第22話
「ちょっくら運動してくるわ」
干し肉をソラとレオナより早く食べ終えたゼブライは、大剣を担ぎ、外へと向かっていく。
ソラとレオナは硬肉を咀嚼しながら頷いた。
「そうだ、ソラ。ちょっと付き合ってくれねー?」
ソラは自分のもごもご動いている口に指をさし、飲み込むまで待ってと伝える。
「……ふぅ。いいけど、まだ食べ終わってないし、お風呂の準備もしないとだから、少し待たせるよ?」
「少し? 準備が終わったらすぐやってくれるのか?」
「うん、そうだけど」
「ハンデってことか。そういえばソラはジャガーさんに勝ったんだったな。ははっ! 先に身体を暖めさせて貰うぜ」
「そんな偉そうなこと言ったつもりはないんだけどね」
「ゼブラ、負けても落ち込まなくていいんだぞ。自分より幼い者にハンデを付けられた上での完敗だとしても」
やる気になり、さっさと外へ出ようとしていたゼブライの背中へ、レオナが優しく声を掛ける。
「……俺への応援が一言もねーことに落ち込みそうだぜ」
ゼブライは肩をすくめ、夜の闇へと消えていった。
「まぁ、奴は落ち込んで不貞腐れるようなタチではないか。寧ろ、自分より強い者との鍛錬はいい糧だと、これからしばらくしつこく誘われると思うが、ソラは大丈夫か?」
「んー、私も身体を動かすのは好きだし、別にいいよ」
「そうか、なら良かった」
「うん。で、レオナは一緒にやらないの?」
レオナは顎に手を当て、少し考え込む素振りを見せる。
「いや、私はいい。レベルが違うが、ソラと私の戦型は似ているからな。同じタイプと手合わせをするよりも、立ち回りを見せて貰った方が今は参考になると思うんだ。そもそも、私ではまともな試合は出来ないだろう」
「私も手加減くらいできるけど?」
「ははっ、それが立派な答えじゃないか」
そういうとレオナは再び干し肉を齧り始めた。どうやら、ソラに手加減させて試合をするのは迷惑になると考えているようだ。
考えすぎかもしれないが、いま育ったとしてもあまり前に出られないためそれを発揮できないレオナよりも、ソラに有効に時間を使って貰いたいと考えているのかもしれない。
そう思いソラも、レオナに続くように食事を再開した。
食事を終えた二人は、それぞれやるべきことをしに向かった。レオナは削った干し肉の原木を仕舞いに、ソラは湯船を溜めるために、浴室へ。
といっても二人とも作業はすぐに終わる。
特にソラは、魔法具に魔力を込め、ボタンを一つ押すだけでいいのだ。
「オユハリヲシマス」と機械音声が流れたのを確認し、ソラは外へと向かう。
ゼブライが外へ出てから十分程しか経っていないが、準備運動には充分な時間だろう。
「お、案外早かったな」
馬車から少し離れた場所では、ゼブライが月明かりに照らされていた。ソラの目は闇の中も見通せる吸血鬼の能力を備えた目であり、暗闇の中でもよく見えるようになっている。
だが、そうでなくともゼブライの額に浮いた汗が光って見えるくらいには明るくなっていた。
この世界の月は地球のものよりも少し大きいかもとソラは思っていたが、それは事実で、約1.3倍程大きく見える。そのため晴れている日は夜に薄く影ができるほど明るいのだ。
「お風呂の準備するって言っても、便利な魔法具のおかげで私は魔力を込めて起動させるだけでいいからね。後は勝手にやってくれる」
「……街の外で風呂に入れるってだけであり得ねーのに、もうそれがどんくらいすげーのかわかんねーわ」
本来野外で湯船に浸かろうと思えば、浴槽になるものを運ぶ手間と、水を用意する手間、燃料となる薪か、水を温める火魔法が必要になる。
それに加えて入浴中は防御力を失う危険が伴うため、普通の冒険者はまず風呂に入るなどとは考えもしない。
それらを超越した、マジックハウスに、ゼブライは「これが神の御技か」と遠い目で呟くのだった。
「で、どうやるの?」
「ソラ、試合形式であっという間に決着を付けてしまってはどうだ?」
馬に干し草と水を与えているレオナがそう提案する。
「今回は一瞬で終わらせるつもりはないよ。ゼブライの力もちゃんと見たいし」
「なら試合形式が一番じゃねーか?」
「それでいこうか」
二人は馬が驚かないように馬車から距離を取り、向かい合う。
ソラは、ゼブライが一歩踏み込めば彼の間合いとなる位置に陣取った。構えているのはいつもの小太刀二本である。
「そこでいいのか? 俺の方が有利な間合いに見えるぜ?」
「これが私の間合いだからね」
「ふーん。じゃあ、レオナ合図を頼む」
「任された」
レオナは馬をひと撫でし、審判としての立ち位置に立った。
「……では両者構えて、始め!」
開始の合図と共にゼブライが大きく一歩踏み出し、大剣を上段から振り下ろした。その斬撃に遠慮は一切感じられない。
ソラは勢いを逃せるように重心から斬撃を逸らしつつも、右の小太刀で受け止める。金属音が響く。
ゼブライの大剣は小太刀で勢いを僅かに落とすが、そのままソラを押し潰さんと力が込められたままだ。
ソラは半歩動き、刀の曲線を利用してその力を受け流す。
流された大剣が宙を泳ぎ土に刺さると思われた瞬間、何かに跳ね返ったかのように軌道を変えて切り上げの斬撃となる。
