危険な天使?

「求める・・・?」

「ええ、あなたが私を求めている。だから、私はここにいるのです」


 俺は羽根つき天使の言葉を反芻した。


 俺が、この天使を求めている。


 一体、どういう冗談なのだろう。手汗でべとべとになっているはずなのに、両の手を握り締めて現実に意識を向ける。気色悪い心地がなければ、現実逃避してしまいそうな意味不明な状況だった。


「あの、何言ってるかさっぱりなんだけど・・・」

「さっぱり、ですか。やれやれです」


 さっぱりという言葉に別にそんな呆れられる意味合いはない気がするのだが。


 羽根つき天使はムクリと起き上がったかと思うと、ずっと背を向けていた体を翻した。


 天使がこちらを見たのである。


「―――ッ」

「どうされました? 人間さん」


 人間さん、なんて言葉にしたらインゲンさんと空耳するに違いない。余りにも異常な呼び方だった。

 しかし俺の驚きは、そんな緑色の細長い野菜の呼称とは全く別のところにあった。


「あら、私の尊さに声もでませんか? 敬虔なことです。うふふ」


 言って、羽つき天使は口元に手を添えてほほ笑む。透き通った白い腕がレースのワンピースから零れる。


「あ・・・あんた・・・」

「まあ、天使に向かって、あんたなどと無礼ですわね」


 俺の言葉に、羽つき天使はむっとした表情を見せた。腰に両手を添え、前かがみになるようなポーズで俺をけん制する。


 前傾姿勢。


「―――なッ」

「なんですか、人間」


 一瞬で敬称を省かれ生物実験にでも扱われてそうなぞんざいな呼び方をされた俺だったが、やはり俺はそれどころではなかった。


「まったくもう、私のことをあんたといったり、突然顔を赤らめてそっぽを向いたり、随分失礼な態度じゃありません? 私はあなたに呼ばれてここにきているようなものなんですよ?」


 桃色のショートボブ。少しパーマの聞いた艶やかな髪をくるくるといじりながら、羽根つき天使はそう言った。艶やかなその髪は、露出された肩との対比でより美しく見えた。


 露出された肩。


「い、いやだからぁ、俺があんたを求めてるって言葉の意味が――」

「え、なんですかぁ?」


 俺の必死の抵抗に、羽根つき天使はさらなる猛攻を仕掛けてきた。


「おわ――」

「どうです・・・? これが、人肌のぬくもりというやつです」

「あ、あんた人間じゃ――」

「人間かどうかは問題ではありません・・・大事なのは、そう、健全なる魂です」


 突然抱き着いてきた羽根つき天使の柔らかさに、俺は体を溶かされるような感覚だった。


 すべて言うまでもなくこの天使、肩の露出どころかへそは見えているわ胸元はがら空きだわ何から何までだった。

 俺が言葉を失うのは必然だった。


「い、いいから早くどけよっ・・・」

「ダメです♡」


 俺の体に腕を巻き付けている天使から逃れようとするも、俺は天使の手を振りほどくことができなかった。


 女性(?)だから気を使っていたわけではない。

 俺があまりにも非力すぎたからでもない(と思いたい)


 とにかく全力で天使の柔らかい腕を引き離そうとしたが、びくともしない。次第に俺を絞る力を強める天使。恐る恐る天使の顔を見ると、


「健全な魂、そうそう、これですこれです」

「あんた・・・いったい何を・・・」


 息が、苦しくなってきていた。

 やはりこの天使、只ものじゃない。息が苦しくなるほど人に抱き着くことができるなんて、筋力があるとかそんなレベルじゃない。筋肉もりもりならまだしも、柔らかそうな、ただの女子高生のような体躯の人間がそんなことをできるとは到底思えなかった。

 まさに、人外そのものだった。


「健全なる不毛な魂。いただきますね、人間」


 天使は俺の背骨を折る勢いで俺を締め付けながら、右手を自由に(胸と左手だけで俺を圧迫し)したかと思うと、そのまま俺の上半身に右手を突き刺した。


 自分が感じているものは痛みなのか恐怖なのか、はたまたそれ以外なのか、わからなかった。


「・・・ァ・・・ッ」


 視界が一気に暗転する。そうかと思えばまた現実の景色が見えて、また暗転して。


 意識と思考が遠ざかっていくのを感じながら、俺はゆっくり目を閉じた。これは悪い夢なんだと自分に言い聞かせながら。

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