第5話 勇者を辞退させていただきたい

ローブ男に案内され、俺達は国王様との謁見の間へとやってきた。

国王様と思われる男は、玉座にどっしりと座り、見たことも無い細かい刺繍の入った豪華な衣装を纏い、頭上には照明が当たって眩しく輝く王冠が乗せられている。

身に着けてる衣装や装飾具のトータル金額が気になるところだ。

そして、そこそこふっくらとしていた。

俺の世界で言う、メタボ体型というやつだ。

その体型のせいか年齢はよく分からないが、40後半~60前くらいだろうか。

肩ぐらいまで伸びた銀色の髪は綺麗にくるりとカールされている。

それとお揃いかの様に、伸びた上髭も綺麗に外ハネしている。


俺達は国王から少し距離がある所に並んで立たされた。俺達の両隣には鎧姿で剣を腰に付けた男が立っている。

チラッと顔を見たら、体は動かさず、目線だけで睨まれたので、俺はすぐに目を逸らした。


壁際には3名の若い兵士らしき男が立っている。

緊張しているのか、表情は固く、目が若干泳いでいる。

俺達の前に立っていたローブ男は、目の前の国王に一礼すると、横に移動し、俺達が王様と対面する形になった。


国王は笑顔で俺達に「よく来てくれた」などと歓迎する言葉をしばらく話した後、真剣な顔でまっすぐと俺達を見つめた。


「先程、お主達を召喚した理由を聞いていると思うが、私からも改めてお願いをしたい。この世界は魔族の手によって、再び危機的な状況下にある。

勇者よ、どうか魔族を倒し、世界を救ってくれ。頼んだぞ」


「分かりました!」


隣の男子学生の迷いのない声が耳に響く。

俺はというと・・・


「すみません・・・その話、辞退させてもらってもいいですか?」


俺の言葉に、その場の空気が一瞬止まったかのような静けさに包まれる。

そして国王は少し眉をひそめて口を開く。


「それは何故だ?・・・もしかして、年齢的な不安を考えているのか?たしかにそなたは若くはない」


おい。国王とはいえ、さすがに失礼だぞ。

勝手に連れてきたくせに、その事に謝りもせずにいきなり頼み事を突きつけ、あげくに若くないって不満そうに言うとか。

しかし俺は歯を食いしばり不自然な笑顔を浮かべた。


「そうですね。私は若くありませんので、そちらの言う訓練とやらにも付いていける自信はありません。幸いにも、すでにこちらに勇者に相応しい、やる気に満ち溢れた若く伸び代も無限にある方がいらっしゃいます」


男子学生をチラ見すると、「よく言った」と言わんばかりに目をキラキラ輝かせている。


ちょっとイラっとする気持ちを無視して言葉を続ける。


「しかし私はどうでしょうか・・・もう30半ばのおじさんです。この世界に関する知識を今更つけることが出来るでしょうか・・・肉体的にもピークは過ぎています。運動は普段からしていません。訓練を始めたところで、早々に肉離れでも起こして療養が必要になるでしょう・・・どうか、この役立たずの事はただの召喚巻き込み事故だったとして無視していただけませんか…?」


俺は使えないアピールをしながら、深々と頭を下げる。

これで見逃して欲しい。

俺に勇者としての価値は無い。

頼むから俺の事は捨ててくれ…!


「ふむ・・・しかしお主にも魔力があると聞いておる。そんな逸材を眠らせておくわけにもいかんからな・・・」


ちっ・・・

どうやら魔力の有無はこの世界でもかなり重要な事らしい。


「肉体的に無理なら、魔導師として勇者のサポートをすれば良いでは無いか?魔法の訓練なら、肉体的な負担はほとんど無いから問題なかろう?」


何処まで異世界人を酷使する気なのか・・・

どうやら逃がしてくれる気は無いらしい。


そもそも、勝手によその世界から連れてきた事に関して「ごめん」の一言も無い。


相手の意向を無視して意見を突き通す。

この国王、なんて傲慢な奴なんだ。

なんでも思い通りになると思ってるのか?

俺は思わず怒りが顔に出そうになるが、ギリギリで耐える。

下手に不快な思いをさせて、両隣に立っている男に切りつけられるのも怖い。


辞退がダメなら、作戦は変更だ。


俺は目を閉じ、頭の中を整理し始めた。


この世界での勇者の使命は人類の敵である魔族を倒すことである。


勇者対魔族の図は幾度となく読んだことがある。

どの世界でも、だいたい魔族、魔物、魔王のたぐいは悪としてみなされ、正義・・・つまり勇者と呼ばれる存在に倒されていくのが定石である。


フィクションとして作られる物語には、だいたい悪役が存在する。


戦隊モノならば、悪役がいなければヒーローの存在は無意味である。

推理モノならば、殺人を犯す悪がいなければ、謎を解く主人公は不要である。

この世界にも、魔族という悪がなければ、今回の勇者召喚というものも行われなかっただろう・・・


そう、悪役がいなければ勇者はいらない。


つまり、魔族=悪という概念をどうにか出来ないものか・・・


「魔族は本当に悪なのか・・・」


その言葉は無意識に口からこぼれた。


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