再び金属音。ソラは斬撃を小太刀で受け、威力を後ろに飛び退くことに利用した。
ゼブライは振り上げた大剣をそのまま叩きつけるべく、ソラを追跡する。
下がった先で待ち受けるソラ。
ゼブライの斬り下ろしに再び半歩ズラす――が、ゼブライはそれに対応し、剣筋を修正した。
それを見たソラは体制を落としながら一歩踏み出し、背後に回した左の小太刀を大剣に合わせた。
滑るように威力を受け流し、ゼブライの間合いの内側に潜り込んだソラは右の小太刀で蹴りを牽制、背後から回した小太刀を腹部へと突きつけた。
「そこまで。ソラの勝ちだな」
「ぷはーーっ、攻撃がまるで通じねー」
ゼブライは大剣を地面に突き刺し、どっと腰を下ろした。
「楽しかったよゼブラ!」
対するソラは、予想を上回っていたゼブライの強さに満足気だ。
「最後は有利を取ったと思った瞬間全部覆されたぜ。完敗だ」
「もう少し続けたかったんだけどね、ゼブラが退路を一つ消したから攻撃に出たんだよ」
「あれはどうすりゃ良かったんだ?」
「ゼブラは私の背が低いから、潜り込まれると思って横凪を使わなかったんでしょう?」
「ん、その通りだな」
「逆に、内側に誘い込むのも手だよ。体制を低くして、前傾姿勢をとれば顔が前に来る。そこに合わせて蹴りが入れられれば相手の視界も奪えるからね。最後、私の右の小太刀があったけど、ゼブラが脛当てを付けてて蹴り込んで来てたらまた違った展開があったと思うよ」
「蹴りかー。まず相手に潜り込まれることがほとんどなかったからなー。やったことなかったぜ」
うんうんとソラは頷く。
「ゼブラの連撃は凄かったよ。もの凄い力で無理矢理軌道を変えられるんだから。空振りさせて潜り込むのは至難だろうね。それをくぐり抜けて、ようやく踏み込めたと思ったら急に視界が奪われる……効くと思わない?」
「確かに!」
新技を得た! とゼブライは勢いよく飛び上がり、斬撃をくぐり抜けられたことを想定した蹴りの練習をし始めた。
「近接武器でも、さらに内側に武器を秘めておくのか……。まさかソラも……?」
「小太刀より内側は無いよ」
ソラは笑って六〇センチ程の小太刀を軽く振って見せる。
「そ、そうか、そうだよな」
「それに私は体質的に力が弱いみたいだからね。蹴ったり殴ったりしたところで威力は無いし、逆に返り討ちにされるよ」
「それを聞いて安心したよ。ソラにも人より力が弱いという弱点があるんだな」
レオナはふぅと細く息を吐いた。
「人並みにはあるよ? 鍛えても人並みってだけで」
むぅ、とソラは膨れて無い力瘤を見せる。
美の神の仕業により、ソラには「健康的」を超える筋肉は付かないのだ。それに関連して、吸血により魔力を吸収しても、膂力があまり上がらないところが迷惑なこだわりどころである。
残念ながら、美少女ゴリラにソラはなれない。
小さな弓を引けるだけの膂力は既にあり、また攻撃力は魔力で補えるため、問題ないといえば問題ないのだが。
気楽に話すソラとは逆に、レオナはそれを重く受け止めたらしい。
「……力が弱いというのはかなり大きいと私は思う」
レオナの顔が真面目な顔に変わった。じっとソラを見つめる瞳に、力が篭っているのがわかる。
「どうやってソラは、そんなに強くなれたんだ?」
「お、なんか面白そうな話じゃねーか。俺も興味あるな。その若さでどうやって強くなったのか」
二人の視線がソラヘと集まる。
「そんなに気になる?」
「「もちろんだ」」
「……私たちに強さはいつだって必要だ。件のダンジョン攻略なんて、ソラが来てくれなければ、私は何も守れずに、ただただ自分を呪っていただろう。今回はソラが居てくれる。悪い結末にはならないだろう。だが……次何かがあれば……。私は強くなりたい。どうか、教えてくれないか?」
ソラは目を瞑り、少しの間考え込んだ。帝国に巣食う魔族のこともある。ソラにとってあまり話したいことでもないのが、それが彼らにとって一助になればとも思う。
しかし、ソラがどうやって強くなったか、それを話すならば地球での出来事やSIOの存在は不可欠だ。
『ソラよ、ソラが転生してきたということは内緒にして欲しい』
『うん、私も話したくないよ』
『うむ……』
転生があると知れれば、他人に広めずとも、彼らがそれに縋る時が訪れないとも言い切れない。それはあってはならないことだろう。
なら、別の世界を悟られないよう、ソラの経験をこの世界に当て嵌め、ぼかし、纏めなければならない。
「ちょっと、待って」
ソラは月を見上げて、思考を纏める。
________
最近短めだったから、今回は長めにしようと思いました! その分書き上げる時間も長くなりました!
短いけど頻度高めにと、
長いけど頻度↑の半分くらい。
どっちがいいんだろう_(┐「ε:)_
旅する空 九里 睦 @mutumi5211R
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。旅する空の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます