第8話 魔族に殺意はあったのか?


「・・・は?本気で言ってるのか?」


兵士その2はさすがに気に障った様子で、俺の事を睨みつける。


人を殺してしまった場合、重要視されるのは、殺意があったのかどうかである。

殺すつもりで攻撃したのか、攻撃はしたが、殺すつもりは無かった。前者か後者かで、その罪の大きさは全く変わってくる。


「あの時殺された死体は、面影も無くなるほど無惨な状態だったんだぞ。それでも殺すつもりは無かった、と言うのか!?」


兵士その2は今にも掴みかかりそうな勢いで、拳を握り怒りをむきだしにしている。

気持ちは分かるが、俺が今、弁護しなければいけないのは魔族の方なのだ。


「魔族はコアを破壊されない限り、体の自己修復機能により、死ぬことはありません。しかし、人間にはもちろんそんな機能は備わっていない。魔族なら耐えうる攻撃でも、人間は簡単に死んでしまう。魔族は人間がそんなに簡単に死ぬ生き物だとは思わなかったのではないでしょうか」


魔族が放った攻撃は、人間を殺そうとしたものでは無かった。

逃げる時間を稼ぐための攻撃だったかもしれない。

しかし攻撃を受けた相手は思いがけず死んでしまった・・・


もちろん、俺の考えた仮説であり、根拠などない。

500年も昔の話の真実など、今更分かるはずがないのだ。


「そもそも、何故あの時の魔族は人間を殺した後、後に来た2人の人間を殺さなかったのでしょうか?魔族の力なら、2人の人間くらい瞬時に殺せるはずでしょう」


「・・・!!」


これはずっと疑問に思っていた。

何故あの時魔族は様子を見に来た2人の人間を殺さなかったのか・・・

その疑問が、もしかしたら魔族に殺意は無かったのかもしれないという仮説を俺の中で生み出した。


しかし、人間に対する殺意が無いのならば「身をもって証明してみよ!」と、魔族の目の前に放り出されるかもしれないから、この話をこのまま終わらせる訳にはいかない。


「魔族と人間の関係は、お互いが何も分からず、冷静な判断も出来ない状況下で起きてしまった不幸な事故から始まった・・・後に魔族を危険視した国が動き、本格的な魔族討伐の動きが始まって以降、人間と魔族の戦いは次第に激しくなり、お互いが殺し合い、憎み合い、戦争が始まり、その関係は修復不可能なところまで来てしまった・・・」


魔族と人間の戦いの記録には、魔族は憎むべき敵である、すべては魔族の悪行であり、人間側はその被害者であると主張する様なことばかり書かれていた。


しかしそれは人間側から見たものでしかない。

人間側に不都合な記録は残されていない可能性もある。

魔族から見たら、人間こそが悪の根源なのかもしれない。


「だとしたら、やはり魔族は危険な存在です。魔族は殺すべきです!」


兵士その2は言葉を吐き出す様に訴える。

その熱い眼差しを見つめ返し、俺は質問を投げかける。


「・・・あなたは魔族に誰かを殺されましたか?」


「・・・は?」


兵士その2は気の抜けた声で返すが、すぐにハッとした表情を浮かべた。

どうやら俺が言いたい事に気付いたみたいだ。

俺はもう一度、もっと分かりやすいように質問をする。


「あなたは魔族に、親族や友人など親しい人を殺された経験があるのですか?」


「・・・それは無いが・・・」


「ならば、魔族に個人的な恨みは無いのですね」


彼の魔族に対する怒りの感情は、過去の出来事によるものだ。

100年以上も昔に起こった出来事に対して怒り、恐れているのだ。


「だとしても・・・!今後はどうなるか分からない!魔族の目撃証言は増え始めている!これから自分の大事な人達や、なんの罪のない人達が殺されるかもしれない、そんな事態を放っておくことは出来ない!」


その正義感溢れる言葉は素晴らしいと思う。

やはり若いっていいな・・・

俺にもそれくらいの情熱と若さがあれば良かったんだが・・・


それはさておき、確かに彼の言う事も間違っていない。

魔族が今後、人間を殺さないという保証はない。


しかし、魔族と人間の戦いが激しかったのは100年以上も前の事だ。


今生きている人間で、実際に魔族と出逢った人はどれくらいいるのだろうか。


「魔族と人間の間に起きた大規模な戦争の結果、魔族が姿を消したのがおよそ100年前。そして今現在にいたるまでの間、この国で魔族が人間を殺した事はありましたか?」


「・・・いや、ない。信憑性が高いのは魔族の目撃証言だけだ。魔族による殺人だと思われるものも何件かあったが、証拠は見つかっていない・・・」


そう、起きていないのだ。この100年間。

いかにも、今まさに魔族の脅威が迫っている、なんて散々言われていたが、実際にあるのは魔族の目撃証言だけだ。


そしてこの国も、今は魔族に対する不要な攻撃は禁じている。

下手に魔族を攻撃すれば、再び魔族と人間の間で戦争が起きる火種になるかもしれない。

それはこの国としても避けたいはずだ。


だが、魔族の脅威は排除しなければいけない。

それが今回の勇者召喚にいたった経緯だろう。

・・・根拠は無いが・・・。


そして俺はこれまでの仮説の中で、

魔族の目的は人間界の侵略ではない、

魔族は人間を殺すつもりは無かった

と主張してきたのにはある目的があった。


それはこの可能性へ繋げるためだ。


「ならば、今こそ魔族との関係をやり直すチャンスなのではないでしょうか?500年前に出来なかった事が、今は出来るかもしれません。これを使えば・・・」


俺は自分の右耳を指さし、そこにある魔石を見せた。


そう、翻訳魔法が施された魔石である。

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