第二章 『 白銀少女VS普通少女 』

 ――  1 ――


sideアリシア


――アリシアが地球に落ちて二週間が過ぎた。

天界で処刑された魂は、幸か不幸か、期せずして魂の消滅を免れた。その魂が落ちた先は、地球の一国――日本と呼ばれる国のさらに端――潮風町だった。そして現在、天使・アリシアはその町に住む少年・宮地颯太の自宅に厄介になっていた。

ソウタから快諾(半ばみつ姉さんが強引に決定したが)を得て始まった地球での生活。

当初は天界との生活様式とのギャップに戸惑いこそあったものの、ソウタやみつ姉に助けられながら少しずつ地球での暮らしにも慣れていった。

そんな地球での生活は毎日が新鮮だった。

一つ、具体例を挙げれば、それは『食事』という文化だ。

天界では空間そのものが活動エネルギー源だったが、地球ではエネルギーの補充を『食事・睡眠・休息』で行うらしい。その中で最も重要なのが食事と、アリシアはソウタにそう教えられた。

『俺も爺ちゃんからの受け売りなんだけどね。でも、美味しいごはんを食べると、自然と力も湧くんだ。だからどんな時でもご飯はちゃんと食べる。……まぁ、最近はそいうの無視してた俺が言うのは説得力に欠けるけど……とにかく、ちゃんとご飯は食べようってことね』

 そう教えられた日の夜。アリシアは初めて人間の食べる物を口にした。

 初めは、当然だが抵抗はあった。体内に固形物を入れる。それまで聖水しか体内に摂取していなかったアリシアにとって、それはまさしく神の試練だった。

 おそるおそる、お米を食べた時、アリシアの常識が覆った。

 全身の産毛が残らず逆立って、思わず声が出た。感動したが、その感動の正体が分からずにいると、ソウタが可笑しそうに笑って言ったのだ。

『それが美味しいってことだよ』 

 それが、アリシアが初めて知った地球に生きる人間の文化だった。

 ――書物から『人間』という生き物を知るのではなく、実際に目で見て、肌で感じて『人』というものを知りたい。そう思った。

 それからアリシアは本格的に『人間の文化』について学び始めた。勿論、ソウタに色々な事を教えてもらいながら。

未知の知識に触れ、アリシアはそれを余すことなく知恵として身に付けていく。好奇心は止まる事を知らず、ひたすら貪欲に知識を貪っていく。

 それは今日も今日とて、アリシアは未知の知識に触れるべく勉強に勤しんでいた。

「勉強は順調、みたいだな」

「はいっ。今日はここまで進みました!」

 進捗を伺いに来たソウタに、アリシアは自慢げに学習ドリルを見せびらかせた。

 びっしりと鉛筆で書かれたひらがなの文字を見て、ソウタは小さく笑うと、

「うん。最初に比べたら、だいぶ上手に書けてる。鉛筆の持ち方もオーケーだ」

「やった。自分だと気付くのが難しいですけど、ソウタさんにそう仰ってもらえると自信が付きます」

 ソウタから花丸をもらって、アリシアは満面の笑みを浮かべる。

 時々、みつ姉さんからも勉強を見てらう事があるのだが、どうしてかソウタがくれる花丸だけは特別に感じるから不思議だ。

 そんな喜びの舞を披露しているアリシアに、ソウタは「いやいや」と手を横に振るった。

「大袈裟だなぁ。俺はただ見てるだけだよ」

「そんなことありません。ソウタさんは教えるのが凄く上手です!」

「……面と向かって言われると調子狂うな」

 素直に感想を告げたつもりが、ソウタは何故か目を逸らしてしまった。たまに、ソウタはそんな反応を見せるのだ。それが、アリシアにとっては不思議だった。

 ――そういえば、私が教えていた天使の中にもいた気がするな。

 まだ天界にいた頃、ソウタと同じような仕草をよくしていた天使を思い出す。その子もアリシアが褒めると嬉しそうに笑みを浮かべながら頬を掻いていた、気がする。

 脳裏に述懐が過っていると、

「アリシア?」

「あ、いえ、なんでもないです」

 ソウタが訝し気に覗き込んでいて、アリシアはびくりと肩を震わせた。

「なんでもないならいいけど……疲れたなら休憩はちゃんと取りなよ?」

「はい。でも、あと少しで今日の課題が終わりそうなので、これをやってしまいます」

「……ん」

 握っていた鉛筆を強く握り直して、アリシアは勉強を再開。その矢先だった。ソウタが咳払いをして、何か言おうとしていた。

「アリシア、その課題が終わった後だけど、何か予定ある?」

 何か意味深な言い回しだな、と感じながらも、アリシアはその質問に顎に手を置いて思案した。

「そうですね。お手伝いすることがあればそちらを優先しますが……」

「それはいいよ。今日は殆ど家事終わったから」

 そうなると、アリシアができる事も殆どなさそうだ。

「なら、読書をしようと思います。ちょうど、読みたい童話があるので」

 家事の手伝いと毎日の課題が終わって余る時間をアリシアは読書に充てていた。ただ、まだ日本語に慣れていないので、読むのはもっぱら幼稚園~小学一年生向けの童話だが。

「ちなみに、ソウタさんは何かご予定が?」

 基本的に、ソウタは出掛ける時にアリシアに予定を聞く。だから、この後ソウタは何処かに外出するのだと予想できた。

 そして、その予想は的中した。

「食材の買い出しに行こうかなって。でも、アリシアが本を読むなら、そっちを優先していいから……」

「行きます! お買い物! お手伝いします……いいえっ、是非させてください!」

 ソウタの言葉を遮る勢いでアリシアは手を挙げた。ソウタの外出には必ずといっていいほど付いて行くアリシア。その中でも『買い物』は特に同行したい気持ちが顕著になる。

 そんなアリシアの勢いに気圧されながらも颯太は頷いた。

「わかった。それじゃあ、一緒に買い物に行こう」

「なら、すぐに勉強を終わらせなきゃ、ですね!」

 無事に買い物に行く予定を取り付けたとこで、アリシアは意気込んで課題に取り掛かる。

 苦笑するソウタはアリシアの向かいに座ると、その様子を静かに見守っていた。

 カリカリと鉛筆が走る音が二人の空間を満たす。

 そして三十分後。鉛筆が音を立てて転がるのを合図に、アリシアは背伸びをした。

「ん~~」

 今日の分の課題が終了。やり切った、そんな達成感に浸っていると、前からカランカランと軽快な音が聞こえた。

「お疲れ。はい、麦茶」

「ありがとうございます。――ぷはぁ」

 ソウタから差し出された麦茶をこくこくと飲むと、緊張の糸が解けたように肩から力が抜けていく。

 アリシアが休憩を取っていると、ソウタが勉強ドリルを見ながら呟いた。

「だいぶ字が読めるようになったし、書けるようにもなったな。そろそろレベルアップしてもいい頃かな」

「ホントですか!」

「あぁ。このドリルが終わったら、今度新しいの買いに行こうか」

「はいっ」

 れべるあっぷ、とソウタが時々口にする単語の意味は分からないが、それを言われると勉強の難易度が一つ上がるのだ。だから、アリシアにとってその単語は自分が成長したと実感が涌く証になっていた。頑張ったと、自分を褒められる瞬間だった。

「じゃ、もうちょっと休んだら買い物、行こう,か」

「いえ、そう言わずすぐ行きましょう。スーパーは待ってくれませんよ!」

「早く行きたい、って気持ちが凄く伝わってくるよ……」

 勢いよく立ち上がって、アリシアはスーパーがある方角に指を指す。キラキラと輝く瞳に、後ろで颯太は肩を落としていた。

 まぁ、アリシアの熱意だけは伝わったようで、ソウタは一つ息を吐くと、

「じゃあ、買い物袋持ってくるから、アリシアも身支度整えておいて」

「はーいっ」

 無邪気に返事して、ソウタに敬礼のポーズ。そしてトタトタと床を蹴って準備に取り掛かった。足取りは軽快に、そのまま階段を上って二階へ。階段を上り切って数歩先がソウタの部屋で、その隣がアリシアの部屋だ。

 アリシアは鼻歌をうたいながら扉を開けた。部屋に入って右、ラックから立てかけたピンクのショルダーバッグをひょいっと掴み、そのまま肩に掛ける。これは、みつ姉が『ようこそ! 潮風町へ』記念としてくれた宝物だ。人は大事なものを宝物と呼ぶ。ならば、アリシアにとってこのバッグは紛れもなく宝物だ。

「財布、よし。ハンカチ、よし。ティッシュ……あ、なかった」

 お出かけに必要なものをチェックして、足りないものを補充。もう一度チェックして、全部あることを確認。これで、出掛ける準備は万端だ。  

「あ」

 いざ出発、と部屋を出ようとして、ドアノブを捻る直前で忘れ物を思い出す。

 アリシアはドレス鏡の前まで小走りで駆け寄った。

「出掛ける前は身だしなみを絶対に確認する、っと」

 このドレス鏡もみつ姉が譲ってくれたもので、その時に言われた言葉がある。

『女の子は外に出るとき、一回は鏡の前で今日の自分を確認するのよ。たとえ自分がどれだけ可愛いとか美人とか思っていてもね。それが、女の子が魅力を上げる秘訣』

 とみつ姉が教えてくれたのだ。

 可愛いや美人がどんなものなのか。アリシアはまだよく分からないが、みつ姉が言うなら間違いはないと断言できる。アリシアの思う美人とはみつ姉だった。可憐で清楚で、何より人に対して思いやりを持っている。憧れ、それに近い感情を、アリシアはみつ姉に抱いていた。

「うーん。こうかな」

 鏡の前で翻ってみたり、前髪を少しだけ掻き分けてみたりと、アリシアは自分なりに魅力を上げる方法を試す。それが何に直結するのかは、未だアリシアにとって謎だった。

 ただ、最近になって少しだけ、鏡に映る自分がほんの一瞬だけ輝くときがある、気がするのだ。それを見つけるのは意外に楽しく、きっとそれがみつ姉の言う『可愛いさ』繋がってくるのだと思った。

「うん」

 アリシアは満足げに頷いた。

 これで、今度こそ支度は完璧だ。……念の為窓の戸締りを確認しておいて、アリシアはようやく部屋を出た。

ソウタの部屋を通り過ぎ、階段を降りると、既に支度を済ませていた颯太が式台に腰を落として待っていた。

「お待たせしました、ソウタさん」

「大丈夫、全然待ってないよ」

 階段を降り切り、玄関で待つソウタのとこまで小走りで向かう。

「忘れ物ない?」

「大丈夫です。ちゃんと確認しましたっ」

「それならよし」

 靴を履きながら、二人は外出直前にそんなやり取りを交わす。

 タン、タン、と靴先が石畳を叩く。

 アリシアの支度が終わったのを見届けて、ソウタはよっと立ち上がった、

「それじゃあ、行こうか」

「はいっ。――レッツゴー!」

 アリシアの高らかな掛け声とともに、二人は玄関の扉を開けた。



 ――  2 ――


side颯太


 ――目的地のスーパーへの道のりは歩いて十五分ほどの距離なのだが、二人の場合は倍の時間を要する。

 宮地家に続く急斜面の坂を降りて、そこから海に繋がる川沿いの国道を行く。途中、大きな漁港を通り抜けて、別の坂を上る。気象台を通り過ぎて、ポートタワーが見えてくれば、そこに二人の目的地のスーパーがある。

 道のりでいえば難所はどこにもない。強いて上げればスーパー前の上り坂くらいで、その他に時間が掛かる場所はない。

 ならどうして、それだけの時間が掛かるのかと言えば、理由はアリシアが常に町の人たちに声を掛けられるからだ。

 そして、それは今日も今日とて例外ではなかった。

「おうっ。アリシアちゃんじゃねーか。ついでに颯太も」

「こんにちは。ゲンさん」

「ついでは余計でしょ、ゲンさん」

 最初に声を掛けてきたのが、八百屋の店主・玄朗ことゲンさんだった。

 アリシアはゲンさんに礼儀正しくお辞儀すると、

「今日もお仕事、お疲れ様です。それにしても、毎日暑いですね」

「だなー。つってもこのお天道様もアリシアちゃんの笑顔の前には負けるよ。なーんつってな、ガハハ‼ ……おっとそうだ、今日は立派な大根が入ったんだよ。ホレ」

「わぁ、スゴくリッパな大根ですね! 美味しそうです!」

「だろぉ。流石はアリシアちゃん。若いのに見る目があるねぇ。よし、一本くれてやる!」

「いいんですか⁉」

「もちろん。美味しいもんいっぱい食って、早くここでの生活に慣れるんだぞ!」

「はいっ。ありがとうございます」

「おう、それじゃ気をつけてなー。おっとと、おい颯太、ちゃんとアリシアちゃんに沢山ご飯食べさせろよー」

「へいへーい」

 気前のいい店主に見送られながら、二人は八百屋を後にする。

「今日も貰ってしまいました」

「いいんじゃない。ゲンさん、アリシアのこと気に入ってるみたいだし。うちも食費浮くからウィンウィンでしょ」

「あはは……」

 颯太のあっけらかんとした物言いにアリシアは苦笑。そんなアリシアの腕からひょいっと大根を掴みエコバッグに入れる。

「? どした?」

「い、いえ」

 何かおかしなことでもしたか、と颯太は首を捻るも、アリシアは特に何も言ってはこなかった。頬が朱に染まっているのが気になるが、颯太も無闇に追及することはなかった。

 どことなく気まずい雰囲気が流れていると、突然背中越しに声を掛けられて二人の肩がビクッと震えた。

「あら、アリシアちゃんじゃないか」

 声を掛けてきたのは駄菓子屋の吉江お婆さんだった。颯太は内心で親指を立てながら、水撒きをしている最中の吉江お婆さんの下まで歩み寄った。

「今日も別嬪さんだねぇ。そうだ、飴ちゃんあげるわ」

「ありがとうございます!」

「いいんだよぉ。おっとそうだ、ソウちゃん、ちゃんとアリシアちゃんのこと面倒みるんだよ、いいね?」

「わかってるよ。じゃね、吉江おばさん」

「ではまた」

 背中越しに手を振る颯太と律儀にお辞儀するアリシア。

「今日は飴を貰ってしまいました」

「確かこの前はうめぇ棒だったっけ」

 ちなみに、飴も一つではなく一袋で、うめぇ棒も一本ではなく一束だ。

「お年寄りは皆、アリシアに甘いんだよなぁ」

 声を掛けてくる年配たちは皆、アリシアにメロメロだった。

 アリシアがこの潮風町で暮らし初めて二週間が経ったが、初めて町を案内して以来、アリシアは一躍町の人気者になりつつあった。

 清楚でお淑やか。礼儀正しく愛嬌もある。そのうえ美少女とあって、アリシアの評判は瞬く間に町内に広がっていった。既にこの周辺では、アリシアを『超絶美少女』と呼ぶ者まで出てきたくらいだ。そして、今もその評価は絶賛更新中である。

 ひとたび町に出れば、こうして誰もが声を掛ける状況が続く。アイドルみたいなアリシアに、颯太はその付き人をしている気分だった。

 ――まぁ、人懐こいもんな。この天使。

 それが、二週間ともに暮らして少しだけ知ったアリシアの性格だった。

 見た目は近づき難い印象があるのに、いざ話してみれば話が弾むのだ。相手の話をよく聞き、きちんと反応してくれる。それも表情が豊かだから、話している方も楽しくなるのだ。

