第10話 『 幸福の食卓 』

【 side颯太 】


 ―― 4 ――


「へぇ。ソウタさんのクラスに転校生さんが」

「そ」


 アリシアと夕食を囲みながら、颯太は今日あった出来事を話していた。


「その転校生さんは、どんな人なんですか?」

「そーだな。一言でいえば、ちょー美人」

「ほぉ。美人さん」

「愛想もよくてさ。誰かが声を掛けると必ず止まって手を振るんだよ。だから今日だけで学校中の人気者。そういえば、陸人がもうファンクラブがあるって言ってた気がするな」

「ふぁんくらぶ?」

「好きな人のことを応援する人たちのことだよ」

「ということは、転校生さんを好きな人がもう沢山いるということですか⁉」

「そうなるかな」

「はえぇ。転校生さんは、凄い人なんですね」


 感嘆と頷くアリシアに、颯太も遅れて首を縦に振った。

 確かに、たった一日で学校の人気者になった上に、ファンクラブまで設立されたとなると、いかに聖羅という転校生が人望を集めるのに長けているのか思い知らされる。


「やっぱ、訳わかんねぇな」

「何がですか?」


 小首を傾げるアリシアに、颯太は眉間に皺寄せながら言った。


「いやさ、美人で周りにも沢山人がいるような人が、たまたま声を掛けてこなかった奴だったから、ってだけでそいつを気に入るなんてことあると思う?」

「難しいですね……」


 アリシアも箸を止めて考えくれたが、やはり颯太と同じように迷宮から抜け出せなくなってしまった。


 ――私は俄然、貴方のことが気に入ったわ。


 音楽室で聖羅にそう言われてからずっと、颯太の頭の中で思案していた。

 昼休み以降は、お互い特に声を掛ける事もなく、そのまま五・六限を過ごしたのだが、帰り際に「また明日ね、宮地くん」と露骨に周囲に聞こえるよう言ってきたせいで、颯太は朋絵と陸人から尋問を受ける羽目になってしまった。

 彼女が颯太を気に入った理由がなんなのか。たまたま颯太が声を掛けなかったから?

 学校案内が分かりやすかったから? 意外にも共通の悩みがあったから? ――どれも自分の中の決定打に欠けて、胸中は悶々としたままが続いていた。

 そんな悩める少年に、目の前の天使様は閃いたように顔を上げた。


「きっとソウタさんが優しい人だからですよ!」

「どういうことですか、アリシアさん?」


 天使様の言葉に首を捻る颯太。だが、当のアリシアはえらく上機嫌な顔つきで続けた。


「きっと、転校生さんも気づいたんですよ。ソウタさんは凄く良い人だって。ソウタさんはお話をちゃんと聞いてくれますし、何だって答えてくれる人ですしね!」

「あの……アリシアさん? 誰も、気に入ったやつが『俺』とは言ってないのですが……」

「へ? ソウタさんのことですよね? 転校生に気に入られた『人』って」

「……はい」


 きょとん、とした顔のアリシアに、颯太は苦虫を噛んだ形相で肯定した。

 意図的に名詞を外したのにも関わらず、眼前の天使様は鋭い慧眼であっさり看破してしまった。もっともアリシアの場合は慧眼というより勘に近いが、それが時々、異様に鋭くなるのだ。さすがは元・純大天使だっただけはある。


「やっぱりソウタさんは凄いですね。そんな人気者の転校生さんから気に入られるなんて」


 アリシアのあまりに無邪気な笑顔に、颯太は目を瞬かせると、


「あのさ、もう知られた以上隠す気はないんだけど、アリシアとしては嫌とかそういう感情は涌かないの?」

「嫌って……どうしてですか?」


 はて、と小首を傾げたアリシアに、颯太は呆気に取られながら言った。


「アリシアは、俺が他の女の子と話てても嫌じゃないの?」

「? 既にみつ姉さんやトモエさんとも沢山お話してるじゃないですか」

「そうだったねごめん!」


 しれっとアリシアに正論で返され、颯太はテーブルに頭を擦りつけた。


「そうじゃくて! 俺が、アリシアのいない所で、全く知らない女の子と話してても、アリシアは胸が苦しくなったりしない? ちゃんと、考えてほしい」

「――――」


 真剣な目つきで訴えれば、アリシアは箸を箸置きに置いて黙考を始めた。

 颯太とてその辺はしっかり気を使っている。さっきはみつ姉と朋絵の名前を挙げられてぐうの音も出なかったが、二人と気軽に話せるのはあくまでアリシアと交流があるからだ。それ以外の女子とはあまり話さないように心掛けているし、距離を取るようにしている。

 これもアリシアの気持ちを汲んでのことだが、果たして彼女はどう感じているのか。


 ――俺は、アリシアが他の男と話してたら嫌だよ。


 女々しいと言われようと、器が小さいと言われても、颯太にとってアリシアが他の男と楽しそうに話しているのは不服なのだ。それだけ、彼女が好きだから。

 カノジョもそうであって欲しいと、颯太は口開くアリシアにそれを望んで――


「全然、嫌じゃありませんよ」

「――――」


 颯太の願望とは真逆の答えに、颯太は出そうとした言葉が喉の奥に詰まった。


「……なんで」


 ようやく絞り出した声に、アリシアは淡い桜色の唇を引いた。


「だって、私はソウタさんを信じてますから」

「――――」


 銀鈴の声音が紡いだ言葉に、直後、颯太の胸から焦燥が消えた。


「だってソウタさん、あの日私に言ってくれたじゃないですか。天使じゃなくても、私のことを好きだって」

「――――」

「そんな言葉を私にくれたのは、きっと世界中でソウタさんだけです。だから、私はソウタさんのことを信じられるんです。何があっても、私の事を好きでいてくれるって」


 照れもなく真面目に答えるアリシアに、颯太は自分の嫉妬心が恥ずかしくなった。

 アリシアは、ずっと颯太に全幅の信頼を置いてくれているのだ。それなのに颯太はアリシアに懐疑心を抱いてしまった。それどころか、自分と同じように、嫉妬心を持って欲しいとまで願ってしまった。今はそれが、無性の忸怩たる思いで。

 この責任はやはり――


「一生に幸せにするからね、アリシア」

「え? 今なんて言いましたか、ソウタさん」


 絶対にアリシアに聞こえないような小声でそう誓って、颯太は己の頬を叩いた。凝然とするアリシアに、颯太は迷いの吹っ切れた顔を向けて、


「ううん。ただ、今の言葉を聞いてさらにアリシアのことが好きになっただけ」

「な⁉ いきなり何言い出すんですかソウタさん⁉ も、もう……っ」

「はは。照れた顔も最高だな」


 突然送られた愛の言葉にアリシアは顔を真っ赤にして、それを誤魔化すように食事を再開した。

 そんな世界で一番愛しい天使の顔をおかずに、颯太も箸を進めていくのだった。


  ―― Fin ――



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