第14話
音を立てないようにするりと二本の小太刀を抜き去るソラ。
こちらの隠れる木にイノシシが背を向けたところで攻撃を仕掛けた。
無防備な尻を小太刀で斬りつけ、【吸血】を発動。
「ブハァ!」
何かを噴き出したような悲鳴を上げたイノシシ。何が起こったのかまだ理解していないが痛みが走った背後を確認するべく振り向く。
ソラはその動きに合わせて背後を取り続け二本の小太刀で横薙ぎに裂く。
ほぼ初期ステータスによる攻撃は一撃に重みはないものの連撃になるとイノシシにも堪えたようだ。
何かに襲われているとようやく判断し、見えない敵に向かって無闇矢鱈に牙を振る。
ソラは後ろへ下がり、死角へと入り続ける。負わせた傷は合わせて四つ。【吸血】による持続ダメージが入り続けるため、相手が混乱している時間を稼ぐことも重要なのだ。
そして暴れることに疲れたのか、【吸血】が効いたのかついに突撃イノシシは跪いた。
どちらにせよ反撃に遭う可能性は低いと判断したソラはトドメを刺しにかかる。助走を取り、二本の小太刀を脇腹へと刺突。
これが致命傷となったようで、突撃イノシシはびくんと震えた後、動かなくなった。
引き抜いた小太刀には血糊が付着している。それをじっと見つめたあと、振り払った。
ソラはちらちらと周りを確認した後、獲得した獲物を木陰へと引きずり……込めなかった。かなり重い。人の目は無さそうなので、仕方なくその場でポーチへと吸わせる。
時刻は太陽の登りからして恐らく昼頃。お腹が空いてくる時間である。【霧化】でスタミナを消費したせいか先程の血糊に食欲を刺激されてしまったソラは、早々にその場を離脱してマジックハウスを展開できる場所を探していく。
選んだ場所は森の中。昨日は調査を行う者がいたものの、今日は上から確認する限りはいないようだった。野営をした形跡も見られない。魔物の大移動の原因は掴めていないはずだが、帰還を選んだのだろう。
可能性は極僅かだと思うが、もし調査隊が残っていれば見つかるリスクはある。その時はラインハート家の者たちに身分を保証してもらおうとソラは思い切り、森に少し入ったところで木に寄り添うようにして扉を出現させた。
靴を脱ぎ、靴下も脱いで素足で広めに作られたお風呂場へ。
そこでポーチからすぽんとイノシシを取り出し横たえる。まだ暖かい。どうやらポーチの中は温度の保存までしてくれるようだ。
さてどうやってこれを解体しようかと腕を組み見つめる。そこでソラの目は美味しそうなイノシシのももに釘付けとなり、生で齧り付きたい欲求が湧いた。
ふと浴室の鏡を見てみると、瞳は赤く染まっていた。身体が獲物から直接吸血をする準備を整えてしまったのだとソラは感じた。
試しに食欲を理性で抑え込み、この後刺突で汚した身体を風呂で洗わないといけないと考えてみるといつもの青色に戻る。
意識を食欲からそらせば元に戻る。人前ではこの方法で隠せると、ソラは一人頷き、イノシシへと視線を戻す。肉食獣が獲得した獲物と同じようなものだが、やはりこの状態で美味しそうに見えてしまう。
ごくりと唾を飲んだ。
試しに生で食べてみよう。そう決めたソラはもものあたりの毛を毟り取り、ピンクの肌を露わにさせ齧り付いた。
『やだ! はしたないわよ!』
『やだね! 齧る!』
母の悲鳴が聞こえるが、誰が見ているわけでも無いと齧るのをやめないソラ。
喉を焼くように流れてくるイノシシの高い体温のままの
ソラはもう貪りつくように齧り付いているつもりだが、側からみるとがじがじ、ちゅうちゅう……と可愛らしいものであったため、美の神も何も言わなくなった。
諫める声が無くなったことで、することは変わっていないが心置き無く食事を堪能できるようになったソラ。
