第4話 『 2年2組 』
【 side颯太 】
―― 5 ――
久しぶりに入った二年二組の教室は、颯太が最後に目にした時と何も変わらなかった。
ただ、いつもと違ったのはやはり皆の反応だった。
「あれ、颯太じゃん⁉ うっわすげぇ久しぶり! もう体調はいいのかよ?」
「ええ⁉ 颯太くんだ! なになに、また通えるようになったんだ~」
「おっ。颯太。久しぶりじゃん。ってなんで三崎さんが自慢げなの」
「あ、宮地くん。おはよ。分からないことがあったらなんでも聞いてね」
「みみ宮地くん⁉ 良かった、もう体調の方は問題ないのかい? 何か困ったことがあればいつでも僕を頼ってね。すぐに駆けるから」
「ありがとう。そうさせてもらう」
教室はやはり颯太の復帰に大盛り上がりだった。皆、颯太の顔を見ては声を掛けてくれた。
そしてようやく落ち着いた頃、颯太の前の椅子に一人の男子生徒が座り込んできて、
「……どうですか、皆に声を掛けてもらった感想は」
「心配されたんだな、って今更実感したよ。陸人」
体を揺さぶる生徒――陸人に、颯太は心の内をありのまま伝えた。それを受け、陸人は口角をあげると、
「ようやく来たな。この不登校児」
「うるせっ。……待たせたな」
「別に待ってませーん」
「フ」
「ハハ」
突き出された拳に、颯太もやれやれと言った風に拳を突き出した。
「ちょっと~。二人だけで何盛り上がってんのよ」
そこに、先程まで他の友達と駄弁っていた朋絵も加わった。
「男だけの秘密ってやつだよ。な、颯太」
「いや、ただ、陸人がずっと俺を待ってたって話」
「おい⁉ 俺とお前の友情はそんなに脆かったのかよ⁉」
「お前が二人だけの秘密とかキモいこと言い出すからだろ」
あっさりと男の友情を捨てた颯太に、陸人は目を白黒させた。颯太の意地の悪さに涙目になる陸人に、朋絵はけらけらと笑っていた。
「なーんか。こうやって三人でいるのも久しぶりだね」
「だな。それもこれも、こいつがずっとサボってたせいだけどな」
「サボってたんじゃない。英気を養ってたんだよ」
「へぇへぇ。数ヵ月経っても、変わらずお口が達者なこって」
「止めなって、陸人。陸人が颯太に口論で勝てたこと一回もないんだから」
「ぐっ⁉ 朋絵に言われるのが一番傷つくんだけど……ッ」
「ハハ。お前も案外、正直者だよな」
「あ? なんだそれ」
「いや何でも」
「あー、また二人だけで会話してるぅ」
それから、三人はホームルームが始まるまでの間談笑していた。
たった十五分前後。それなのに、二人とは出会った時で最も長く会話していたような気がした。そして、周囲も颯太の変化を何となく察したらしい。今までとは違う颯太の雰囲気に、クラスの視線が時々颯太に向けられた。
「……意外。宮地くんてあんなに明るかったっけ」「ねー。ちょっと雰囲気良くなったよね」「前は近づき難いイケメンって感じだたけど、今なら声かけられそうじゃない?」「休みの間に何かあったんだろ」「今なら遊びに誘えんじゃね?」「だな。今度誘ってみようぜ」は端々からそんな小声が聞こえて、颯太はむず痒くなった。
――雰囲気が変わった、か。
颯太自身、その変化に気付かないわけではなかった。ただ、こうやって周囲の殆どから言われれば、それが明確であることに間違いはないのだろう。
颯太が変わったのは、十中八九、アリシアの影響だった。
彼女の笑顔が胸に刻まれているから、颯太は臆せず前に進めているのだ。それを、こうして離れて強く実感させられた。
「早く会いたいな、アリシアに」
誰にも聞こえない程度の小声で呟いた、そのはずなのに、颯太の頬が両方から抓まれていた。
「いはい。なにすんら、お前ら」
『理由は分からないけどなんか腹が立って』
朋絵と陸人にジト目でそう指摘されながら、颯太は無理矢理二人の手を払った。
「なんでお前らが腹立っているのかまったく見当もつかないんだが、とりあえず抓もうとするのはやめろ」
攻撃する手を躱していると、陸人が言ってきた。
「どうせ、家で待ってるカノジョのことでも考えてたんだろ」
「ホント、あたしたちという友達がいながら心外ですよねー。陸人さん」
