第10話 教会
短剣がゆっくり引き抜かれ、吹き出した血が私に降りかかる。蒼白な顔をした父が膝をつく。
「…ここまでか。すまない、烈火。おまえは化け物にはなるな。」
何故?どうしてなの。
父は自分で自らの体を貫いた。それが何故なのか分からず、疑問が頭の中を渦巻いていたが、声が出ない。
必死で傷口を抑えるも、血は止まる気配を見せない。
「あの日おまえが力を使わなければ。」
出血量が多く、段々と発言が虚になっていく。
おまえって私のこと?誰なの?
「子どもじみた夢のままで終わらせたかった…。月花(げっか)…すまない。」
母の名を呼ぶ父は苦しそうで。
「がらく…。」
最後に人の名前らしきものを呟き、動かなくなった。
こうなってしまったのは、その人のせいなのか。それとも最期の妄言だったのか。
考える時間はなかった。何故なら父が死ぬと同時に、身体が、燃えた。
身体から放出されるマグマが辺りを侵食し始め、ある時点で一気に街を覆い尽くした。
どうして。力が制御できない。
ああ、でももう父は死んでしまったのだ。
もう、どうでもいいや。
焦りから解放された瞬間、身体がとても軽くなり、心のままに意識を手放した。
——
ぼーっとしていた。
相変わらず薬屋で働いていたが、今日はお休みをいただいていた。
ぼーっと、天空島での最後の出来事を思い出していた。
自分の置かれる状況が、目まぐるしく変わりすぎていて、考える暇もなかった。天空島で起こったことはまるで映像を見ているかのように現実身がなく、夢なのではないかという気さえしていた。
しかし、少し時間が経ち、遅れて悲しみがやってきた。全く覚えていないが、天空島の人を虐殺した事実もある。
犯した罪で、天空島から落とされた自分が、何をすべきなのか。
「いたっ。」
「何難しい顔してんだよ。ブスが余計に酷くなるぞ。」
薬屋の食堂で頬杖をついていると、りおうにデコピンをかまされた。
私が翡翠の恋人という誤解は解け、いつも通り皮肉屋な態度が戻っていた。
「烈火ちゃん、今日お休みなんだって?地上に遊びに来てよ〜。」
そして、会って以来、なぜか神官の白尾に懐かれていた。
「あ?俺ら地下の人間はそんな気軽に地上に出れねーんだよ。」
りおうが今にも噛みつきそうな勢いで言う。その言い方が、同じ地下街の仲間と認めているように聴こえて嬉しかった。
「えー。あ、そうだ。これよかったら使って。」
白尾が首から外したのは、銀色のペンデュラム風のネックレスだった。
「おまっ、それどっからパクッてきたんだよ。」
りおうが呆れ気味に言う。
「人聞きが悪いなー。これは翡翠から、烈火ちゃんにって預かってきたものだよ。」
「これって…。」
「地上に出入りできる身分証だよ。そもそも烈火ちゃんは天空島の生まれだし、地下にいなきゃいけない縛りはないんじゃないかなぁ。」
地下の人々が必死で得ようとする身分証を簡単に手に入れてしまい拍子抜けする。
「それじゃあ、地上に行けるようになったわけだし、行こうか。りおうは通行証あるから問題ないし。」
手をつかまれる。白尾は人の手を握るのが好きなようで、距離感の近さにしばし困らされる。
「絶対行かねー!」
捨て台詞を吐いてりおうは出て行ってしまった。
「あらら、残念。りおうとも仲良くなりたかったのに。またねー!りおう!」
りおうの背中に向かって声をかける白尾。
なんというか、本当にのんびりした人だな…。
やることも特にないので、白尾に連れられ地上へ昇る箱に乗る。
「そういえば、白尾は翡翠と知り合いだったのね。」
地上に住んでる者同士、ご近所だったりするのだろうか。
「あれ、翡翠から聞いてない?翡翠は俺の上司だよ。」
「へ?」
思考がついていかなくて、間抜けな声が出る。
まだあどけなさが残る翡翠。どう見ても白尾の方が年上に見えるが、神官というのは年功序列ではないのだろうか。それとも。
「もしかして、翡翠も天空島の人間なの?」
白尾は目をパチクリさせる。
「え、違うよ。どうして?」
「天空島の人間なら、地上の人間とは年の取り方が違うから、ああ見えて白尾よりずっと年上なのかと思ったのだけど…。」
天空島の人間は地上の人間より老いるのが遅く、さらに、個体差はあれど、ある一定まで老いが進むと、逆に若返ってくる。
