第5話 開かずの間
「こんにちは、烈火。遊びに来ちゃった。」
「あ、翡翠!いらっしゃい。」
翡翠と出会ってから数日後、約束通り翡翠が薬屋に顔を出した。
「来てくれて嬉しい。でも今仕事中で…。お昼まで抜けられないかもしれないわ。」
「今日はお客さんとして来たんだ。それなら大丈夫でしょ?」
「あ、翡翠様!」
翡翠に気付いたとわが近くに寄ってくる。
「今日も百夜様にご用事ですか?」
「いや、今日は烈火にマッサージを頼もうと思って。」
「そうでしたか。あちらの奥のお部屋が空いてるので、お入りください!烈火様、ふぁいとです!」
まだマッサージの方法を習って間もない私を応援してくれるとわ。
「ありがとう、とわ。行ってくるわ。」
翡翠を椅子に座らせて、尋ねる。
「翡翠、私まだ入りたてで…。手のマッサージしか出来ないのだけれど、それでもいいかしら?」
「大丈夫だよ!だって僕は…。」
烈火に会いに来ただけだから、とゴニョゴニョ言う翡翠。
それは嬉しいが、マッサージの腕を期待されていないようで、負けず嫌いの心に火が付く。
腕まくりをして、ローションを手に伸ばした。
——
15分後、惚けたような顔で翡翠は椅子にぐったり座り込んでいた。
「どう?満足してくれた?」
「なんか…、色々凄かった。」
ぼーっとしていた翡翠が我に返る。
「烈火、こんなこと他の男にもしてるの?!」
「え?男性に限らず女性にもしているけれど、どうしたの?」
「百夜並に上手いよ。…なんかエロいし。」
翡翠が顔を赤くする。
「と、とにかく、すごく良かった!また来るよ!」
「ありがとう。それは嬉しいわ。」
お礼を言いながら、扉を開く。
「あとは…。湯治もあるわよ。寄ってく?」
「うん。そうしようかな。あ、烈火とお昼一緒に食べたいな、なんて。どうかな?」
「是非!正午に休憩入るから、それまでゆっくりお湯に入っててね。」
「じゃあ、また後で!」
翡翠を送り出し、仕事へ戻った。
——
「あ、翡翠!」
食堂の入り口に、翡翠の姿を見つけて手を振る。翡翠もこちらに気付いて近付いてくる。
お風呂上がりなのか、顔が赤く、いつもより幼く見えた。
「翡翠。髪、濡拭いてあげる。」
「あっ…。」
翡翠が肩に掛けていたタオルを手に取りわしゃわしゃと髪を拭く。
翡翠はじっとされるがままにされていた。
のぼせたように、耳が赤い。
「はい、出来た。」
タオルを翡翠に手渡す。
「ありがとう。お昼、とわもいたんだね。」
翡翠は同席してるとわに微笑む。
「はい!お邪魔してます。あ、本当にお邪魔だったら抜けます!」
「大丈夫だよ。みんなで食べた方が美味しいし。」
「そうね。」
各々料理を注文する。
注文した料理が来ると、一口二口料理をかじって、不意に、とわが口を開く。
「それに、今日は翡翠様にも烈火様を説得していただこうと思いまして。」
「説得?」
とわが、内緒話をするように、顔を寄せて小声で話す。
「ここって、休憩するお部屋があるじゃないですか。」
「うん。あるね。湯治が終わった後、たまに使わせてもらってるよ。」
「一番奥の休憩室、かなりスペース広そうなのに、ずっと閉め切ってて…僕の見立てでは何か良くない物を封印してるんじゃないかって思うんです!」
「とわ。考えすぎよ。きっと用具入れに使っているのよ。」
「じゃあ確認したいので、烈火様もあの部屋に入るの手伝ってください!」
「それは、ちょっと…。」
「というわけなんです。翡翠様。」
「へ、へー…。」
目を輝かせるとわに、目を逸らす翡翠。
「この後、覗きに行きませんか?」
テーブル下で翡翠の服の袖を握って、ふるふると首を振る。
しかし、翡翠はいたずらっぽい笑みを浮かべる?
「…しょうがないなぁ。」
「「翡翠?!」」
私の悲鳴ととわの期待に満ちた声が重なる。
「烈火、大丈夫だよ。僕も鍵を壊してまで入ろうとは思わないし。ちょっと扉の隙間から覗いてみるだけだから。」
「ふ、ふーん。まあ、私は行かないから関係ないけれど。」
「翡翠様。」
とわがニッコリ笑うと、翡翠がため息をついて拘束してくる。
「えっ、え?」
「では、みんな仲良く参りましょう。」
「えー?!」
私の悲鳴も虚しく、両脇を二人に抱えられ、連行されていった。
——
「鍵がかかってますね。」
扉を調べて、とわが告げる。
「中の様子も…見えそうにないね。」
翡翠が覗いてみるも、隙間はないようだ。
しかし、とわの言う通り、他の休憩室よりスペースが広いように見える。中に何があるのかほんの少し興味が湧く。
「みんな揃って何してるのかな?」
「きゃあっ。」
顔を上げると、百夜が立っていた。
「えっと…この中に何があるのか気になって。」
「百夜さん、勝手にすみません。この部屋には何かあるんですか?」
百夜は腕組みをして、怪訝そうに翡翠を見る。
百夜と翡翠の様子から、なんとなく、翡翠はこの中に何があるかとっくに知っているのではないかという気がした。
「何って…。俺の古い知人が住んでるだけだよ。」
「人が住んでいるの?!」
とわと一緒に驚く。
「物書きでね。あまり人前に出たがらないけど、一応生きてるみたいだよ。」
「時折この部屋から物音が聞こえる気がしてたのは、人が住んでいたからなのですね!はー、謎が解けてスッキリです。翡翠様、烈火様、付き合っていただき感謝です!」
「そんなわけだから、あまり覗いたりうるさくしないでやっておくれ。」
「はーい!」
「よかったわね、とわ。お昼休みもそろそろ終わるし、仕事に戻りましょう。翡翠はどうする?帰るのなら門まで送っていくわ。」
「それじゃあ、僕は帰るよ。」
開かずの間に住んでいると言う、小説家。いつか会えるといいなと思いながら、翡翠を送り出したのだった。
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