 だから、お年寄りなんかはいつまでも話したくなるし、ゲンさんや吉江お婆さんのように何か贈りたくなる。下心ではなく、純粋な好意として。

 それは例外なく、子供たちもだった。

「あっ、アリシアちゃんだ! こんにちはー。あと颯太も」

「皆、こんにちは」

「おい、なんで俺はついでなんだ」

 どうやら幼稚園が終わって今園で遊んでいたのだろう。そんな子供たちに声を掛けられ、アリシアは足を止めた。

「皆、今日は幼稚園で何をしていらしてんですか?」

「今日は鬼ごっこしたよ!」「あとダンスもした!」「ブランコした!」「あたしはおままごと!」

「ふふ。皆、今日も沢山遊びましたね」

「今も遊んでるけどな」

 わざわざ子供たちの近くまで寄って、アリシアは話を聞くのだ。それも心底楽しそうに。

「そうだ。これ、ヨシエおばさんから頂いたものですが、よければ皆も食べてください」

「いいの?」

「はい。私ひとりでは多いですから。それに、美味しいものは皆で食べればもっと美味しくなるでしょう?」

「確かに!」「その通り!」「やったー!」「ありがとうお姉ちゃん!」

「いえいえ、お礼はヨシエおばさんにいっててください」

『はーい!』

「はい。いいお返事です」

 子どもたちの元気な返事に、アリシアもまた柔和な笑みを浮かべて応じた。

「じゃあね。アリシアお姉ちゃん」

「はい、さようなら」

「ついでに颯太もー」

「はいはい。飴、大切に食べるんだぞー」

 子どもたちに別れを告げて、二人は再び目的地を目指す。

 アリシアは声を掛けられれば止まり、律儀に挨拶を返す。大人にも、子どもたち相手にも。アリシアは偏見なく相手と関りを持つ。それが彼女だった。

 そんな彼女だからこそ、この町は親しみを覚え、アリシアを快く受け入れたのだ。

 颯太もアリシアが傍にいるのも慣れて――

「やっぱり慣れないな」

「? 何がですか?」

「ちょっとモノローグに違和感があってね」

 こんな無気力な自分の傍にどうして可憐な天使がいるのか。主観からでも俯瞰からでも、やはり疑問だった。それこそ、自分の人生にバグでも発生したのか疑うくらいのレベルで。

「やっぱ、人生はろくなもんじゃないよなー」

「ソウタさんが急に落ち込んでしまいました⁉ も、もしかして〝ネッチュウショウ〟ですか⁉」

「熱中症ではないけど、元気はごっそり削れたかな」

「そんなー! ほら、元気出してください。スーパーはあともう少しで着きますよ!」

 唸り声を上げる颯太の手を、アリシアは元気いっぱいに引張って行く。

 アリシアの言う通り、スーパーまではあともう少しだ。


 ――結局、スーパーに着いたのは予定した時間の倍以上だった。

「やぁっと着いたぁ」

「買い物に来たはずなのに、袋がもういっぱいになってしまいましたね」

「だね。俺もこの事態を予測して、袋もう一つ用意してた自分がいたことに驚いたよ」

 口に手をあてて驚くアリシアに颯太も苦い笑みを浮かべて賛同。

 八百屋では大根。駄菓子屋では飴一袋。さらに通りがかったパン屋や魚屋やと諸々からお裾分け(主にアリシアへの貢物)を貰って、エコバッグの中身は買い物をしてすらいないのに既にパンパンだった。

 颯太は尻ポケットに予備としていたエコバッグを広げながらアリシアの方を向くと、

「さ、早く中に入ろう。早く涼みたい」

「そうですね。私も少し汗かいてしまいました」

 そう言ってアリシアはハンカチで額の汗を拭った。

「あの、ソウタさん? どうしてじろじろ見るんですか」

「いや……ほんと、アリシアは何をしても様になるなぁ、と」

 バッグからハンカチを取り出して汗を拭うだけというのに、美少女がやるとこうも絵になるものかと感心してしまう。一つ一つの所作が美しいからだろうか。それとも、彼女が本物の天使だから、なのだろうか。少しだけ、みつ姉がアリシアのことを羨ましがっているのが理解できた気がした。

「ドンマイ。みつ姉」

 脳内でみつ姉がハンカチを噛んでいる光景を思い浮かべながら颯太は歩き出す。その後に続くように、アリシアも小走りで颯太の隣に並んでくる。

 駐車場を抜けて、二人はようやくスーパーの入り口に足を踏み入れた。

『ふぅ~』 

 中に入るとすぐに冷房が二人を迎え入れて、思わず吐息が漏れる。外のむさ苦しい暑さから一転、冷房の効いた室内はまさにオアシスだ。

しばらく冷房を堪能してから、颯太はカゴとカートを用意した。人暮らしの時はカゴだけで十分だったが、今は買う食材も増えてカートの方が楽なのだ。それに、カートだとアリシアも引いてくれる。

「さてと、早速だけど、今日の夕飯はどうしよっか。アリシアは何か食べたいものある?」

 店内に入ってまず、颯太はアリシアに問いかけた。するとアリシアは顎に手を置いて、

「うーん。悩みますね。ソウタさんが作ってくれるご飯は全部美味しいので……」

「大袈裟だな。別に、普通に作ってるだけだよ」

「その普通がとても美味しいんですよ」

 ベタ褒めしてくるアリシアに、颯太はむず痒くなって近くにあったキャベツと睨めっこしてしまう。

 実際、アリシアが称賛してくれるほど手間の込んだ料理は作れていない。

 祖父がいた頃に料理していた腕がまだ残っていて、颯太はそれをアリシアに振舞ってるだけだ。しかし、その名残がまだ残っているだけよかった。おかげで、アリシアにカップ麺が主食の生活をさせずに済んでいる。もしさせていれば、みつ姉から叱責が飛ぶのは間違いなしだからだ。

 ならば現状、アリシアの栄養バランスは颯太が管理しているといっても過言ではないが。

「私も何かお手伝いできることがあればいいんですけど」

「アリシアにはまだ早いかな。この前えらいことになったし」

「うぅ。その節は本当にすいませんでした」

「いいって。過ぎたことは気にしない気にしない」

 と口では言っているが、実際は心臓が飛び出るほどの事件だった。なにせ、調理台が爆発して黒煙を上げたのだから。

「あれは俺も悪かった」

 素人にいきなり揚げ物に挑戦させようとして招いた結果だ。親が子供に揚げ物を一人でさせないわけがようやくわかった。しかし、フライにしようとした魚がどうすればあんなに火を噴くのか、それは未だに二人の疑問だった。

「今はまだ、食器を洗うのを手伝ってくれるだけで十分だし、それだけで助かってるよ。……まぁ、アリシアがどうしても何か料理がしたい、っていうなら……ふむ……」

「あの、ホントにお気遣いは結構ですから」

 おろおろするアリシアに、颯太は意地悪そうに笑って、

「でも、やりたくないかやりたいかで言えば?」

「うっ…………やりたいです」

 顔を赤くしてアリシアは答えた。

「なら、やればいい。アリシアがこっちでやりたい事を手伝うのが俺の役目だから」

「いいのでしょうか?」

「家の主が許可してるんだから、やりたいこと好きなだけやればいいさ」

 まだ躊躇いを見せるアリシアの頭を、颯太は手を置いて微笑む。

「安心しな。俺もちゃんと傍にいるし。今度は火を使わない料理にするから。それなら、アリシアも安心して挑戦できるだろ?」

「ッ! ――はいっ!」

 満面の笑みを作って答えたアリシアに、颯太もまた満更でもなそうに微笑んだ。

「ふふふ」

「どした?」

 突然、おかしそうに笑うアリシアに颯太は首を傾げた。

 するとアリシアは「いえ」と前髪を揺らして、

「ソウタさんは本当にお優しい方なんだな、と思いまして」

「……いや別に、そうしろってみつ姉に頼まれただけだし……」

「うふふ」

「なに、その顔」

 バツが悪そうな顔の颯太に、アリシアはにやにやと笑っている。調子が狂った颯太は盛大に息を吐くと、

「とりあえず、今日の夕食はアリシアが作れそうなものにしようか」

「はい。今日はなんだか、上手に作れそうな気がします」

「期待してるよ」

 羞恥心やら照れやら、諸々の感情を顔に出さないよう必死になって、颯太はぶっきらぼうに答えた。

 颯太とアリシアの日常はまだまだ始まったばかりだ。



 ――  3 ――

 

sideアリシア

 

 ――一日がまもなく終了しようとし、アリシアは今日の思い出をノートに綴る。

 宮地家で本格的に居候が始まって以降、それがアリシアの一日を締めくくる最後の日課だった。

「ふぅ。今日も、一日が楽しかったな」

 今日の出来事を思い返して、アリシアの口から自然と笑みが零れた。

 午前は家の手伝いをして、勉強をした。午後はソウタと買い物に行って、その道中では町の人から沢山の物を貰った。帰りは裏路地でくつろいでいるネコを見つけた。ソウタの言う通りネコは気まぐれで、すぐに何処かへ行ってしまったけれど、それでも嬉しかったことに変わりはない。

 この世界には知らないことがまだまだ沢山ある。その一つに触れる度に、アリシアの胸は高まり、弾んだ。

 楽しい、そう感じている自分がいる。

 それと同時、胸の奥が苦しくなるのだ。

「――――」

 アリシアは鏡の前に立つと、鏡映る自分の左腕を見た。

 咎者として、血よりも真っ赤な烙印がアリシアの思い出を蝕み続ける。

 本来、アリシアの魂は既に消滅しているはずなのだ。あの時、この烙印を刻まれ、聖大天使に審判を下された、あの瞬間から。

 未だ、アリシアが地球に落ちた理由は不明のままだ。天界の『ソラ』と地球の『空』が繋がっているとは到底考えにくい。やはり、ただの偶然の産物なのだろいうか。

 もしかしたら、奇跡なのかもしれない――。

「そんな奇跡、起こるはずない」

 脳裏に過った可能性に、アリシアは即座に否定した。

 勉強机の前に戻って、今日の出来事を綴ったノートを閉じる。椅子に座って、そして窓の方に体を向ける。金色の瞳は窓から覗く月――ではなく『天界』を見る。かつて自分がいた、あの故郷を。

 天界を見る度に、こんな感情が過る。

 ――罪科を背負う者が、果たしてこんな温もりを持っていていいのだろうか、と。

 人と繋がることなど、本当は許させるはずがない。

 胸裏に宿す感情は未だ、アリシアを咎者として延々と縛り続けていた。


 

 ――  4 ――


 side颯太


「アリシアの読む本もそろそろ全部なくなりそうだし、今日はちょっと遠くに買い物に行こうか」

 朝食の最中。もぐもぐとリスのように頬を膨らませながらトーストを食べるアリシアに向かって、颯太はそんな提案を掲げた。

「それは構いませんけど、でも、突然どうしたんですか?」

 アリシアは目を何度か瞬かせた後、良く噛んでから小首を傾げた。いつの間にかアリシアが目の前にいる光景にも慣れてきたな、と妙な感覚を覚えつつ、颯太は麦茶が入ったコップを置くと、

「ずっと、乗ってみたいと思ってるんでしょ、電車に」

「うえぇっ⁉ そ、そんなことありませんけど⁉」

「声裏がってるし。というか、いつも羨ましそうに見てるじゃん」

 あからさまに動揺するアリシアを面白がりながら、颯太は意地悪く指摘する。

「そ、それはなんと言いますか、気になるというよりですね、へぇ、こんな大きな乗り物もあるんだなぁー。くらいの感覚といいますか……」

「へぇ。そっかー」

 目を泳がすアリシアに、颯太はジッと睨んだ。まるで刑事が犯人を追い詰めるような視線だ。その視線に犯人ことアリシアは耐えきれなくなって、観念したように顔を真っ赤にして白状した。

「ホントは、物凄く気になってます」

「ん。素直でよろしい。じゃ、今日は電車に乗ろうか」

「いいんですか⁉」

 テーブルが揺れるほど勢いよく立ち上がるアリシア。

「ご、ごめんなさい。つい興奮してしまって」

「いいって。それだけ楽しみにしてくれてる、ってことだから」

「やぁった――‼」

 と大喜びするアリシアを、颯太は満更でもなそうに微笑んだ。

 最近は利用するのが減ったが、以前は通学や遊びに行ったりで電車は頻繁に利用していた。電車に乗ることがすっかり日常だと思っていたが、アリシアの反応を見て昔を思い出す。颯太にも、電車を乗ることに大はしゃぎしていた時期があったかも……しれない。ただ、アリシアのように舞い踊ったりはしていないはずだ。

 アリシアの喜びこそ共感できないが、けれど彼女の楽しそうな顔を見られれば満足だった。

「――――」

 ふと胸中に渦巻いた感情を紛らわせるように、颯太は目玉焼きを頬張った。

『アリシアの興味を手伝うこと』それが颯太の与えられた役割で、それ以上の感情はない。そう自分に言い聞かせるように、咀嚼する。

「――たさん。ソウタさん」

「あ、なに、アリシア」

 アリシアに名前を呼ばれていることに気付き、颯太はハッと我に返ると、眼前のアリシアが頬を膨らませていた。アリシアは一瞬だけ怪訝そうになるも追及することはなく、「ですから」と言葉を区切ると続けた。

「それで、出発は何時ごろにしますか」

「そうだな……午前中に家のこと終わらせて、午後にしようか」

 せっかくなら、お昼も外出先で食べよう。

「わかりました。それでは、早くご飯を食べて、家のお掃除を済ませてしまいましょう!」

「だね。あ、ご飯はちゃんと噛むこと」

「はーい。はむはむ」

 元気な返事をして、アリシアは食事に戻る。そんな彼女を颯太は微笑ましそうに見つめた。

 ――自分は、ちゃんと平然としていられているのだろうか。

 目の前の天使にそんな胸裏に渦巻く感情を悟られぬよう、颯太は自問自答を繰り返していた。


 洗濯に風呂掃除、トイレの掃除を予定通り午前中に終わらせて、時刻は午後十三時。

「ガスの元栓」「締めました」「窓の戸締り」「確認済みです」「水道の蛇口」「問題ありませんっ」「荷物の忘れもの」「完璧です」

 玄関で靴を履き終えて、家を出る直前。二人は息ピッタリに点呼を取った。

「家の鍵」

「ちゃんと閉めました」

 玄関の戸を開けて、颯太が施錠。ちゃんと閉まっているかの確認はアリシアが。

「よし。全部確認終了。それじゃあ……」

「しゅっぱーつ!」

 颯太の目配せにアリシアは両手を高らかに上げて応じた。そんなアリシアの元気溌剌

な掛声を合図に、二人は駅までの道のりを歩き始めた。

 道中、木影で休む猫を見たり、散歩中の犬に触れあったりしながらのんびり歩くと、三十分ほどで駅が見えてきた。

「ココが、エキ、ですか!」

「そっか。アリシア、線路とか電車は見た事あるけど、駅は初めてだっけ」

 駅とスーパーは丁度真反対だし、颯太の私情もあって散歩コースでもこちらに来ることはなかった。

「ほえぇ、ここにデンシャが来るんですね」

「そう。駅は此処だけじゃなくて、いくつもあるんだ。電車は各駅を跨ぎながら、人を乗せて終点の駅を目指す」

「え、終わってしまうんですか?」

 しゅん、とした顔のアリシアに、颯太は「まさか」と首を横に振った。

「終点、ていうのはあくまでその電車がここまで任されましたよ、って場所のこと。そこに着けば、電車はまた始発の駅まで戻る」

「つまり、同じところをグルグルしている、ということですか」

「そういうこと。アリシアも何度か同じ電車が通り掛かってるの、見たことあるでしょ」

「はい」

 ジェスチャーも交えながら、颯太はアリシアに電車と駅の仕組みについて説明する。そしてまた一つ知恵を得たアリシアを見届けたところで、颯太は切符売り場に向かった。

「ここで、電車に乗るための切符を買う。俺とか大抵の人は交通系のICカード使うんだけど、今回は切符を買おう」

「こ、こうつうけい? あいしー?」

「あはは。難しいからまだ無理に覚えなくていいよ」

 頭を捻るアリシアに颯太は苦笑。やはり、ゲーム機やスマホのように、機械系は苦手科目のようだ。

 交通系ICの方が楽なんだよな、という感想は胸の奥底にしまいつつ、颯太は久しぶりにタッチパネルに触れた。

「見てて。まず最初に、このボタンを押す。アリシアは子供料金でも通じそうな気がするけど……」

「大人で!」

 圧の籠った声で反論された。

「それなら、この『おとな』って表記されてるボタンを押す。それで次はこんな風に料金がズラッと出てくるから、目的の駅までの値段が書かれたボタンを押す」

「あの、それはどうやって調べればいいんですか?」

「それはほら、上に線路マップがあるでしょ。あそこに料金が書いてある」

「なるほど」

 指を指すと、アリシアも釣られて上を向いた。納得した風に頷くのを見届けて、颯太は説明を続けていく。

「今日はあの駅まで行くから、あの料金が表示されてるボタンを探して、押す。そしたらあとはお金を入れれば……はい。これで切符が出てきた」

 ピピッと音が鳴って、切符口から切符が出てくる。それをアリシアに見せると、

「うおぉぉ」

 まるで手品でも見せたかのような感動っぷりだが、本当に大したことはしていない。それに、今度はアリシアがやる番だ。

「一通りの手順はこんなんだから、次、アリシアやってみようか」

「は、はい」

 一歩下がって、颯太はアリシアを見守る。アリシアは少しだけ緊張している。けれど、それ以上にわくわくしていた。

「ええと、これがこうで、これをこうして……」

「そうそう。そんな感じ」

 ぎこちない手つきでパネルを操作していくアリシアに、颯太は余計なことは言わず見守り続けた。

「最後にお金を入れて――やった、出来ました! できましたよ、ソウタさん!」

 出てきた切符を掴んで、アリシアは嬉しさのあまりにその場で飛んだ。なにもそこまで感動するものか、と思うものの、アリシアの屈託の笑みをみればそんな感想は何処かへ消えてしまう。

