第8話 『 転校生様のお考え 』
【 side颯太 】
―― 2 ――
「ねぇねぇ。神払さんてモデルとかやってるの⁉」
「いえ、そういったのは特にやっていません」
「髪つやつやー! 触ってもいい⁉」
「はい。構いませんよ」
「教科書とか揃ってる? 良かったら俺の貸すよ?」
「お気遣いありがとうございます」
「お家はどこらへん?」
「○○駅のマンションです」
「え、もしかして新しくできた高層マンション⁉ もしかして神払さんセレブ⁉」
「いいえ、一般的な中流家庭ですよ」
クラスメイト達からの質問攻めを、彼女は微笑みを絶やさず受け答えていた。まるで、聖母と信者たちのような光景は休み時間のたびに行われた。
神払聖羅という謎の転校生の噂は瞬く間に全校生徒に広まり、件の美女を一目見ようと教室の入り口は行列ができる程だった。
「なんか、この学校中が彼女の虜みたいな状況だね」
「だなー。ま、俺も気になるっちゃ気になるが……あれほどではなねぇな」
「…………」
すっかり颯太たちの周りの席はクラスメイトで覆われてしまって居場所がなく、仕方なく三人は黒板近くの空いた席に避難していた。
「なんていうか、お前はホントブレないな」
と呆れた風に吐息した陸人に、颯太は「ん?」と呼んでいた小説を中断した。
「颯太はなに? 感情死んでんの?」
「失礼だな。ちゃんとあるわ。お前と一緒で、あんまり興味ないだけ」
「いや、俺は興味ない訳じゃないぞ。声かけてみたいけど……あれじゃあな」
ちらりと彼女の方をみると、三限目の休み時間だというのに未だ彼女はその美貌に笑みを絶やしていなかった。授業中は流石に普段の通りの表情をしていると思うが、あれだけ長時間笑顔を保っていられる彼女は純粋に感嘆させられた。
視線を彼女から逸らすと、颯太は次に朋絵の方に黒瞳を向けて、
「俺としては、朋絵があの輪に入っていかないのが不思議だけど」
と朋絵に問いかけると、やはり彼女の顔は今朝――正確には転校生が来た辺りから浮かない顔のままだった。
「知り合いなのか?」
「そんな訳無いじゃん。ただ、なんていうのかな……うぅ」
朋絵は、自分の説明のつかない感情に歯噛みしていた。
「上手くいえないんだけど……苦手なタイプ? なのかも」
「へぇ。朋絵にも苦手な人いるのか」
「あたしを何だと思ってるのよ。そりゃ、誰だって苦手な人は一人や二人くらいいるでしょ」
普段見ている朋絵は誰ともでも分け隔てなく接している印象だ。だから、てっきり苦手な人なんてものはいないのだと思っていたが、どうやら彼女にも苦手はあるらしい。
そして、颯太の心情は陸人も同じだったようで、
「あら以外。朋絵ならあの子と仲良くなりそうだったのに」
「はぁ? なんでそう思ったのよ」
怪訝な顔つきの朋絵に、陸人は「だって」と継ぐと、
「あの子、アリシアちゃんと雰囲気似てない?」
『どこが⁉』
陸人の予想外な発言に颯太と朋絵は素っ頓狂な声を上げた。二人は陸人の胸倉を掴むと、
「なになに何で二人ともそんな圧かけてくんの⁉ 怖いんだけど⁉」
「あれとアーちゃんのどこが似てるっていうのよ! アーちゃんの方が百倍可愛いいわ! 陸人にアーちゃんの可愛い所一日かけて全部教えてあげようか⁉」
「お前、アリシアの笑顔の天使の笑顔見た事ないだろ⁉ あれを見たら世界から戦争がなくなるぞ! あと朋絵。それは一日じゃ足りない。一週間は余裕で超えるぞ。こいつにたっぷり教えてやろう」
「了解!」
「ひえぇぇ⁉ 分かった! アリシアちゃんが素晴らしいのは理解したから、頼むから二人で詰め寄らないでくれ⁉」
気づけば涙になっていた陸人に懇願されて、二人はようやく我に返った。その場で乱れた髪や服を整えると、荒くなった息を整えながら言った。
「とにかく、あの子とアリシアの雰囲気は全然似てない。……というか、お前は何をもって似てると思ったんだよ」
「うんうん」
首を捻る颯太と朋絵に、陸人はまだ目尻に涙を残しながら告げた。
「いや、なんていうの、空気感? あの顔とか、体とか……」
そう指摘されて、二人は後ろを振り返った。脳内でアリシアを浮かべながら、彼女と比べてみて、
「アーちゃんはあんな凛とてないよ」
「アリシアはあんな立派に育ってねえよ。○すぞ」
「お願い! 颯太くん、その殺気閉まって⁉ 今すぐ閉まって!」
陸人が触れてはならない禁忌に触れようとした気がして、颯太はハイライトが消えた目で睨んだ。顔面蒼白になる陸人に、颯太はやれやれとため息を吐く。
別に、アリシアだって育っていないわけではないのだ。ちゃんとある。ただ他の女の子より少しだけ、僅かだけ、膨らみがないだけなのだ。それに、アリシアはまだまだ成長途中。将来性に目を向ければ、いずれアリシアにも立派に育ってくれる……はずだ。
アリシアの発育事情は強制的に終わらせて、颯太は先の陸人の言葉に眉根を寄せた。
「それで、顔とか体とかは全然似てないとして……空気感ってのはなんだよ」
