第16話 勇者になった男

しばらく笑っていたローブ男は、落ち着きを取り戻し、ふぅっと一息ついて、話を続けた。


「魔石の力を手に入れたこの国は、まず隣国にその力を見せびらかせに行ったよ。その国にも魔石はあったけど、僕の協力が無ければただの石ころだからね」


エルフは他国へ協力しない・・・

魔石の力はエルフの力が無いと意味をなさない・・・


「結局、魔石の力を使いたかった他の国も、この国の支配下に置かれることを選択したんだよ。そして同じやり口で、次々と他の国も取り込んでいったんだ。そうやって、この大陸の各所に散らばっていた魔族も手元に置けるようにしたんだよ」


それが、この大陸から他の国が消えた理由か・・・


「やっぱり本物の悪役はいいね!あっという間にこの大陸の支配者になったんだよ!あははっ!!」


楽しそうに話すその男を見ながら、俺は本当の支配者はこの男なのではないかと感じていた。


魔界から侵略に来たと思われた魔族は、エルフによる異世界召喚の被害者だった・・・


そのエルフに仲間を殺されたと思った魔族が、間違えて容姿の似ていた人間を殺してしまった・・・。


そして、400年にもおよぶ人間と魔族の戦いが始まった。


100年前、人間と同盟を結んだエルフは魔族の亡骸である魔石に力を与えた。

魔族が落とす石というだけで、何の特性も持たない石に・・・。


その結果、人間はこの大陸全体を支配下に置き、意図的に魔族を生き残らせ、家畜の様に飼い育てることに決めた。

再び魔族を殺し、魔石を手に入れるために・・・。


そして魔石の力に頼りすぎたこの国は、魔石が枯渇した時の事を恐れ、その力を使って大陸外の国をも支配下に置こうとしている・・・。再び戦争を起こして・・・。


全て、この男の考えた道筋を辿っていたのか・・・


「ええーーー!!?まるで全部僕が悪いみたいになってるじゃんかー!」


ローブ男は心外だと言わんばかりに口を尖らせた。


事実なのだから、仕方ない。


「え、じゃあさ・・・僕、何か悪い事したの?」


は・・・・・・?


何を言ってるんだこいつは・・・そんなの全部じゃないか・・・・・・


魔族を人間界に呼び出し・・・


「魔界という退屈そうな場所から、人間界っていう面白い所へ連れてってあげただけだよ?」


・・・・・・


人間と魔族の争いの火種を作り・・・


「魔族がして、人間を殺しただけであって、よ?」


・・・・・・・・・


魔族の亡骸である魔石に力を与え・・・・・・


「僕は国の要望通り、この国の文明を発展させる為に、石に魔力を込めただけ・・・。魔石しかその力が使えないとしたのは人間だよ?」


・・・・・・・・・たしかに。


この男の先程の様子を見る限り、全ての争いはこの男の思惑通りだったはずだ・・・

1000年以上、人間の動向を見ていたのなら、人間がどう動くか分かっていたはずだ。


だが、この男は・・・

人間と魔族の戦いに関わっていない。

誰も殺していなければ、武器を作った訳でもない。

裏で糸を引いていたわけでもなければ、こうしろと指図もしていない。


この男を悪と断定する決定的な行動を、この男はとっていない・・・!


