第4話 何故言葉が通じるのか?

「国王様との謁見まで、まだ時間がありますので、こちらにある本を自由に読んで頂いて構いません。私は少しの間、失礼します。すぐ戻りますので。」

ローブ男は丁寧に一礼すると、部屋から退室した。俺達の目の前の机の上には古びた本がたくさん積まれており、何冊かページをめくってみたが、魔族に関連する内容の物ばかりであった。


たしかに、魔族という存在に関する情報は持っていた方がいいかもしれない。

俺は一冊の本を手に取り、読み始めた。

その本には魔族の容姿が描かれた絵と共に、その特徴も詳細に書かれていた。


魔族・・・褐色の肌は固くザラついており、人間に比べて体温が非常に高く、人間がその肌に触れただけで火傷を負ってしまう。鋭く尖った牙を持ち、目は睨みつける様につり上がり、縦長の瞳孔、瞳の色は様々である。髪は長髪が多く、本人の意思で動かすことも硬度を強化することもでき、攻撃手段として使われることもある。

魔族同士で会話をする姿も見られるが、その言葉は人間の使う言葉とは違い、何を話しているかは不明である。

肉体は傷を付けてもすぐに修復され、魔族を倒すには体内にあるコアを破壊するしかない。コアのある場所は魔族によって違うが、右胸にある確率が多い。

コアを壊すことで、魔族の肉体は塵へと化し、破壊したコアは魔石として残る。


・・・魔族倒すのすげえめんどくさそうだな。

それは勇者も呼びたくなるな。

見た目もやはり想像通り、怖っ。

こんなんに遭遇したら俺なら逃げるわ・・・。


さっきフード男が魔族を倒して手に入る魔石を売れば良い値段になる、と教えてくれたが、つまりお金がほしければこの魔族を倒せ。ってことよな。

倒せなかった場合どうなるんだろ・・・。

勝手に召喚したんだから、衣食住くらい確保しといてほしいんだが・・・


俺は大きくため息をつくと、再び読書に集中する事にした。

俺は速読が得意で、記憶力もそこそこ良かったりする。とりあえず何冊か読んだが、どれも似たような内容だったので、他の本も読んでみようと席を立ち、他の本棚に納められている本のタイトルに目を通す。

気になる物は躊躇なく手に取り、部分的に読んで戻し、また次の本を探す。


文献、今いる国の事、他の国の事、魔族、エルフ、魔石、魔法、魔界、勇者。

読めば読むほど、本当に漫画のような世界である。

ここにある本の話で小説でも書けば、なかなか良い物語が書けるのではないか?


そして先程のローブ男が言った言葉の中で、気になっていた事があった。

「元の世界に戻った例は無い」と。

つまり、俺達よりも前に異世界から召喚された人はいた、という事だ。

俺は部屋の奥の方に進んでいき、並んだ本のタイトルに目を通す。探す言葉はただ1つ。


「あ・・・」


思わず声が漏れる。

やはりあった。異世界に関する本が・・・


『異世界人達の知恵』『異世界から学ぶ建築学』『異世界グルメ』などなど・・・


その本に目を通すと、俺達の世界で見た事がある様な家電や家、食べ物等が紹介されており、すでにこの世界で似たような物が実装されているのもあるらしい。

やはり俺達より先にいたのだ。この世界に召喚された人物が。しかも、ここで確認できるだけでも10人は来てる。


確かに、ここに来た時のローブ男の様子はとても落ち着いていた。

というか、よく考えたらこの世界の人でまだローブ男しか会っていない。もう少ししたら国王様とやらに会えるのだろうが・・・。

俺達が危険な人物の可能性があることは考えていなかったのだろうか・・・?それほど異世界人慣れしているのか・・・?そもそも・・・


なんで言葉が通じるんだ?


さっきのローブ男、もしかしたら俺達と同じ異世界人なのか・・・?

・・・いやいや、ちょっと待てよ。

俺は手にしている本に目を落とす。


言葉が通じるどころか、なんで文字が読めるんだ・・・?


先程から読んでいる本は、間違いなく日本語で書かれている。そして、漢字も適度に使われていて、違和感なく読めている。

異世界人に向けた本・・・?だとしても多すぎないか?


