第4話 物好きな貴族たち

 私が最下層の薬屋での仕事を始めてから何日か経った。


 メイド服と呼ばれる仕事着は慣れないけれど、いくつかの薬の調合や、簡単なマッサージは出来るようになっていた。


 「おはようございますー!今日も可愛いですー!烈火様」


 「ありがとう、とわ。とわも可愛い。」


 ショートカットの髪に中性的な顔立ちをした仕事仲間、とわに微笑みかける。


 「今日は地上からお得意様がいらっしゃっていますよ!烈火様と年が近いので、もしかしたら気が会うかもしれませんね!」


 とわがメイド服のそでを振って楽しそうに言う。


 「貴族が最下層に来るのは珍しいことなの?」


 「はい!とっても。僕が知る限りでは、地上からのお客様は片手で数えられる程度です。」


 「そう。」


 はしゃぐとわを微笑ましく思いながら、薬棚を整理する。


 「あら?薬がなくなっているわ。ちょっと百夜のところに取りに行ってくるわね。」


 「はーい!いってらっしゃいませ。」


 広く、迷路のような薬屋の廊下を渡って百夜の部屋に入る。


 「百夜様?薬が切れたので、新しい…。」


 言いかけて、目の前の光景に絶句した。


 百夜の着物が乱れ、百夜の首筋をまだあどけなさが残る少年が舐めている。


 年は17、8といったところか。寝癖のような癖毛がゆれている。


 私は無言で扉を閉めようとする。


 「待って、烈火ちゃん。誤解しないで。」


 私に気づいて、百夜が珍しく慌てた声を出す。


 「いえ、私には人の趣味をとやかく言うつもりはないので。お邪魔しました。」


 まだ何か弁明する声が聞こえたが、早歩きでとわの元へ戻る。


 「あれ?烈火様?早いお戻りでしたね。って、どうされました?」


 私は頬に手を当ててとわを見上げる。


 「とわ、長く生きているつもりだったけど、私にはまだ知らないことがあるみたい。あと、薬は忘れたわ。」


 「ええっ?烈火様!?」


 「あの、お姉さん!」


 声の方を振り向くと、さっき百夜と絡んでいた少年が顔を赤くして立っていた。


 「あ、翡翠(ひすい)様。」


 とわが少年に手を振る。


 「烈火様、さっきお伝えした地上からのお客様の翡翠様です。…あれ?もうお知り合いでしたか?」


 「いえ、お知り合いというわけではないのよ。」


 見てはいけない場面を見てしまっただけで。


 「そうですか?なら、丁度お昼時ですし、年が近いお二人でお食事でもどうでしょう?店番は僕がしておきますので。」


 私が躊躇っていると、少年、翡翠が食い気味に言った。


 「是非、お願いします!」


 気圧される形でテーブルに着く。


 「初めまして、翡翠。私は烈火。この薬屋で働いているわ。」


 自分からランチに誘ったくせに、翡翠はもじもじといしてる。居た堪れなくなって、声をかける。


 「さっきのことなら、本当に気にしていないから大丈夫よ。」


 「…っ!誤解なんです!」


 勢いよく顔を上げて、咳き込む翡翠。お茶を差し出すと、涙目で受け取った。


 「…百夜さんの血は、少し特殊で、飲んだ人にある効果をもたらすのです。僕はその効果を得るために、血を少し分けてもらっていただけなんです。」


 「血液から?何か特別な抗体でもあるのかしら?」


 翡翠は何やらごにょごにょと答えているが、聞き取れない。


 「とにかく、最初は血液を瓶に入れてもらっていたのですが、段々と面倒になりあのような形に…。なので、本当に変なことはしてないです。」


 貴方だけには勘違いして欲しくないとつぶやく。


 その口ぶりがまるで私のことを知っているかのようで、問いただす。


 「私のことを知っているの?」


 翡翠は躊躇いながらも口を開く。


 「天空島に住んでる方。」


 「…!」


 「時折、遠くまで見渡すことのできる眼鏡で、貴方のことを見ていました。綺麗な人だなって、ずっと憧れててっ。」


 翡翠の目が潤む。


 「ちょっと、泣くようなこと?」


 年下の子どもを泣かせてしまったようで焦る。


 「ああ、ごめんなさい。まさかこうして会えるとは思っていなかったから。でも会えて良かった。」


 翡翠の癖毛がふわっと揺れる。天空島に住んでいたときに見られていたのは驚いたけれど、悪い人ではなさそうだと思った。


 「翡翠は、薬屋によく来るのよね?私とお茶友だちになってくれないかしら。」


 「え、僕が?」


 「私がそうしたいの。あと、お茶友だちに、敬語は禁止で!」


 「わかった。ありがとう、烈火。」


 「ふふ。それじゃ、ここの薬膳を食べましょう。薬膳といっても、お肉にハーブで風味をつけたものもあったりして、結構美味しいのよ。」


 そうして、2人で食事を楽しんでいると。


「お、翡翠。デートか。お前も隅に置けないなぁ!」


 色黒の肌に引き締まった体格の男が翡翠と肩を組む。何故か白衣を着ているのが気になる。


 「黒桜(こくおう)!そう思うならそっとしといてよ!」


 翡翠の嘆きにゲヘヘと悪びれずに笑う。


 「あなたは、地上のひと?」


 「おう、よく分かったな。」


 色黒の肌が日焼けによるものだと思ったから、そう伝えると。


 「そうだ。俺は海に浮かぶことだけが心の癒しの、しがない独身男性だからな。」


 「その情報、いる…?」


 呆れ顔の翡翠。


 「へへ、デートの邪魔して悪かったな。俺は用事あるから行くわ。」


 翡翠の肩を叩いて去っていった。


 「嵐のような人ね。」

  

 「でも、ああ見えて、黒桜は地下街の病人を診てくれる医者なんだ。地上の貴族は誰も地下街に来ようとしないのに…尊敬するよ。」


 「翡翠、言葉と顔が一致してないわよ。」


 黒桜に会ってからぶすっとした表情をしていた翡翠が慌てる。


 「でもほんとにすごいと思うよ、黒桜は。」


 「そう?翡翠も、地上の人が誰も来たがらない地下に来てくれるじゃない。」


 「僕は実益を兼ねて来てるだけで…、でもありがとう。これからは血をもらいに来る用事以外でも、お姉さんに会いにくるよ。」


 「そうしてね。まだ空から降りてきたばかりで知り合いも少ないし。」


 翡翠を薬屋の玄関まで送り届けると、今日の仕事に取り掛かった。

 

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