第11話


「ソラ殿、話があるのだが少し良いだろうか?」


 ジャガーがそう切り出したのは、ちょうど朝食を食べ終えたところだった。


「ん? 大丈夫だけどなに?」


 朝の支度を詰め込むために、美の神に早めに起こされたソラは少し眠たそうな声で答えた。

 眠たげでありながらも髪は整えられ、白を基調としたドレスにはしっかりと黒のリボンが結ばれている。


「うむ、着いてきてほしい」


 ここでする訳にはいかない話かとソラは訝しむが、大丈夫と言ってしまった手前断るわけにもいかないのでそのまま着いて行く。


 レオナも話に加わるようで、二人に先導される形となる。ジャガーは創造神はどんな父親か、母親は誰かなどとたわいない質問を飛ばしてきたが、レオナは何やら重苦しい空気を纏っており、この間に口を開くことはなかった。


 案内された場所は、執務室らしき部屋だった。


 レオナが扉を閉め切った後、ようやくジャガーは本題だと口を開く。

 この家の者にも聞かせたくないような話はどんなことなのかと、ソラは表情を硬くして耳を傾ける。


「全てご存知だとは思うが、この国は今、裏で勢力争いの真っ只中である。レオナが密かに婚約を結んでいる第二王子――アダン殿下と、第一王子カデラン様の次期国王の座を巡ってのな」


 ソラは黙って頷く。この世界の住人ならば驚くべき所なのだろうが、この世界に来たばかりのソラには知らないことが多すぎて逆に驚けなかった。


 そのことを知らないジャガーは、ソラが情報を咀嚼している内にも続ける。


「だが、第一王子は最近きな臭いことを始めている隣の帝国と通じているとがあるのだよ」


 まだ情報を整理していない内に次々と話されては困ってしまう。ソラはぱっと思い付いた質問で時間を稼ぐ。


「噂? 確信があるような言い方だけど?」

「うむ。ガデラン殿下は多感な学生時代を、交換留学という形で帝国で過ごされた。婚約者もそちらで見つけたようだ。ここまでならまだ友好で済まされるかもしれないが、書類に残さず、秘密裏に帝国の者と密会していることがわかったのだよ」

「なるほど」


 なるほど、打てば響くように頭に入れておかないといけなさそうな情報が増えるのはよくわかった。

 ソラは次に考える振りをして情報を頭に纏めていく。


『ソラ、この者たちはどうやらソラが全て既知のことという前提で話しておる。儂が簡単にこの件について説明しようか?』


 ソラが困っていることを感知したのだろうか。それともずっと見ているのだろうか、創造神の言葉が頭に響く。


『……お願い』


 いつの間にかソラの能力について検証を済ませていた件もあり、あとでプライバシーについて話し合う必要があるなと思いつつ、ここは素直に頼んでおいた。


『うむ。この国、レトラリオン共和国の西にある帝国アトラスは、現在トップが魔族になっておる。その魔族の娘が【魅了】のスキルによってこの国の第一王子を虜にし、彼を通じてこの国を傀儡にするつもりなんじゃ』

「……ふーん」


 突然ぶち込まれた魔族の侵略イベントに、ソラは思わず声を漏らしてしまう。

 その声は、出した本人ですらも驚くほどに冷たい響きだった。


 話を続けるつもりだったジャガーも、これには堪らず凍りついてしまう。


『もしかして、これを解決させるために私をここに転生させた? 私を利用しようとしてる? ……?』


 今世で構築され始めたの下から、前世の怨嗟がじわりと這い上がって、言動に現れ始める。

 彼女は、気付いていない。青い瞳の奥に、比喩でなく赤い炎が浮き上がり始めていることに。


 ジャガーとレオナは、全身の皮膚が総毛立ち、冷や汗が流れ出るのを感じていた。


『お、落ち着いてくれソラ。断じてそれはないと誓う。確かにこの件を解決させるためにここを選んだ。じゃが、利用するというつもりは毛頭ない!」

『じゃあどう言うつもりだ』

『泣いた赤鬼をオマージュして……その……ソラを人気者にしようと……』

「……」

『儂はお節介じゃろうかとは思ったんじゃ、けどな、美の神がな、地球で泣いた赤鬼の絵本を読んだときに号泣してな、この作戦を猛プッシュしてきたんじゃよぉ……』

『ちょっ、お父さん私を巻き込まないでよ!』

『ほんとのことじゃろうに……』


 創造神の声はもう、今にも泣きそうである。


『ソラに嫌われるのはいやじゃぁぁ』


 いや、泣いた。


『え、えっと……お父さんの言うことは本当です。ごめんなさい、ソラ』


『「はぁ、わかったよ、その話受けるよ」』


『そ、ソラ!』

「本当かソラ殿!?」


 もう仕方ない。父さんが情けなく泣く姿は見たくない、とソラは大きくため息を吐き、表情を緩めた。瞳も綺麗な空色へと戻っている。


『ソラぁ、愛しておるぞぉ』

『気持ち悪いよ……』

『あら、勿論私も愛してるわよ!』

『はいはい』


「ふぅ〜……ぅ?」


 正気に戻って見てみれば、何故かレオナとジャガーは膝立ちになり、酷く汗を掻いているではないか。

 知らず知らずのうちに威圧してしまったのだろうか。


 だがジャガーはすