第9話 『 学校案内(エスコート) 』

【 side颯太 】


 ―― 3 ――

 

 注目の転校生――神払聖羅を学校案内(エスコート)することとなった颯太。彼女の真意が掴めないまま、颯太は廊下を聖羅と各教室を回っていた。


「俺たちが今ここにいるのは本棟で、ここには各学年の教室と職員室、あとは放送室とか資料室、パソコン室とか色々ある。……で、本棟の渡り廊下を抜けると、準学部棟に入る。ここまでで何か気になる所は?」

「特には。宮地くんは教えるのが上手ですね」

「別に、ただ向かった先の教室を説明してるだけだから」

「あら、謙遜も上手なんですね」

「はぁ……特にないなら、先に行くぞ?」

「ふふ。ごめんなさい」


 悪戯な笑みを浮かべる聖羅に辟易として、颯太は肩を落としながら準学棟に向かっていく。

 その間、やはり颯太は他生徒から注目を浴びていた。理由は十中八九、神払聖羅といるからだ。


「やっぱ目立つよな」

「何か言いました?」

「……なんでも」


 颯太も校舎を案内しながら彼女をちょくちょく観察していたが、やはり歩く姿すらも上品だった。清楚な佇まい。背筋がピンとしたままの状態で難なく歩き、彼女が通った箇所には花の香りが残る。生徒が廊下を走って生まれた風すらも、彼女の紫髪が揺蕩って廊下が一枚の絵画に変化させてしまう。彼女の歩く道は、そこでけランウェイかのような錯覚を起こすほどだった。

 今も、リボンの色から後輩であろう女生徒が、聖羅が前を横切った瞬間に昇天していた。

 まさに魅惑――否、魔性の女か。


 ――似てるな。


 ふと、颯太の脳裏にある記憶が蘇った。

 この状況、アリシアと出会って間もなくの頃とそっくりだった。一緒に外に出れば、町の皆が白銀の美少女に夢中になっていて、それに颯太はボディガード感覚で隣にいる。今はおしどり夫婦と周囲から評されるようになったが、この状況があの日々に似ていて、颯太はどこか懐かしい気分になった。


「それにしても、宮地くんは本当に不思議な人ですね」

「は?」


 準学部棟に繋がる渡り廊下を歩いていると、隣から興味深そうに聖羅が黒瞳を覗き込んでいた。

 そんな聖羅に、颯太は首を傾げて問うた。


「急に、なんでそんなこと言い出したんだよ?」

「へぇ。無自覚なんですか……ふふ。もっと面白い」


 くすくすと笑う聖羅に、颯太は困惑を深めるばかりだった。

聖羅はからかい甲斐のある玩具を見つけたような笑みを浮かべながら「ごめんなさい」と前置きして、


「だって、私の傍にいるのに全然嫌な顔をしないから」

「? なんだそれ」


 さらに困惑を深めた颯太に、聖羅は言った。


「ほら、私って、良くも悪くも目立つでしょ? 小さい頃からずっとそうで、今もずっと誰かに見られてる。私はもう慣れたけど、他の人は違うみたいで……」

「あー。なるほど」


 聖羅が最後に言葉尻を濁すと、颯太はすぐに彼女の言葉の意図を理解した。


「つまり、注目を浴びる自分と一緒にいて疲れるんじゃないか、とかそういうこと考えたのか」

「うん」


 短く頷いた聖羅に、颯太はそんなことかと吐息した。

 どうやら聖羅は、自分が他人の意識を惹く存在だと理解いるらしい。慣れた、ということはもうずっと前から聖羅は周囲の目を気にしながら生活してきたのだろう。そんな彼女に少しだけ同情を覚える。


「そういえば、みつ姉が『美人には美人なりの苦労』があるって言ってたっけ」


口では慣れたといっても、相当、ストレスの溜まる生活のはずだ。

 僅かに昏い影を落とした聖羅に、颯太は言った。


「俺も慣れてるんだよ。昔よく、こんな風に似た状況に置かれたことがあるから」

「こんな状況に? 宮地くんはったいどんな生活を送ってたんですか?」


 確かに普通の学生ならそんな状況下にはならないだろう。首を傾げる聖羅に颯太は口角を数ミリ上げながら続けた。


「俺の近くにさ、すげぇ可愛い子がいるんだよ。その子は明るくて、誰にでも優しく接する子で……彼女の周りはいつも人がいて、笑顔で溢れてるんだ。まぁ、一言でいえば、町のアイドルみたいな子かな」