「うん。上手にできた。えらいえらい」

「えへへぇ。ありがとうございます」

 頭を撫でると、アリシアは親に褒められた子供のようににやけた。

 アリシアの歓喜も少し落ち着くと、颯太は「それじゃあ次ね」と歩き始めた。

「今度は出てきた切符をこの改札口に入れる。今はゲートが閉まってるけど……」

「開きました!」

「開いたら通ってよし、ってこと」

「じゃあ行きましょう」

「待て待て! ゲートを通っていいのは一人だけだから!」

「そうなんですか?」

 開いたゲートを一緒に潜り抜けようとしたアリシアを颯太は慌てて制止した。

 どうにかアリシアをその場に踏み止まらせながら、颯太はゲートをくぐる。

「まずは俺が通るから」

「はい。あ、閉まりましたよ」

「そしたら今度は、アリシアが持ってる切符を入れて」

「……なんだか餌付けみたいですね」

「すげえ感想だな。まぁ思わなかったことはないけど」

 一瞬で吐き出すけどな。と余計な感想は胸に閉まっておいた。

 そんな感想はどうでもよく、アリシアの方に意識を向き直す。ただ、彼女も先程の切符購入で自身が付いたのか、臆することなく切符を挿入口に入れた。ゲートが開くと、ステップを刻みながらゲートをくぐった。

「切符はまた後で使うから、ちゃんと持ってること」

「危ない。あやうく捨ててしまうところでした」

 なんとなくそんな気がしたから颯太も注意した。

「じゃあ、ホームに行こうか」

 幅五メートルもない駅中から外に出ると、それまでの景色とは一風変わった光景が広がる。

「ここがホームですか!」

 三つの線路と二つの乗降場。左右に広がる景色は一直線を描き、蜃気楼が浮かぶまで奥が続いている。町の雰囲気とはまた違う空気感を醸し出す駅のホームに、アリシアは息を呑み、颯太も久しぶりの空気に思わず「あぁ」と声が出た。

 二人は数秒間だけホームの空気に浸った。

「よし。それじゃあ、電車が来るのを待とうか。俺たちの乗る電車は二番ホームだから、あっち。階段を使っていこうか」

「はい」

 アリシアは颯太の背中を追いかけながら階段を昇る。そして隣の乗降場に渡ると、颯太はスマホで時刻を確認した。

「あと五分くらいか。ベンチに座って待ってようか」

「わっかりました」

 とはいったが、ベンチに座ってもアリシアは落ち着かない様子だった。よほど、電車に乗るのが楽しみなのだろう。それは十分颯太に伝わったが、奥のホームで子ども連れのお母さんにまで伝わっていて恥ずかしかった。

 上機嫌に鼻歌をうたうアリシア。颯太もスマホをいじることなくぼんやりとしていると、遠くからアリシアが待ち望んでいた音が聞こえてきた。

「来たかな」

 顔を音のした方に向けると、踏切台が赤く点滅していた。カンカン、と警告音が鳴って、二人に電車が来た報せを届ける。

 遠く、陽炎が揺れる視界に、四角い形の乗り物が見えてきた。それにアリシアが気付くと勢いよく立ち上がり、より近くで見届けようと黄色い線のギリギリまで駆け寄っていく。

 段々と近づいて来る。それが。アリシアが待ちに待った、シルバーの電車が。

 町かに迫った電車が、アリシアの髪を揺らした。

 停止音が響いて、ドアが開く。

「走ると危ないよ、アリシア」

「わかってますよー」

振り返ったアリシアが頬を膨らませた。そしてステップを刻むように足を踏み入れようとして、その時アリシアがぴたりと止まった。

「アリシア?」

 声を掛けるが、アリシアは止まったままだ。首を傾げていると、アリシアはくるりとターンをして、颯太の下まで戻って来きた。

「さ、早く乗りましょう。ソウタさん」

「おわっ。――はいはい。一緒に行くから。だから引っ張らないで」

 ぱっと花が咲いたように笑った顔が颯太の手を掴み、そして引っ張っていく。

 颯太はアリシアに引っ張られたまま電車の中へ入った。

 やがて、扉が一斉に閉じて、出発音を上げた。

 徐々に速度を上げていく電車は、二人を十五分の短い旅へと誘った。

 


 ――  5 ――


sideアリシア 


「ドキドキしました。ものスゴクッ!」

 夢のような体験も気づけば終わってしまい、アリシアは感動の余韻に浸っていた。

 そして、久しぶりの地面の感触を確かめながらソウタの方に振り返ると、

「ソウタさん! デンシャ、凄かったです! ビューンッって、あっという間で、景色がヒュンヒュンて過ぎて、ガタンガタン揺れて……」

「うんうん。心の声は駄々洩れだったけど、電車の中で静かにしてたのは偉かったよ。ま、楽しんでくれてなによりだ」

「はいっ。すーっごく楽しかったです!」

小さく笑うソウタに、アリシアは瞳をいっぱいに輝かせて感想を伝えた。

「でも、少し残念で……」

「何が?」

「本当は、もう少しだけ乗っていたかったです」

 ワガママなのは理解しているが、それでもつい本音が出てしまった。

 しゅん、と落ち込んでいると、ソウタが白銀の髪に手を置いた。目線を上げると、ソウタが微笑んでるのが見えて、

「大丈夫だよ」

 と言ったのだ。

「来た、ってことは、いずれ帰らなきゃいけない、ってことだから」

「それってつまり!」

「そう、また電車に乗れるよ」

「やった!」

 アリシアは嬉しさのあまりその場でジャンプした。

「では、早く買い物に行きましょう!」

「……買い物より電車に乗る方が楽しそうだな」

 階段を上ろうとして、ソウタの小言が耳に入った。

 先を行くアリシアはピタリと足を止めると、ソウタの方に振り返った。

「違いますよ」

 買い物も、電車に乗るのも、楽しいことは事実だ。でも、それを思わせてくれたのはやはり、いつも傍に少年がいるから。

「買い物もデンシャに乗ることも……全部、楽しいです。だって――ソウタさんが一緒だから」

 胸中で思ったことを、アリシアはありのままソウタに伝えた。

 傍に居てくれる。隣で感動を分かち合う人がいるから、自然と嬉しさや楽しさが込み上がってくる。一人では到底、味わえなかった感動だから。

「……調子狂うなぁ」

 それを素直に伝えると、ソウタはやっぱり目を逸らしてしまって。

「うふふ」

「何笑ってるのさ」

「いえ、なんでもありません」

 可笑しそうに笑うアリシアに、ソウタはバツが悪そうに唇を尖らせた。

「もういい……先行くから」

「あ、待って下さいよー。ソウタさん」

 拗ねた風にそっぽを向いたソウタがアリシアを追い越す。その背を、アリシアは小走りで追いかけていく。

 ――やっぱりみつ姉さんの言う通り、なのでしょうか。

 三日くらい前。みつ姉にソウタの見せる反応について聞いた時、「それはソウちゃんなりの照れ隠しってやつだから。全然気にしなくていいのよ。むしろもっとやって頂戴」と言われた。

 反応からして嫌がっているようにみえたが、みつ姉の言う通りならその限りではないようだ。人はそれを『照れ隠し』と言うらしい。やはり、まだまだ人について知らないことだらけだ。

「でも、意外と可愛い反応ですよね」

 とソウタの隣に並んだ時につい本音が漏れてしまって、ソウタの肩が震えた。

「何か悪寒が。アリシア、変なこと考えてるでしょ」

「いいえー」

「くっ。絶対何かよからぬこと考えてるっ! ……みつ姉の仕業だな」

 少しだけ意地悪な態度をとるアリシアに、ソウタは苦虫を噛んだ形相になる。

 二人はそれからも他愛もない会話を弾ませながら改札口を潜り、そして駅を出た。

「駅を出ると、また新しい景色が開けますね。新鮮です」

 開けた道路が初めに目に広がり、アリシアは出発した駅とはまた違う景観に目を見開く。

 そんな新たな発見に感動していると、隣で賛同する声が聞こえた。

「あぁ。それ、何となく分かるかも。ゲームで次の町のマップが開く感覚でしょ」

「ごめんなさい。その例えはよく分からないです」

「えぇ」

 ソウタがアリシアの感想に理解を示すが、アリシアは反対の反応だ。一度だけアリシアもテレビゲームをしたことがあるが、操作方法が複雑ですぐに諦めてしまった思い出しかない。

「さてと、ここからデパートまで十分くらい。歩いて行ける距離だけど、どうする、今日はバスも乗ってみる?」

「ぐっ。なんて魅力的な提案を……っ!」

 今日はやけに豪勢だ。電車に乗ったのにも関わらず、まさかバスにまで乗れる日が来るとは。

 ソウタたち人間にとっては交通機関の利用など日常の一部でしかないが、アリシアにとっては特別だ。そんな特別は、一つでも多く大切にしたいと思う。

 だからアリシアはソウタの提案に首を横に振った。

「いえ、今回はやめておきます。歩いて行きましょう」

「いいの?」

「むぅ、甘やかさないでください、ソウタさん」

「……わかった。今日は歩いて行こうか」

 甘い誘惑を苦渋の顔で断ち切ったアリシアに、ソウタは短く頷いた。

「ま、バスなんてどこにもあるし、その気になったらいつでも乗れるさ」

「ありがとうございますぅ」

「まだちょっと乗りたそう」

 自分がどんな顔をしているのかアリシアには分からなかったが、苦笑するソウタの表情を見て何となく察する。途端、それが恥ずかしくなって、慌ててアリシアはいつもの顔に戻った。戻っているかは微妙だが。

 徐々に駅から離れていくと、次第に車の交通も頻繁になってくる。

 ――む、これは危ないですね。いつも以上に気を付けないと。

 と意気込んだ手前だった。

「アリシア、こっち」

「へ? わっ」

 ソウタに二の腕を掴まれ、二人の位置が変わった。

「ここは車の通りが激しいから。気を付けてるだろうけど、念のため」

「…………はい」

 急に体に触れられたことにも驚きだったが、一番の驚きはアリシアの身を案じて危険から遠ざけてくれたことだった。

 ――ソウタさん。いつも道路の方を歩いてくれる。

 外に出れば、ソウタはいつだってアリシアの車道側に立っていた。おそらく彼にとっては無意識なのだろうが。

 ――この気持ちはなんだろう。

「? どうした、アリシア?」

 その場に立ち止まるアリシアに気付いて、ソウタは駆け足でアリシアの傍に寄った。

「もしかして、どっか体調悪い?」

「いえ、体はなんともありません」

「そっか。それならいいんだけど。急に立ち止まってどうしたのさ」

 不安そうに顔を覗き込むソウタにアリシアは小さく笑いながら呟いた。

「ソウタさんて、とても優しいですよね」

「またそれ? というか、今度はなんでそう言われたか分からないんだけど?」

「ふふ。そういう人ですよね、ソウタさんて」

 本気で理解できていない様子のソウタに、アリシアは意地悪そうにそう言った。

 ――みつ姉さんの言う通りの人ですね。ソウタさんは。

 この僅かな時間で、少しだけ、アリシアはソウタという少年を知れた気がした。

 だからこそ。

 ――私、もっとソウタさんを知りたい。

 金色の目に映る少年。何度も景色ともに居た少年のことを、アリシアはまだ少しだけしか知らない。だから、もっと知りたくなった。

 それは今までにない感情だった。好奇心の赴くまま何かを知りたいと思った〝それ〟とは違う。もっと単純で、もっと純粋で、煽情的な……。

 自分が天使なのだと忘れてしまうほど――ただの欲望に。

 アリシアは己の胸中に宿った感情の答えを知らない。それは単に自覚がないからだ。知性を得ていても、思考力を備えていても、理性があっても――アリシアには人間だという自我が芽生えていない。だから、その感情を理解できなかった。

「早く行きましょう、ソウタさん」

「あ、ちょっと待ってよアリシア」

 ソウタの手を引っ張り、無邪気な子どもはデパートに向かう。当然。道先は知らない。

 そんなアリシアに引っ張られながら、ソウタは進んでいく。

 道中。益体のない会話を交わしながら、二人の影は伸びていく。けれど決して、その影が重なることはない――。 



 ――  6 ――


sideアリシア


 潮風町と違いアリシアに声を掛けてくる人はおらず、二人は順調に道中を進む。途中、水分補給を挟んだり日陰で進んだりしながら、ソウタとアリシアは十五分ほどでデパートに着いた。

「うわぁ! 大きいですねっ!」

「まぁ、ここらへんじゃ一番大きいデパートかな」

 今まで見た施設のどれよりも大きなデパートを見上げて、アリシアはそんな感想を溢した。

 平日にも関わらず車や人の出入りも多い。それに、

「…………」

 ソウタと同じ年齢くらいの子たちだろう。複数人で出入りしているのが見えた。

「それじゃあ、外も暑いし、さっさと中に入ろうか」

「は、はい」

 問いかけようとした瞬間、ソウタはそう言って歩き出した。アリシアも遅れてソウタの隣に並ぶが、

「あ、あの、ソウタさん……」

「ん、どうかした?」

 声音はいつも通り。なのに、どこか素っ気ない気がして、アリシアは質問するのを躊躇った。僅かな逡巡のあと、アリシアは勇気を振り絞って訊ねた。

「いえ、ソウタさんと似た人たちが、たくさん居るな、と思って……」

「似た人? あぁ、あれのことか……そんなに似てるかな。あんなに青春してないと思うけどな、俺」

「セイシュン?」

 初めて聞く単語に首を傾げるアリシア。ソウタはそんなアリシアと入口で楽しそうに会話している男子たちを交互に見ながら言った。

「あんな風にキラキラしてる奴らのこと。勉強とかスポーツとか、遊んだり恋したりと、そういう、何かに全力で打ち込んでるのを〝青春〟て言うんだ。ま、独断と偏見だけど」

「ソウタさんはセイシュンしてないんですか?」

 咄嗟にそんな疑問が声に出た。

 その問いかけに、ソウタは自嘲気味に笑って、

「俺はしてないよ」

 そう答えると、ソウタはアリシアの顔を見た。

「でも、俺からすれば、アリシアは十分〝青春〟してるかな」

「そうでしょうか」

「してるしてる。だって、アリシアは勉強とかお手伝いとか毎日頑張ってるじゃん」

「はい。だって、楽しいですから」

「それも青春の一つさ」

 ソウタはそれでいいんだよ、と薄く笑った。けれど、それがアリシアにはよく分からなかった。

 ――何かを楽しむこと、それが〝セイシュン〟なのでしょうか。

 ソウタの言葉を自分なりに解釈して、納得しようとする。でも、上手く飲み込めなかった。

 そんなアリシアの胸中など知らず、ソウタは何かを羨望するように言った。

「やりたいこと、やればいい。俺はそれを応援するから」

「……ありがとうございます」

 ソウタがいつも言ってくれる言葉なのに。今はどうしてか素直に喜べなかった。

 ――なら、ソウタさんのやりたいことは、誰が応援してくれるのだろうか。

 それが、アリシアの胸中で生まれた疑問だった。

 常にアリシアの意思を尊重してくれるのがソウタなら、ソウタの意思は果たして誰が尊重してくれるのだろうか。

 ソウタの身の回りには沢山の頼れる大人がいる。けれど、ソウタがそんな大人たちに頼ったり、甘えたりしている場面を、アリシアは見たことが無かった。

 ソウタは周囲の大人を、周囲の大人はソウタを、それぞれどう思っているのだろうか。

 少なくとも、アリシアにとってソウタは誰よりも頼りになる恩人で、

「あの、ソウタさんは何かやりたいことはないんですか?」

 少しだけ前を行く背中に、アリシアは胸の前で拳をきゅっと握って問いかけた。

「俺? 俺はまぁ……」

 振り返り、己の顎に手を置いて思案するソウタ。

「特にない、かな」

「本当にないんですか? なんか、難しいですけど……そう、例えばあんな風なこと!」

 そう言ってアリシアが指さしたのは、楽しそうに遊んでいる学生たちだった。

「ソウタさんは楽しいと思う事、しないんですか?」

 問いかけに、ソウタは難しそうな顔を作って頭を掻いた。

「俺は俺なりに、充実した毎日を送ってるつもりだよ。クーラーの効いた部屋で漫画とかテレビみたり……あんな風につるむ友達はいないけど、みつ姉とか晴彦さんとか、漁港のおっちゃんたちと釣りをするのは楽しいよ」