「ですよねー、朋絵さぁん」
「単純にうぜぇ! 分かった、アリシアのこと考えてましたよ! これでいいか!」
「本当に片時もアーちゃんのこと忘れなないんだね、颯太。ムカつくから抓るの続行ね」
「くそ、朝からリア充見せつけてくれやがって、非リアの痛みを知れっ」
「だぁ~ッ。もう好きなだけやれよ!」
いつまでも交わし続けるにも面倒になって、颯太は降参と二人に頬を抓られ続けた。
教室ではこの状況に好奇な視線を向けられながら、朋絵が「あー」と何か納得したような声を上げた。
「でも、颯太がアーちゃんのこと考えるのも無理はないか」
「え、どういうこと?」
首を傾げる陸人に、朋絵が「だって」と継ぐと、
「颯太が学校にいるってことはさ、アーちゃん、今はお家に一人なんだよ」
朋絵の言う通り、アリシアは現在、家で絶賛留守番中だ。
「なるほど。要するに、お前はアリシアちゃんが心配な訳か」
朋絵の言葉に納得と頷いた陸人に指を指され、颯太は「別に」と素っ気なく返すと、
「心配なんかしてないし。アリシアなら家で留守番できるって信じてるし」
「いやー。颯太が心配するのも分かるよ、アーちゃん、天然というか純粋無垢だもんね。そこが堪らなく可愛いんだけど」
「アリシアが言うには、一応人の善悪は判断して関わってるみたいだぞ」
「あれで⁉ うーん。信憑性ないなぁ」
アリシアと仲良しな朋絵から見ても、アリシアが一人で家に留守番しているのは不安な様子だ。難しい顔をする朋絵を見て、颯太は平常心を装いながらもガタリと席から立ち上がると、
「やっぱ帰る。アリシアが心配だ」
本気で帰ろうとする颯太を、朋絵と陸人が慌てて引っ張って引き止めた。
「ちょっと待った颯太くぅん! まだホームルームも始まってないんだぞ!」
「そうよ! 颯太何の為に学校に来たのよ⁉」
「引き止めるな! 俺はアリシアが待つ家に帰るんだ!」
「力つっよ⁉ え、お前ホントに家に引きこもってたのかよ⁉」
「無理無理! 止まらないんだけど! ちょっと誰かー! 颯太一緒に止めて!」
颯太を引っ張る二人はクラスに向かってそう叫んだ。それを聞いて、何人かは面白そうだと笑って颯太を止めに掛かった。
ほどなく、颯太はクラスの連中に自席へと連れ戻されるのだった。
「あたしが悪かったから。いったん落ち着いて、颯太」
「うっ。悪い。取り乱した」
「颯太はあれだな。アリシアちゃんの事となると我を忘れるな」
「なんか、颯太。見ない間に重症になったよね。アーちゃん関連で」
二人に白い目を向けられるも、颯太は何食わぬ顔で答えた。
「俺の行動原理は基本アリシアだからな」
「よく躊躇わずそんな恥ずかしいこと言えるなお前。いっそカッコいいわ」
「普通に引くよ⁉ なに、男は皆馬鹿なの」
颯太に羨望の眼差しを向ける陸人と、呆れて吐息する朋絵。
そして朋絵はコホンと咳払いすると、
「とりあえず、颯太は少しはアーちゃん離れしないとね」
「なんだアーちゃん離れって。離れるつもりは一切ないぞ」
「愛が重いな……その依存ぷりを少しは押さえろ、ってこと」
「うっ。……努力はする」
「颯太のそんな辛そうな顔初めて見るわ。よっぽどアーちゃんと離れたくなかったんだね」
朋絵の言葉に、颯太はすかさず肯定した。
「あんな可愛い天使の傍腫れろとか言う方が鬼畜だろ」
「おぉ。俺、お前が異性関係でこんな乱れるの新鮮だわ」
「乱れるとかいうな。俺とアリシアはいたって健全に付き合ってるわ」
「どこに反応してんだ……って痛い痛い! アイアンクローやめて!」
「何やってんのよ、二人とも」
涙目で降伏する陸人からぱっと手を離して、颯太は深く吐息した。
「……今頃、何やってるかな、アリシア」
朋絵に慰めてもらっている陸人から視線を外して、颯太は窓から青空を眺めた。
学校にいても結局、考えてることはアリシアのことばかりで。
とにかく、颯太はアリシアが恋しくて仕方ないのだった。
―― Fin ――
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