ワクチンで5Gに繋がったので、悪魔崇拝者の島へ行く

泥鱈

第1話

(おはよう、ヘルペス君)

頭の中で、ボスの声が鳴り響く。

5G回線を通じたメッセージだ。

先週受けた、ワクチン接種のたまものである。


ボスのメッセージは、新たな指令だった。

俺の表の顔は、単なる暴走族。

真の姿は、秘密結社の潜入工作員なのだ。

ボスの指示は、悪魔崇拝者の島への潜入。

そこで、子供の生き血が啜られているとの情報もある。

出発は「可及的速やかに」だ。

俺は、偽造パスポートやら何やらを手に取り、急いでアパートを出る。


家の前、「カァ」とカラスの声。

これは危険な兆候だ。

全ての鳥はドローンで、人々の動きを監視してるからだ。

その証拠に、鳥は電線に止まって充電をしている。

俺は、念のため、遠回りして空港へと向かった。


空港に着き、速やかに搭乗手続。

麗しい係員が、微笑みながら言う。

「お名前を確認させていただきます。」

「ヘルペス。個井・ヘルペス。」

俺は偽名を名乗り、つつがなく手続を済ませた。


飛行機が飛び立つと、富士山が見えて来る。

今日は、いつもより山梨側に移動してるだろうか。

相変わらず、よくできたホログラムだ。


(個井君、いや、エージェント51、飛行機には乗ったようだな)

再び、ボスの通信。

(今回の任務は、「地球の裏側」にある悪魔崇拝者の島への潜入だ。

彼らは、ワクチン接種と称して、マイクロチップを埋め込んでいる疑いがある。

その動向を探ってほしい。)


