第7話 魔族は何故人間を殺したのか?

そうくると思った・・・


「人間界への侵略が目的でないのなら、何故奴らは人間を殺してきたのでしょうか?今まで魔族の手によって殺された人達の数は計り知れません。あなたはこの事について、どう考えますか?」


俺に問いかけるその目は真っ直ぐ冷静に俺を見ている。

この兵士その2は先程の奴より優秀な気がする。

ここで言い方を間違える訳にはいかない。

俺は静かに、しかし息を大きく吸い込みと、ゆっくり吐いた。


「確かに、魔族が多くの人間を殺してきたのは事実です。しかし、人間もこれまでに多くの魔族を殺してきたのではないですか?」


500年前、魔族が人間界に来てから、人間はその圧倒的な力の差の前に為す術もなかった・・・という訳では無い。

魔族を倒すべく、より強力な武器を作り、戦力強化に時間とお金をかけ、魔族との戦いに備えていた。

その成果もあり、人間も魔族と戦い、それなりの戦果を挙げてきた。


つまり、人間も相当な数の魔族を殺してきたのだ。


「人間にとって、『魔族は人間を殺す存在』である様に、魔族にとっても『人間は魔族を殺す存在』になっているのではないでしょうか?」


人間にとって魔族は人間の敵であり、

魔族にとっても人間は魔族の敵。

つまり、殺さなければいけない存在。


おっと、これは言い方を変える必要があるな。


「つまり、人間を殺したのは自分達を守るための行動・・・自衛のためではないでしょうか?」


人間を殺したのは正当防衛・・・

かなり際どい言い方だが、納得してもらえるだろうか・・・

恐らく、正当防衛だけでない、魔族にとっても仲間を殺された憎しみもあるだろう・・・

しかしそれは今のタイミングで言うべきではない。


俺は心境を悟られない様に、ポーカーフェイスを保った。

兵士その2は俺を見たままフッと感じ悪く鼻で笑った。


「あくまでも魔族に悪意はない、という事を主張したいようですね」


その通り。

しかしこいつ・・・俺の正当防衛説にも全く動じていない。

むしろ、俺の答えを想定していたかのようだ。

やはりこいつは油断ならない。


「たしかに、あなたの言いたい事も分かります。では、あなたは人間と魔族、どちらが一番最初に殺しを犯したか、知っていますか?」


・・・残念ながら、知っている。


こういう話の場合、重要になってくるのはどちらが先に手を出したか、である。

しかし、俺にも考えはある。


「ええ、一番最初に殺しを犯したのは魔族でしたね。」


500年前、初めて魔族が目撃された時、当時の状況の記録が残されていた。


当時、山に狩猟に出掛けていた3人組の男達は、山小屋で休憩をしていた。1人の男が山小屋の近くに仕掛けていた罠の様子を見に行き、しばらくすると男が向かった方向から銃の発砲音が聞こえてきた。休憩していた2人が男の様子を見に行くと、そこには誰か分からない程、黒焦げになった人型の死体と、その前には見たことの無い恐ろしい姿をした謎の生命体が立っていた。

2人は友人と思われる変わり果てた死体を見たショックに加えて、初めて見るその恐ろしい存在に恐怖し、動けずにいたが、すぐにその生命体はどこかへ姿を消した。

この生命体が、後に魔族と呼ばれることになる。

そして同じ様な事件が後に数件発生し、次第にその存在は危険な者と認識され、国が動く事態となる。


俺が読んだ記録には、そう書かれていた。

しかしこの記録だけでは分からないことがあるのだ。


「たしかに、1番最初に人間を殺したのは魔族です。しかし、1番最初に相手を攻撃したのは、どちらだったかは分かっていません。人間の方が先に攻撃した可能性もあるはずです」


あの時、魔族を目撃した2人は、攻撃の瞬間を見ていない。

見たのはすでに息絶えた友人の姿だった。

彼らが聞いた発砲音は、魔族へ攻撃を試みた音で、攻撃を受けた魔族が敵と判断して殺してしまったのかもしれない。

さすがに相手に攻撃されたら、魔族も相手を敵と認識するかもしれない。


「たしかに、あんな恐ろしい姿を見てしまっては、恐怖のあまり発砲してしまうのは仕方がないでしょうね。あの顔に睨まれたら、命の危機を感じるでしょう」


兵士その2もこの説には納得しているようだ。

そして俺はさらに仮説をねじ込むことにした。


「命の危機を感じたのは、魔族の方も同じだったかもしれません。人間の姿が・・・初めて見る人間という謎の生命体が、彼らにとって恐怖の対象だったとしたら・・・」


「魔族が人間を見て恐怖したと・・・?」


兵士その2は少しだけ驚きの表情を見せる。

その表情筋がやっと崩せたか。


「先程も言ったように、人間の価値観と魔族の価値観を一緒にするべきではないと思います。

人間が、魔族の様なつり上がった目や鋭い牙、人間とはかけ離れた容姿に恐ろしさを感じるように、魔族にとっても人間の白い肌、つぶらな瞳、魔族とかけ離れた容姿は恐ろしい存在だったのかもしれません」


「ふふ・・・・・・」


え。

予想外の方向から聴こえてきた、控えめな笑い声に俺の思考が一瞬止まった。その声が聞こえた方向へ目を向けると、その声の主はローブ男であった。


「・・・失礼。続けてください」


みんなの注目の的となったローブ男は、何事も無かったかの様に振る舞う。

一体なんだったんだ・・・

つぶらな瞳、という表現が可笑しかったのか・・・?


「もしも魔族が人間に対して恐怖を感じたのだとしても、実際に殺されたのは人間の方です。この事実は変わりません」


俺が気を取り直そうとしている間に、兵士その2に先を越されてしまった。


そう、魔族が殺人を犯したのは間違いない。


そして、俺の世界ではその殺人を犯したやつは、罪から逃れるためにだいたいこう言う。


「殺すつもりは無かった・・・」


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