「へぇ……」

「で、そんな生活を続けてたら、おのずと人の目にも慣れてきてたって訳」

「確かにそんな子と一緒にいれば、私の傍にいても動じることはないかもしれませんね」


 聖羅は颯太の話を聞き終えると、理解したように頷いた。


「そういうことだから、俺のことは心配しなくて平気。むしろ、この頼みを俺にした神払さんの判断は正しかったかもしれないな」

「私も、お願いしたのが宮地くんで良かったと思ってます」


 聖羅としても、やはり頼み事をした相手に流れ弾が当たるのは避けたかったらしい。人の視線とは意外にも精神を疲労させるものだ。身に覚えがある颯太だからこそ、聖羅の苦悩に共感を抱けたのかもしれない。

 とはいっても、


「いつまでもじろじろ見られるのは気分良くないから、さっさと廊下渡るか。準学部棟の一階以外は人気もあんまりないし、神払さんも少しは落ち着けるはずだから」

「一階には何があるんですか?」

「食堂と購買があるんだよ」

「そうなんですね。なら、今日はそこ以外を教えてくれますか」

「ん。分かった」


 そうして、二人は生徒たちの視線を潜り抜けながら人気の少ない準学部棟へ向かっていくのだった。



 *******



「三階の奥、ここが音楽室。といっても俺たち二年は美術と選択になってて、選んでない人は殆ど立ち入らない」

「そういえば、転入前に音楽か美術、どちらかにチェックを入れて欲しいと言われました」

「ふーん。ちなみに、神払さんはどっちにしたの?」

「美術を選びました」

「奇遇。俺も美術だ」


 ちなみに、颯太が美術を選択した理由は、音楽の課題に合唱があるからだ。人前で歌声を披露できるほど歌唱力はないので、結局は消去法だ。付け加えれば、美術にはこれまた腐れ縁の二人がいる。


「本当に奇遇ですね。これだけ偶然が重なると、もはや運命かと思ってしまいますね」


 聖羅なりの冗談なのだろう。チラッと彼女の表情をみれば、やはり小悪魔的な笑みを浮かべていた。


「そういう冗談はやめとこうな。勘違いするやつが現れたら苦労するのはキミだぞ」

「へぇ。宮地くんは勘違いしないんですね」

「当たり前だろ」

「即答ですか。女の子としては、結構ショックですね」


 淡泊に返した颯太に聖羅は吐息した。いったい何がショックなのかは分からないが、颯太としては既にアリシアという彼女がいる身だ。他の女子は眼中にないし、そもそも性格的に好意を寄せる人の方が珍しいはずだ。

 腕を組みながら思案していると、聖羅が眼前に寄ってきて頬を膨らませた。


「宮地くんは、私に興味ないんですか?」

「はいぃ?」


 そんな問いかけに、颯太は怪訝に眉根を寄せた。

 どういう理由でそんな質問が彼女の口から飛び出たのか困惑していると、聖羅は「だって」と拗ねた子供のような態度で、


「クラスの皆さんは私に興味津々で近くに来るのに、宮地くんはずっと声を掛けてくれなかったから」

「…………」


 最初に何を言っているのか分からず思考が停止して、数十秒かけてようやく理解した。


「あー。もしかして、神払さんは俺の気を引きたかった……てこと?」

「……はい」


 颯太の言葉に、聖羅はちょっぴり目に雫を溜めて頷いた。


「つまり、俺に学校案内させたのも、自分に興味を持って欲しかったからか」

「――――」


 今度は無言のまま頷く聖羅に、颯太は内心で『子どもかっ』とツッコまずにはいられなかった。

 つまり、聖羅はずっと颯太に興味を持ってほしかったのだ。クラスの皆は転校生の自分に夢中になっているのに、颯太だけ声を掛けてくれなかった。そんな事態に不安を覚えたのか、彼女が取った行動がこの学校案内だったわけだ。

