第19話


 喚く両親を、分かった分かったと宥めたソラ。

 一旦、マジックハウスを使う前提で思考を進める。


 確かに、生い茂る草で幾らかマシとはいえ十分硬い地面で寝るよりも、ふかふかのベッドで寝られる方が断然良い。


 しかし問題はレオナとゼブライの二人だ。二人には馬車の見張りをしてもらい、その上青臭い匂いにまみれて寝てもらうなどという図々しいこと、ソラにはできない。


 ローテーションでマジックハウスに入るにしても、見張りに二人は必要であるため、ソラが二人のどちらかと一緒に入り、使い方を説明するということも出来そうにないだろう。


 それに、自分がいない家に他人を上げることには抵抗があった。所持品はほとんど身に付けているポーチに入っているため、盗難といった類の問題は起きないのだが、ソラが忌避感を感じてしまうのだ。


『考えてみたけど、やっぱり無理だよ。私だけマジックハウスで休むのも嫌だし、見張りしてる間、私がいない家を使わせるのも嫌だし』

『むむ……見張りか……』


 創造神は唸り、考え込んでいるようだ。ソラは腕を組んで目を瞑り、もう何を言われようと考えを曲げない頑固者の構えを取る。


 しばらくそのまま均衡がつづき、馬車は馬を休ませるための休憩を取ることになった。

 馬は草原の草を食み、3人は干し肉を齧る。

 少し塩味が濃く、喉が乾く味だった。ソラは魔法で水を出し、喉を潤す。ちなみに、干し肉は肉汁の一滴も無いため赤目は出てこない。


「今のうちに見張りの順番を決めとくかー」


 ゼブライが一番早く食べ終わり、そう提案した。


「んぐっ、早いね、食べるの」


 ソラは牙を使って上手く咀嚼しているものの、一口がまるで小動物のように控えめであった。


「ソラ、水を、くれないか?」


 レオナには牙もなく、一口もソラほどでは無いが大きく無い。干し肉を噛み砕くスピードはソラととんとんといったところだろう。別に競ってはいないが。


「どーぞ」

「ありがとう……ふぅ。こいつはいつもそうだ。他の人を待たないんだ。恐らく、待つという言葉を知らないんだろうな」

「うるせーわ!」


 口ではこう言いつつも、二人の間に負の感情らしきものはない。ゼブライはこういうものだ、とある意味常識のようになっており、この流れも含めていつものことなのだろう。


「そんなに急いで決めなくても。見張りの順番といってもそれで誰かの休める時間が増えるわけでもないだろうに」

「ソラは大丈夫なのか? 俺とレオナで見張りを連続すればソラが休めると思ったんだが」

「……子ども扱いしてる?」

「おっとゼブライ、逆鱗に触れたな」


 ソラにジト目を向けられたゼブライは、慌てて両手を上げて降参のポーズを取る。


「だってよ、見た目が小さな女の子なんだぜ? 調子が狂うっての」

「小さい……女の子……」

「なかなか畳みかけるな、ゼブライ。お前は一度ボコボコにされてみた方がいいのかもしれんな」

「それは嫌だぜ! あのジャガーさんが瞬殺だろ? 勘弁してくれ……」


 土下座をし始めそうな勢いでゼブライが頭を低くし始めたので、ソラはもういいよと笑って見せる。

 結局、ソラの申し出もあり、見張りの順番は通常のローテーション。レオナ・ソラ、ゼブライ・ソラ、ゼブライ・レオナとなった。


 そして休憩を終えて、馬車は再び進み始める。


 磁石でも持ち歩いているのか、森を目印にしているのか、ゼブライは迷うことなく馬を進めていく。


 しばらく進んだ頃だった。ついにソラは「冒険者」という職業の過酷さを体感することになる。


 ソラはギュッと足を閉じて小さく震えていた。


 さっき水を飲み過ぎた。その代償として尿意がソラを襲っているのだ。


 女性の身体は男性に比べて唐突に限界を迎えやすいという。いつくるのかというその恐怖もまた、ソラを追い詰め始めていた。

 しかし、今は街の外に依頼のため出掛けており、トイレなどが存在しているはずもない。


 冒険者たるもの、堂々と野に放たなければならないのだ。


「ソラ、どうした? 催したなら私が付いて行こうか?」


 レオナはそんなソラの様子から察して、ゼブライへ聞こえないように小声で助け舟を出す。


 魔物の姿は見られないが、無防備な姿を晒すことになるため、冒険者のルールとして、同性のサポートが付くことになるこの行為。


 だが、まだ自分の身体に慣れていないことに加え、今世では同性でも、前世では異性であるレオナにサポートなど頼めるわけもない。

 羞恥に耐えられず、霧となって消えてしまいたくなる。


 想像してしまい、ソラは顔を赤くして首をぶんぶんと大きく振った。


「ぐぅ!?」


 その反動でさらにぐっと限界を感じてしまったソラ。追い詰められ、ついに……。


『お父さんお母さん助けて!! 漏れそう!!』

『『いまこそマジックハウスだ!!』』

「そうか!」



 レオナはそれを眺めて、ぽかんと口を開けていた。


 目の前でソラが、突如現れた扉の向こうに消えていったのだった。



「ふぅ〜〜スッキリ。助かったぁ……。あっ」

 

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