第18話


 馬車は街中でも度々見かける。この世界では地球での車のように、移動手段の主流となっているようだ。ラインハート家が用意した馬車はそれらと別段変わったところもなく、大衆の中に紛れていた。


 貴族の力を使えばもっと良いものを用意出来たのだろうが、良い馬車というのは地球の車と同じように、それだけで目立ってしまう。


 さらに、普段レオナは冒険者としての活動時に、ラインハート家の力を用いない。ただのレオナとして冒険者活動を行なっているのだ。


 今回、食料などの旅の必需品はふんだんに支援を受けているものの、周りから見るといつも通りレオナが冒険者として遠出をするだけというように映るだろう。仰々しく装飾や付属パーツの付いた馬車で王都に訪れたことと、第二王子が外出したことの二点を結びつけられないためだ。


 ソラは慎重すぎるくらいに慎重だと感じながらも、それほどの相手が帝国向こうにいるのだと不謹慎ながらワクワクした。


「馬車は初めてか? お嬢ちゃん」

「うん、初めて。……お嬢ちゃん呼びはやめてほしいな。ソラって呼んでよ」

「おっと、悪かったな。俺はゼブライだ。ゼブラって呼んでくれ、よろしくソラ」


 ゼブラが御者か。ソラは自然と笑みを浮かべられた。


「うん、よろしくゼブラ」


 その瞬間、馬車がガタッと揺れた。小さな段差を踏んだらしい。

 車輪が柔らかいもので覆われていればここまで響くことはないのだが、この馬車は自転車のタイヤからゴムを剥いだモノをそのままゴツくし、車輪として使っているのも同然であるため、パンクした自転車に乗る以上に、小さな凹凸でがたがた揺れていた。


 驚いたソラは、その揺れに思わず顔を顰めてしまう。


「ゼブラ、ソラの馬車へのイメージはお前の腕に掛かっているぞ。ただ、今のところマイナスのようだがな」

「うるせー、御者の専門じゃ無いんだ。妥協しろ」


 どうやらこの二人は親しい仲のようだ。ゼブライの方が一回り年上に見えるのだが、関係はないらしい。前世での年功序列とは違う、組みやすそうな雰囲気で良かったとソラは思う。


 この思考の流れでふと気になった。


「ねぇ、いきなりだけど私って何歳いくつに見える?」


 先日武器屋で子ども扱いされたり、お嬢ちゃんと呼ばれたりと、少し気にしていたのだった。得はあれども、やはり精神的には痛い。


「本当にいきなりだな」


 とは言いつつも、街から出るまでは周囲に警戒することもなく、暇だった二人はソラをジロジロと見つめて考えていく。


「俺は年齢当てるの得意な方だぜ? 経験値が違うからな! そうだな……見た目だと13〜14くらいか?」

「馬鹿だな。ソラは神徒だぞ。見た目とは違って尋常じゃなく強いから、うんと長生きしてるに決まってるだろう。ずばり、百は超えているな。賭けるか、ゼブライ?」

「あぁイイぜ。近い方が勝ちでいいな? 負けた方が銀貨一枚、今日の夕食も担当な」

「受けてたとう」


 二人は自分の目・勘を信じ、お互いにニヤリと笑みを交わした。


 ざんねーん二人とも大外れ〜ソラは0歳でーす。


 と言うわけにもいかないので、ソラは自分を鏡で見て、この辺りだと思ったところを正解にしておく。


「……ゼブラの勝ち。16だよ。……私ってそんなに幼く見える?」


 童顔低身長の国日本で生まれ、そこで年齢勘を養ってきたソラと他の人間とでは、どうやら見た目で与える印象年齢がズレているようだ。


「16、そんな……」


 レオナは、まさか負けるとは思っていなかったため、驚愕している。16であの実力を持っていることもまた、レオナにショックを与えていた。


「16か……そうだな、だいぶ幼く見えるぞ。でも大丈夫だ、これから育っていくからな! きっと!」

「成長……するのかな……」


 この世界に成長した状態で生み出されたために、今までソラは成長の有無について考えたことがなかった。吸血鬼という長命種に生まれたため、まさかこのままずっと……と考えてしまい、ソラの表情に影が落ちた。


