第11話 海の見える診療所

 教会から出た私と白尾は海岸を散歩していた。


 天空島から落とされ、気がついたらこの海に立っていた。あれからまだ、2ヶ月経っていない。


 「そういえば、烈火ちゃん、翼、怪我してるんでしょ?」


 手を繋いで、ゆったりとした時間を過ごしていたが、ふと白尾が口を開いた。


 「え、どうして?」


 「ずっとかばっていたみたいだったから。」


 ぼーっとしているようでよく見ているなぁと感心する。


 「実は、この海岸の近くで黒桜が診療所を開いているんだ。診てもらう?」


 白尾が心配そうに顔を覗き込む。


 天空島の人間にとって翼は力を扱うための器官だ。その他にも、天空島と地上の重力の境目では、翼があると天空島に引かれやすいと聞く。


 だから白尾が心配するのも当然だ。


 「ええと、急に行って大丈夫かしら?」

 

 それに、間近で思い浮かぶのは酔っ払って千鳥足の黒桜。やや不安が残る。


 「大丈夫だよ。黒桜も烈火ちゃんなら喜んで診てくれるよ。」


 もう羽は使えなくていいと思っていたので別に診てもらう必要はないのだが、白尾が気にするので、寄って行くことにした。


 ——


 「おお、白尾。また怪我か?って、烈火?!」


 こじんまりとした建物のドアを開けると、黒桜が顔を出した。


 「こんにちは黒桜。今日は烈火ちゃんの羽根の具合を診てもらいたくて。」


 「羽根?すまんが俺は動物は専門外…、いてて。」


 私にほっぺをつねられて痛がる黒桜。


 「黒桜、分かる範囲でお願いできないかな。翼は、俺たちにとっては大切な身体の一部なんだ。」

 

 「…ほんとに、分かる範囲だけだぞ。そこに寝て。」


 言われた通り、診察台にうつ伏せに寝る。


 「痛むのはここら辺?少し触りますよつと。」


 「痛い。」


 押された箇所が鈍く痛む。


 「もういいぞ。」


 黒桜に言われて座り直す。

 

 「触ったり見える範囲に異常はないが、骨折していないとは言い切れない。怪我をしたのはいつだ?」


 「えっと、1ヶ月半前くらい…?」


 「は?おい、それ、仮に折れてても自然治癒で変に繋がったりするからやめろ。次怪我したら、すぐ来るように。固定と痛み止めくらいしか出来ることはないけどな。」


 「分かったわ。ありがとう黒桜。お代をお支払いするわね。」


 「いや、いいよ。専門外だし。それより…。」


 黒羽は一瞬目を泳がせて、聞く。


 「仕事以外で地上来れる時あるんだな。」


 「ええ。翡翠から銀の身分証をいただいたから、自由に来れるようになったの。」


 「あー、あいつ一応司教だからな。そこら辺融通利かせられるのか。それなら、もし、おまえがよかったらなんだが…。」


 黒桜が少し躊躇いがちに言う。


 「今度、海に行かないか。ここの海、かなり透明度高くて、ここら辺の観光にはもってこいなんだぜ。」


 「烈火ちゃんは、さっき俺と海、行ったから。」


 白尾が割り込んでくる。


 確かに行ったけれど。


 「海で、泳いでみたいなぁ。」


 ボソッと呟いた言葉に黒桜が反応する。


 「そうか?!じゃあ、水着を用意しておく!次の休みはいつだ?」


 「一週間後なら空いているわ。」


 「そうか。なら、おまえに似合いそうなやつ、選んでおく。また、一週間後な。」


 黒桜は髪をわしゃわしゃ乱暴に撫でながらご機嫌に笑った。


 黒桜の手は大きくて安心できて、なんだかお兄さんみたいだわ、と思う。


 海で泳ぐの、楽しみ。


 今週末に胸を躍らせつつ、黒桜と別れて、白尾に送ってもらうことにした。


 「白尾、別に送ってくれなくても大丈夫よ?」


 「え、俺じゃ頼りない?こう見えてけっこう強かったりするよ?」


 「…頼りにしてるわ。ありがとう。」


 そういえば、最近は割とずっと私のそばをうろちょろしているざ、仕事はしているのだろうか。


 「白尾、お仕事は順調?」


 「あー、俺の仕事は天の声を人々に届ける仕事なんだけど。」


 「うん。」


 「天の声、たまーにしかないから問題ないよ。」


 …テキトーなことを言っている気がする。


 まあ、翡翠にも怒られていないようだし、ある程度融通が利くポジションなのかもしれない。


 天空島の人間である白尾が何故羽を持たないのかは聞き出せなかったが、くだらない雑談で盛り上がりながら、薬屋までの道のりを楽しく過ごしたのだった。

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