第6話 魔族は何故人間界にやってきたのか?

「・・・それはどういう意味かな?」


国王は少し機嫌を害したような様子で俺に問いかける。


しまった。


まだ頭の中は整理ができていない……


しかしこうなったら後には引けない。


『魔族は人類の敵であり、消すべき存在』


それに対する異論を唱えよう。

そのためには、仮説でもなんでもでっちあげてやる。


「何故、魔族を倒さなければいけないのでしょうか?」


俺の質問に、国王は目を丸くし、首を傾げた。


「何を言っておるのだ?魔族は人類の敵であるぞ?・・・ああ、お主の世界には魔族は存在しないのであったな」


国王は壁際に立っていた兵士の1人を指さした。


「そこの者、この勇者殿に魔族を倒さねばならぬ理由を教えてやれ」


「はっ!」


指された兵士は国王へ一礼すると、俺の方へ向き直り、緊張した面持ちで語り出した。


「500年前、魔族は魔界から人間界へとやってきました。魔族達は次々と人間を襲いはじめ、魔界から仲間を呼び集め、人間界を侵略し始めたのです。魔族は非常に悍ましい姿をしており、邪悪で強力な魔力を持っています。その力の前に人間はとても無力でした。これまでに一体どれだけの人達が犠牲になってきたか・・・

殺された方達の無念を晴らすためにも、魔族は1人残らず倒さなければいけません!!」


緊張からか、最初は頼りなさそうに見えていた若い兵士の姿は、次第に勇敢な眼差しに変わっていた。

魔族を許せるはずがない。そんな意思が伝わってくる。


もう君が勇者でいいんじゃないかな?


俺の隣で腕組みながらウンウン頷いてる男よりは勇者の素質あると思う。


それはさておき・・・


この世界の人達はやっぱりそういう認識をしているのか。


魔界から人間界へ侵略に来たか・・・


確かに、人間界の豊かな土地は魅力的なのかもしれない。


しかし本当に侵略が目的で人間界にやってきたのだろうか?

魔族と人間は言葉でのコミュニケーションをとることは出来ない。

魔族に直接「なんで人間界に来たの?」と聞くことはできないのだ。


もしも侵略が目的じゃないとしたら・・・


観光・・・?


うーーーん・・・ちょっと理由が弱いな・・・

観光で勝手に人の土地にズカズカ上がり込むのも印象が良くない。

何か・・・人間界に来なければいけなかった理由が無いだろうか・・・

この地へ来ざるを得なかった理由が・・・


・・・・・・!・・・あるかもしれない。


「魔族が人間界へ来たのは、本当に侵略のためなのでしょうか?」


「・・・どういうことだ?」


国王の表情が少し険しくなる。

少しイラつきを滲ませた眼差しに俺は足が震えそうになるが、なんとか冷静さを保つ。

ここからは本当に慎重に進めなければいけない。


魔族が人間界に来た理由が侵略でないのなら。


魔族は何故人間界に来たのか?いや、来なければいけなかったのか?


「人間界に来ざるを得なかった・・・つまり、魔界に何らかの危機が迫り、魔界に住むことが出来なくなった、ということは考えられませんか?」


俺の出した答えは、魔族が人間界に来たのは、侵略のためでなく、避難のためにやってきた、という仮説である。


「ま、魔界に住むことが出来なくなった・・・?それはどういうことでしょうか?」


先程の兵士は驚きの表情で俺に問いかけた。


「理由はいくつか考えられます。例えば、なにかしらの天変地異によって住める環境じゃなくなった。あるいは、魔族同士の間で内乱が起き、その戦いに巻き込まれた魔族達が逃れるためにやってきた。・・・あとは魔界が何者かに侵略されてしまった・・・とか」


人間界に侵略しに来たと思われてた魔族が、まさか他の誰かに魔界を侵略されていたとは、誰も思いつかないだろう。


俺の世界にも、実際に戦争で難民となり、他国へ移住する人達がいる。


そしてこの国でも、魔族との戦い以外に、国同士の戦争も起きていたようだ。

魔族と人間のような殺し合いが、人間同士でもあるのだ。

そして戦火となった土地に住む人々達は住処を無くし、安全な地を求めて彷徨う。


こういう所は俺の世界も、この世界も一緒なんだな・・・


だからこそ、魔族の住む魔界でもなんかしらの戦いに巻き込まれた魔族達が救いを求めて人間界に来る、という仮説を理解してもらえると有難いのだが・・・


「そんなのただのでっちあげでしょう!奴らは非常に欲深い性格です。人間界の豊かな資源に目をつけて自分の支配下にしようとしているに違いありません!」


そう、俺の仮説はただのでっちあげだ。

事実である事を証明することは出来ない。

だが、事実じゃない事を証明することも出来ないのだ。

証明する存在が、人間と話をすることが出来ない魔族だけなのだから。


なので、俺はさらにでっちあげ・・・いや、仮説を立てる!


「魔族にとって、ここは本当に魅力的な場所なのでしょうか?」


俺は推理する探偵のように、わざとらしく顎に手をかける。


「・・・は?」


人間界はたしかに自然に囲まれ資源も豊富である。

日中は太陽の光の恩恵を受け、夜は月の明かりに照らされる。雨が降れば水の恵みを受け、雨が止めば日光に照らされ、植物は育つ。

そしてそれは人間や動物達の生きる糧となる。

人間界に住む生き物達にとって、この世界は最高の環境だろう。


しかし魔族にとってはどうなのだろうか?

