第15話


「なんで裸で寝てたんだろ」


 ソラが目覚めたのは、マジックハウスの時計が示す時刻で午前四時だった。


 大量に吸収した魔素を肉体に馴染ませるため、昼過ぎから早朝までの長い時間が必要だったのだが、記憶のない本人には知るよしもないことである。いつ眠ったのかさえ思い出せないのだ。


 美の神に教わったとおりに、パパッと目を瞑ったままで下着を身につけたソラ。なぜか勝ち誇ったような顔をしていた。


『自分の身体にくらい早く慣れなさいよ……』

『そ、そのうちね』


 今は目を逸らし続けているソラも、いつかは乗り越えなければならない壁だと理解しているようだった。

 だが、男として過ごした前世の記憶がソラに羞恥を感じさせてしまうのだ。慣れるにはそれなりの時間やきっかけが必要だろう。


 その後支度を整えたソラは、森へ出てマジックハウスをポーチへ仕舞う。まだやりたいことは半分も進んでいないのに、昨日は早々に寝てしまったのだ。ゆっくりしていられない。


 急いで昨日突撃イノシシを見つけた木陰まで戻った。その木に小太刀でバツ印を付け、ポーチから弓を取り出す。


 ここまで【霧化】で飛んで来た時のスタミナの消費具合からするに、ソラは自身の能力がだいぶ上がっていると感じていた。今なら弓も十分引くことが出来るだろう、そう考えて狙い《エイム》の練習をするのだ。


 もちろん、三日三晩で身につくような技術ではないと理解している。だが、遠距離からの高火力攻撃という前世ではできなかった武器にロマンを感じるのは仕方のないことだろう。

 触りだけでもいいのでやってみたかったのだ。


 弓使い、それはSIOでは魔法使いに分類される職業であり、魔弓士と名が付いていた。


 弓を番え、その矢に魔法を上乗せして放つ。この二つがシステム上同時にできなかったため、最高火力は【起死回生の一撃】に並ぶほどの威力があるものの、溜めが長く隙が多い。一撃の火力を追い求めるロマン派の者たちにしか選ばれなかった職業である。


 ソラはシステムの拘束から解き放たれたこの世界でなら、と魔力の扱いを覚えた時に夢想していたのだった。


 わくわくした気持ちを胸に、試しに四〜五メートルほど離れ、木に付けた印を狙ってみる。


 銃と違い狙いを定めるための照準器が付いていないため、狙いが定まっているのかすらわからなかった。一度構えを解く。


『ソラよ、儂の知恵が必要かな?』


 相変わらず両親はペンダント関係なく唐突に話しかけてくる。ソラが困った瞬間すぐに話しかけてくるのだ。少々過保護が過ぎるのではないだろうか?

 嬉しさ半分、やっかみ半分でソラは苦笑いを溢した。


「……ちょっとやってみて無理だったら頼むかも」

『うむ、待っておるぞ』

「む」


 創造神にそのつもりはなかったのだが、上手くいかずに助けを求めることが決まっているかのようなセリフに、ソラの反骨精神が刺激された。


 前世の記憶を掘り起こす……そう、目線だ。目線と矢の先を合わせることが重要だとだとアーチェリーの選手がインタビューに答えていたような気がする。


 試してみなければ。左目を瞑り、右の目線を矢と被せる。その格好は様になっていそうだ。

 矢を放ってみると、印に命中はしなかったものの、大きく狙いは外れていなかったようで木の側面を削ることができた。


 どうだぁとソラは自慢げに顔を上げる。


『おぉ、初めてだというのに惜しい!』

『そうね! うちの子才能があるわ!』


 ぱちぱちぱちと拍手の音まで聞こえてきそうだ。ソラは思っていたのと違う反応に、少し調子を持っていかれる。


「悔しがると思ったのに」

『なぜじゃ? 娘の成長は嬉しいものじゃろ?』

「あー、そっ。よかったよ」


 気持ちの伴うストレートな言葉にソラは弱い。照れて頬を淡く染めたソラは、黙々と練習を再開するのだった。



 日も登りきった頃、ストン! っと的の中心では無いものの概ね狙い通りに命中し始めた。


「よし!」


 ぐっと拳を握ったあと、ソラは大きく伸びをした。ずいぶん長い時間打っては拾って、打っては抜いてを繰り返してきた。ダメになった矢も数本ある。今のように上手く刺さってしまうともう無事には抜けないのだ。