 ソウタは「それに」とアリシアの顔を見つめて、

「今は……アリシアと一緒に暮らすのも、それなりに楽しい……って思ってる」

「――――」

「アリシア、駅で言ったよね。俺と一緒だから楽しいんだって。それ、実は俺も同じだったんだ。俺にとっては当たり前だった日常が、アリシアにとっては全部初めてのことだった。それに触れて、子どもみたいにはしゃぐアリシアを見て、俺もいつの間にか感化させられた。もっとアリシアに、この世界のことを知ってほしい、ってそう思い始めた」

「……それが、ソウタさんの楽しいこと、ですか」

「そうなる、かな。今の俺にとって、楽しいことはアリシアにこの世界のことをもっと知ってもらうこと。今日デパートに来たのも、その延長線かな」

「つまり、今のソウタさんの『楽しい』は私と居ること、ですか」

 アリシアが言葉を要約すると、ソウタは頬を掻いた。

「言葉にされるとめっちゃハズいな……けど、そういうこと。口にすると意外と気付くもんだね。俺の役目、やりたいこと、楽しいこと、それが綺麗に噛み合ってる」

「…………」

「? おーい。アリシア? どしたの」

「な、なんでもないです……はい。なんでもないです」

「? まぁ、なんでもないならいいけど。そろそろ中に入ろうよ。いつまでも炎天下にいたら焼け死にそう」

「そ、そうですね。行きましょう! 早く涼みましょう! ソウタさんがミイラになる前に」

「おぉ、アリシアがミイラなんて存在知ってるとは……っと待っててば、アリシア」

 すたすたと、アリシアはソウタを追い越して入口に向かった。後ろからソウタの声が聞こえるも、アリシアは止まらなかった。というより、止まれなかった。

 自分は今、どんな顔をしているのだろうか。

 ソウタの胸の内を初めて聞いて、アリシアの感情は今までにないほどざわついていた。

 驚き。喜び。困惑。歓喜。不思議。無理解。驚嘆。不可解。――――嬉しい。

 アリシアは不安だったのだ。自分がソウタに迷惑ばかりかけているのではないか、と。

 ソウタには地球に落ちたときから世話になりっぱなしで、まともな恩を何一つ返せていない。そんな自分にソウタは、本当は嫌気が指しているのではないかと思っていた。勿論、生活を通してソウタが優しい人だとは知っている。けれど、どんなに善良な人でも、嫌になることや不快に思うことは当然あるのだ。

 自分がソウタにどんな迷惑を掛けているのか思いつく節がアリシアにとって、先のソウタの言葉は『嬉しい』以外のなにもなかった。

 隣に居て、一緒にいることを楽しいと思ってくれる。それが、アリシアがソウタの隣に居ていい理由だった。

 ならもっと、一緒に楽しいことを見つけよう。

「ほら、ソウタさん。早くしてください!」

「はいはい。今行くから」

 アリシアは満開の笑顔を見せて振り返った。

 ようやく、待ちに待ったお買い物の時間だ。



 ――  7 ――


sideアリシア


「うおぉ!。ほんとに大きいですね。それに沢山お店があります」

「そういう施設だからね。ここなら大抵の物が揃うし、暇つぶしにもなる」

 入口を抜けてすぐ、アリシアは感嘆の息を吐いた。見上げても、奥を覗いても、お店がずらりと並んでいる。まるで小さな商店街だ。

「さてさて、どこから回ろうか」

「はいはい! ぜん……」

「全部は無理。今日は何か所か絞って回ろう」

「はーい」

 アリシアの好奇心をソウタは片手で抑制した。

 しゅん、と項垂れながらもアリシアは渋々と頷くと、ソウタの後ろにあるフロアマップに近づいた。

「このお店の数だと、確かに全部見るのは大変そうですね」

 となると、問題なのはどこを見て回るか、なのだが。

「帰る時間も考えなければいけないし……むむ」

 決めるのはやはり難しかった。

 苦悩するアリシアに、ソウタは苦笑を交えて提案した。

「とりあえず、フードコートに行こうか。俺たちまだお昼食べないし、アリシア、流石にお腹空いてるでしょ?」

 ぐぅぅ、と返事をしたのはアリシアのお腹だった。

「えへへ」

 アリシアは思わず照れ笑い。

 出発したのが十二時過ぎ。そこから電車に乗り、デパートまで歩きで来た。当然、お腹はペコペコだった。

「決まりだね」

 可愛くなるお腹に、颯太は苦笑した。

 というわけで、ひとまず二人はフードコートに移動した。

「種類も豊富ですねー」

 うどんにタコ焼き。かき氷にアイスと、どれもアリシアの食欲をそそるものばかりだ。

「好きな物頼んでいいからね」

「はい……ちなみに、ソウタさんはどれにしようとしてます?」

 涎を垂らしながらアリシアはソウタに訊ねた。

「んー。俺はタコ焼きにしようかなって。あんまり食べ過ぎると、動くのキツくなるだろうから」

「ソウタさんはタコ焼き……」

 ソウタの意見を参考にするも、アリシアは中々決められなかった。

 気付けば三分が経って、さすがのソウタもお腹が鳴っていた。

「決めました。私もソウタさんと同じものを食べます」

 結局、アリシアが選んだのはソウタと同じものだった。

「いいの? オムライスとかもあるのに」

「はい。考えてみれば、ここに来るのは今日だけではないので」

「……そっか。なら、今日はタコ焼きにしようか」

「はいっ!」

 ここに来るのが今日で最後じゃないなら、またいつか来れるはずだ。それはアリシアの願望でしかないけど、でも、ソウタはそれを迂遠に肯定してくれた。

 また今度も二人で。もしかしたら、もっと多くの人たちと一緒に。

「よし。タコ焼き食べて、早くお店を回ろうか」

「はいっ。いっぱい食べましょう! ――へい、大将!」

「待ってアリシア! 此処そういうのじゃないから! どこでそんなの覚えたの⁉」

「へ? えーとみつ姉さんと見た〝どらま〟ですけど……」

「あの悪知恵製造機……っ! アリシアの教育に悪いもの見せたらただじゃおかないぞ!」

 見たのは普通の健全ドラマだった気がするが、ソウタは此処には居ないみつ姉さんに向かって叱責していた。

「いい、こういう飲食店でご飯を頼む時はこうやってこうするんだ」

「ふむふむ……なるほど――すいませーん」

 そしてアリシアはソウタに伊呂波を教わりながら、無事にタコ焼きを食べるのだった。


 ――今日は本当に、楽しいことがいっぱいだ。

 ソウタの隣で色々なものを見ながら、アリシアは胸中でそんな感想を呟いていた。

 初めて電車に乗って、デパートに着いてからは初めてタコ焼きを食べた。そして買い物をして――本当に、この地球には未知のもので溢れている。

「はぁ。すっごい楽しいです」

 ぎゅぅ、とアリシアは両手でクマのぬいぐるみを抱きしめる。

「そう思ってくれたなら、来た甲斐があったよ。俺も久しぶりにこんなに遊んだな。……クレーンゲームなんて、いつぶりにやったっけ」

 アリシアが抱きしめるくまのぬいぐるみはクレーンゲームで二人で手に入れたものだ。最初はアリシアが挑戦して、挫けたところをソウタがバトンタッチ。その後にソウタが落ちる手前まで器用に調整してくれて、最後はアリシアがお世辞にも上手いとはいえない操作を披露し、苦労の末に手に入れることができた。

「でも、それで良かったの?」

 ソウタが椅子に体重を預けながら問いかけて、アリシアは「はて?」と小首を傾げた。

「店員にお願いすれば、他のものに替えてもらうことだってできたんだよ。俺はてっきり猫のやつが欲しいんだと思ってたんだけど」

 そんなソウタの疑問に、アリシアは微笑みながら首を横に振った。

「いいんです。どれでも。こうしてソウタさんと一緒に取れたことが、私には何よりの大切な思い出ですから」

 それがアリシアの紛れもない本音だ。二人で〝ゲームセンター〟で遊んだ記念が、この『くまのぬいぐるみ』なのだ。

「そ。まぁ、理由はなんであれ、アリシアが気に入ったならそれでいいよ」

 そんなアリシアの本音に、ソウタは素っ気なく答えた。

「ふふ」

 その反応に小さく笑っていると、ソウタはバツが悪そうな顔をした。それから疲れた風に吐息すると、

「喉が渇いたから、ちょっと飲み物買ってくるわ」

「それなら私も一緒にいきます」

 よっ、と立ったソウタに続こうとアリシアもお尻を浮かしたが、その手前でソウタの手が伸びた。

「いいから。アリシアは休んでな。大丈夫。買いに行くっていっても、ほんの一、二分だから」

「……わかりました」

 渋々といった顔で頷いて、アリシアはソウタの背中が小さくなるまで見届けた。

 ソウタが自販機に飲み物を買いに待っている間。アリシアはくまのぬいぐみをテーブルに置いて微笑まし気に眺めていた。

「……なかなか帰ってこないなぁ」

 時間はそんなに経っていないはず。なのに、胸がざわつく。

 おそらく、ソウタと常日頃から一緒にいるせいなのだろう。近くにいないだけで妙な違和感を覚えて、アリシアは不安に駆られた。

「なに、これ?」

 それを紛らわせようとすればするほど、感情は膨れ上がってしまう。

「大人しく待ってて、そう言われたのに……迷惑、かけるかもしれないのに……」

 気づけば、アリシアはくまのぬいぐるみを抱きしめて足を動かしていた。

「はぁ……はぁ……」

 最後に目で追っていた場所まで速足で行くと、アリシアはエスカレーターの前で止まった。此処は二階。ソウタは一階の自販機売り場に向かったのだとしたら……。

「少しだけ探して、それでも見つからなかったら、戻ろう」

 自分の現在地を確認しつつ、迷子にならぬよう注意を払いながらアリシアは一人でソウタを探しにエスカレーターに足を踏み入れた。

「どこだろう、ソウタさん」

 周囲を忙しなく見回りながら、アリシアは必死にソウタを探す。今日は平日で客は少ない。が、制服を着た人たちがやけに多い。

 そんなアリシアを、周囲は異様な目で見ていた。

 傍から見れば、アリシアは迷子の子どもに見えるのだろう。不安そうな顔で施設内を歩き回っているのだ。そう見られて当然だろう。

「ソウタさん……ソウタさん……」

 彼の名前を何度も繰り返し呼びながら、アリシアは探し続けた。彼が傍にいないとこんなにも不安になるのかと、アリシアは自身に驚愕を覚えながら、

「! ソウタさん!」

 ――だから彼の姿を見つけた時、全身に安堵が広がった。

 足が、自然と早くなる。早く彼の隣に並びたくて、無我夢中で走った。

「――ッ!」

 その声にもならない感情が、アリシアの足を止めた。

「……ソウタさん?」

 声を掛けた先。そこに居たのは紛れもなくソウタだった。そして、もう一人。

「やっぱり、噂、本当だったんだ」

 ソウタとアリシアを見て、女の子が睨みながら言った。



 ――  8 ――      


side朋絵


 ――最近、颯太が女を連れて遊んでいると、朋絵は休み時間に小耳に挟んだ。

 初めはそんな噂、誰かが颯太を疎んで吐いた法螺話だと無視していた。

 あの颯太に限ってそんな不良まがいな事をするはずがないと、朋絵と同じ部活の男子だけはずっと否定を続けていた。

「やっぱり、颯太だ」

「……三崎」

 偶然の再会を果たした同級生――颯太は朋絵に気付いて自販機の前で足を止めた。

 今日で一学期が終了。日程は午前中のみで部活もオフ。空いた午後は家でダラダラしようと思っていた矢先、友達に誘われてこのデパートまで遊びに来た。あまり乗り気でなかったせいか空気に馴染めず、隙を見計らって逃げた。そして、何をするわけでもなくふらふらと歩いていたら、見覚えのある姿を捉えた。