ガチャ・・・


扉が開く音と共に、ローブ男が部屋へ入ってくる。

良いタイミングだから聞いてみよう。


「あの・・・質問いいですか?」

俺はさっきまで座っていた机の所に戻り、ローブ男に声をかけた。


「どうぞ」


「なんで俺達の言葉が分かるんですか?」


俺の質問に、隣の男子学生も「たしかに!」と興味を示す。

すると、ローブ男は俺の右耳を指さし、


「この魔石の魔法のおかげですよ」


「・・・?」


何を言っているのかよく分からず、俺は自分の右耳に触れた。すると、耳たぶあたりに何か付いている感触があった。隣の男子学生の右耳を見させてもらうと、そこには直径5ミリほどの青い石が付いていた。

ピアスかと思ったが、留め具も無く、どういう原理でくっついているかは分からないが、少し引っ張ってみても取れそうな気配は無い。

しかし先程まで付いていると気付かない程、耳に違和感はない。


「取ろうとしない方が良いですよ。無理に取ろうとすると、耳がちぎれてしまいます」


マジかよ・・・


俺は諦めて耳から手を離す。


「大丈夫です。体に悪影響を与えるものではありません」


精神的な悪影響はすでに与えられているが・・・


「こちらの魔石には、私達の世界と貴方達の世界の言葉を翻訳する魔法が施されています。その魔石を身に付けている者は、発言した内容がすべてこちらの言葉に変換されるようになっています。

そして、私達が発言する言葉は、貴方達の世界の言葉に変換されて聴こえてくる様になっています」


・・・どんだけ都合が良い魔法なんだそれ・・・


隣の男子学生は「なるほど!」と納得している。

俺の疑いの眼差しに気付いたのか、ローブ男は少し口角を上げた。深く被ったフードで顔はよく分からないが笑みを浮かべたのだろう。


「もちろん、この翻訳魔法を完成させるには、10年もの年月がかかりました。初めて異世界人を召喚したのが100年程前、その時はお互い言葉が通じず、それはもう大変でしたよ。しかし、少しずつお互いが分かり合おうと協力しながら、この翻訳魔法を構築し、今はかなり複雑な言葉でも完璧に翻訳する事が出来る様になりました」


「え、オレ達以外の人も召喚されてたの!?」


男子学生は立ち上がり、ショックを受けた様な表情で固まっている。


「はい。しかし勇者として召喚されたのは貴方達が初めてです」


「あ、そっか~。ならいっか!」


全然良くない。

なんで今回に限って勇者なんだよ!


「この魔法は、身に着けた人の脳に直接作用する仕組みになっています。脳の命令を魔法が察知して作動するので、耳から聞く言葉、口から発する言葉、目で見る文字、手で書く文字が翻訳対象となります」


脳に直接作用とか・・・

さっき体に悪影響は無いとか言ってたけど、ほんとに大丈夫なのか・・・?

つまり、言葉を発したり、目で本を読んだりする行為は、脳の命令からなるもので、それを魔法が先回りして作用しているから、本人に違和感無く言葉が分かったり本が読めたりするってこと・・・?


よく分からんが、この件に関しては、これ以上は追求しても仕方が無さそうだ。

とにかく、魔法すんげえってことか。


「魔法ってたしか、エルフの人しか使えないんですよね?」


「そうですね。もっと正確に言うと、魔族と貴方達も使える事にはなりますね。」


俺達が本当に魔法を使えるかは心底謎ではあるが・・・


「だとしたら、この魔法を作ったのはエルフなのですか?」


「そうです」


「エルフは人間と仲が良いのですか?」


「・・・・・・そうですね」


なんだ今の間は。


「エルフと人間は、100年程前にこの国を発展させるための協働同盟を結んでいます。そこから特にお互いの交流が深まったという感じです」


100年前・・・魔族との戦いが落ち着いた時期か・・・

そういえば、最初の異世界人も100年前に召喚されていたはず・・・


「異世界人を召喚しているのもエルフなのですか?」


「そのとおりです。と、失礼。少々しゃべりすぎました。私はまた少し席を外します。もう30分程で謁見時間になります。どうぞくつろいでお待ちください」


少し早口で話すとローブ男は足早に部屋の外へと出ていく。


あの男もしかしてエルフなんだろうか・・・

聞きたかったけど、逃げられてしまった様だ。


それにしても翻訳魔法・・・そんな複雑な魔法が存在するとは・・・

魔石が凄いのか、魔法が凄いのか、エルフが凄いのか・・・


とりあえず・・・情報は必要だな。

魔石の事やエルフの事も、もう少し調べておこうかな。

俺は混乱しそうになる頭を何とか押さえて、わずかな残り時間を再び本と向き合う事にした。


幸か不幸か・・・


ここで得た情報が、後に大きな役割を果たす事になる。

良い意味でも、悪い意味でも・・・



そして俺達は国王との謁見時間を迎えた。


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