魔族と人間の価値観を同じにしても良いのだろうか?


「魔界がどういう所か、実際に行って確かめた方はいますか?」


「・・・そ、そんなところ行けるわけないだろ!魔界の存在は、あくまでも想定でしかないんだ・・・しかし魔族がこの世界に急に現れたという事は、どこか別の世界からやってきたとしか考えられないんだ」


言ってしまえば、魔族も俺らと同じ異世界人って訳か。

しかし魔界自体あるかどうか分からないってことは、魔界の事は想像でなんでも言えてしまうわけか・・・


ならば、この仮説は使えるかもしれない。


「魔界はもしかしたら、人間界とは大分環境が違う所なのかもしれません。彼らの体は人間とは違い、かなり頑丈なうえに自己修復機能にも優れている。・・・魔界は人間界よりもかなり過酷な環境なのかもしれないですね。」


「ならば、人間界は魔族にとっても魅力的でしょう!これほど住みやすい土地はないはずです!」


「過酷・・・と言ったのは人間にとって、という意味です。例えば魔界の気温が100度を超える土地ならば、人間はまず魔界で住むことは出来ません。しかし、人間が触れれば火傷するほど体温が高い彼らにとって、それは気にとめるような事でしょうか・・・?彼らにとって、それは生まれた時からの環境であり、普通の事であり、体もそれに適応しています」


実際に魔族の体温がどれほど高いものかは分からないが、人間が触るだけで火傷を負ってしまうのであれば・・・50度、60度・・・もっと上かもしれない。

そんな奴らが人間界に来たのだとしたら・・・


「もしそんな環境から人間界に来たのであれば、彼らにとってこの世界はとても寒いところだと感じるのではないでしょうか?」


「・・・寒い!?」


我ながらよく思い付いたものだと思う。

しかし魔族にとって人間界が価値あるものでなくなるのならば、魔族がこの地を侵略する意味は無くなる。


魔族は人間界を侵略しに来たのではない。

それを主張するための仮説なのである。


「人間に必要な物が魔族に必要だとは限らない、とは考えられませんか?人間が息をするための空気は魔族に必要なのでしょうか?人間が生きるために必要な食べるという行為は魔族に必要なのでしょうか?人間が生活するために必要な資源は魔族にも必要なのでしょうか?」


「そ、それは・・・!」


魔族は何を食べているのか?


先程読んだ本によると、魔族が食べていた物を確認できたのは一つだけであった。

それは、魔族が死んだ時に残るという魔石である。

魔族は、死んだ仲間の魔石を食べ、体に取り込み、その魔力を自分の体に吸収していると想定されていた。


形は違うとはいえ、仲間の亡骸を食べるなんて残酷だ。

と、人間ならば思うだろう。

だが、魔族にとってはそれが仲間に対する弔いなのかもしれない。


真実はもちろん、分からないが。


「あと、魔族の絵を見た時に思ったことがあります」


下手に不利な質問をされる前に、俺は次の仮説へと話を進める。


俺はさっき見ていた本で見た、魔族の顔が描かれたイラストを思い出す。

目は睨みつける様につり上がり、縦長の瞳孔。


「なんか眩しそうだなって思いました。」


「・・・眩しそう?」


そう言う兵士は先程までの意気込みはほとんど失われ、なんとも気の抜けた表情になっている。


「魔界はもしかしたら、人間界に比べて暗い所・・・日光に照らされる事が無い土地なのではないでしょうか?つまり、一日中、夜の様に暗い環境なのではないでしょうか・・・」


睨みつけるようにつり上がるのは、眩しいため、なるべく目を開かない様にしていたため。

縦長の瞳孔は、眩しい光をなるべく取り込まないようにするための働き。例えるなら猫の瞳の様なイメージだ。


「確かに、魔族は夜行性だったはず・・・」


よし。予想通りだ・・・


「夜行性の魔族が、一日の半分を日光に照らされている様な世界を魅力的だと思うでしょうか?住みずらいこの土地を侵略する意味が魔族にはあるのでしょうか?」


「・・・ならば何故、魔族は人間界に来たんだ!?」


「先程述べたように、魔界にいられない理由が出来た。人間界へはそこから避難するために、来るしか無かった。人間界へ来たのは侵略する為ではなかった、ということは考えられませんか?」


「そんなことが・・・あるのか?」


何か言いたげな様子だが、兵士は何も言わずに俺を弱々しく睨んでいる。


魔族は人間界に侵略に来たのではない。

それはこの仮説でなんとか出来るかもしれない。


しかし、これだけではまだ魔族を倒さなくても良い理由にはならない・・・


「発言よろしいでしょうか?」


今まで俺と会話をしていた兵士の隣に立っていた男が口を開いた。

その目線の先には国王がいる。


「許可しよう」


国王の言葉に兵士は一礼し、俺の方へ視線を向ける。


先程の兵士と同じくらい若い兵士だが、さっきから俺の話をほとんど表情を変えずに聞いていた。


その挑戦的な視線に俺の額からは一筋の汗が流れるのを感じた。


「では、魔族は何故人間を殺すのでしょうか?」

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