 それがまさか颯太だったとは、思いもよらなかった。

 朋絵にとってはそれは嬉しい誤算だった。

 朋絵は胸内の昂ぶりを抑えつつ、声音を抑えながら質問した。

「どうして颯太が此処いるの?」

「出会い頭にそれか。別に、俺がどこにいようが俺の勝手だろ」

 露骨に不機嫌な態度を取る同級生に頬が引き攣った。颯太は朋絵を一瞥したあと、自販機に視線を戻してしまった。

「お前こそ、どうしてこんな所にいんの。部活は?」

「今日は竹部先生が夏風邪で休んだから、部活はオフになったの」

「ふぅん」

 自分から聞いたくせに関心のない生返事だ。

 朋絵は頬を引きずらせながら、先程の質問を繰り返した。

「それで、颯太はどうしてここにいるの?」

「……たまたま。暇だったから」

「一人で来たんだ?」

「ボッチ前提なのが無性にイラっとくるな……そうだよ一人だよ」

「…………」

 朋絵は妙な間に眉根を寄せるも、肯定した颯太に「ふーん」と淡泊に頷いた。

 ――そっか。一人なんだ。

 朋絵はよっしゃ、と内心でガッツポーズした。

「ならさ、久しぶりに会えたんだし、一緒に遊んでいかない?」 

「……めんどい」

「めんどい、って。いいじゃん。ちょっとくらい。思い返してみれば、あたしたち、中学からずっと一緒だったけど、遊んだことなかったじゃん」

「当たり前だろ。俺はずっと走ってたんだから」

「――っ」

 颯太が素っ気なく吐いた言葉が朋絵の胸に刺さった。偶然会えた喜びが先走って、失言に喉が唸る。

 朋絵はどうにか笑顔を保ちつつ、颯太を振り向かせようとする。

「だ、だからさ、一緒に遊ぼうよ」

「くどい……お前、友達と一緒に来てるんだろ?」

「それはそうだけど……でも大丈夫だからっ。明日香たちにはメールで伝えておくし……」

「どう説明すんの? 俺と一緒にいることがもし知られたら、被害被るのはお前だろ」

「そんなことっ! ……ない」

 語尻が弱くなって、そうでないと断言できない朋絵に颯太は一瞥だけくれた。氷のように冷ややかな視線を。

 そして、颯太は自嘲気味に言った。

「気にするなよ。元は俺が学校に行っていないのが原因なんだし」

「それが分かってるなら、どうして学校に来ないの」

 朋絵の険のある声音に、颯太は何食わぬ顔で答える。

「気分」

「嘘。颯太はそんな適当な理由で何かを止めたりしない」

「ハッ。お前が俺の何を知ってるんだよ」

 颯太は朋絵の言葉を鼻で笑って一蹴した。そして、今度は朋絵の方を見る事もなく自販機にお金を入れていく。

 ガコンッ、とペットボトルが落ちたのを拾うと、颯太はまたお金を入れ始めた。

「……どうして、もう一つ買おうとしてるの?」

 朋絵の言及に、颯太の手がピクリと止まった。

「颯太、一人で来てるんだよね?」

「喉が異常に乾いて、一本じゃ足りないんだよ」

 適当に流されて、それが朋絵にとっては釈然としない。

「本当は誰かと来てるんじゃないの?」

「だから俺が誰と来るんだよ。あぁ、もしかして、みつ姉と来てると思ってんの? 残念、みつ姉は今日仕事だから」

「…………」

 妙に早口で、それに颯太が焦っているように見えた。

 その時だ。

「――ソウタさん」

 不意に、朋絵ではない誰かが彼の名前を呼んだ気がして、声のした方を振り返った。

 そこに居たのは、くまのぬいぐみを抱きかかえた少女だった。

「――アリシア!」

 おそらくは彼女の名であろう。その名前を呼んだ颯太が、今まで朋絵が見たことない表情をしながら彼女の下へ駆け寄った。

「待ってて、ってそう言ったじゃん。迷子になったらどうすんの」

 颯太に叱責されながらも、少女は安堵に満ちた表情を浮かべていた。それから、しゅん、と項垂れると、

「ごめんなさい。私も最初は大人しく待ってようとしたんです。でもソウタさんが居なくなってから急に不安になって、気付いたらソウタさんを探してたんです」

「あー。やっぱり一緒に連れて行くべきだったかな。ごめん、アリシア」

「違いますよ! ソウタさんが帰ってくるまで待てなかった私が悪いんです!」

「いいや、アリシアを一人にした俺が悪い」

「私です!」

「俺が悪い」

『ぬぬぅ~』

 互いに自分に非がある事を認めず、何故か睨み合いを始めてしまった。

 朋絵はそんな状況に置いてけぼりを喰らって、ただ傍観していた。

 ――誰かに謝ってる颯太、初めて見た。

 颯太とは付き合いがそれなりに長いと自負している朋絵だが、颯太が人に頭を下げている場面や、ましてや誰かと友好関係を気付いている場面は目撃したことがなかった。

 それを知っているからこそ、颯太が少女に特別な感情を抱いているのが瞬間的に理解できてしまった。

「噂、本当だったんだ」

 それは空虚のような声音だった。

 颯太が女遊びなどするはずがない。そう頑なに信じてきたものが瞬く間に瓦解していく。

 眼前に映る光景が、そうさせたのだ。

 胸中に、激情が渦巻く。

 色んな感情がごちゃ混ぜになって、混ざり合った結果で生まれたのは〝失望〟だった。

 ――こんなもの見るために、颯太と再会したんじゃない。

 朋絵を蚊帳の外にしていた二人。その内の一人が朋絵の存在にやっと気づく。

「ソウタさん、このお方は?」

「ん、あー……一応、同級生ってやつかな」

「そうなんですね。では挨拶をした方が……」

「止めて!」

 朋絵の怒声に、少女はびくっと肩を震わせた。

 朋絵はハッと我に返ると、

「ご、ごめんなさい。今のは、その、ちょっとテンパったっていうか……びっくりしたというか……とにかく何でもないの。だから、気にしないで」

「わ、わかりました」

 言い訳にもならない羅列でその場をどうにか凌ぎ、朋絵は一息吐く。

 少女の方も、先程の朋絵の怒声で動揺したのか躊躇っている。ならば重畳だと、朋絵は颯太を糾弾するような目つきで睨んだ。

「学校に来ないで女の子と遊んでるとか、最低ッ」

「ついこの間も似たようなこと言われたけど……まぁそうだな。最低だな」

 面倒くさい、と言わんばかりに適当にあしらう颯太の態度に、朋絵の感情はさらに揺さぶられる。

「ならなんで、そんな澄ました顔してるの⁉」

「関係ないからだよ。俺が学校と部活に行くことと、アリシアの面倒をみることは」

「関係ないって……どっちが大事なのかくらい、すぐ分かることでしょ!」

「分かってる。分かった上で、俺は〝今やりたいこと〟をやってるつもりだ」

「ッ! それが、その子と一緒にいることなの?」

「――――」

 問いかけに返事はないが、颯太の黒瞳が肯定だと告げていた。

 その目に強い意思を感じて、朋絵は奥歯を噛み締めるしかできなかった。

 さらに颯太は冷酷に朋絵へと言った。

「そもそも、俺が何をしていようが、部外者のお前には関係ない」

「――――」

 徹底的に朋絵と颯太の関係性を否定されて、朋絵は顔を俯けてしまった。

 ――ふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるな!

 激情が収まらなかった。

 そして、それは爆発した。

「……関係なく、ない……ッ!」

 ギリッ、と音がなるほど歯を強く噛んだ。振り絞った声を上げると、朋絵は顔を上げて己の胸を強く叩いた。

「あたしは陸上部のマネージャー! 颯太の退部届はまだ竹部先生が保留にしてある! だからまだ、颯太は陸上部の一員なの!」

「それがどうした」

「だから! 連れ戻すから。颯太をもう一度、トラックで走らせるから」

「走らない。俺はもう二度と」

「ううん。走らせるッ」

 お互いに、頑なに譲ることはなかった。

「お前が俺になにを求めてるのかは興味ない。だけど、これ以上、俺に首を突っ込むのはやめてくれ。竹部先生には、早く退部届承諾させるよう言っといてくれ」

「自分で言えッ」

 朋絵は首を激しく横に振った。

 意地でも頷こうとしない朋絵に颯太は諦念したように吐息すると、

「じゃあな、元マネージャー。――行こう、アリシア」

 そう、別れ際に皮肉を言って、颯太は歩き出した。少女は朋絵を気にしながらも、颯太に置いていかれよう足早に去っていった。

 二人の背中が段々と見えなくなる。

「絶対、あの女から颯太を引き離してやる」

 朋絵は決意をむき出しにして、そう呟いた。



 ――  9 ――


side朋絵


「よっ」

「マジでなんなのお前」

 玄関を開けた先で、颯太は忌々し気な顔で朋絵を迎えた。露骨に嫌悪感をみせる颯太に、朋絵はしれっと告げた。

「これから、颯太が学校に行くっていうまで、毎日この家に来るから」

「はあっ⁉ なんだその悪質な嫌がらせは! もう間に合ってますのでお引き取りくださいさようなら!」

「ちょっと! 同級生の女の子が心配して来てるのにその態度はなんなのさ!」

「心配もくもそもあるかっ。ただの迷惑だっつーの!」

 締めかかる戸に両手をねじ込み、朋絵は全力で抵抗する。

「くっそ、力が強ぇ⁉」

「そりゃ、部活で鍛えてるからね。いいから中に入れなさいよッ!」

「誰が入れるかっ」

 朋絵と颯太。玄関で攻防戦を繰り広げていると、ドタドタと慌ただしい足音が聞こえてきた。

「ソウタさん、どうしたんですか⁉」

 またあの少女だ。朋絵は胸の内で舌打ちしてしまう。

 颯太は朋絵を睨みながら、後ろにいるであろう少女に向かって叫んだ。

「そうなんだっ。退治しなきゃだから、アリシアは隠れてて!」

「そうはいきません! 今すぐケイサツの方を呼ばないと……あれ?」

 颯太の後ろで慌てふためいていた少女が何か異変に気付いたように足を止め、ひょこっと顔を覗かせると、朋絵と目が合った。

 そして少女は思い出したように、

「貴方は確か、ソウタさんの同級生さん……ですよね?」

 これは好機だと、朋絵は目を光らせると、

「そう! 颯太の友達! だから入れてくれる⁉」

「えと……でも」

 困惑する少女に、颯太は首を横に振って叫んだ。

「耳を傾けるなアリシア、これは悪魔の誘いだ!」

「誰が悪魔だ⁉」

「お前以外誰がいるんだよ!」

 朋絵と颯太は息の掛かる距離で唾を飛ばし合う。

 そんな二人の様子に少女はずっと戸惑っていたものの、やがて決心が着いたように「よしっ!」と拳を強く握り締めた。

 そして、少女は颯太の体の隙間に小さな体躯をねじ込ませて思いっ切り戸を引っ張った。

「ええい!」

「アリシアぁ⁉」

「きゃぁ⁉」

 ガララッ! と戸が勢いよく音を立てながら開いて、それまで力を入れていた朋絵は体重を支え切れず前のめりに倒れた。

「いたた」と声を漏らすも、盛大に転んだにしてはさほど痛みは感じず、それに体が完全に地面に倒れている訳ではなかった。誰かが、朋絵を支えてくれている。それに気づいて、朋絵はほんのわずかに頬を朱に染めた。

 普段は素気なかったり刺々しい態度なのに、自分がピンチになると助けてくれる。やっぱり素直なじゃないな、と内心で呟きながら、朋絵はゆっくりと顔を上げた。

「あ、ありがと。ソウ……」

「いたた。大丈夫ですか?」

 礼を言おうとした口が止まり、朋絵は唖然とする。なぜなら、自分の体を支えていたのがあの忌々しい少女だったからだ。

「なんであんたなのよ⁉」

「えぇぇ⁉ なぜ急に怒るんですか⁉」

 つい反射的に少女を突き放してしまって、少女は涙目になってしまった。

 しまった、と朋絵は首を横に振ると、ぎこちなく謝った。

「ご、ごめん。ちょっと期待してたのと違って……あ、ありがとね。助けてくれて」

 頭を下げる朋絵に、少女は「いえいえ」と手を振った。

「私が支えになれたのは偶然ですから。お気になさらないでください。それより、お怪我はありませんか?」

 それを言うならあんたの方だろ、と思ったが、本気で朋絵を心配する少女を見てつい目を逸らしてしまった。

 ――ホントに、なんなの、この子。

 言い知れぬ不気味さを少女から感じて、朋絵は眉根を寄せる。

「おい、いつまでアリシアにくっついてんだ」

「う、うるさいな。別に好きでくっついてる訳じゃないし……」

 思考を遮るように、颯太の刺々しい声が朋絵の耳朶に届いた。そんな声主の顔を覗くと露骨に早く帰れ、と書いてあった。

 来た、といっても数分にも満たないはずなのだが、颯太にとって朋絵は免れざる客でしかない。それに、ここで揉め事を起こして事態をややこしくすることは朋絵にとっても本望ではないのだ。

今日はもう撤収したほうが今後の為になると判断し、

「……わかったわよ」

 諦観交じりにそう吐いて、朋絵は靴底を鳴らしながら立ち上がった。

 そしてスカートに付いた砂埃を軽く払って、最後に颯太に手を振ろうとした時だった。

「ちょっと待って下さい」

 と少女が起き上がりながら朋絵を呼び止めた。

「……なに?」

「あの、ソウタさんに用事が会いに来たんですよね? でしたら、立ち話もなんですし、どうぞ上がっていってください」

『はぁ⁉』

 少女の突然の提案に、朋絵だけでなく颯太まで驚愕に声を上げた。

「ちょ、何言ってんのアリシア」

「ですから、この方はソウタさんのご友人なんですよね。それなら、大事なお客さんじゃないですか」

「いや違うから。こいつは客じゃないから」

 即座に否定する颯太に朋絵は若干腹を立つつも、「そうなんですか?」と言った風な顔で振り向いた少女に慌てて頷いた。

 これは好機だ。そう朋絵は目を妖しく光らせると、

「そうだよ! 今日は颯太に大事な用事があって来たんだよね。だーかーら、家にお邪魔してもいいかな」

「お前……ッ」

 忌々しげに睨む颯太に、朋絵は今までの仕返しとあっかんべーで返した。頬を引き攣らせた颯太に胸中で嗤っていると、少女は特徴的な前髪を揺らして頬を膨らませた。

「ほら! やっぱりお客さんじゃないですか!」

 大事な客人をぞんざいにしたのが少女の琴線に触れたらしく、鼻息を荒くして颯太を叱責していた。怒っているはずなのにあまり怖くないな、と朋絵は内心でそう呟きながら、颯太が他人に怒られている貴重なシーンを眺めていた。

 ――あぁ、そんな顔するんだ。颯太。

 どうしてか、少女は朋絵が今まで見たことない颯太の表情を引き出す。それが、無性に悔しくて堪らない。ズルい。そう思ってしまう。

 少女と自分に、いったい何の違いがあるというのだ。

 胸裏に渦巻く感情を必死に二人に悟られぬよう、朋絵は押し殺そうと目を背けた――そんな視界に突然少女が現れて、朋絵は過剰な反応をしてしまった。

「あの、大丈夫ですか?」

「う、うん……ごめん、ちょっとボーとしてた」

 朋絵を憂う少女に適当な言い訳を探して逃げた。そんな朋絵の様子を気掛かりに感じつつも、少女は小さな笑顔を作って朋絵の手を握った。

「それでは、どうぞ上がってください。今日は丁度、みつ姉さんから頂いた美味しいお菓子があるんですよ」

「――――」

 警戒心や敵意など欠片も感じさせない、ただ朋絵を一人の客人として歓迎する声音に、朋絵は終始圧巻され続けた。

「ようこそ、宮地家へ!」 



 ――  10 ――


side朋絵


「それでですね、日向ぼっこしている猫さんに近づいたら、私に近寄ってきてくれたんです。肉球がふわふわで、にゃーにゃー鳴いてスゴく可愛かったんです」

「……はぁ」

 玄関で迎え入れられてからかれこれ三十分。朋絵はバームクーヘンを齧りながら少女の弾丸トークを聞かされていた。

 ――あたし、何しに来たんだっけ。それになぜ、バームクーヘンに麦茶?

 そんなことを思っていると、

「あの、お口に合いませんか?」

 それまでの雑談を中断して、少女は不安そうに朋絵に問いかけた。

 朋絵は慌てて首を横に振ってバームクーヘンを頬張った。

「ううん、美味しいよ! 凄く美味しいです、はい……」

「そうですか! あ、まだあるので沢山食べてくださいね」

「わ、わーい。嬉しいな……うぷ」

 破顔する少女に、バームクーヘンに口内の水分を全て持っていかれた朋絵は引き攣った笑みで返した。少女が皿に次の切れ端を置いている隙に、麦茶が注がれたコップが空になるほどの勢いで飲み干す。口内に水分が戻り、朋絵は束の間のオアシスを見た。

「そうだ、まだちゃんと挨拶してませんでしたよね。――私はアリシアと申します」

 思い出したように手を叩き、少女はそう名乗った。

 既に少女の名前は颯太の口から散々出ていたので知っていた朋絵にとっては今更だ。だが、懇切丁寧に挨拶されてしまっては朋絵も返さなくてはならかった。

 朋絵は小さく会釈して、

「三崎朋絵、です。……颯太の同級生で、同じ部活のマネージャーしてます」

「ええと、マネージャー?」

 疑問符を浮かべる少女――ではなくアリシアにそれまでつまらなそうにしていた颯太が渋々と答えた。

「マネージャーっていうのは、選手の補助と環境づくりを専門にしてる人たちのこと。大会には出たりしなくて、代わりに選手の記録とか道具の管理、身の回りの整理みたいな……選手が、最大限活躍できる環境を作ってくれる人のこと」

「颯太、そんな風に思ってくれたんだ」

「バカ。アリシアに分かりやすく伝えただけだ」

「照れちゃって~この~」

「うぜぇ」

 照れ隠しではなく本気で嫌がってる顔だが、そんなのは関係なかった。だって、颯太たち選手がマネージャーをそんな風に認識してくれているのだと知ったから。そう思ってくれているならば、選手としての道ではなくマネージャーとしての道を選んだ甲斐があったというものだ。

 感動している朋絵の正面で、アリシアもまた感銘を受けていた。

「はぁー。凄い方なんですね、トモエさんは」

「ま、まぁね」

 颯太に間接的に褒められたからか、気分の良い朋絵は自慢げに頷いた。

 ――いかんいかん。あたしはなに宿敵相手に気を許してるんだ。

 こほん、と咳払いして、朋絵は気を引き締めた。

「あたしの事はこのくらいにして……ええと、アリシアさん、だっけ」

「アリシアでいいですよ」

「わかった。アリシアは名前的に外国人なんだよね?」

「そうだ」

「? なんで颯太が答えるのよ」

「い、いいじゃんか別に」

 その問いかけに応じたのは、何故か顔を蒼くした颯太だった。

 そして、颯太は間髪入れず説明していく。

「アリシアは外国から来て、それで今は日本の文化を勉強中なんだ」

「ふーん。ていうか、颯太の親戚に外国人なんていたんだ。聞いたことなかった」

「いえ、私はソウタさんとはしん……ふごふご」

 少女が何か言おうとして、颯太は顔面を蒼白にして口を抑えた。

「まだ日本に不慣れだから、って俺が面倒みてくれって頼まれたんだよ!」

「へ、へぇ。じゃあ、二人は付き合ってるとかじゃないんだ」

「何言ってんのお前。俺とアリシアが付き合ってる訳ないだろ」

「そうなんだ……」

 ――にやつくなあたし!