 どうやら神払聖羅は、颯太が想像していたよりもずっと子どもらしい。いや、年相応の女の子だ。


「ふは」

「む、宮地くん、なんで笑ったんですか」


 そんな彼女の意外な一面に、颯太は堪え切れず吹いてしまった。颯太は笑いを堪えながら「ごめん、ごめん」と謝ると、


「神払さんも意外と、年相応の女の子なんだな、って」

「なんですかそれ、失礼ですね。私だって、宮地くんと同じ年の女の子ですよ」

「だよな。ごめん」


 膨れっ面の聖羅に、颯太はもう一度謝ってから、


「神払さんに興味がない訳じゃないんだ。ただ、クラスの皆から休み時間のたびに質問攻めだったろ。だから入り込む余裕なくてさ。だから、声を掛けなかったんだよ」

「ふーん」


 颯太の言葉に聖羅は意味深に吐息した。これで解ってくれるだろうか、そう思って彼女の返答を待っていると、


「なら、今から私に質問してください」


 挑発的な表情で、突然そう促された。


「いや、いきなりそんなこと言われても……」

「五……四……三……」

「マジか⁉ ええと……」


 まさかのカウントダウンまで初めて、颯太は慌てて思考を加速させた。聖羅が零と言い切る寸前でどうにか出てきたのは、


「なんでっ……美術を選んだんだ?」


 直前のやり取りの続きだが、質問は質問だ。

 聖羅はしばらく不服そうな顔をした後、「まぁ、いいか」と小声で呟くと、スカートを翻しながら答えた。


「私が美術を選んだのは……神様の言う通りですよ」

「はいぃ?」


 聖羅の言葉に颯太は愕然と肩を落とした。そんな颯太のリアクションに聖羅はくすりと笑みを浮かべながら続けた。


「私としてはどちらでもよかったんです。美術であろうが、音楽であろうが。だから、神様にどちらがいいか決めてもらったんですよ。ほら、『どちらにしようかな』ってあるでしょ」

「あれか」

「そうそう。あれです」 


 日本人なら誰だって知っているし、少なからず一回は試したことのある『選択決め』だ。颯太も何度もアリシアとやったことがある。ただそれで選択授業まで決めてしまうのは、諦観という感嘆としてしまった。


「見かけずによらず、大胆だな、神払さんは」

「本当に気まぐれでやっただけですよ。普段はそんなこと絶対しません」

「ならなんで、その時はそんな事したんだ?」

「さぁ、なんでしょう。もしかしたら、それも神様の天啓だったのかもしれません」

「……天啓」


 聖羅の言葉をあしらわず己の胸中で反芻したのは、颯太にとって『神様』という存在がより身近に感じるようになったからだ。

 颯太はウミワタリの日。地球と天界を繋ぐ回廊で神様に最も近い存在――『天帝』と邂逅を果たした。『天帝』は天使の運命すらも容易く変える力を持っている。人の運命すらも、だ。

 故に、颯太はあの日から『神頼み』には本当に神様が力を与えてくれる可能性があると思うようになった。勿論、神様も全人類を観ることはできないだろうから、全部のお願いを叶えられる訳ではない。もし人の全ての願いが叶えば、この世に不幸はないのだから。


「それで、神払さんは『神頼み』してどうだった? 音楽じゃなくて、後悔はない?」


 颯太の問いかけに、聖羅は髪を伸びかせて振り返った。

 薄暗い部屋。カーテンから差し込む光が、まるでスポットライトのように彼女を充てて、


「えぇ。やはり『神様の選択』は間違っていませんでした」

「――――」


 きっと、それは誰をも魅了する微笑みだった。颯太ですらも、彼女の嫣然とした顔に目を見開くほどで。

 無音の部屋に、二つの靴音が響く。それは段々と黒髪の少年に近づいて、やがて――


「私は俄然、貴方に興味が湧いたわ――宮地颯太くん」

 

 その目はまるで、獲物を見つけた捕食者のように――ただただ私欲に飢えていた。

 

 ―― Fin ――


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