溢れ出す肉汁を嚥下する度、身体の奥が熱くなってくる。ソテーを食べた時とは違い、今は魔石と繋がった本体を食べているのだ。その分ソラヘ流れ込む魔素の量も多く、それが熱として感じられていた。
味は料理として生み出されたソテーの方が美味しい。だが流れ込む魔素は生の方が大きく、高揚感を感じさせてくれる。
例えるならば、ソテーがジュース。生が心地よく酔える酒だろうか。
どちらにも甲乙つけ難い。
魔素の流入による酩酊を感じ始めた頃、食事は唐突に終わりを迎えた。
「あれぇ?」
ソラが運搬を諦めるほど大きかった突撃イノシシが毛の一本も残さずに霞と消えたのだ。
『魔素を吸い尽くしたのだな。この世の生き物の実態は魔素無くして存在できないのじゃよ。本来ならじわじわと、ほんの少しずつ世界に吸収されていくものなのじゃがな』
「んへぇ〜」
なるほど〜と声を上げるソラ。その様子は随分と酔っ払ったようになっていて、目はとろんとなり、呂律が上手く回っていないようだ。
さらに、口の周りに付いた肉汁をぺろりと舌なめずりする。紅潮した頬と、口紅を塗ったような色気を持った唇。それが両親にどう見えているか、本人は自覚していないようである。
『ソラ、絶対に人前で酔っ払うことは許さんぞ』
『ええ。この世界に干渉してでも止めさせて貰うわ』
「なんで? だぁいじょうぶ、らいじょーぶ〜」
天界の二人は「偉大な神が娘を止めるために世界へ顕現」と歴史に刻まれようと止めてみせる、お互いに頷きあい、そう決めた。
『ソラは酔うとこんなになっちゃうのね……。ほら、服は全部脱いで。今日は特別に私の力で綺麗にしてあげるから』
「ん、はーい」
『あら素直』
きっと男に誘われても素直に着いていってしまうだろうと両親は顔を見合わせた。
『では、儂は離れておくからな。あとは頼んだぞ母さん』
『ええ』
ソラはやや覚束ない手付きで衣服のリボンを抜き、どんどん脱ぎ去っていく。そこに戸惑いは見られなかった。
「ねー、ブラが外れない」
『あら、留め具ね。また正気になったら練習しましょうね。苦しいと思うけど、上から脱げるかしら?』
「んん、んぁ!」
そして無事裸になることができたソラ。艶やかなその身体を、幻想的な光が包み込んでいく。
「これきもちーかも」
『今回は特別なんだからね。ほら、これで綺麗になった。寝室にお父さんがふかふかのお布団を用意してくれたみたいだから、もう寝て休みなさい? たくさん飛んで疲れたでしょうし、そんなにふらふらじゃあ外には出せないわ』
「んー、わかったー」
ソラはぺたぺたと音を立ててフローリングを歩き、寝室へと向かっていった。
「ふとん、きもちぃーー!」
『それは良かったわね。お父さんに喜んでたって伝えておくわ。着替えは横に置いておくから、起きたら着替えるのよ?』
「はーい。おかーさんありがとー」
『あら、うふふ、甘えちゃって可愛い子。じゃあ、ちゃんと寝るのよ? おやすみなさい』
「……行っちゃうの?」
ソラは寂しさをうるうると滲ませた瞳で天井を見つめる。隠していた誰かに甘えたいという心理が魔素に酔ったことで現れたのだろうか。普段のツンツンした態度とは大違いである。
美の神はその姿に心を掴まれ、盛大に甘やかし……掛けたが、すんでのところで踏みとどまる。
『起きた時に落ち込む子が現れちゃうからダメ!』
それはソラではなく、自分に言い聞かせたような声だった。そして、これを最後に、両親の声はしなくなった。
「いつもは甘やかすくせに!」
しばらくぷりぷりと文句を言っていたものの、酔いと疲れが睡魔となったようで、そのうち穏やかな寝息がマジックハウスにし始めるのだった。
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