 にやけそうになる顔を必死に堪える。

 颯太とアリシアの関係性に男女間の恋愛事情はない。思わぬ収穫に朋絵は内心で歓喜の雄叫びを上げた。けれど、事情を聞けば不穏な疑惑が浮上してしまった。

「あのさ、ずっと疑問なんだけど、二人はこの家で一緒に住んでるの?」

 すると即座に返事が返ってきた。

「そうだけど」「はい。お世話になってます」

 見事なシンクロに、朋絵は頬が引き攣る。

 果たして、本当にこの二人の間に恋愛事情はないのだろうか。

「二人とも、親戚にしては距離が近くない?」

「そうでしょうか?」

「別に普通だろ」

 互いの顔を見て、「はて?」と首を揃って傾げる。息もピッタリだった。

 ガタンッ! とテーブルを揺らす程の勢いで朋絵が追及する。

「本当に付き合ってないんでしょうね⁉」

「どうしたんだよいきなり……何度も言わせるな。俺はアリシアの勉強を教えてるだけで、アリシアは日本の文化を勉強してるだけ。それ以外は何もない。起こさない。みつ姉と約束もしてるしな」

 意外な人物の名前が挙がって、朋絵は目を瞠った。

「三津奈さん、この事知ってるんだ」

「当然だ。そもそも、この生活を初めに提案したのはみつ姉だ」

 今の状況を作った人物が三津奈だと分かった以上、朋絵はそれ以上の追求はできなかった。

 血が違えど、颯太を弟のように溺愛するような人物が、意味もなく颯太と女子を一つ屋根の下で同棲させるはずがない。ならば、彼女は何か意図があって二人を同棲させているのだろう。

 ただその意図が掴めず、朋絵は胸に不快感を募らせる。

「ひとまず、事情は分かった。でも、その子の面倒を見ながらでも学校には来れるはずでしょ」

「くどいな。そもそも、学校はもう夏休みだろ」

「だから、二学期から来ればいいじゃん」

「行かない。行く気もない」

「なんでそんなに頑固なのよ⁉」

 意思を変える気はない颯太に、朋絵は強くテーブルを叩いた。

「皆待ってる、颯太が帰ってくるの」

「んなわけないだろ」

「ある。すくなくとも、あたしと陸人はずっと颯太が学校に来るの待ってるよ」

「あ、そう」

 勝手にしろ、そう言いたげに颯太は息を吐いた。

 重い。沈鬱とした空気が部屋に充満する。話題を切り替えようにも上手く言葉が出ず、朋絵は視線を泳がせた。颯太もそれきりで何か発する空気ではなかった。

 そんな話難い空気で一人だけ、純粋な疑問をぶつけるものがいた。

「あの、先程から気になっていたんですが、ソウタさんは何処かへ行かなきゃいけないんですか?」

 アリシアの質問に、朋絵は俯いていた顔を上げた。

「もしかして颯太、何もこの子に言ってないの」

「……これは、アリシアが知らなくていいことだ」

 朋絵の冷然とした追及に、颯太は目に見えて動揺の色を濃くした。

「何も話してないんだ」

 颯太とアリシアの間にどれほどの信頼関係があるのか朋絵は知らないが、それでも反応から見るに颯太がアリシアに過去を明かしていないのは断定的だった。

 瞬間、朋絵は悟った。

 何も事情を知らない少女より、颯太をずっと見てきた朋絵の方が助けになれる可能性があることを。

 ――そうすれば颯太は振り向いてくれるかもしれない。

「やっぱり、あたしは颯太を連れ戻すから」

 決意の籠った声音で言い切り、朋絵は颯太を見つめた。

 颯太はやはり面倒そうに呟いた。

「勝手にしろ」

「うん。好きにさせてもらうね」

「…………」

 颯太が戻ってくるなら手段は択ばない。それだけは朋絵の中でもハッキリしていた。

 そして、朋絵は席を立った。

「それじゃあ、今日はもう帰るから。それと、また明日も来るから。……そうだ、アリシアさん。バームクーヘン、美味しかったよ、ありがと」

 鞄を肩に背負いながら、朋絵はアリシアを一瞥してそう感想を伝えた。感想にしてはあまりにお粗末だが、朋絵からすればアリシアは十分恋敵なのだ。その敵と慣れ合う気など朋絵にはない。

「じゃあね、颯太」

「――――」

 手を振っても、颯太から挨拶は返ってこない。それが少しだけ胸に刺さる。

 朋絵と颯太の距離感はまだ溝のように深い。それを、この夏休みの間でどれだけ埋めれるか。

 この溝を少しでも埋められたら、颯太はようやく振り向いてくれるかもしれない。

 去り際にそんな思惟に耽っていると、背後から突然大きな声が聞こえた。

「明日も来てくれるんですよね、トモエさん! なら、また美味しいお菓子、用意して待っています!」

「――――」

 アリシアの言葉に、朋絵は立ち止まりはしたものの返事はしなかった。そしてすぐ、廊下を歩き出していく。

 嫌な女だと自覚はしている。そんな自分を腹立たしくも思う。けれど、後悔はしていない。

 靴を履き、玄関を開けて、門を出た。ようやく宮地家から出た瞬間、一気に緊張の糸が解けた。

「ふぅ」

 それまでずっと五月蠅かった心臓の音も徐々に落ち着きを取り戻していく。

 ゆっくりと、朋絵の足は宮地家から遠ざかる。

 気分が晴れない。

 それは去り際、あの瞬間のことがずっと頭から離れないせいだ。

「どうして、あの子に『要らない』って言わなかったんだろ」

 朋絵は胸をキュッと握り締めた。自分の理解できない感情が、ただ気持ち悪かった。

 その一言さえ言っていれば、後悔なんてしなかった。

 朋絵がそれを思い知ることになるのは明日からだった。


  ――  11 ―― 


side朋絵


 ――宣言通り宮地家に通い続けて、もう二週間が過ぎた。

「こんだけ毎日通い続けて進展がないって、絶望的過ぎるんですけど……」

 今日も今日とて説得は無駄に終わり、朋絵は大きく肩を落とす。真夏の日差しが容赦なく肌を照り付け、額から汗が零れ落ちる。

「まぁ、居続けて文句を言われなくなっただけでもマシかな……たぶんあの女と話てるからだろうけど」

 颯太の対応も、初日ほどの悪態は減っていた気がした。むしろ、時々颯太のほうから話し掛けてくれる日もあるくらいだ。不機嫌な顔はいつまで経っても変わらないものの、進捗としては十分だと思いたい。

 とはいえ、目立った進展がやはりないのは朋絵としては厳しいのが現状だ。このままでは高校二年生の夏休み――つまり青春の最高潮といっても過言ではない特別な時間が〝部活と説得〟で終わってしまう。

「まぁ、それだけじゃないんだけどさ」

 スケジュール帳を開いてみれば、この八月の予定は滞りなく埋まっている。

 家族旅行に陸上部の合宿。それに、友達と遊びに行く予定だってある。傍からみれば実に現実が充実したスケジュール帳だ。

 それでも、

「……颯太との予定はいっこも無いんだよなぁ」

 上から見えても横から見ても、斜めから見ても予定を凝視しても、意中の相手の名前はどこにも書かれていない。それが朋絵の夏休みが曇天模様の最大の理由だ。

 もし、颯太が今まで通り学校に通っていれば、朋絵はこの夏こそはと勇気を出して夏祭りに誘っていたかもしれない。誘いを受けてくれるかは別だが。

「拒否りそうだな、颯太なら。めんど、とかいって」

 脳内颯太にそっぽを向かれるも、どうしてかそれすらも嬉しいと思えてしまった。恋は盲目とはよく言ったものだ、と内心で呆れてしまう。

「やばい、あたし、意外とそっち気質なのか」

 違う、違う、と朋絵は強く首を振って正気に戻る。そして、くだらない妄想から抜け出したところで、また一つ、ため息が増えた。

「遅すぎたのかな、何もかも」

 後悔先に立たず、とはまさにこの事だ。いつかは、いつかは勇気を振り絞って近づこうとして、そして今に至るまで朋絵と颯太の距離は中学校から縮まったことはなかった。それどころか、知らない間にアリシアという厄介者が颯太の隣を陣取っていたではないか。

「ちっ」

 脳裏に無邪気な少女の笑顔がチラついて、思わず舌打ちしてしまった。

「ホント、なんであの子が颯太の隣にいるのよ」

 それが当たり前かのように隣にいるのだから余計に気に入らなかった。

「颯太も颯太よ。会って数週間くらいの女の子に鼻の下伸ばして、あたしの気も知らないで……あんな顔、見せつけてさ」

 少女といる時の颯太の表情は、なんというか穏やかだ。それこそ、学校や陸上部ではそんな顔は決して見せなかった。朋絵が見ていた颯太はいつも、何かに真剣だったり、つまらなそうだったり、眉間に皺を寄せていたり――毎日が退屈そうな顔をしていた。それが減っているのは、五年間も彼を見続けた朋絵にはすぐに分かった。

「……確かに、あの子が悪い子ではないことはわかったけども……」

 路上に転がる石を蹴りながら、朋絵は唇を尖らせて少女をそう評価した。

 この二週間、朋絵は颯太話す時間よりも少女と話す時間が勝った。というより、少女の方が、朋絵にこれでもかと歩み寄ってくるのだ。心の壁など気にも留めず。

 見た目はこの潮風町の老若男女が噂している通り、白銀の髪を靡かせた〝超絶美少女〟だ。町で一番人気のみつ姉さんも「めちゃくちゃ可愛い子なのよ⁉」と少女の可愛さに太鼓判を押す程だ。少女はいわゆる、絶世の美女。それに比べたら、朋絵はこの路上の石ころのような、どこにでもいる女子。唯一勝っているのは胸くらいだ。

 なら性格の方はどうか、と接してみたが、これも朋絵の性格が余計に醜く見えてしまうほどの『良い子』だった。

 純真無垢、その言葉が何よりも似合う少女だった。

「……あの人はあの子がそんな性格だと分かってて、颯太の隣に置いたのかな」

 認めたくなくても、体が勝手に認めようとしてしまう。――彼女が颯太の隣にいる理由を。

 そう思えてしまうのは、朋絵がアリシアという少女と関わるからだった。

 蹴っていた石ころが溝に入ってしまった。

「あたしがあの家に行くのは、颯太を連れ戻すために。あの子から、颯太を引き離したいから」

 俯いて、考える。もう、部活は始まっていて、学校はすぐなのに、足が止まった。

 朋絵が宮地家に赴く理由は、颯太を連れ戻すため。なのに、今、朋絵は別の理由であの家に行っている気がしたのだ。

 それは決意とは違う、小さな温もりを感じて。

「…………違うよね、こんな」

 胸に、何かが引っかかった。

 朋絵はそれを否定するように、いやいやと首を振る。

 はたしていつから、こんな温もりを覚えたのか。

「いつから。私が、あの子を拒否できなくなったのは……」

 颯太に「連れ戻すから」と宣戦布告したあの日の別れ際、アリシアは朋絵を最後まで歓迎してくれて、そして「お菓子を用意して待ってる」と言った。

 朋絵はそれに応えず、無言で帰った。

 朋絵の中で少女の存在が徐々に変化が起こり始めたのはここからだった。

 感じた小さな温もり、それが何なのかを知り、そして否定したくて、朋絵は想起する。

 宮地家に行ってすることは、颯太を無理には誘わずエールを送ることだった。一言、二言、元気や勇気が出る言葉を伝える。颯太が何で苦しんでいるのかを知らない朋絵にはこれくらいしか思いつかなかった。それを伝えて、朋絵は帰る――けれど、そうはならなかった。

 帰ろうとする朋絵を、まるで飼い主を見つけたようにはしゃぐ子犬は「今日もお外を暑いですから、お家で涼んでいってください!」と半ば強引に家に上がらせる。

 それを毎日だ。それこそ、朋絵が颯太に同じ行いをしているように。

 けれど、アリシアの方が朋絵よりよっぽど悪質だった。

 家に上がれば必ずお茶菓子が用意されていて、懸命に客人をもてなそうとするから朋絵も強く言い出せない。

 それから、昨日の出来事を尽きるまで話さなければならない苦行が始まる。誰が聴いてもつまらない内容でさえ、アリシアは表情を豊かに変えて聞いてくれる。

 颯太よりも。先生よりも。家族よりも。友達よりも――朋絵の周りにいるはずの誰かよりも、アリシアは自分の話を楽しそうに聞いてくれるのだ。

 それが、朋絵にとってはちょっぴり嬉しかった。

 初めて、本気で自分を理解しようとしてくれる人に出会った気がした。

 だから、もう少しだけ話していたい、そう思ってしまった。

 初めはそんな小さな嬉しさが、時間を重ねるほど大きくなっていった。朋絵の無意識のうちに。

 苦行が心地良さに変わったのはいつから――

「ッ!」

 気づいた瞬間、朋絵の心はかつてないほど激情に揺れた。


 ――  12 ――

 

side颯太


 朝起きて最初に感じたのは、妙な違和感だった。

「ふあぁ……おはよう、アリシア」

 既に習慣化された少女への挨拶。いつものなら元気な声が返ってくるのに、何故か今日はそれがなかった。

「アリシア?」

 自分より早起きのアリシアは、いつもならリビングのテレビで天気予報を見ているはずだ。けれど、今日のリビングはしんと静まり返っていた。

「寝坊……かな。アリシアにしては珍しいな」

 アリシアの起床時間は颯太の一時間前くらい。つまり、だいたい六時半ごろだ。

「……寝かせておくか」

 一瞬、アリシアを起こしに行こうか悩んだものの、結局起こしに行くことをやめた。

 それならと颯太は身支度を整えることにした。洗面台で顔と歯を洗い、トイレを済ませるとリビングに戻り、アリシアの起床を待つ間の時間潰しにテレビを点けた。

「――つまんね」

 ちゃぶ台に肘を置きながら、颯太は興味がそそらないニュースの内容に欠伸をかく。殺人事件に人気俳優の不倫発覚やら日本人選手が世界大会で準優勝したニュース、それが終わって今週のトッピクが流れる。画面の端っこに映る時刻は、十五分しか進んでいなかった。

 時間を潰すためのニュースも時間つぶしにならず、颯太は天井を仰いだり床に転がったりと自分でも理解できない行動でどうにか時間を経たせていく。

「うーん。先にご飯食べてよっかな」

 途中、そんなことを思ったが、アリシアを一人で食べさせるのは気が引けた。この生活を始めてから、颯太とアリシアが別々で食事を摂ることはなかった。颯太自身もそれが不思議だったが、たぶん、親が子どもと一緒にご飯を食べる理由と似ている。

 好きだから、というより、見放せて置けないという感情が強いのだろう。

 腹の虫がさすがに鳴って、颯太は畳から体を起こした。

「おかしい」

 暇つぶしも功を成し、時間は三十分が過ぎていた。時刻はもう八時。なのに、階段から足音が聞こえてくる気配はなかった。

 さすがに颯太も違和感が募りだして、アリシアを起こしにいくことを決めた。

 まだ寝ているだけかもしれないが、もしかしたら体調を崩して降りてこれないのかもしれない。

 階段を上り、自分の部屋をそのまま通り抜け、アリシアの部屋の扉をノックした。

「アリシア、起きてる?」 

 二度扉を叩き、返事を聞くため耳を近づけた。しかし、颯太の呼びかけに部屋から応答はなかった。

「開けるよ」

 寝ているならそのまま寝かせておけばいい。そしてそっとドアノブを捻った。

 開く途中に扉から軋む音が漏れるも、その音に反応したのは颯太の心臓くらいだった。心拍数が僅かに上がる感覚を覚えながら、開ききった部屋の中に入る。

 一歩踏み入れた瞬間、颯太は唖然とした。

「いない?」

 部屋のどこに、アリシアの姿が見当たらないのだ。布団はきっちりと畳まれているし、お出かけ用のバッグはハンガーラックに立てかけてある。

「なんだこれ……メモ?」

 アリシアの勉強机まで足を運ぶと、そこにメモ帳が置かれていた。それを手に取り、お世辞にも綺麗とはいえない文字に目を通していく。

「さんぽにいってきます……ってこれいつ書いたんだよ」

 たぶん、今日のはずだ。

「出かける前に書いたってことだよな。なら、俺が寝てる最中なはず」

 颯太は自分が起きた時間を思い出す。今朝目を覚ましたのは七時。

 そして、アリシアがいつも通りの時間に起きてこのメモ帳を書いたなら、アリシアは散歩に出てすでに一時間半は経っている――。

 嫌な予感がした。

「まさかッ」

 途端、颯太は部屋を飛びだした。自分の部屋から適当にパーカーを掴み取ると、階段を勢いよく駆け下りる。

 靴を乱暴に履き、玄関を飛び出していく。鍵すら閉めず、無我夢中で門を抜けた。

「迷子か⁉ ……もしたら事故にあったかもしれないッ」

 そんな予感が際限なく脳裏に過って、不安は颯太の足を駆らせる。

「一人で散歩に行くことなんて、今までなかっただろ、アリシアッ」

 気分だったのか。それとも何か理由があったのか、それすらも分からない。けれど、どこかに行きたいときアリシアは必ず一言告げてくれたはずだ。それが、今日に限ってメモだけを残すのはどう考えても不自然だった。

