側のジャージャーと水を出しっぱなしになっているので蛇口をひねって止める。女の子は意外と抜けているところがあるらしい。

「ねぇ、どこから来たの?」

 女の子は質問してくる。

「大阪から来た……」

 少年の声は小さかったものの、女の子は聞き取れたようだ。

「そうなんだね!私は奈良から来たんだよ」

 少年は話している時間、手が止まっているのに対し、少女の手はいつでも止まっていない。


―――「よーし、終わったね~」

 少女は、背筋を伸ばして大きく息を吐く。手に付いた野菜の皮を水で洗い流し、タオルで拭いていた。抜けている所がある少女だが、これまでの所作からある程度家で手伝いをしていることが分かる。


「よし、じゃあ切ってもらおっか……ねぇ、あ、あれ何?」


 少女が指をさした先には、森しかない。風で揺れている木々が並んでいるだけだ。

 少年は不思議そうな顔で少女を見ると、ガサッと低木の葉が揺れた。少年は反射的にその場所を視界に入れる。現れたのは人間のようなフォルムをした何かだった。体は黄色と黒色でできている。そして、お尻に針がついていることが分かる。隣には大きさ一メートルもある、またもや黄色と黒色の生き物が人型の隣に二体、飛んでいる。恐らく蜂だと考えられるが、このような大きさの蜂なんて見たことがない。ましてや、人間のような蜂なんて……


 カチ!カチ!カチ!カチ!  


 隣の二体は大きな顎をカチカチと鳴らしてくる。


「あれは、威嚇しているのかも……」

 少女は言うが、実際に見たのは初めてなので憶測にすぎない。

 しかし、例え威嚇だったとしても、何故威嚇してきているのかは少年たちには分からない。縄張りに入られたからなのか、それとも人間に攻撃されたからなのだろうか。

 そもそも、このような見たこともない生物に攻撃を仕掛けるバカはいないだろう。いるとしたらアルコール中毒、薬物中毒の変な奴くらいなものである。


 すると、突然少年と少女の目の前から蜂たちが消える。

 後ろからゴトンッといった音がした。後ろに振り向くと、そこには運営の方の頭が落ちており、首の切断面からはものすごい勢いで血が噴き出しており、辺りに血が広がって土が赤くなっていく。

 そこに二体の大きな蜂が群がっていく。大きな顎を使って、団子のようにしている。人間の肉団子である。ブシュブシュと血が腹から噴き出してきて、さらに地面が赤のペンキをひっくり返したように真っ赤に染まった。


「うわ~!!なんだよこれ」

「キャーーー!!」


 キャンプ場は混乱の渦に飲まれた。

 その直後、凄まじく大きい羽音が蜂からたてられた。

 まるで、耳元に蚊やハエが近づいてきたような感じの不快感に苦しめられる。人間型の蜂からは轟くような鳴き声が発せられ、大気が震える。


 両親は急いで少年のところへ行き、抱きかかえて自分のコテージへと入り鍵を閉める。抱きかかえられている時間、後ろから阿鼻叫喚の嵐が吹き荒れていた。少女の姿はもうすでにそこには無かった。


「ここに隠れておきなさい」


 少年の父親は息子を抱っこして、コテージにある床下収納のスペースに少年を入れた。恐怖がはっきりと伝わってくる表情で、何とか息子を助けようと考え出した答えなのだろう。


「私たちは後から戻ってくるからね」


 母親は少年の頭を撫でながら、必死に取り繕った笑顔で接している。


「お父さん、お母さん、一緒に隠れようよ!」


 少年は両親と一緒に隠れたいと意思表示するが、それはかなわない。伸ばした腕を両親から引っ込められる。


「ごめんね。寂しいかもしれないけど頑張って。ここには私たちは入れないから」

「そうだ、お前は強い子だ!この中で静かに待っているんだ。化け物がいなくなる時まで」


 それから両親は床下収納の鍵を閉め、少年を閉じ込めた。蓋が閉じられる恐怖を乗り越えて狭い空間に入った。真っ暗な空間が恐怖をさらに煽ってくる。少年はというと、言われた通り静かに息をひそめていた。それから両親の声は微かにだが、聞こえる状態である。少年は聞き耳をたてながら床下にひそむ。


「あんな生物見たことないぞ。何だってんだあの化け物。蜂か?蜂なのか?なんか鎌みたいなものも付いていたような……」

「私だって見たことないわよ。そんなことより、今のうちに逃げましょう」


 両親はリュックに役立ちそうなものを物色している。包丁や、鍋、お玉等を準備していると、羽音がだんだん大きくなってきた。化け物が近づいてきているのだろう。


「不味いな……こっちに来るぞ」


 扉が壊れるくらいに叩かれる。みしみしと扉は鳴っていて、限界だということを知らせてくる。

 扉が壊される音が聞こえた。それとほとんど同時に、窓ガラスが割れる音がした。


「きゃ~~!!やめて!放してよ!」


 母親の叫び声が聞こえてくる。逃げ遅れたようで、必死の抵抗を試みているようだったが、やがてブチブチと音が鳴り、母親の叫び声は聞こえなくなった。


 蜂はまたもや鳴き声を発した。羽音とは比較にならない爆音が発生し、瞬時に羽音が遠ざかるのが分かった。おそらく、父親を捜しに行ったに違いない。すると、今度は男の叫び声が聞こえてくる。おそらく、いや、絶対に父親の叫び声だったが、少年は絶対に聞くまいと体を震えさせながら床下で耳を塞いでいた。


 羽音は近くなったり、遠ざかったりと、何往復もしている。残りの人間がいないか探しているのだろうが、幸い少年の居場所は見つかることなく、完全に羽音が消えるまでやり過ごすことが出来た。


 少年は恐怖に支配されたせいか、体が動かない。当然だ。十歳の子が両親が死んだことを受け止められるはずがない。そのあと少年はずっとブルブルと震えるだけだった。

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