第11話 100年前の真実

「しかし、あの部屋の中だけで、よくあれだけの情報を仕入れたものよ。机の上に置いてある本には興味が無かったか?」


国王は髭の先をくるくると指で回しながら問いかけてきた。

あの机の上には、確かに多くの本が用意されていた。

しかし過去の魔族との戦いについて書かれた物ばかりで、俺が知りたかった情報はほとんど無かった。

俺が他の本棚の本にまで手を出したのは、国王にとっては予想外の出来事だったのだろう。


「お主の中にはまだ語っていない仮説がいくつかあるのであろう?先程みたいに語ってはくれまいか?彼から聞くことも出来るが、直接お主の口から語ってほしいものよ」


彼というのはローブ男の事だろう。

考えていることを下手に隠すと、ローブ男に思考を読み取られ、国王にチクられるって訳か・・・


国王はリラックスした様子で椅子にもたれかかり、肘を立てて頬杖をつきながら、俺が話すのを待っているようだ。

その姿からは、先程までの国王としての威厳は少しも見られない。


腹を括るしかない。


「俺はこの国の歴史を調べている時、不思議に思った事があります」


俺は全ての事の始まりとなった出来事に焦点を当てることにした。


「ひとつは、エルフとの協働同盟についてです」


俺の言葉に、ローブ男がわずかに顔をあげて反応する。


「およそ100年前・・・魔族と人間の戦争が終わってから、この国はエルフと協働同盟を結んでいます」


このエルフとの同盟は、後にこの国に多大な影響を与える事になった。


恐らく、それまでにも国はエルフの協力を求めて交渉には行っているはずだ。

魔力を持たない人間にとって、エルフの魔力はどれだけ魅力的で価値がある物だったのだろうか・・・

その力をどれだけの人間が欲したのだろうか。


「一体何故このタイミングでエルフと協働同盟を結ぶことが出来たのか?エルフは人間とほとんど交流を持っていなかったはずです。そして魔族との戦いにも関わっていません」


俺が読んだ文献には、魔族との戦いを終えたのをきっかけに・・・と書かれていたが、そもそもエルフは争いごとを嫌っているし、魔族と人間の戦いに参加していない。

もしも戦いを鬱陶しく思っていたのならば、なおさら協力的にはならなかったはずだ。


「ふむ。それに対するお主の仮説は?」


国王は目を細めながら俺の答えを待っている。


「戦争の終止符となった人間の攻撃・・・多くの魔族を消滅させた兵器の存在で、エルフを脅したのではないですか?」


「・・・はははっ!!」


俺の答えに国王は楽しそうに笑い、一息つくと、笑みを浮かべたまま俺に話しだした。


「たしかに私の祖父はあの戦争が終わった後、エルフの森に交渉に向かった。しかし祖父はエルフに対して、多くの魔族をコアごと吹き飛ばしたあの兵器の力と、エルフの森の結界と、どちらが強力か是非試してみたいと冗談で言っただけである。別に脅したわけでは無いのだよ」


いや、遠回しに脅しではないか・・・

多くの魔族を瞬時に滅ぼした兵器の威力・・・

いくらエルフの森が結界で守られているとはいえ、果たしてその威力に耐えられるかどうか・・・


その兵器を使って欲しくなければ、同盟に応じろ。

遠回しにそう言っていたのだろう。


国王は頬杖をつくのをやめ、今度は腕を組みながら遠くを見つめながら話しだした。


「エルフと同盟を結ぶ際に、エルフが提示した条件は、あの戦争で使った兵器を今後使わない事。エルフは直接戦いに参加したり、武器の製造には協力しない事。であった。人間側がエルフに要望した事は、この国のために協力し、他国へは力を貸さないこと。エルフを1人、国王の城に常駐させること。であった」


なるほど・・・その城に常駐させるエルフがそこのローブ男か・・・

人質という捉え方も出来るが・・・


俺はローブ男の方をチラッと見る。

俯いているその男の肩はわずかに震えている。

それは恐怖からなのか、怒りからなのか・・・


「エルフの魔力はずっと魅力的でね・・・その力を国のために使ってくれないか、先祖代々ずっと交渉してきた訳だが、全て門前払いに終わっていた。それがまさか魔族がきっかけで交渉成立するとは、皮肉なものよ」


そして再び俺の方へ視線を向ける。


「で・・・他には?」


そうだな・・・

この疑問についての答えはすでに検討がついているのだが・・・


「何故100年前、魔族を全滅させる事が出来なかったのか?」


100年前、例の兵器による魔族への攻撃により、この国に存在していた魔族のほとんどが消滅した。

生き残った魔族も、当時の人達なら追い詰めることが出来たはずだ。

400年も続いた魔族との戦いの中で、人間側も魔族との戦いのノウハウを身に付けていたはずだ。

本気で魔族の残党狩りをすれば、魔族を全滅させる事も可能だったはずだ。


しかし、ここで予想外の出来事があったのだ。


「魔族を全滅させるのをやめたのは、魔石の力を発見したからですよね」


俺の言葉に、国王は笑顔のまま頷いた。


「そう、エルフとの同盟直後、彼に城で保管していた魔石を見せたところ、その利用価値に気付き、教えてくれたのだ。すぐに戦争の跡地から全ての魔石を回収し、膨大な数の魔石を確保した。しかし、魔族を全滅させてしまったら、魔石は取れなくなり、いつか魔石は尽きてしまう。・・・だから、魔族討伐部隊をすぐに撤退させたのだよ」


やはりそういうことか・・・

魔族への攻撃を禁じているのは、魔族との争いを避ける理由の他に、魔族を保護する意味も含まれていた訳か。


「幸いな事に、魔石の正体が魔族の残骸と知る国民はほとんどいない。この100年で魔族と人間はほとんど関わりを持たなくなり、魔族の存在は人々から薄れ、魔石は生活をするのに必要不可欠な物となっている。今更、魔石が何から出来ているのか、疑問に思うことなどないであろう」


たしかに、俺が読んだ本でも、魔石が魔族からなる物と書かれているもの少なかった。

情報規制でも行われたのかもしれない。


「魔族を生かし、増えてきたところで魔石のために殺す。しかし全滅させることはあってはいけない。その事にお主が気付いたと聞かされた時は、私も驚いたよ。・・・しかしそれ以上に驚いたのは・・・ふふ。まさかあれを見られるとは・・・隠しとけと言っておいたのに・・・」


あー・・・・・・なんの事か分かった。


俺はあの部屋の片隅で、不自然に布で覆われている本棚を発見した。

興味本位からその布を捲ると、その本棚には、隙間なく漫画が納められていた。恐らく、漫画という文化も異世界人により広められていたのだろう。

明らかにパクリと思われるタイトルも多く見られたが、俺でも多分同じことをすると思う。


そして、そこで俺は発見したのだ。


『異世界召喚された勇者はその特殊能力で無双をする』


というタイトルの漫画を。


思わず手に取り、冒頭のシーンを読んだ。


異世界から召喚された勇者は目を覚まし、こう告げられる。


「ようこそおいで下さいました。異世界の勇者様。そのお力で魔族を倒し、どうか世界をお救い下さい。」


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