「くっそ、どこだ、何処に行ったんだ……ッ」

 家の周囲二百メートル。まずそこを隈なく探した。けれど、見当たらない。なら、もっと遠い場所へ行ったのか。

「考えても埒が明かない。とにかく、アリシアを探さなきゃ」

 思考を放棄するように、颯太は止まった足をまた動かす。アリシアを見つけるまで、この足を止まらせる気はなかった。

 人気の少ない路地裏に子どもたちとよく遊ぶ公園、この前お参りした神社――どこを探しても、白銀の髪を靡かす少女はいなかった。

 ――なんで、アリシアが居ないだけで、こんな気持ちになる。

 不安や焦り、後悔に寂寥に感情が煽られる。

「なんだよ、これ」

 理解できない感情に、颯太は戸惑いを隠せずにいた。

 アリシアとは出会って一カ月程度の関係性だ。けれど、同棲生活を通してアリシアとは期間以上の関係性を築いたのは事実だった。

 けれどそれは恋愛感情ではないことは分かっていた。何故なら、颯太はとっくに誰かに好意を抱く感情を知っているから。そして、アリシアにその感情は当てはまらなかった。

 胸中に奔流する感情に答えが見い出せぬように、アリシアの姿もまた見つからないままだった。

「はぁ……はぁ……はぁ」

 息を吐く喉から血の味がする。足は鉛のように重い。

 ついに足は止まってしまって、颯太はだくだくと流れる汗を拭うこともできなかった。

「まさか、天界に帰ったとかじゃないよな」

 顔上げた先に空に浮かぶ天界が見えて、颯太の頭にそんな可能性が過った。

 自分の呟いた言葉にすぐ否定できなかったのは、それが十分にあり得る想像だったからだ。アリシアはあの日突然現れた。ならば、その逆も当然起こり得るはずだ。

「嘘、だよな」

 これだけ探してもアリシアは見つからない。なら、その可能性が現状最も信憑性が高かった。そう考えてしまえば、もう負の思考が止まることはなかった。

 ――アリシアは一人散歩に出て、その途中、天界へと戻る手段を偶然見つけた。そのまま、颯太になんの挨拶もなく帰ってしまったのではないか。

 それはただの颯太の妄想だ。だけど、くだらない妄想は本人の意思に関係なく肥大化し、思考を貪り喰らっていく。

「そんなの、嫌だよ、アリシア」

 本音が零れた。

 その場に立ち尽くす颯太の意識に、聞き慣れた声が颯太の名を呼んだ。

「あれ、颯太じゃねえか。どうした、そんなとこで突っ立って? 携帯でも落としたか?」

「……ゲンさん」

 大声で問いかけるゲンさんに、颯太は呆けた顔で振り返った。どうやら、いつの間にか自分の家の近くまで戻って来たらしい。

 颯太の表情にゲンさんは怪訝な顔を浮かばせながらも、いつもの大きな声で問いかけた。

「今日はアリシアちゃんと一緒じゃねえのか?」

「……うん」

「ほぉ、珍しいこともあるもんだな。最近はどこに行くにしても一緒にいたじゃねえか」

「当たり前だろ。アリシアを一人にはできないから」

 颯太の返答に何を勘違いしたのか、ゲンさんは「かぁ~」と呻き声を上げた。

「若いねぇ、お二人さん。ちゃんと青春してんじゃんか」

「べつに、そんなじゃないって」

「ほぉん。……俺らから見れば、二人は十分、男女の関係だと思っているんだが」

「俺らって、そんな風に見える? 俺とアリシア」

「おう見えるぜ。つっても、ジジババからの視点だけどな。今時の若いもんはそれくらいの距離間でも友達とかちょっと仲良いくらいなんだろうけど……お前とアリシアちゃんはやっぱ例外だわな」

「…………」

 ゲンさんの言い分に、颯太はすぐに否定できなかった。

 颯太の反応を窺いながらも、ゲンさんは野菜の仕込みをしながら続けた。

「お前とアリシアちゃんはな……昔のお前と三津奈嬢ちゃんに似てるよ。ほら、お前さんらたまに二人で町を歩いてるときあったろ。あんときのお前の表情が、まんまアリシアちゃんの反応。可愛さは雲泥の差だがな」

 皮肉に少しだけ腹が立ったが、颯太は無視して聞き返した。

「そん時の俺、どんな顔してた」

 ゲンさんは首に巻いたタオルで汗を拭いながら、白い歯を見せて言った。

「この人といるのが嬉しい、楽しい、もっと一緒にいたい……そんな顔してた」

「――――」

 息を呑む颯太に、ゲンさんはさらに続けた。

「ついでに言うと、今のお前も昔となんら変わらん顔でアリシアちゃんを見てるぞ」

「――ッ」

 その言葉を聞いた瞬間、颯太の胸の詰まりがすっと落ちた。

 ――あぁ、そっか。俺、アリシアのことが。

「なんだよ、いい顔つきになっじゃねえか」

「ん。助かったわ、ゲンさん」

 颯太の中で、迷いや不安は消えていた。そして、盛大に真夏の空気を肺に溜めて吐き、頬を思いっ切り叩いた。

「⁉ どした颯太⁉ 暑さにやられて頭おかしくなったか⁉」

「いいや。気合を入れ直しただけ」

「それならそれでいいが……あまり年寄りの心臓に悪いことすんじゃねえよ」

「ごめんごめん」

 額の冷汗を拭うゲンさんに、颯太はケラケラと笑ってみせた。笑うだけの活力が、戻ってきた。

 思考も負の妄想から完全に抜け出して、鈍くはあるが冷静さは取り戻していた。

 まずはアリシアの手掛かりを知らなければ。

 それが、颯太のなすべき行動だった。

「……ゲンさん、今日いつから店の仕込み始めた?」

 つい気になって、颯太はゲンさんに質問した。

「は? なんだよ急に」

「いいから、いつから仕込み始めた?」

 ゲンさんは眉根を寄せながらも、腕を組んで思い出しながら答えた。

「トラックから野菜を下ろしたのは七時くらいだぜ」

「そんとき、誰かここ通らなかった」

「誰かって、誰よ」

「ええと、今日アリシアどんな服着てたんだろ……とりあえず、白い服と白銀の女の子とか」

 ほぼ特定人物だが、ゲンさんは追及せず記憶を辿ってくれた。

「白い服はちらほらと、つっても婆さんばかりだったけどな……ん?」

「なんか思い出した」

 ゲンさんが引っ掛かりを覚えたように首を傾げて、颯太は急かさぬよう先を促した。

「あーそういえば、白いワンピース着てた子が通った気がすんな。白銀だったかは覚えてねえけど」

 予想外に朗報を得られて、颯太はぐいっとゲンさんに詰め寄った。

「それ! 何処に向かってたか分かる⁉ というか思い出してくれ!」

「うおぉぉ⁉ 急にどうした!」

「いいから! その子、どっちに向かった!」

 颯太の勢いに呑まれたまま、ゲンさんは語勢弱く「あ、あっち?」と指を指した。

 ――その方角。もしかして。

 何かを悟って、颯太は止まっていた足を動かした。

「ありがとう、ゲンさん! 今度野菜すげぇ買うから!」

「それは助かるが……っておい、俺もちゃんと覚えてないからな⁉」

「いや充分! あとは他の人にも聞きながら探すから!」

 既に遠くなったゲンさんに叫ぶようにお礼を告げて、颯太は走った。

 白いワンピース。その服装をこの町で着るのは、アリシアくらいしかいない。

「必ず見つける、アリシア!」

 それから、ゲンさんから得られた情報と、見かけた人に隈なく声を掛けながら、颯太は白銀の少女の元まで走り続けた。



 ――  13 ――

 

side颯太


 ――数カ月ぶりに歩くこの道筋は、なんとも言えない奇妙な感覚だった。

 木影に覆われた道路は立ち上る太陽すら覆い隠してその顔を拝ませない。久しぶりに味わう静謐な空気感は、颯太の覚悟を静かに後押ししているように感じた。

 一歩、足を踏み入れるたびに、この山の上にある高校に通っていた思い出が蘇ってくる。楽しくない思い出ばかりのはずなのに、颯太の記憶には鮮明にそれがあった。

「登下校は当たり前だけど、部活の練習でも使ったっけ」

 今思えば、地獄のようなメニューだったなと思う。なにせ、カーブのある急こう配な坂を何往復もするのだから。坂道のダッシュは慣れている颯太ですら悲鳴を上げるのだから、他の部員たちは相当だっただろう。

「あと、二人ともたまに登校したよな」

 部活がオフの日に時々、朋絵ともう一人、同じ中学からの付き合いの陸人とこの坂道から教室まで行くことがあった。陸人とはごくたまにだが、朋絵とはよく一緒に登校したなと、そう今になって思い出す。

 ――本当に今更だ。

 振り返ってみれば、彼女はずっと――それこそ白銀の少女よりも前から颯太の隣にいたはずだった。それを、颯太は今日に至ってようやく理解した。

 木影が覆う坂道が終わり、木洩れ日が増す校門へと進んでいく。そのまま体育館を通り過ぎ、グランドを抜けた。

 そして、目的となる場所の一歩手前。颯太にとっては最も思入れのあるグラウンドの前で自然と足が止まった。

「思ったより、感動はないな」

 思入れ、といっても、颯太にとってはただの練習場だ。ここで日が暮れても練習してた記憶があるが、哀愁のような感情は涌くかといわれれば首を横に触れる程度の懐かしさだ。それでも、このグランドで、選手として努力していた事実は変わりない。

「――行くか」

 そんなグランドとも早々に別れを告げて、颯太は今度こそ足を止めず待ち人がいるである場所に向かっていく。

 そして辿り着く先。颯太はひとつ息を吐く。周囲に人の気配はないが、颯太は核心めいた予感に導かれるまま――目先の扉に手を掛けた。

「ふぅ」

 ゆっくりと、扉を開いていく。暗い空間に光が注がれていき、そこは少しずつ全貌を現わしていく。

 そこは、陸上部の倉庫だった。

 距離を測るメジャーに、赤い三角コーン。ハードルやスターティングブロック。メディシンボールにトンボ――その部屋を埋め尽くすほどある、競技用と整備用の道具たち。

 そんな道具に溢れた空間で一つだけ、真ん中に佇む異質な影を黒瞳が捉える。

 開き切った先。そこにはいたのはやはり――

「まさか、こんなバカなことしでかす奴がいたとはな。本気で焦ったわ――三崎」

 倉庫の中で待ち人を続けていたのはアリシアではなく。颯太の同級生――三崎朋絵だった。

 颯太の言葉に、朋絵は背中を伸ばしながら、

「待ちすぎて、くたびれちゃった。ここ、埃臭いし長く居たくないよね」

 同意を求める朋絵に、颯太はハッと鼻で笑った。

「だったら、もっと別の場所で良かっただろ。――アリシアを利用して、俺を此処まで引っ張り出すとはな」

「だって、こうでもしなきゃ颯太、いつまで経っても学校に来ないでしょ」

「だとしてもやり方ってものがあるだろ。姑息すぎるんだよ」

「男の気を引くには女はこのくらい強引でいい、って恋愛雑誌に書いてあったけど」

「その雑誌、絶対男心無視してるだろ」

「そうかな。あたし的には、颯太が作戦通り来てくれたから意外と信じそうなんだけど」

「やり方が強引過ぎるんだよ。見ろ、汗でぐしょぐしょになった俺の服を」

「うえぇ。キモ」

 まだ乾ききっていない汗で濡れた部分を見せつけると、そうさせた張本人は本気で顔を引き攣らせていた。

 颯太は不服そうに顔を歪めたが、一度目を伏せると表情を引き締め直す。

「――それで、アリシアはどこだ」

 朋絵の戯言を強制的に切り上げ、颯太は険のこもった声音で朋絵に問いかける。

 その問いかけに、朋絵は呆れた風に嘆息したあと、「やっぱりか」と小言を漏らした。

「安心して。今はあの子、学校探検中だから」

「一人でか?」

「そんなはずないでしょ。陸人が案内してくれてる」

 ひとまず、アリシアの無事が確認できて颯太はほっと胸を撫で下ろす。

「あいつ。アリシアに変な真似しないよな」

「陸人は節操無しじゃないから大丈夫だよ。それくらい、颯太だってわかるでしょ」

「どうだか。数カ月会ってない間に、見境なく女に飛びつく男になってる可能性はあるだろ」

「あはは。それはウケるね」

「どこがだよ」

 お腹を抱えて笑う朋絵に颯太は苦笑。

 時間にしてわずか数秒。片手で足りるくらいの秒数の間だけ、二人は確かに〝友達〟と呼べる空間にいた。

 けれど、颯太は本題を伸ばすつもりはなかった。だからこそ、真剣な顔つきで朋絵と向き合った。

「学校の……というより、部活の倉庫に俺をおびき出したのは、何か話があるんだろ」

「そういうとこは気付くんだ」

 感心したような、けれどどこか寂しそうな顔をする朋絵。そんな朋絵に、颯太は首を横に振った。

「いや、ずっと考えてたよ。ここに来るまで、ずっと。お前が何を思ってるのかを」

「そっか。それは、うん。ちょっと嬉しいかな」

 はにかむ朋絵に、颯太は此処に来るまでの道程を振り返った。

 何人かに聞き込みをしていく中で、アリシアに道を聞かれた人たちが数人いた。聞けば、アリシアは『私の大事な人の友人が、その人と話をしたいそうなんです。私はそのお手伝いをしに行くんです』と誇らしそうにそう言っていたそうだ。

 アリシアの想いを人伝から聞き、颯太は朋絵と向き合う決意をした。

 けれど、三崎朋絵がどうしてここまで宮地颯太に固執するのかは、この瞬間でさえも結局分からないままだった。

 朋絵と颯太は中学からの付き合いで、同級生で同じ部活の部員。それ以上の関係はないはず。

 朋絵にとって自分は――。

「お前が俺に何を思ってるのかは、考えたけど分からなかった」

「――――」

「だから、教えて欲しい。お前に……三崎にとって俺は、いったい何なんだ」

 黒い瞳と茶の瞳が真っ直ぐに見つめ合った。

 恋人というにはひどく距離が離れ過ぎていて、友達というにも曖昧な距離感の二人。

 この関係の答えを、颯太は知らない。けれど、朋絵だけは知っている気がした。

 だから、朋絵だけが答えられる。

 颯太の意識は今、眼前の少女――三崎朋絵という女の子一人だけに注がれていた。

 その一瞬だけが朋絵にとっては堪らなく嬉しくて、けれど同時に、ものすごく胸が締め付ける。

 颯太の意識にいる朋絵はあくまでこの瞬間だけで、これが終わればまた、あの少女に戻ってしまうのだ。手放したくないのに、朋絵は決断しなければならなかった。

 三崎朋絵という【普通少女】は、宮地颯太の一瞬にはなれても、延々にはなれない。

 ――やば、心臓。すごいドキドキする。

 早鐘を打つ心臓の鼓動。緊張で手が震えはじめる。吐く息が熱い。喉が震えて、思うように言葉が出てこない。

 見つめ合う視線を、朋絵は自ら切り離した。瞼をそっと閉じると、暗い世界を古びた木の匂いと白線引きの粉の匂いが満たしていく。

 呼吸を整えて、拳を震えが消えるくらい強く握って、そして、ゆっくりと瞼を開いていく。

 颯太は、朋絵が目を閉じている間もずっと、真っ直ぐに見つめてくれていた。

 それだけ、この決意が報われた気がした。

 朋絵は颯太に儚い笑みを浮かべて、告げた。


「決まってるじゃん――颯太が好きだからだよ」

 