ボスもつまらない冗談をいうものだ。

「地球の裏側」とは。

この平面な世界「地平」に、「裏側」なんてある訳がない。

裏側に人が住んでたら、落っこちるじゃないか。

悪魔崇拝者たちは、愚かな世界球体論者「球アノン」なのだ。


それにしても、便利な時代だ。

5G回線とは。

昔は、水暗号がよく使われていた。

水に「ありがとう」という言葉を見せると、きれいな結晶が出来上がる。

このこと自体は、古くから知られていた。

さらに研究が進むと、単語ごとに作られる結晶が微妙に異なることが分かった。

逆に言えば、水の結晶を精緻に分析すれば、どんな言葉を見せた水なのかが判明する。

この性質を利用したのが水暗号だ。

ボスは、エージェントにペットボトル入りの水を複数本送る。

エージェントは、結晶から指令を復元する。

水は混ぜて捨てるか飲むかすれば良い。

だが、分析の手間がかかるのがネックであった。

5Gはこれを克服してくれた。

スマートさをゲットした、ってやつだ。


4回目のトランジットで、例の島へ向かう小型機に乗り込む。

機内には、見知った顔ばかりだ。

"おしんの議定書"メンバー、爬虫類人、"無料素麺(フリー・ソーメン)"の工作員に、コードネーム"ロシア不死身猫"……。

悪魔崇拝者たちに用があるのは、我々"ニュー・オールド・ワーダー"だけではないらしい。


さて、潜入先の公用語はスペイン語だ。

俺もスペイン語を話せなくてはならない。

ここでも、水の力を借りることになる。

水は、英語でも日本語でも、ポジティブな言葉を見せるときれいな結晶を作る。

あらゆる言語を理解できるのだ。

だが、水を飲むだけでは意味がない。

この能力を取り込むには、ホメオパシーの技術が必要になる。

DHMOを水で10の30乗倍に希釈することで、DHMO水溶液「水・水C」を作る。

これを飴玉に付着させたレメディを食べることで、数日間は、あらゆる言語を操ることができるのだ。

この方法により、解読不能とされた古代の暗号「頭文字B」も解読されたという。

また、この原理を利用したMMRナナナナンダッテーを蛇口につけてゾナ水を飲めば、恒常的に多言語マスターにだってなれるのだ。

ただし、その方法は、入手経路から足がつきやすい。

俺は飴玉を舐め、スペイン語をマスターした。


ふと、"不死身猫"の様子を伺うと、酒を飲んでるようだ。

おそらく、悪いM菌を利用した翻訳コニャックだろう。

彼女とは、敵対することも協力することもある。

動向には気を付けなければ。


オンボロの小型機で、「ステアせずにシェイクされた」我々は、やっと島に着く。

身元を偽って悪魔崇拝者を装い、島の組織に入会する。

奴らは思考盗聴でスパイを排除しているようだが、こっちは心臓をアルミホイルで包んでるんだ。

六角電波の影響なんて、受けやしない。


同時期の入会者は、俺以外に2人。

"ロシア不死身猫"と平凡そうな少女。

オオキという名のその少女は、目を輝かせて組織の素晴らしさを語る。

俺と"不死身猫"は、それを苦笑いしながら聞き流す。


島で調査を続けると、陰謀の片鱗が見えてきた。

奴らは、人工地震兵器を用いて火山を噴火させ、「ロケット」を「火星」に飛ばしている。

人類は、月にすら行ったふりしかできないんだ、「ロケット」や「火星」ってのは何かの隠語だろう。

ともかく、その「火星」で人間農場を作り、生まれた子供の陰茎から、若返り薬を作っているらしい。

その効率化のため、奴らは、ワクチンと称してマイクロチップを埋め込み、より大規模な人間農場を作ろうとしているのだ。


俺は、陰謀の決定的な証拠をつかもうと、島の外れの塔へと忍び込む。

本来、この高い塔には、幹部以外が立ち入ることは許されていない。

塔の中、幹部のものとおぼしきPCから、データをコピーしようとした時だった。

「そこまでだ。」

振り返ると、入口には、銃を構えた球アノンの幹部の男。

「個井くん、いや、エージェント51と呼んだ方が良いかね。」

そこまで知られているとは、もはや誤魔化しは効かないようだ。

不死身猫に密告でもされただろうか……。

対応策を練っている間にも、高い塔に住む男の話は続く。

「君のボスは、大層ブラックジョークが好きなようだな。エリア51で拾われた君が、エージェント51とは……。」

「なんの話だ……?」

工作員としての直感が、彼は嘘を言っていないと告げている。

「突然だが、クイズをしよう。カマクラ幕府が成立したのは?」

何か心に引っかかるものがあって、俺は答えずにはいられない。

「1192年……」

「いいや、1185年だよ。『こっち』ではな。では、『壁ドン』とは?」

「隣の住人への威嚇……」

「いや、少女漫画などにおけるイケメンの仕草だよ。」

「一体……何を言ってるんだ……?」

「我々も、君も、本来の世界線からこの世界線に迷い込んでしまったんだよ。

君にも思い当たるところがあるだろう?」

「なん……だと……? もしかして、2千円札を見なくなったのは……」

「世界線が変わったからだ。」

「父親の背中がいつのまにか小さくなったのも……」

「世界線が変わったからだ。」

「俺が好きだったあのお菓子が小さくなってるのも……?」

「それもこれも、世界線が変わったからだ。」

「じゃあもしかして……地球は、本当は丸いのか……?」

「ああ、そうだ。」

「まさか、ビートルズは実在するのか……?」

「ああ、実在するよ。」

「恐竜も?」

「そう、恐竜も実在した。ネス湖に怪獣はいないし、SWAPP細胞は実在しない。エルヴィスはとっくに亡くなってる。もちろん、フィンランドは実在するさ。我々と、お前の生まれた世界線ではな。」

「そんな……」

「我々は、元の世界線へ戻るための活動をしてるんだ。君は単に、エリア51ではぐれ、記憶を操作されてるだけ。本来は我々の仲間なんだよ。」

一拍を置いたのち、幹部は続ける。

「我々と、改めて仲間にならないか?」


なんということだ、ここは「地球」だったのか……。

いや、俺の故郷が「地球」だったというのが正確だろうか。

衝撃のあまり俯くと、足元のわらじが目に入った。


混乱を頭から振り払い、俺は心を決める。

素早く跳躍し、一瞬で距離を詰める。

手刀で銃を叩き落とす。

反応させる暇は与えない。

抜き手で幹部を始末する。


"江戸死草(エドシグサ)"。

江戸っ子大虐殺で淘汰された強者が練り上げた武術である。

その使い手の前では、素人の銃など話にならない。

この技術が俺に教えてくれる。

俺は、異世界人である前に、江戸っ子なのだ。


騒ぎにならないうちにと建物を出ようとしたが、重武装した集団に取り囲まれてしまう。

さしものエドシグサも、プロの武装集団相手に単独では苦戦する。

その昔、エド=ジョー率いる大オーク軍団を圧倒したという伝説も、複数の江戸っ子がいてこその話だ。

俺は、死を覚悟した。


その時、不思議な現象が起きた。

俺を取り囲む武装集団が、1人、また1人と倒れていくのだ。

奴らは慌てるばかりで、何が起きてるかも分からないようだった。

数分ののち、静寂が戻ると、そこに立っていたのは、俺と、もう1人だけ。

それは、同期入会のあの平凡な少女だった。


「いったい、君は……」

眼鏡の彼女は答える。

「見た目は平凡、いざ戦えば芸能界最強。

ひとは私をこう呼んでいる。

"凡人(ボンド)ガール"と。」

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ワクチンで5Gに繋がったので、悪魔崇拝者の島へ行く 泥鱈 @deidara

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