第16話


 美味かった。誘拐イーグルをがじがじと齧り、吸血を終えたソラは口を拭う。


 なるほど、昨日はこうなっていたのか。程よくお酒に酔ったようなぽわぽわした頭でソラは納得した。吸血により魔素吸収すると、酔っ払ってしまうと。昨日記憶を無くしてしまった理由がわかったソラである。


 だが今日は記憶を無くすほど泥酔しているわけではなかった。

 ふと思う。なぜ今日は昨日ほど酔っていないんだろうと。突撃イノシシと誘拐イーグルでは厄介さを度外視した純粋な強さは同じぐらいのはずだ。


『それは突撃イノシシを吸収したことによりソラの総合魔素値が増えたためじゃな』


 やはり出たな! とソラは意味もなく身構える。段々と両親が出てくるタイミングがわかってきていた。

 彼の説明によると、ソラの持つ魔素に対して吸収する魔素の比率が大きければ大きいほど酔いも酷くなるらしい。聞くところ、昨日のイノシシではソラとイノシシの魔素量の比率は7:3くらいだったようだ。


 お酒に換算してみれば、自分の体重の半分より少し少ないくらいの量である。もしかすると危険だったかも? とソラは顔を青くする。


『ははっ、そんなことはないぞ。しばらく目覚めることはできないが、2〜3倍くらいの魔素量なら問題なく吸収できるであろうな』

「……しばらくってどのくらい?」

『一月くらいかの?』

「そういうことは先に言ってくれないと……」


 やっぱり危険じゃないかとソラはため息を吐いた。しかし、これで戦力差の強大な魔物を倒したとしてもさぁ吸収だ! とはいかなくなってしまった。地道に上げていくか、とソラは諦める。


『それはそうとソラよ、今のソラの魔素量なら攻撃魔法を習得できると思うぞ? 今朝練習していた魔弓士に一歩近づけたのではないか?』

「ほんとに!?」


 父の思わぬ朗報に、やや陰が掛かっていた表情が一転、一気に笑顔を咲かせたソラ。


 剣技一辺倒だった自分に、遂に魔法の力が。着弾した矢が大爆発を起こし、爆風に髪をたなびかせた中でふっ……とかっこよく笑う己の姿を夢想した。


「ん?」


 だがそれにはSIOのシステムから外れた故に、大きな弊害があることに気づく。


「……でも魔法の使い方とか全然わかんないんだけど?」


 そう、ゲームでは唱えるだけで勝手にMPが消費され発動となっていた魔法だが、この世界にシステムの補助はなく、自分の意地で操作して発動しなければならない。


 これは流石に、人間が雨を降らせろと言われても神に祈ることしか出来ないように、ソラも創造神にやり方を聞くしかなかった。


『うむ、よくぞ聞いてくれた。ソラにはどうやら水属性の適正と、無属性の適正があるようじゃ。最初に魔力の流れを感じた時、水のイメージが沸いたのではないか?』


 思い出してみると、確かに血液の流れとしてイメージしていた。ソラはこくりと頷く。


『無属性は想像力次第じゃ。何かを参考にでもして破裂するイメージを持たせれば破裂させられ、回転する力を矢に与えようとすれば、そうなるじゃろう。ソラの目指す魔弓士にはピッタリではないかの?

 対して水属性は、魔力を変換して放たなければならない。ソラにとってわかりやすく言うと、普通に魔力を放出しただけではHとO2に分かれたような状態で放出される。これをぎゅっと押し固めて放出すると水を出現させられるであろう。やってみるか?』

『うん!』


 欲を言えば派手で高火力な火属性の適正も欲しかったが、聞いた限りだと無属性でなんとか代用出来そうである。ソラは欲しかったロマン砲へ手が届きそうになり、わくわくとした気持ちで魔法へと手を伸ばす。

 ここはちょうどお風呂場だ。水が出ようと問題はない。


 ぎゅ〜っと身体を流れる魔力を指先に凝縮する。すると、ある一定以上の力で凝縮した時に魔力が何かに変わったように感じた。それを排水溝に向かって放ってみる。


 ぴゅーーー。指先から水鉄砲が放たれた。


『成功したようじゃな! 魔力をさらにさらに強く圧縮すれば氷に、放出する力を強くすれば攻撃力を持った水鉄炮になると思うぞ!』

「なるほど、勉強になったよ。ありがとう。ついでに聞くけど、無属性と水属性の魔法を複合させたりってできる?」

『うむ、可能じゃな』

「そっかそっか……」


 ソラはこれを身に付けることで、魔弓士として放てる強力な技に加えて、凶悪な技も手に入れられるだろう。吸血鬼のスキルとも相性がいいように思う。


 ぐふふ、と黒い笑みが浴室に響いた。


 ソラの水遊びがしばらく続く。





「ちょっとお父さん、今のソラにそんなこと教えたらすぐ外に試しに行っちゃわないかしら? 今のソラは酔ってるのよ? もし他の冒険者なんかに見つかったりしたら、大変なことになってしまうわ!」


 ソラが水遊びをしているのと同時刻、天界では美の神が創造神の肩をぺしぺしと叩いていた。


「大丈夫じゃよ母さんや。まだ水鉄砲しか出来ない駆け出しじゃ。危険な魔法に酔った状態で手を出そうとも思うとらんようじゃし。魔素の酔いから醒めるまでの時間くらいお風呂場で練習するじゃろうて」

「ほんとかしら……」


 創造神は自分の肩を叩いていた手を捕まえ、そっと握る。


「もし酔いが醒めるまでに外へ出ようとすれば、ソラの瞳が赤い時に火属性への適正が発現することを話して引き留めるとも。あぁそれと目の色を隠せるサングラスでも用意しておくかの」


 それを話すと火力を欲している様子のソラは絶対に使いたがる。たが、人類の敵の象徴である赤目はバレてはいけない。

 そこでサングラスである。


「……そうね。でもソラにサングラスは似合わないわ! バタフライマスクと複合にしましょう! デザインは任せて頂戴!」

「あぁもちろんじゃとも」


 カラーコンタクトではなくマスク。二人の趣味が現れた結果だった。




「……なんじゃこれは」


 その日、ソラが魔法の練習を終えてリビングに戻ると、テーブルの上には仮面舞踏会に付けて行くような銀のハーフマスクが置かれていたという。


 ソラが両親に尋ねてもまだ内緒だと言う。ソラは首を傾げるばかりだった。

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