第6話 平和な日々 

 百夜様からお休みをいただいた日のお昼時。


 「あ、りおう!」


 私を見た瞬間に逃げ出そうとするりおうの首根っこを捕まえる。


 「大声出すなよ。うるせーな。」


 「だってあなた、私を見ると逃げるじゃない。」

 

 「誰だってサイコには近寄りたくねーだろ。いいから離せ。」


 そう言われると黙るしかない。しょんぼりと手を離すと、りおうは面倒くさそうに口を開いた。


 「で、なんだよ。」


 周囲を伺って、小声で話す。


 「前に、あなたは力が使えると言っていたけれど、無理してない?人間が力を使える話は聞いたことがないもの。」


 「…それが何かあんたにカンケーあるわけ?」


 「ないけど、もともと力を持って生まれてくる天空島の人でも力の制御は難しいから、無理してないかなって思っただけよ。」


 「殺人鬼のくせに善人ヅラすんな。しねっ。」


 りおうは捨て台詞を吐いて扉へ走る。


 「力を使って疲れてしまったら、ここへ来てね!私もマッサージくらいならしてあげられるから!」


 完全に嫌われているようで悲しくなる。


 りおうの虚無から物を作る力は、天空島でも「はじまりの神の力」と呼ばれる強力なもので、それを制御できているかふと心配になったのだ。


 かつて自分が力を暴走させてしまったから。ただ、そんな自分とりおうを重ねるのは余計な心配だったかもしれない。


 「何もなければいいのだけれど。」


——


 「ただいまー。」


 「おかえり!りおう。」


 白い歯をのぞかせてまだあどけなさが残る少年が笑う。俺の弟、久音(くおん)だ。正確には血は繋がってないので、弟とは言えないかもしれないが、幼い頃から一緒にいたので家族のようなものだと思っている。


 「りおう見て!また新しい絵が完成したよ!」


 「…マジですげーな。」


 頭を撫でてやると、得意げな久音。


 久音の絵は、ガラスや水など、透明な物をよくモチーフにしていて、絵具に「透明」はないはずなのに、どうやってこんなに上手く「透明」を表現できるのかと感心させられる。


 今回の絵は、俺と久男らしき二人の人間の背中に透明な翼が生えている絵だった。


 「翼、ねえ。」


 「これも夢で見たんだよね。あまり思い出せないけど、こんな感じで、りおうと俺が空を飛んでったんだ。」


 「ふーん。」


 俺に空を自由に飛べる力があったら、久音を連れて、クソ貴族がいない世界に行けるだろうか。


 「俺、りおうみたいにお金をたくさん稼げないけど、いつか絵が売れるようになったら、りおうを助けてあげるから!」


 無邪気な笑みを浮かべられて、がっぽり稼げよ、と無責任に応援する。


 現状、この地下最下層で、ガキの書いた絵を買い取れるほど裕福な人間はいない。


 だから、いつか久音と一緒に地上に出て、クソ貴族に絵を高値で売りつけてボロ儲けしてやる。そう思っていた。


 俺の能力を貴族の役に立てれば、久音の絵を地上で売る権利をくれてやると言っていた貴族もいたが。


 いまだその日は来ない。


 それどころか、弟を人質に能力をむしり取られるだけだ。


 その貴族っていうのが、この地域を陣取る領主様ときたものだから、本当に、世界は腐っている。


 「ごめんな。俺がもっと賢ければ。」


 もっと大人なら。騙されることもなかったのかな…?


 「何が?りおうは賢いよ!」


 キラキラした目で言われて、ふと笑みが溢れる。


 まだ、こいつの前でだけは、カッコいい兄でいよう。そう心に誓って。


——


 「どうしたの、今日はなんだか不機嫌だね。」


 「またりおうに逃げられました。」


 あれからすることもないので、百夜の部屋に来ていた。


 百夜が髪をすいて、やや派手な水色の髪飾りをつけてくれる。鏡越しに髪飾りが光る。


 「可愛い…。でもいいんですか?こんな高価そうなもの。」


 「いいのいいの。バイトを初めてから1ヶ月経ったお祝いで。」


 そう言うと、百夜は私の耳に顔を寄せる。


 「ほんとに、キミが来てくれて良かった。お店の売り上げも伸びているし。何よりこんな綺麗なコがいると僕もやる気が出るしね。」


 「あの、百夜様の色気にやられるので、あまり近づかないでください。」


 「酷いなぁ。僕のことキライ?」


 息がかかる近さに少しドキドキする。そんな自分を叱るように大きめの声を出す。


 「あの、言ってませんでしたが、私、天空島に恋人がいるので!困ります!」


 「そっかぁ。それは残念。」


 全く残念そうではなさそうで、どこまでが本気か分からない人だ、と思う。ほんとは恋人と呼んだら殺されかねないような間柄なのだが、心の中で誤って、利用させてもらうことにした。


 「今度こそ幸せになってね。」


 「?」


 「ああ、ごめんね。独り言。昔、君にとても似た人が恋人にこっぴどく振られたものだから、重ねてしまったよ。」


 「え、縁起でもないこと言わないでください!」


 確かに、天空島のあの人とはもう会う手段がなく、実質失恋したようなものかもしれない。


 地上に来る前、噛み付くようにキスをしたあの人を思い浮かべる。


 もう会うことはないのだろうか。


 「では、ちゃんと烈火ちゃんの恋人が迎えに来てくれるように全能の神、カクレさまに祈ろうか。」


 あ、その懐かしい響き。


 「この地で信じる神の名も、カクレさまと言うのですね。」


 「天空島でも?…じゃあ、もしかしたら同じ神様を信じてるのかもしれないね。」


 せいので祈ろうと言う百夜の声に合わせて祈った。   


 「なむなむ。」


 心なしか百夜の祈りは棒読みに聞こえたけれど。気のせいということにしておいた。

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