第11話 『 姉の勘 』

【 side三津奈 】


 ―― 5 ――


「へぇ。ソウちゃんのクラスに転校生が」


 リビングで差し出された麦茶をすすりながら、三津奈は目前の美少女――アリシアが提供してくれた話

題に食いついていた。


「はい。なんでも、凄く美人さんだそうですよ」

「あらら? ソウちゃん、私とアーちゃんがいながら他の女の子にうつつを抜かすなんていい度胸してるわね」

「あはは。決してそういう訳ではないと思うんですが」


 三津奈の言葉に、アリシアは反応に困ったように苦笑を浮かべた。

 自分は百歩譲って颯太に美人と思われなくとも、この天使の如き可愛い恋人であるアリシアの前で他の女性を美人と評するのは減点だ。やっぱり女心をしっかり勉強させておくべきだったか、そう胸中で後悔していると、颯太の恋人は気にした風もなく言った。


「それで、ソウタさんその方に気に入られたそうなんですよ」


 何気なく。本当に、会話の続きのような流れに乗せてとんでもない爆弾を落としたアリシアに、みつ姉は大仰に目を見開いた。


「大問題じゃない⁉」

「うわぁ⁉ ど、どうしたんですかみつ姉さん⁉」


 突如、大声を上げたみつ姉にアリシアはビクリと肩を震わせた。

 きょとん、とするアリシアに、戦慄を覚えたのは三津奈の方だった。


「いやなんであなたはどうしてそんな平然としていられるのよ⁉」

「へ? いや、どうと言われましても……」


 困惑するアリシアに、みつ姉は華奢な肩をガッと掴んだ。


「気に入られた、ってことは、その女の子は少なくともソウちゃんのことを意識してるのよ!」

「はぁ……」

「アーちゃんは恋愛経験が浅いかもしれないけどっ、女が男に興味を抱くってことは少なくとも『異性』として見てるってことなの!」


 友達になりましょう、とか連絡先交換しよう、ならばまだしも、『気に入った』というのは普通の女子が言う台詞ではない。明らかに、好意のある者に対して使う言葉だ。その件の転校生、おそらく魔性の女だ。そう三津奈の勘が騒いでいた。


「そんな子にソウちゃんが猛アタックされてみなさい! あの子あっさり落とされちゃうかもでしょ⁉」

「あ、それは大丈夫だと思いますよ」

「即答⁉」


 切羽詰まった三津奈に、アリシアはこれまた人を疑うことを知らないような純真無垢な笑顔で答えた。

 驚愕のあまり目を閉じれない三津奈に、アリシアは金色の瞳に慈愛を宿しながら言った。その瞳の奥に誰がいるのかは、三津奈には一目瞭然だった。


「ソウタさんにも言いましたが、私はソウタさんを信頼しています。ソウタさんは私に嘘なんかつきませんし、仮についたとしても酷い嘘じゃないなら許せます」

「――――」

「それに、ソウタさんを好きなってくれる人がいるなら、それは私にとっても嬉しいことですから。だって、ソウタさんはあんなにかっこよくて優しいのに、その魅力を知らないのは勿体ないじゃないですか!」


 それが彼女の本心なのだろう。独り占めしたいとかよりも、自分の大切な人の魅力を大勢に知って欲しいという心情――それは、ある意味では最も恐ろしい私欲だ。

 だって、それはまるでこの魅力的な男性は自分のものだと、とこれみよがしに周囲にアピールしていることと一緒で。

 アリシアという純真無垢な少女だからこそ言えた想いに、三津奈は己ですら気付かぬほどの怖気に震えた。

その震えた唇から漏れた吐息は、彼女が恋人を想う熱量と同等、あるいはそれ以上の熱を帯びていた。


「どうか、家の弟をお願いします!」

「なんですか急に⁉ み、みつ姉さん、顔を上げてください⁉」


 テーブルに手を合わせて頭を下げ、三津奈はとりあえず目の前の天使に弟の将来を任せた。


「本当に、ソウちゃんは良い子を恋人にしたわ。私だったらとっくにプロポーズするくらいよ。というか、なんで結婚しないのかしら」


 誰が見ても颯太とアリシアはお似合いだと首を縦に振るし、反対する者はこの町にはいないだろう。ならいっそこのままゴールインさせるか、と本気で考えたところで、颯太がまだ十八歳を迎えていないことを思い出して舌打ちした。


「とりあえず、結婚するときは私に報告してね。承認蘭は私が押すから」

「んっ。まだ私とソウタさんは結婚する予定はないです……」

「あら残念」


 意外なことに、アリシアは顔を真っ赤にして否定してきた。ただ、「まだ予定がない」だけらしいので、予定が決まれば結婚するということか。そういう事だろう。

 なんにせよ、


「二人が睦まじそうで、お姉さん安心したわ」

「はいっ。みつ姉さんに心配かけるほど、もう私とソウタさんは子どもじゃありませんよ」


 自信満々に胸を叩くアリシアを見て、みつ姉は彼女の成長を実感した。

 二人とも夏の間はずっと一緒にいたから、互いに会えない時間が増えて寂しそうにしているのではないか、と気掛かりに思ったものの、この様子だとどうやら杞憂なようだ。

 それでもやはり、一抹の不安は拭えなくて。


「……でもやっぱり、ソウちゃんの方は少し心配かしら」


 カランと氷が音を立てて溶けるのを、ぼんやりと見つめていた。

 弟を溺愛する姉としては、やっぱり特殊なセンサーは働いてしまうもので。

 きっと今頃、何かしでかしてるだろうと思うばかりだった。


 ―― Fin ――


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