それで翡翠もある一定まで年を取った後、若返っている最中で、結果白尾より若く見えるのかと思っのだ。
「あー、翡翠は地上の人間だけど、年を取らないんだ。俺も詳しくは知らないけど。」
「そ、そう。不思議なこともあるのね。」
それで流せることでもないような気がしたが、天空島の人々が生物の理を外れているように、地上でもそういう生物が現れてもおかしくないのかもしれない。
「さあ、着きましたよ。お姫さま。」
エスコートしてくれる白尾の手を自然に取る。段々と白尾の距離感に慣れてきてしまっている気がする。
「そういえば、今日はどこへ行く予定なの?」
「うーん、考えてなかったなぁ。」
あれだけ強引に誘っておいてノープランとは。
「では、教会に行ってみたいわ。」
天空島にもカクレ様を祀る教会はあった。多くが美しい造りをしていたので、地上の教会にも興味があった。何より、白尾の職場というのもある。
「いいよ。」
白尾は嬉しそうで、繋いだ手を揺らした。
——
細かなスタンドグラスの装飾が美しい。天空島の教会は曇りガラス一色だが、地上の教会は色とりどりのガラスが使われていて美しい。
「ありきたりな感想しか出ないけれど、綺麗ね。」
厳かな雰囲気の場所を想像していたが、意外とフランクで、普通におしゃべりしている人も多い。
適当なところに腰をかけて、尋ねる。
「どうして神官になろうと思ったの?」
「うーん、なりたくてなろうとしたわけじゃなくて、俺を拾ってくれた翡翠が司教やってたから、成り行きで。」
さらっとまたすごいことを聞かされた気がした。本当に翡翠は何者なんだろう…。
「だから、俺は神さまというより翡翠に使えてる。」
「そうなのね…。」
ふと目を祭壇へ向けると、中央にカクレ様の像、その手前にやや小ぶりな3人の像が立っていた。その3人の神は天空島では祀られていなかいものだったので、白尾に聞く。
「あの3体の石像も神様なの?」
「んー?そうだよ。カクレ様の子どもたちで、はじまりの神様って呼ばれているよ。」
「あ、それなら天空島にも言い伝えがあるわ。カクレ様が最初に力を分けた3人の子どもたち。マグマの力を持つアカギリ様、水の力を持つアクア様、3人の中でとりわけ強い能力、物を作る能力を持ったリクリ様。天空島のご先祖さまと言われているの。」
それからカクレ様は、天空島の人間全員に自分の持っているありとあらゆる能力を分け与えて地の果てへ消えてしまったという。
「天空島では、はじまりの神の力を持つ人間が時々生まれたから、あまり神格化されなかったのかもしれないわ。」
「たしかに、身近にそんな強い力を持つ人がいたら、神様感ないかもね〜。」
自身もはじまりの神の力を持っているから余計にそう思う。口には出さなかったが。
「そういえば、教会でたまに結婚式を挙げる人たちがいるんだけど、烈火ちゃんはそういう人いるの?」
唐突な質問に戸惑う。そういう人がいると言えば、近すぎる距離感も改めてくれるのだろうか。
見つめてくる白尾の顔が、なぜか天空島のあの人の顔と重なる。
「天空島にいた時、好きというか、憧れてた人はいたわ。」
「ふーん。その人の名前は?」
どうしてそんなこと気にするのだろうかと思ったが、素直に答えた。
「龍牙。」
久しぶりの響に、天空島から、本当に遠いところに来てしまったのだと実感する。
私と同じ、はじまりの神の力を持つ彼には、昔、力の使い方を教えてもらっていた。
「天空島出身だからかしら。貴方と龍牙は少し似ている気がするわ。」
「え、烈火ちゃん、もしかして口説いてる?でも、他の男に似てるなんて言われても、ぜんっぜん嬉しくない。」
むくれる白尾に反射的に謝る。
「ごめんなさい、失礼だったわね。でも口説いてはいないわ。」
「そこは否定するんだねー。まあいいよ、今はまだ。」
含みを持たせた言い方に少しドキッとする。
「そ、それより、そろそろ出ましょう。白尾もせっかくの休みに職場はイヤよね。」
えー、まだいるーと文句を言う白尾を引きずり、足早に教会を後にした。
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