第3話 勇者になりたくない男
とりあえず、ドッキリ説は外れたので、しばらく流れに身を任せることにした。
俺達の所にやってきたローブ姿の男に連れられて、俺達は多くの書物を管理している部屋へやってきた。壁一面に本が収められており、部屋の中央には6人掛けの机と椅子が規則的に並んでいた。その一つの席に座ると、ローブ姿の男は今の状況を説明してくれた。
まず、俺達が何故ここに居るのかというと、この国の王の命令により、人間の敵である魔族を倒すための勇者としてこの世界へ召喚された。とのことだ。
つまり、男子学生が言ってた通り、ここは異世界らしい。信じ難い話だが、そういう夢と思って聞き流した。
元の世界へ帰る事は出来ないかと聞いてみたが、元の世界へ帰ることは過去に例がないし、そんな事は国王が許さないだろうと言われた。
そしてローブ男は懐から手のひらに収まる程の黒い石を取り出した。
「触れてみてください」
そう言われると、隣にいる男子学生が直ぐに手を伸ばし、石に触れた。
その瞬間、石は光を放ち、眩しく輝き出した。
男子学生が手を離すとその光は消えた。
次に俺も触れてみたが、男子学生の時ほどの眩しさは無かったが、同じ様に発光していた。
「この石は魔力に反応して発光します。あなた方は確かに魔力を所持しています。今はその扱いが分からず、体内から魔力が滲み出ているだけですが、訓練次第で魔力はコントロール出来ます。上手にコントロールする事が出来れば、魔法を使う事が出来ます。魔法を使うことが出来れば、魔族を討伐するのに大変有利になります。あなた方には勇者になる素質があるのです」
・・・・・・そうだな・・・
夢ならそういう事も出来るかもしれんな。
俺は再び聞き流そうと思ったが、ちょっと考えを改める事にした。
俺はずっとこの世界は夢だと思っていて、その考えに変わりはない。
しかし今起きている事を現実として考えて、冷静に分析してみる事にしてみた。
まず、俺は自分の居た世界から、この異世界とやらへ召喚された件である。
信じ難いが、そんな話が今現実に起きているのであれば・・・・・・いや、相当ひどい話である。
そもそも、本人の許可無く勝手に連れてくるとか、それは召喚と言うか、ただの拉致である。
しかも勝手に連れ出しといて、元の世界に帰すことは出来ないとか、とんでもない話だ。誘拐よりタチが悪い。
しかも勇者とか聞こえの良いように思えるが、その実態は魔族討伐という危険を伴う強制的な労働である。しかも拒否権は無い。
よく分からんが魔力を持っているというのも信じ難い。
眠ってる間に体内に何か細工でもされたのか?
それか先程の石はリモコン操作で光る仕組みになっていて、魔力があると思わせといて、訓練と称して肉体改造をする気かもしれん・・・いや、人体実験か?
つまり、勇者として召喚したと言いながら、その実態は拉致監禁、洗脳、肉体改造、人体実験、強制労働の可能性があるわけだ。
こわっ!!異世界召喚こわっ!!
そんな恐ろしい事を国王の命令でやってるとか、よっぽどやばい世界に来てしまった。
この状況に絶望的な心境の俺とは裏腹に、男子学生は目をキラキラさせている。
良かったな・・・お前の好きそうな世界で・・・
俺はすでに帰りたい。
このまま夢から覚めず、勇者として放り出される前になんとか状況を打開したいところである・・・
そしてローブ男は今度はこの世界の事について語り出した。
魔族との戦いは500年程前に遡る。
魔界に住んでいたと思われる魔族が、俺たちが今いる人間界に現れ、人間を次々と襲い、土地を奪い始めた。
魔族は邪悪で強力な魔力を持ち、人間を大量に殺戮していった。
この世界の人間は魔力を持っていない。同じく人間界に住んでいるエルフは、魔力を持っているのだが、争いを嫌う種族のため、魔族との戦いには協力しなかったという。そのため、人間は自分達で作った武器を用いて魔族に抵抗した。
しかし魔族は強靭な肉体と驚異的な回復能力を持っていたため、人間には完全に不利な戦いであった。
魔族の勢力はこの国だけでなく、他の国にも飛び火し、各地で魔族と人間の争いが勃発した。
特にこの国は魔界から直接魔族がやってくるのか、他の国に比べて魔族による被害は酷かった。
それどころか、この国が魔族を呼び寄せ、他の国に刺客として放っているという根拠の無い風評被害まで広まった。
他の国との関係も悪化する中、ひたすら魔族と戦いを繰り広げた。
そしておよそ100年前、魔族とこの国の間で大規模な戦争が起きた。
そんな中で、魔族の発症源となり、広範囲に渡り魔族が占拠していた土地に、人間が捨て身の攻撃を仕掛けたのだ。
この国が魔族を倒すために作った兵器をその土地の真ん中で発動させ、その一帯の魔族を殲滅させた。
その結果、人間の勝利で戦争は終わり、魔族はしばらく姿を見せなかった。
しかし近年、再び魔族が目撃されるようになり、年々その数が増加しているのだ。
このままではまた昔のように、大規模な戦争にまで発展してしまう。
そこで、異世界から力を持つ勇者を呼び、魔族を倒し、世界を救ってほしいと。
正直な感想、何かの漫画でありそうなストーリーだと思った・・・
ここが漫画の世界だとしたら、この世界へ連れてこられた俺達はその漫画の主人公と言った所だろうか・・・・・・
いや、全力で拒否する。
俺は36年間生きてきて喧嘩など1度もしたことが無い。
平凡に真面目に生きてきただけのおっさんが、いきなり魔族とか倒せるはずがない。
魔力がどうとか言ってたけど、魔力があっても体が動かなければどうにもならない。
さっきこの部屋まで来る時に階段登っただけでハーハー言ってた俺が戦えるはずがないだろ。
ということで、勇者という座はこの男子学生に擦り付ける!
俺は鋭い眼差しで男子学生を見つめる。
そいつは何やら、たまに口を開けたままポカンとしたかと思うと急にニヤニヤしながら若干ヨダレまでたらしている。
大丈夫かこいつ?
とりあえず見なかった事にしてそいつから目をそらす。
そうだ、勇者を辞退しよう。
勇者は1人いれば十分だろう。
俺は召喚に巻き込まれただけの名前もないモブ、これで行こう。
目立たないよう、静かに、地味に行動しよう。
決して漫画の主人公になどされないように・・・
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