 的には二桁に迫る矢が深々と突き刺さっている。

 だいぶ感覚も掴めてきたこともあり、ソラは休憩を取ることにした。


 木陰へと腰をおろし、目の前に広がる草原を眺める。森の異変が去ったことに魔物たちが気づき始め、本来の住処はもどったのだろうか。魔物の数が随分減ったように見える。


 気になったので、そっと【霧化】し上空へ。やはり数が減っている。溢れた魔物たちが目当ての冒険者たちも、獲物がなかなか見つからないことに困惑しているようだ。


 美味しい時期もそう長くは続かない。どれだけの間魔物が草原へ避難していたのかは知らないが、もう終わったんだ、諦めてくれとソラは心で語りかけた。



「ピルゥゥゥゥアー!」

「……?」


 散り散りに街から出て行く冒険者に見つからないよう、森の方へと向かっていた時だ。


 鷲のような鳴き声が聞こえた。

 その方向を見てみると……大きな鳥の魔物がいた。強さはそれほどではないものの、厄介な習性から初心者の鬼門となる魔物、誘拐イーグルだ。その名の通り、上空からいきなり襲いかかり、獲物を鷲掴みにして巣に連れ去る習性のある魔物だ。


 対空への攻撃手段を持っていない能力値の低いプレイヤーは、彼らの餌食となるのである。

 

 ソラも何度かプレイヤーが連れ去られ、キルされたと話を聞いたことがあったが……どうやら今も獲物を誘拐している最中のようだ。

 誘拐イーグルの大きな鉤爪の中には未だ暴れるゴブリンが握られていた。


 ゴブリンも大人しく連れ去られるつもりはないと、必死にジタバタとしている。この高さから落ちれば助からないと思うが、そこまで頭が回っていないようである。

 

 これはチャンスだ、とソラは霧となった身体で気色を浮かべた。

 ゴブリンががむしゃらに暴れているため、不安定になっているのだ。上手く攻撃を仕掛けられれば、誘拐イーグルとゴブリンを同時に仕留められる。まさに一石二鳥ではないか。


 早速ソラは決行に移す。


 誘拐イーグルよりも高空へと上がり、タイミングを窺う。ゴブリンの抵抗により、誘拐イーグルが怯んだ瞬間を見つけて【霧化】を解く。


 流れるように小太刀を二本とも抜き去り、目下の翼へと突き立てた。


「ピィィ!?」


 誘拐イーグルは翼の付け根を大きく損傷。暴れるゴブリンの所為で体制を立て直すことが出来ず、そのまま地上へ落下した。


 すぐに【霧化】を発動し、浮遊状態に戻ったソラは、落下した獲物を獲得するべく、地上へと帰還する。いくら森の真上であり、生い茂る木々に衝撃が吸収されたとしても流石に助かるような落下速度ではなかった。


 折れた木の上に、もう動かない誘拐イーグルとゴブリンが横たわっていた。


 誘拐イーグルは昼食へ。オマケとして付いてきたゴブリンは……絶対に食用になるようなモンスターでは無い。大事な骨が折れているようだが素材にに損傷は少なく、少しでも金になりそうだ。ソラはとりあえず、どちらもポーチに放り込むことにした。


 さて、森の中でマジックハウスを展開し、昼食となる大鷲をお風呂場で広げたのはいいのだが、ソラは解体する術を持たない。

 実は料理も出来ないのだが、解体が出来なくては焼くか煮るか悩むこともできないのだ。

 

 仕方ない、またこのまま食べるか。

 昨日は記憶がなくなって、さらに大量の時間を消費してしまったが、それでも魔素の吸収による能力アップは魅力的なのだ。


 昨日の醜態を覚えていないソラは、頭の中の天秤に、時間と能力アップ・食欲を乗せる。ぐぐぐっと能力アップ・食欲の方に傾いた。


 時間が必要なのは、魔弓士のスタイルを得るためであり、ダンジョン攻略にそれが不可欠かと問われると、そうではないだろう。小太刀二本の接近戦がソラのメインであり、それを強化できる能力アップの方が優先だ。


 うん、と頷いたソラは首元の羽毛を毟り、牙を突き立てた。


 


 


 

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