「あれ? そこ、気になるんだ」
「まぁな」
腰に手を置いて促す颯太に朋絵は目を瞬かせた。
颯太が気掛かりに感じたのは、陸人が彼女から感じたその空気感とやら。――颯太も、彼女に違和感は覚えていたからこそ、アリシアと似ているという点が無性に知りたくなった。
威圧的な気配を引っ込めた颯太に、陸人はほぅ、と安堵しながら答えた。
「えーとですね。俺が時々アリシアちゃんから感じる……神々しさ? っていうの? それをあの子からの感じるなー、と」
「ぷっ。何それ?」
「ですよねー。……あれ、颯太さぁん? どうかされました?」
陸人の言葉に朋絵は失笑したが、颯太は硬直した。
――いや、まさか。そんなはずはない。
深読みのし過ぎだ、と颯太は脳裏に浮上した可能性を否定した。
陸人はアリシアを天使だと知らないから、ただ単にアリシアの可愛さをそう比喩表現しただけのはずだ。なら、陸人が彼女から感じた気配も、アリシアと似て非なるもの、だと思う。
「陸人、お前のその神々しいって表現さ、ファンとかが推しに使うやつでいいんだよな」
「あー、それそれ! なんだよ、普段テレビとか見なさそうなのによく知ってんな」
「俺を馬鹿にし過ぎだ。……そっか。そうだよな」
「今のやつバッチリ来たわ。たぶん、皆も同じだろ。あの子が神々しく見えるはずだぜ」
「えー。私は見えないけど」
「朋絵の目が節穴なんじゃ……どぎゃす⁉ 目があぁぁぁ⁉」
「陸人は颯太の次に失礼だね!」
「俺が一番なのな……」
目潰しされた陸人がゴキブリの如く床に転がるのを失笑しながら、颯太は陸人の言葉が気掛かりで仕方がなかった。
颯太の胸にはしこりが消えぬままで――。
*********
結局、胸のしこりは四時限目も晴れぬまま昼休みに突入した。
「颯太ー。お前今日の昼どうすんの?」
「今日は購買の気分」
「お、おそろじゃん。なら早く行こうぜ」
「じゃああたしだけお弁当かー。二人とも、待ってるから早く買って来てよ」
「へいへい。朋絵様の言う通りにしますよ。さっさと行こうぜ、颯太」
「あぁ」
むくりと頬を膨らませる朋絵を見届けながら、颯太と陸人は席を立った。
「今日はおにぎりあっかなー」
「流石にもうなくなってるだろ」
「だよなー。なるべく腹が膨らむやつがあればいいんだけど」
「なら早く行こ」
「意義なーし」
陸人と駄弁りながら教室を出ようとした時だった。
「あの……」
後ろから声を掛けられた気がして、颯太は足を止めた。
陸人も颯太と同時に振り返ると、そこに立っていたのは紫髪の美女、
「……神払さん。何か、用?」
颯太に声を掛けたのか、それとも陸人に用事があるのか分からず、颯太はぎこちなく彼女に問いかけた。
すると彼女は、「はい」と頷くと、颯太の方に真紅の瞳を向けた。その、蛇のような絡みつく視線に颯太は無意識に体を強張らせた。
「宮地くんにお願いがあるのですが、よろしいでしょうか」
「俺に? ……別にいいけど」
そう言いながら隣に目配せすると、陸人は唇をへの字にしながら頷いた。
「それで、用ってなに?」
「私に、この学校を案内して欲しいんです」
想定外な彼女の要件に、颯太は思わず眉根を寄せた。
「なんで俺に? 他にも、キミと仲良くなりたいクラスメイトがいるはずだろ。その子にお願いすれば……」
「あら、宮地くんは私と友達にはなってくれないのですか?」
「っ……そういう訳じゃないけど……」
彼女の指摘に颯太はバツの悪い顔をした。
「なら、構いませんよね」
「ちょっと!」
強引に話を進めようとした彼女の間に割って入ってきたのは、検のある顔をした朋絵だった。
「颯太はこれからあたしたちとご飯を食べるの。だから無理よ」
「でも、それを決めるのは貴方ではないですよね」
「なっ……⁉」
朋絵の言い分に彼女は至極真っ当な意見で返した。
顔を真っ赤にする朋絵は髪をブン、と振り回す勢いで颯太に向くと、
「どうなの! 颯太!」
「えぇー」
「……こわ」
般若のような朋絵と、毅然とした笑みを浮かべる転校生にみつめられる颯太。
颯太は数秒瞑目したあと、陸人に「悪い」と謝罪を入れ、
「俺の分のパン。買っといてくれるか?」
申し訳なさそうな顔をする颯太を見て、陸人はやれやれと手を挙げたあと、
「手間賃込みだぞ」
「ん。助かる」
「ちょっと颯太……っ」
「ほらほら朋絵さーん。気分転換に一緒にいきましょ。牛乳奢るから」
「陸人⁉ ……ちょっと離して……あぁ、颯太ぁ」
抵抗する朋絵を陸人が連れて廊下に去っていく。
――悪い、朋絵。
最後まで自分を心配してくれる親友に心中で謝罪して、颯太は転校生に向き直った。
「さて、行くとするか。えーと……」
「聖羅、でいいですよ」
「じゃあ、神払さんで」
「あら、残念ですね」
彼女――聖羅の悪戯な笑みに咳払いしつつ、颯太は教室を出て行くのだった。
―― Fin ――
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