第3話 地上
「りおう様、私、お仕事の邪魔してますよね…。ごめんなさい。」
「邪魔してるよ!でも百夜の頼みだからな。せいぜい大人しくしてろよ!あと、なんで敬語なわけ?俺より年上でしよ、あんた。」
「すみませっ…」
「謝るのも鬱陶しいからやめてくれ。」
「…じゃあ、お言葉に甘えて敬語はやめることにするわね。」
真顔で言われてたじろぐ。色素の薄い青味がかった目に見つめられて、目をそらす。
「あんたさぁ、そんな綺麗な顔して、何やらかしたわけ?」
天空島の常識は分からないが、羽を折られて地上に落とされるなんて、相当な罪を犯したのではないだろうか。
「天空島の仲間を消してしまったの。」
消した?どういう意味だろう。烈火の瞳に影がさす。気にならないと言ったら嘘になるが、それ以上の追求はしないことにした。
「まぁ、別にあんたが何しようが関係ないけど。」
地上に上がるため、機械仕掛けの箱に乗る。
「ほら、あんたも乗れよ。」
烈火が恐る恐る乗る。扉を閉めると、箱が不穏な音をたてて動き出す。
「最下層に来る時も乗っただろ?今更ビビんなって。」
「あの時は他のことでいっぱいいっぱいで、周りのことを気にしている余裕がなかったの。人間はすごいものを作るのね。」
自分が作ったわけではないが、地下街のものが褒められるのは素直に嬉しい。
地上へ向かう箱の中は狭く、ぐらつくたびに身体が触れ合う。
全く気にしていないそぶりの烈火に何故が腹が立って、そっけない態度を取ってしまう。
「ほら、着いたぞ。羽がでかくて狭い。さっさと降りろ。」
箱から降りて、薄暗く、長い階段を登ると、眩しくて目が眩んだ。
「葉っぱがこんなに鮮やかな緑なのね…」
「何当たり前のこと言ってんだ。ぼけっとしてないでさっさと草つみに行くぞ。」
キョロキョロとせわしない様子の烈火の手を引き、薬草が採れる山へ向かう。
「綺麗。ここは天国かしら。」
薬草の群生地に着くと、烈火はため息をついた。仕事場としか思っていなかったが、改めて見ると悪くないかもしれない。
「こっちが利尿薬に使われる草で、こっちは駆瘀血薬に使われる草。よく似てる草もあるから気をつけて。つんだら袋に分けて入れて。」
視線を感じて顔を上げると、烈火がまじまじと見ていた。
「…何?」
「まだ小さいのに、いろいろ知っててすごいなぁって思って。」
「はぁ?!俺たち最下層の人間は手に職付けないと生きてけないの!これくらい普通だから!てか俺とそんなに年変わらないくせに大人ぶるのやめろよ!」
年齢は聞いていないが、見た目にはそれ程離れていないように見える。背もたいして変わらない。
地雷を踏んでしまったとでも思ったのだろうか。烈火は話題を変える。
「そういえば、地下の街の方々は、地上に出ることが憧れなんでしょう?りおうは普通に行き来してるわよね。」
「俺は職種柄、特別に許可されてる。」
「何のお仕事をしているの?」
俺の顔を覗き込む烈火から目を逸らす。
「別にあんたには関係ないだろ。」
「そうね…。言いたくないなら、別に聞かない。でも、私はもっとあなたのことを知りたいと思ってる。」
子どもだと思って、口説き文句ともとれるようなことを恥ずかしげもなく言う。
「…俺には、何もないところから物を作ることができる、力がある。」
「力?」
烈火が目を見開く。
そうだよな。突然、力があると言われたら、冗談だと思って一笑されるのが普通。ところが、烈火の反応は予想を裏返したものだった。
「私も、力を持っている。」
「え?」
「正確には、持っていたと言った方が正しいわね。翼を折られたときに、力は使えなくなってしまったから。」
「…天空島の人たちは全員、力を持ってるのか?」
「持ってる。というか、力を持たず生まれてきた者は島には住めず、羽を切って地上に落とされる決まりなの。」
「へー。上の連中は、意外と野蛮なことするんだな。」
言いながら、ふと、山で時折見かける血に濡れた布と肉塊を思い出す。獣にやられた旅人か何かだと思っていたが、あれはもしかして…。いや、考えるのはやめよう。
「で、俺の仕事はお偉い貴族のために鉱石を作ることだ。」
「クソ貴族のために?」
「おい、クソとかいうなよ!」
りおうは言っているのに、とクスクス笑う烈火。
「俺にも事情があるんだよ。」
「そうね、あれだけ嫌っている貴族のために働くなんてよっぽどの事実があるのね。」
「俺のことはいい。それより、さっき言ってた、仲間を消したってどういうことだ?」
勢いで聞いてしまったが、みるみるうちに烈火の顔が曇って少々後悔した。
「…とても良くしてくれていた街の人を、殺してしまった。ただ1人を除いて。」
「…街って、何人くらいの。」
「分からない。百人は超えていたと思うわ。」
背負っている罪が重すぎて、逆に実感が湧かない。それに、目の前にいる人が何の理由もなく人を殺戮するようには見えなかった。
「それは派手にやったなー。綺麗な顔しておっかねえことするんだな。俺もせいぜい機嫌を損ねないようにしないとな。」
何と言っていいか分からず、軽口を叩いてみる。
「私が、怖くないの?」
おずおずと顔を上げる烈火と目が合う。
「何言ってんだよ!怖えーよ!親しくしてる人を殺すとかサイコパスかよ!」
薬草を手折る。
「でもまあ、上での所業にはビビるけど、今のあんたは怖くないよ。」
「そう。」
俯く烈火の頭にでこぴんをかます。
「仕事できるなら何でもいいからさ。草つんでくんない?」
「…はい。」
烈火は無理矢理な笑顔を浮かべて、黙々と草を手折る。
籠がいっぱいになるまで2人とも一言も喋らなかった。
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