 朋絵の告白に、颯太は息を呑んだ。

「――――」

 衝撃と困惑。両方の感情がないまぜになって、喉の奥に言葉を詰まらせる。

「なんで、俺のことなんか好きなるんだ」

 ようやく発せた言葉は、朋絵の告白に対する疑問だった。

「やっぱり、颯太ってそういう人だよね」

 普通ならそんな返答に怒っても当然なのに、朋絵はやれやれとため息を吐いた。

「まぁ、分かってはいたよ。颯太の目にあたしは映ってない、ってことは」

「――――」

 返す言葉がなかった。颯太が朋絵をちゃんと見たのは今日だったのだから。

 未だ呆然とする颯太に、朋絵は構わず続けた。

「でもね。それでよかったたんだ、あたしは。颯太のカッコいい姿を近くで観れるだけで充分だったんだよ」

「ならどうして、このタイミングで告白したんだよ」

「色々あったよ。もっと仲良くなってからにしようとか、颯太が大会で優勝した時にしようとか、卒業式まで取っておこうとか……もうずぅっと考えてて、この気持ちに蓋をしようとしてた」

「――――」

「でもね。一番の理由は……」

 朋絵がゆっくりと近づいて、颯太の黒瞳を覗き込んだ。思わず心臓の心拍数が上がる。そんな颯太の胸の内を知らない朋絵は小さく笑って答えた。

「悔しかったんだよね。あの子に颯太を取られるのが」

「あの子って……アリシアのことか」

「そうそう。アリシアちゃんに」

 朋絵の言葉に、颯太は即座に脳裏にアリシアを思い浮かべた。迷いもなくその名を告げると、朋絵は「羨ましいな」と小さく溢す。

 けれど颯太は、朋絵の指摘を否定した。

「何回も言ってるけど、俺とアリシアはそんな関係じゃないから」

「でも、颯太にとって特別であることに変わりはないでしょ」

「…………」 

 今度の指摘は否定できず、颯太は頬を硬くした。

 もう何度も、アリシアとの関係は頭の中で考えて、そしてゲンさんとのやり取りで核心した。

 そんな颯太の胸中を見透かしたかのように、朋絵はゲンさんと似た言葉を放つ。

「颯太がアリシアちゃんを大事だと思っているのは、もう誰が見ても分かるんじゃないかな」

「何も知らない陸人が見ても、か」

「たぶんね。それくらい、今の颯太は変わったから」

 昔と今の自分がどれほど変わったかなんて分からないけれど、以前の颯太が周囲と壁を意図的に作っていた。なるべく深く人と関わらないようにするために。

 けれど、それはアリシアにも同じはずだった。その壁を壊す力が彼女にあっても、颯太は距離だけは保っていた……はずだった。

 けれど、朋絵からすればそんな壁はないものと同じようで。

「自覚無し男だなぁ、颯太は。颯太が思っている以上に、今の颯太、性格が柔らかくなってるよ」

「三崎視点からはどれくらいだ?」

「うーん。体育で使うマットから、高跳びのマットくらいには柔らかくなってるね」

「相当柔らかくなってるな」

 朋絵の引っ張り出した表現に思わず苦笑してしまった。そんな顔に、朋絵は指を指して、「今だって、昔の颯太なら笑いもしなかったよ」

「マジか」

「マジ。大マジだよ」

 それはずっと見てきた朋絵だから分かる違いなのか、それとも、周囲が見ても一目で分かる違いなのか。おそらく、後者だろう。

 それは、颯太にとっては小さな自覚だった。

「やっぱり、あの子のおかげなんだろうね」

「たぶん、そうなんだろうな」

 二人の脳裏には同じ少女が浮かび上がっているはずだ。

 きっと、颯太はアリシアが居なかったら朋絵とこうして向き合うことはなかった。それ以前に、もう誰とも正面から向き合うことを諦めていたはずだ。

 そんな颯太を変えたのは、たった一人の天使だ。

 颯太の脳裏に強くアリシアが思い浮かびると同時、朋絵の穏やかな声が告げた。

「だからね、颯太の心があの子で埋め尽くされる前に、あたしは言いたかったんだ。あたしがずっと、颯太に抱いていたこの気持ちを」

 朋絵は続けた。

「あたしさ、颯太のことが気になったの、中学入ってすぐだったんだ。当時から颯太、ものすごく近づき難い空気だったから、どうすれば颯太に近づけるか考えたの。それで、陸上部に入ったんだよね」

「そんな理由で入ったのかよ」

 朋絵は「いいじゃんか別に」と口を尖らせた。

「まぁ、入っても話す勇気なかったから意味なかったんだけど、でも、クラスも運良く三年間同じで、あたしなりに頑張って声かけたりして……三年間でそれなりに颯太と関係を築けたと思った」

「――――」

「高校に入っても同じクラスでさ。あたし、内心飛び上がるほど嬉しかったんだよね。また颯太と一緒だ、って」

 思い返す。確かに、あの時の朋絵は意気揚々と近づいていた気がした。

「中学では選手として颯太を見てたけど、今度はもっと颯太の近くにいたくてマネージャーを選んだよね」

「そんなことの為に」

 呆れる颯太に、朋絵もまた失笑する。

「あはは。ホントそれ。我ながらに馬鹿だと思うわ。でもね、後悔はしてないよ。選手として活躍する颯太を支えたい、って本気で思ってたから。皆と練習するのも楽しいしね」

 少し笑ったあと、朋絵の顔から余裕が無くなり始めた。

「颯太を支えたくてマネージャーになったのに。なのに……あの日、あたしは颯太を助けられなかった」

「……三崎」

 朋絵の声が上擦りだす。

「あの日から、颯太が変わって、だんだんと部活にも来なくなってさ。学校にも来なくなって、その理由をあたしは知ってたはずなのに……ッ……なのにもできなかったッ。颯太を誰より近くで見てきて、支えたいと思ったのに……ッ、あたし……颯太の苦しみに……近づけなかったんだよ……ッ」

 声は嗚咽が混じり、朋絵の瞳から涙が零れ落ちていく。

「颯太のこと……好きだったのに……理解、してあげられたかもしれないのに……あたしは結局……じぶんのことばかりだった!」

 吐露されていく激情は、朋絵が颯太に抱いていた〝罪悪感〟なのだろう。

 あの時、助けてあげられたかもしれない可能性。その可能性を自ら捨ててしまった負い目が朋絵に涙を流させているのなら、それは朋絵の間違いだった。

「本当に、バカなやつだな、お前は」

 呟くと、颯太は泣きじゃくる朋絵の頭をそっと手を置いた。

「お前は俺を見ててくれたんだろ。なら、変に負い目なんか感じるのやめろよ」

「でも……ッ、あたしが支えられなかったせいで……颯太はッ……ずっと苦しんでて……ッ」

「苦しいかないかで言われれば、そりゃ、苦しかったさ。でも、それはもう過去のことだ。今はなんとも思ってない」

「……うッ……ひぐっ……」

 泣き止まない朋絵に、颯太は語り掛け続ける。

「それに、お前が俺のことをこんなにも気に掛けてくれてたんなら、俺はそれだけで救われるよ」

「うっ……うっ」

「だからもう、泣くの、やめろよ」

 大粒の涙を、颯太は優しく拭っていく。朋絵の傷を拭うように。

「ごめん……颯太。今までごめん」

「なんでお前が謝るんだよ。むしろ、俺のほうが謝りたいくらいだ」

「うん。うん……うんッ」

「ああもう、鼻水まで垂らすなよ」

「止めるからぁ。泣くのも、鼻水も……だから少しだけ待ってよ」

「わーってる。泣き止むまで、ちゃんと待っててやるから」

 拭っても拭っても、大粒の涙は止まない。

 止め。止め。涙よ、止んでくれ。

 朋絵は必死に涙を掻き分けた。カッコいい人に、カッコ悪いところは見せたくない。

 ようやく泣き止んだ頃。視界に映る颯太は呆れたような笑みを浮かべていた。

「どんだけ泣くんだよ」

「カッコ悪い所、颯太に見せちゃった」

「気にすんな。女はそういう所が魅力的なんだろ?」

「ぷっ。なにそれ」

 沢山泣いた朋絵の目は赤くなっていて、目頭も擦り過ぎのせいか晴れていた。でも、嗤う顔は何か吹っ切れたように見えた。

「おし。泣き止んだな」

「うん。すっきりした」

 朋絵は深呼吸して、再び颯太に向き合う。

「なら、今度はちゃんと、返事させてほしい。お前の気持ちに応えるから」

「――ん」

 颯太の真剣な声に、朋絵は小さく頷いた。

 そして、朋絵は一歩後ろに下がった。

 颯太もまた、息を整えて、胸を張る。

 ずっと、颯太は朋絵から逃げてきた。けれど、今は違う。

 朋絵の胸襟を知り、自分をどれだけ想い続けてくれたのか、それに気付けたから。

 宮地颯太は真っ直ぐに、眼前の女の子の想いを受け止める為に、向かいあった。

 そして――


「颯太。あなたのことがずっと、ずっと好きでした」

「ありがとう。そして、ごめん。キミの気持ちには、応えることはできない」


 今まで傍にいてくれた少女の告白に、颯太は真正面から受け止める。そして、誠意を尽くして返した。

 深々と頭を下げる颯太。その正面から、笑い声が聞こえてくる。颯太はゆっくりと顔を上げると、朋絵の目には小さな涙があった。それは決して悲しみの雫ではなくて。

「やっぱり、颯太には似合わないね。真面目な空気」

「ちゃんと返事したのに、すげぇ失礼だな。みさ……朋絵らしいけど」

「っ‼ ……でしょっ」

 朋絵の笑顔に釣られて颯太も小さく笑う。そして、朋絵は表情を元に戻すと、

「はぁ、満足、満足。ありがとね、颯太。あたしの気持ちにちゃんと答えてくれて」

「爺ちゃんに言われたからな。女の返事にしっかり答えを出せない奴は男じゃねえ、って」

「そっか。じゃあ、颯太のお爺さんにも感謝しないとね」

「そうしてくれ」

「――行くんでしょ」

「あぁ」

 主語はないが、颯太は頷いた。

「だったら、早く迎えに行ってあげないと、あの子……アリシアちゃんを」

「そうだな。早くいかないと、野獣の毒牙に掛かりそうだからな」

「アリシアちゃん。純粋だもんね」

「そうなんだよ。おかげで、すげぇ心配だ」

「頑張れ、颯太」

「朋絵もな」

「うん。頑張る」

「じゃあ、行くわ」

「ん。そうだ、背中、押してあげようか」

「いや、いいよ。一人で進めるから」

「そっか」

 颯太は朋絵に背中を向けた。

 走り出す寸前、颯太は足を止める。

「そうだ、朋」

「なに?」

「家に来たくなったら、いつでも来いよ。アリシアも会いたいと思うし、俺も、友達として待ってるから」

「…………っ」

 その言葉に、朋絵からの返事はなかった。それでいい、そう走り出そうとした時、朋絵が声を上げて言った。

「なら、明日……明後日! 絶対に行くから! 颯太と、アリシアちゃんに会いに!」

 思わず笑みが零れた。颯太は振り返ると、

「あぁ、来い! アリシアが楽しみに待ってるよ」

「颯太は楽しみじゃないんだ」

「言わせるな、アホ――またな」

「うん。またね」

 走り出す。もう振り返ることはなかった。

 大きな泣き声が、ずっと後ろから聞こえていた。


 ――  14 ――


side朋絵


 ――颯太と朋絵が出会ったのは、中学一年生の春だった。

『――――』

 端的に言えば朋絵に一目惚れで、その日以降颯太から目が離せなくなった。

 朋絵は颯太のことは小学校から知っていた。ある時期に隣の小学校に転校してきて話題になっていたからだ。今思えば、その時から朋絵の初恋は始まっていたのかもしれない。

 そんな一方的に知っていた颯太と、奇跡的に同じ中学に入学。幸運はそれだけでなく、クラスまで一緒だった。

 何日か経って、何度も声を掛けようとしたが勇気が中々出ず、朋絵は颯太を視線で追うだけの日々が続いていた。

 その日々に転機が訪れたのは、入部見学会の日だった。颯太が陸上部に入ることを知った朋絵は、走りが得意ではないが陸上部に入部することを決意する。

 入部してからというもの、朋絵は颯太と話す機会を虎視眈々と狙っていた。休憩中の颯太の前をわざと横切ったり、アップ中の颯太の隣で全力疾走したりと、とにかくあらゆる手を使って颯太の気を引こうとしていた。

その努力が結ばれたのは数カ月後だった。会話といっても一言、走り方のアドバスをくれただけのこと。それでも、朋絵にとっては無性に嬉しかった。

最初は一言だけ。半年後には二言くらい。クラスでも少しずつ颯太に話しかけたおかげで、三年の春には普通に会話する程度の仲まで成長できた。

 三年生の夏。最後のレース。見事に表彰台に立った颯太と違って、朋絵は結果を残せず引退した。悔しい気持ちもあったが、その時点で自分が平凡であること知っていた朋絵からすればこの結果に文句はなかった。

 颯太もインターハイを終えて実質引退。夏休みも終え、本格的に受験が始まった。

 差し迫りつつ高校受験に、朋絵は颯太の第一志望をさらりと――一歩間違えば生徒指導になりかねない方法――で知った。

 県立潮風第一高等学校。どうやら颯太はそこからも推薦が届いているらしい。当然だ。全国で優勝した実績を持っている生徒を、どの学校も喉から手が出るほど欲しいに決まっている。

 輝かしい実績を持つ颯太に対して、朋絵は何も持っていなかった。運動能力も極めて平均的で、学力も中くらい。そのレベルでは、颯太の第一志望には到底受からなかった。

 それでも、颯太と同じ高校に行きたかった。

「あたし、潮一に進学します!」と担任に向かって宣言した時、親もろとも笑われた。友達にも笑われた。けれど、颯太だけは違って、「そっか。頑張れ」と応援してくれたのだ。本人はすっかり忘れているようだが、朋絵にとってはその言葉がお守りになっていた。

 それから、朋絵は勉強に打ち込んだ。受験一カ月前には寝る間も惜しんで勉強した。

 そんな努力の成果とその日が豪運だったのか、朋絵は周囲の下馬評を覆して見事合格を果たした。受かったと報せを受けた母と担任は号泣して朋絵を祝福してくれた。

 春。朋絵は無事高校に入学。部活は当然、颯太と同じ陸上部。けれど、今度は選手としてではなく、マネージャーとして入部した。

 颯太のインターハイでの走りを見てから、朋絵はずっとマネージャーとして颯太を支えていこうと決めていたのだ。それから、高校生の間に何かいい機会があれば、この秘めた想いを打ち明けようと神様に誓っていた。

 夏。それまで絶好のコンディションだった颯太は、一年生でインターハイに出場を果たした。けれど、その大舞台で颯太はレースを途中棄権。

 それから、颯太は変わっていった。

 秋。颯太の調子はあのインターハイから崩れていた。颯太は平気だと言っていたけれど、タイムを見れば不調なのは明らかだった。

 冬。颯太が部活に顔を出す機会が減っていた。その頃から、朋絵は颯太と話すのが気まずくなって、それまで努力して縮めていた距離に溝ができ始めた。

 春。授業中、担任が鬼気迫る表情で颯太を呼んだことを覚えている。神妙な顔で話していると、突然、颯太は慌てて教室を飛び出していった。

 数週間後。颯太は学校に来なくなってしまった。

 原因は分かっていた。けれど、今の颯太に会うのが怖くて、朋絵は再び颯太との距離を広げてしまった。

 中学から続いていた恋心は、このまま打ち明けることなく終わってしまったのだと、そう思っていた。

 けれど、運命の歯車は偶然にもまた回り出して、望んだ形ではないにしろ朋絵の前に颯太を立たせてくれた。

 そして今日、この恋心にようやく終止符が打たれた。

 数年間に及ぶ恋心とこれまでの苦悩を打ち明けて、颯太は後悔すら振り払ってくれた。

 颯太は真正面から朋絵と向き合って、『好きだ』という気持ちに応えてくれた。

 返事は想像通りだったけれど、でも、朋絵は満足だった。

 それなのに、どうしてこの涙は止まらないのだろう。

 一度泣き止んだはずなのに。涙はまた溢れてくる。今度は一人で泣き止むしかないのに、その術を朋絵は知らなかった。

 朋絵は泣き続けた。声が枯れるまで、ずっと、頬に流れる雫が枯れるまで、ずっと。

 泣き止む時がきっと、本当の『初恋』の終わりだと信じて――。


           ―― Fin ――

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