「じゃあさ、いったい誰が本当に悪いやつなんだろうね?」


男はわざとくさそうに口に手を当て、よく探偵が謎解きの時に行うポーズを決めている。


「みんなが大好きな異世界召喚を行い、この国の発展に協力した僕?」


「相手の事をよく分からないまま、攻撃を仕掛けて人間を殺した魔族?」


「欲に目がくらみ、エルフを脅し、その力に溺れて殺戮を繰り返そうとする人間?」


俺はこの世界に来て、説明を受けた通り、悪は魔族だと思っていた・・・しかし、この国の事を調べるうちに、本当の悪は人間の方では・・・と思い始めた。

そして国王との会話の中で、やはり人間が悪だと結論付けた。

しかしここにきて、全ての元凶はこの男だったことが判明し、本当の悪はこの男だったと・・・


しかし、それを証明する事は出来ない・・・


「僕の考えはねぇ・・・」


結論が決まらない俺を待てなかったのか、男は人差し指を立てると話し出した。


「1番初めは、人間と魔族の価値観を同じにしちゃって、魔族を異世界に召喚しちゃった僕が悪かったかもしれないよね・・・もちろん、悪気は無かったんだよ?」


次に、人差し指を立てたまま、中指を立てる。


「でもさ、人間と魔族の戦い・・・あれはやっぱり魔族が悪いよね。相手がどんな人か確認もしないまま殺しちゃダメだよ」


その要因になった男がここにいるが・・・

そんな俺を無視して男は続けて薬指を立てた。


「でも100年前、魔族を一掃した兵器を作り上げ、それに味を占めて僕の力まで手に入れようとした人間。その瞬間、悪役は人間に代わったんだよ」


その薬指をもう片方の手で指さし、その指を見下すように見つめる。


「今の現状は、人間の欲が作り出した結果だよ」


先程まで少年のように様に話していた口調が冷たくなり、少し低い声に変わる。


「強い力を手に入れたのに味をしめて、エルフの力まで手に入れようとしなければ良かったのに・・・

翻訳魔法を使って、魔族と話し合い、友好な関係を築く事も出来たのに・・・

仮初の力に頼らずに、自分達でもう一度文明を築き上げれば良かったのに・・・」


そしてその顔は再び少年のような笑顔に変わる。


「やっぱり今の悪役は人間だよねぇ!」


・・・残念ながら・・・

俺も同じ結論に達しようとしていた。


「ねえねえ」


男はいつの間にか鉄格子のすぐ近くに立っており、顔を傾けて、俺の顔を覗き込む様に話しかけた。


「僕が魔石に込めた魔力・・・あれ、僕の魔力と繋がっているんだよ。君のそれのように」


そう言いながら、男はその目線を俺の右耳の魔石に向ける。

この魔石の魔力とローブ男の魔力が繋がっているから、俺の思考が読み取れる訳か・・・


「たとえば、この国で使われている魔石を全て、爆発させてしまう事も可能なんだよ」


・・・は・・・!?

そんな事をしたら・・・

ありとあらゆる物に魔石が使われているこの国でそんな事をしたら・・・


「この大陸は地図から姿を消しちゃうかもね!」


恐ろしい事を、満面の笑みで言い放った。


「でもさ、悪いやつを殺すのは、正当な理由でしょ?」


魔族は悪だから、殺して欲しい・・・そうお願いしてきたのは人間だ。


「悪いやつを殺しまくって、この世界を救う勇者は正義の味方なんでしょう?」


勇者として、魔族を殺して、この国を、世界を救って欲しいと・・・


もしもこの男が全ての魔石を暴発させ、この国の人間達を殺したとしたら・・・


そうしたらこの男は悪になるのか?


それとも、勇者として讃えられるべき存在になるのか?


「あ!あの狸親父、僕の事探してるみたい・・・。どうせ君の話を聞いた人達の記憶操作を任されるんだろうけど・・・仕方ないなぁ」


何かに勘づいた男は、残念そうにそう言うと、再びフードを深く被り、「あっ」と声を上げてこちらを見る。


「そういえば、さっきの魔石の暴発の話、近々やろうか悩んでたんだけど、君との話が面白かったから、もうしばらく様子をみる事にしたよ!また楽しい人を呼べるかもしれないしね!・・・まあ、ざっと100年くらい様子見てみようかなぁ」


・・・・・・


とりあえず、この男が語った恐ろしい計画は、100年の猶予期間が設けられたようだ。


この国は今後も異世界召喚を続けていくのだろう。

俺や魔族の様な被害者が出てこないのを願おう。


「たしかに、君はこの国を救ったんだね、勇者様」


そう言うと、ニッコリと微笑んだ。


そして、その表情を少し緩めると、


「ねえねえ」


ローブ男は再び俺に問いかけてきた。


「この世界は楽しかった?」





ローブ男は去り、俺はフラフラと後ろに後ずさり、無造作に敷かれた布切れの上に膝をつき、そのまま倒れ込んだ。


1人残された俺は、襲ってきた激しい眠気に身を任せながら、ただただ思った・・・


やっぱり異世界召喚なんて、ろくなもんじゃない・・・


そして俺の意識は完全に途切れた・・・




ピリリリッピリリリッピリリリッピ・・・


「は・・・!!!!」


俺は聞き慣れた音に目を覚まし、反射的にその音を止めた。

そこには俺のスマホと、よく見慣れた光景が広がっていた・・・


固く・・・ない!!フカフカだ!!!


使い古した布団は、決してフカフカとは言えない物だったが、今の俺には雲の上にいるような気分であった。


あれは・・・やっぱり夢だったんだ・・・・・・!


・・・い、いや、これが夢かもしれない!!!


俺は引きちぎるくらいの力で自分のほっぺをつねった。


痛い・・・痛い・・・!!!でもこの痛みが嬉しい!!!


別の何かに目覚めそうな勢いで、俺は自分のほっぺをしばらく痛めつけていた。



そして俺のいつもの日常が始まった・・・

すっかり赤くなった両頬にタオルで丸めた保冷剤を当てて冷やした後、俺は食パンを貪り、異常に空いていたお腹を満たした。


・・・夢の中で頭を酷使したからであろうか・・・


冷凍した食パンをトーストで焼き、マーガリンをつけて食べているだけなのに、高級食パンをいただいているかのように美味しく思える。


そして、ふと頭の中にあのエルフの言葉が蘇る。


「この世界は楽しかった?」


俺の答えを待つことなく、ローブ男は去っていた。


とんでもない。

とてつもなく胸糞悪い世界だ。


・・・ただ、俺の中であの世界に、ある種の親近感を感じていた・・・


あの世界は、俺達の世界と似ている。


もしもどこかで歯車が違っていたら、・・・辿っていたはずの俺達の世界だ。


俺は時間を確認するため、スマホを手に取る。


スマホの無い生活とか、今の俺には考えられないかもな・・・


そんな呑気な事を考えながら、それをポケットに入れ、会社に向かうために玄関のドアを開けた。


天気は快晴。

久しぶりに感じる外の空気を、俺は思いっきり吸い込んだ。


やっぱり、勇者になんて、なるもんじゃない。

日の当たらない牢獄で一生過ごすなんて、まっぴらだからな。


そして代わり映えのしない日常に感謝するのだった。












10年後、この世界では画期的な資源が発掘されることになる。


「まるで魔法の様な鉱石です」


そう語り、鉱石を発見した男は、エメラルドグリーンの長髪を一纏めに結び、顔半分が隠れるくらい、帽子深く被っていた。

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