『大丈夫よソラ』


 そこへ天からの救いの言葉である。


『今はとっても可愛いソラだけど、だんだん美しく成長していくわよ!』

『うむ、娘の成長が見られないのは嫌だからな!』

『あ、安心してね! 成長した後は吸血を続ける限り老いは来ないわよ!』


 美しく成長というのはどうなるのかよくわからないが、とりあえず子ども扱いされなくなるならいいか、とソラは胸を撫で下ろす。


 落ち込んでいたソラが、すぐさま一人で回復した様子を見て、レオナは首を傾げていたが。



 街を出て、景色が草原に変わると、ゼブライとレオナは周囲を警戒し始め、口数が減った。

 街の外はオフロードも同然であり、ガタガタと身体が揺さぶられるため、ソラの口数も減っていく。


 酔わないためにも外をみなければと、ソラも目で見える範囲内は警戒をしておくことにした。


「どうやら周囲に魔物はいないみたいだぜ」

「そのようだな」


 どこまでの距離を把握出来たのかわからないが、魔物がいないとわかったようで、ゼブライとレオナが警戒を解いたのがわかった。レオナは殺気を感知していたこともある。

 この世界の人間にはそう言った機能が備わっているか、そういう技能があるのかもしれない。ソラは顎に手を添えた。


「草原の魔物たち、ここ2〜3日の間でいなくなったよな。調査隊によると、ちょっとした変化はあったが原因は不明のままらしいぞ」

「まさかソラが――」


 そんなソラをじぃーっとレオナが見つめている。

 まさか自分が魔物の大移動の原因と勘付かれたかとソラは焦る。


「この三日間の間にソラが森の異変を解決してくれたのか?」


 どうやら勘違いだったようだ。ふぅーと長い息を吐いたソラ。ここを否定すると、やはり原因不明ということになってしまう。肯定して、理由を適当にでっち上げる方が安心させられていいだろうとソラは考えた。


「ま、まあね。えっと……」


 理由をでっち上げるべく、頭を回転させていく。


「この辺りの魔素が一気に集まって強力な魔物が現れたんだよ。調査隊の人たちは出会さなかったみたいで良かったね」


 やはり真実を織り交ぜて嘘を吐くのが手っ取り早く、信憑性がある。ソラはを倒したことにしておいた。


「なるほど、魔素の集合体の発生か。あの廃墟のあたりだろうか。あの場所では強い邪気を感じたな。さぞかし凶悪な魔物だったろう」

「そうだね。一言で言うなら禍々しかったよ」


 そこで発生した凶悪で禍々しい口は、今しれっと嘘を吐いているのだが。


「ありがとう。街に大きな被害が出るところだったのだな。領地を持つ家の者として、何か褒賞を……」

「いいよいいよ別に!」

「いやそういうわけには……」

「じゃあ、王都に着いたらそこで一旦一泊するんだよね? その時に食事とかお世話してくれたらいいよ」

「そんなことでいいのか?」

「もちろんだよ」


 ソラは内心が表へ出ないように、渾身の笑みをしてみせる。一応受け取るものは最小限に抑えられたとは思うが、身から出た錆、自分の嘘で良心をチクリと痛めることになったソラだった。


「と、いうことはもう森は通らなくても良いんだな?」

「そうなるな」


 どうやら二人は、王都へ行くついでにあの森の中を自分の目でも見てみたかったようである。


「ならルートを変更して……この分なら野宿は一回で済みそうだな」


 その言葉が聞こえた瞬間、頭の中に雷鳴の如く声が轟いた。


『ソラが野宿じゃと!?』

『うちの子に野宿!? そんなのダメよ! お風呂にも入れないじゃない!!』

『マジックハウスを使うんじゃ!』


 ソラは天を仰いだ。

 馬車の天幕は、曇天のような色をしていた。





__________




繁忙期!!

ストックが貯まらない!

1日空きの更新になるかもも_(┐「ε:)_

たまに連続で出すかも

20210812


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