ラブコメ、おひとついかがですか?

そこらへんの社会人

幸運の女神?

 「白神飛鳥」という女子生徒の名前を知らない生徒は、我らが鋒山高校の生徒ではないといっても過言ではないだろう。いや、我らがH県民ではないと言っても差支えはないかもしれない。誰もが知る、誰でも知っているような――それこそ芸能人にも負けず劣らずなローカル有名人のような――存在が「白神飛鳥」という女子高生なのである。


 鋒山高校二年生。風紀委員長でありながら生徒会執行部監査(生徒会に監査など必要なのかという議論は彼女の特異性にかこつけてここでは省略する)。全国模試10位以内常駐。品行方正なのはもちろん、「人に厳しく自分にはもっと厳しく」がモットーのようなストイック高校生。


 まあ、よく言われるところの「超真面目勉強できる子ちゃん」といったところだろうか。


 が、しかし、彼女のローカル有名人たる所以は、これらの彼女の業績や実態とは程遠いところに存在するのである。


 彼女自身も意図せず、いつの間にかローカル界隈に広まってしまった「それ」が彼女をスーパースターへの道を駆け上らせたのである。


 人々は彼女をこう呼ぶ。


 「幸運の女神」


 と。


 朝一番。鋒山高校二年生の全13組の教室が一直線に見える長い長い廊下。遠くから、白神が歩いてくるのが目に入った。

「おはよ~飛鳥ちゃん~」

 クラスの中でも人一倍あか抜けた女子生徒が、明るく声をかける。それに対し白神は、

「おはよう、水谷さん。スカートの丈、少し短いわね。直しておくように」

 機械的ともいえる冷ややかな声で、返答をする。

「え~朝っぱらから厳しいな~。ね、これくらいはだめ?」

「だめよ、校則を守ってちょうだい。いいわね?」

「む~。りょうかーい」


 頬を膨らませた女子生徒は、白神の前をわざとらしく横切って教室へと入っていった。 

 白神は何も気に留めることなく、長い廊下をただ直進する。

 常時、凛とした態度でふるまっている彼女の姿に、俺はどことなく違和感を覚えていた。


 彼女は正しい。あるがままに正しい。正しくあろうとしているのではなく、存在そのものが正しいのである。だから、多くの人が彼女の正義に従う。


 だが、その正義は、果たして彼女のものなのだろうか。


 俺は、ふとそんなことを思った。廊下に設置されているロッカーに山のような教科書を保管している俺にとって、毎朝登校後のこの時間は、嫌でも白神と空間をともにしなければならない時間だった。


 彼女は、俺のロッカー整理の時間に被せるかのように、風紀委員の見回り業務を行っているのだ。


 それも、毎朝である。


 カツカツと白神の足音が徐々に近づいているのがわかる。生徒が履いていい履物に、そんな軽快な音がするものがあっただろうかといつも不思議に思うが、彼女の足元をきちんと見たことは一度もない。


 カツカツ。


 ・・・・・・


 「幸運の女神」


 彼女がそのように称されるようになった原因を、を俺は知っている。


 知りたくもなかったが、知ってしまっているのである。


 カツカツカツ。


 ロッカーに頭を突っ込んで、教科書整理をしている俺の後ろを、白神が通る。


 その刹那だった。


「おはよう、ゴミカスの太刀川君。今日もずいぶん勢がでるわね。いや、勢ではなく埃といった方が適切かしら?」


「・・・・・・」


 俺の名前は、太刀川悟。


 ゴミカスの太刀川悟です。どうも。


 振り返るまでもなく、白神は俺を見下ろしているのだろう。文字通り、意味通り。


 「幸運の女神」だ? 笑わせんな。俺に言わせればただの悪魔である。


「今日も放課後、応接室にくるように。いいわね?」


 白神は、俺の返答など一切待たず、すぐに後ろで軽快な音を再開させた。


 ばれないように、俺は白神の後姿をにらみつけた。艶やかなロングヘアに、モデルのような歩きかた。腰に手を当て、足を交差させるように前へと繰り出す。


 ここはブロードウェイじゃねえっての。


「あぁ、そうだ、ゴミ川くん」


 なめらかな黒髪をたなびかせながら、悪魔がこちらを振り返る。見目麗しい立ち姿ではあるけれど、ずいぶん独特な振り向き方であった。ヒッチハイクでもするかのように、腰を曲げている。


「今日は、特別に見せたげるから、期待しておきなさい」


 何を、と聞くまでの時間もなく、白神は再び歩き出していた。随分と整った顔、とりわけ眉とまつ毛がキリっとした「凛」という名前でも違和感のないような凛然とした姿に、俺は微動だにできなかった。膝の上にロッカーからあふれ出た教科書を抱え、蛇ににらまれた蛙よろしく静止していたのである。


 それにしても、何が特別で、何をみせてくれるというのだろうか。


「まあ、さすがに・・・ねえ?」


 一人、つぶやいてみる。ありえないことも、ありえることも。


 そうこうしているうちに、HRを知らせるチャイムが鳴り響いた。


 膝上に抱えていた山のような教科書は、またもや整理などされるはずもなく、ロッカーに押しつぶすように入れられたのである。


 今学期が始まって以来、ずっとこの調子だ。


 

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