第7話 『 転校生X 』
【 side颯太 】
―― 1 ――
――絶世の美女。それは彼女を一目見た誰もが初めに連想する言葉だった。
腰まで届く紫の髪は繊維の一本一本が流麗で艶やか。各顔のパーツは、人が美しいと感じる箇所に付けられていた。つんと立った鼻先や長いまつ毛の下に填められた真紅の瞳はルビーのようだ。微笑む朱い唇は魅惑的であり、教室中の男子生徒はもれなく全員生唾を呑み込むほど釘付けられた。精緻された容貌は、まさしく『美』の理想だった。
顔だけでなく、容姿も他と一線を隔していた。
身長は百六十後半くらいか。この時期の女子の平均身長は百五十~百六十くらいだ。女子としては高身長だ。
すらりと伸びた長い美脚と制服からでも分かる豊満な二つの双丘。恵まれたそれらは男子にとっても非常に魅力的で、女子ですらも羨むプロポーションだった。
「――今日から皆さんとご一緒に勉強させていただく、神払聖羅と申します。この町には父の転勤で越してきました。一年半と短い時間ではありますが、これから皆さんと共に過ごせるのを楽しみにしています」
所作すらも完璧で、クラスの全員は彼女の存在を『天使』かなにかと見紛うほど圧巻されていた。
「と言う訳だ。キミたち、彼女と仲良くするようにな」
伊藤先生がそう締めくくると、クラスメイトたちはようやく我に返ったように反応した。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおお! めっちゃ美人だぁ⁉」
席の真ん中辺りで男子の一人が吠えた瞬間、教室の空気は一斉に盛り上がった。
「ねぇねぇ、あの子モデルでもやってるのかな⁉」「あとで聞いてみようよ!」「俺このクラスで良かったぁ⁉」「神様、僕に彼女という天使を与えてくださり感謝します」「よし、早速聖羅様ファンクラブを立ち上げるぞ!」『異議なし!』
「静かにしろ! 他のクラスホームルームやってるんだからな!」
歓喜に満ちる教室を、伊藤先生はどうにか鎮めようとするもそれどころではない。
「すっごい美人だね、あの子」
「そうだな」
「反応うす」
隣で朋絵がそう言ってきて、颯太は短く反応した。
「颯太。俺このクラスでホント良かったわ」
「お前ってやつは……まぁ、皆一緒か」
意中の相手がいるというのに感激で涙を流している陸人に呆れつつ、颯太は絶世の美女の登場に盛り上がる教室を見渡した。この場で、颯太と伊藤先生だけが冷静だった。
そんな颯太に、朋絵が眉根を寄せて、
「なんで颯太はそんなに冷静なのよ?」
「お前だって、言うほど興奮してないだろ」
颯太の問い返しに、朋絵は「まぁ」とぎちなく言葉を継いで、
「颯太の周りってさ、美人ばかりじゃん。それで耐性でもついちゃったのかも」
「あー」
朋絵の物言いに、颯太は苦笑した。確かに、颯太の周りには美人が二人ほどいる。いわずもがな、みつ姉とアリシアだ。
「だから、皆より興奮は少ないかなー。颯太もそんな感じでしょ」
「あぁ」
十年近くこの町一番の美女(自称)を傍で見てきたし、アリシアという世界で一番の愛らしい美少女と一つ屋根の下で暮らしていれば耐性もつく。それに、何度も言うが、颯太の一番は揺らぐことなくアリシアなのだ。
「俺はアリシア以外眼中にないしな」
「あたしもそんな感じー」
「お前まさか……アリシア狙ってるのか⁉」
「颯太。アーちゃんの事となると急激にバカになるよね。普通に友達として、アーちゃんが一番可愛いってだけ」
「そっか。なら良かった」
予想外の刺客の登場かと思われたが、直後にその可能性は潰えた。颯太は安堵しつつ、視線を前に戻そうと、
――あ。
転校生と目が合った……気がした。否、見られていた気がした。
気づけば転校生はすでに転校生は視線をクラスの中央に向けていた。やはり気のせいか、そう思いつつも、何故か胸中の違和感が拭えなかった。
その後、たぷり二分掛けたところで教室は一旦静まり、疲弊しきった顔の伊藤先生が転校生に席の案内をしようとしていた。
「よし、神払。席だが……そうだな、一番後ろの席に行ってくれ」
「はい」
伊藤先生に軽く会釈すると、転校生が歩き始める。彼女は微笑みを絶やさず歩いていく。その姿に、クラスメイトはすっかり虜になっていた。大袈裟だな、と颯太は頬杖を突きながら呆れていると、
「……へぇ、貴方が」
彼女が横を通り過ぎる直前、颯太は何か言われた気がして瞠目した。
「――ふふ」
「――――」
彼女は確かに、颯太に他とは違う笑みを浮かべた。刹那だけ視線が彼女と交差した時、颯太はぞっと背中に得体の知れない気配を感じて。
そして、颯太と朋絵の間を通りすぎていく彼女が座った席は――颯太の後ろだった。
「んなっ」
「これからよろしくね」
転校生は微笑んだ後、視線を鞄に落とした。
「なんだ、なんだ。さっそく転校生に気に掛けてもらえてんのかー……アダダ⁉ アイアンクローはダメだって⁉」
「そんなんじゃねぇよ」
にやにやしながら挑発してきた陸人にアイアンクローをお見舞いしつつ、颯太は胸中に漠然とした不安を抱かずにはいられなかった。
―― Fin ――
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