転がる天使?
この世に、ラブコメの神様が存在していると本気で思っている愚かな人間はどれほどいるのだろうか。
そんな途方もない問いがふと思い浮かんだ。きっとこれが良くなかったのだと俺は思う。
カラスが鳴く夕焼け空、遠くに見える雲は霞んで淀んで、ドロドロだ。カラスの声もそこはかとなく不気味な声に聞こえる。
カーカー、という声とはまた一味違う。叫ぶような、唸るような、喋るような鳴き声。まあ、そんな不気味な下校時間帯に
「ラブコメの神様がそこらへんに転がってたりしねえかな~?」
などと呟いている俺は、ラブコメ教なる宗教に闇討ちされても文句は言えなかったであろう。
まあ、結果として闇討ちされた方がましだったかもしれないわけだが。
「あ」
俺はぶらぶらと脱力気味に歩いていた。夕焼けを眺めながら、ラブコメの神様を脳裏に思い浮かべながら、ただ歩いていた。今日の授業はいつも以上に眠かったなとか、昼飯のアンパン牛乳は相変わらずおいしかったんだとか、帰ったらすぐにオンラインゲームの続きをやりたいなとか、そんなことを考えながら、
でもやっぱ、ラブコメの神様が俺の高校生活を豊かなハーレム天国にでもしてくれねえかな。
なんて思っていたのである。
あらゆる事象、思考はラブコメに帰結する。
授業のだるさも、飯のウマさも日常の楽しみも、すべてはラブコメが起点となるのだ。
ラブコメの主人公は授業の描写なんてすっ飛ばしているし、ご飯はやけにおいしそうなものを食べれるし、日常的にラブコメディしちゃってるんだから消極的な選択肢としてゲームをやるなんてありえないのだ。
すべて、ラブコメが起点であり、ラブコメの伏線であるのだ。
ラブコメ世界での行動に意味のないことは一つもなく、俺の日常は意味のないことばかりである。
全ての道はラブコメに通ず。
そんな意味不明な結論をおぼろげに出した時だった。
「あ」
俺は確かにその場にいた。
その空間に存在していた。
放課後の部活ゴールデンタイムを帰宅部エースの名に懸けて謳歌していた。
「あ」
いつもと変わらない、四月の夕焼け空。――のはずだった。
俺は、何度も確認するかのように言葉を漏らした。
「あ」
たった一つの音しか、口から出せなかった。それ以上の言葉が出てこなかったのだ。
そこに、いた。
確かに、そこにいた。
俺と、もう一人。いや、もう一天使
横たわる天使を、俺は見つけたのである。
白いレースのワンピース。透けて見える透明な肌に、目を奪われる。
人の恰好ではないことは明らかだった。背中に純白の羽を林、頭に天使の輪っかがついている人間が、こんな時間に公道を歩いていいわけがないのだから。
「あ・・・えと・・・あの」
ようやく、「あ」以外の言葉が出たとき、横たわっていた天使がピクリと動いた。顔は俺の方を向いていないため、どんな表情かすら読み取れない。
「・・・見えるのですか、私が・・・」
「・・・へ?」
あまりに落ち着いた、しっかりとした声質に俺は拍子抜けしてしまった。
というか、天使だろうがなんだろうが、いきなり目の前に何かが横たわっていたらパニックになっても仕方ないに決まっている。
「見えるのですね・・・そして、声も聞こえていると・・・」
「えーと・・・」
頭が混乱している。いや、まてよ、よくよく考えたらなんでいきなり目の前に天使が倒れてるなんて状況が起こりうるんだ?いくらなんでも、目の前に誰かが倒れる前に、遠くで誰かが倒れている状況が見えてしかるべきじゃないか?
俺はバッと後ろを振り向いた。俺が歩いてきた道は一本道。
そして、向かう先も、一本道。
眼下数メートル先に横たわり続ける羽の生えた天使。
この天使は一体、いつから俺の前に現れた・・・?
俺の脳と視界のリンクが著しく断絶されていたのだとしても、不可解すぎる現実に、俺は恐れを感じ始めていた。
未知。畏怖。不信。迷い。
ごちゃごちゃの感覚が、一気に体中から冷や汗を噴出させる。
「あなた。私を求めているのですね?」
横たわる天使が、その格好に似つかわしくない低く落ち着いた声で囁く。
俺はごくりと唾を飲み込んだ。
四月四日の夕方が真夏日のように感じられた。
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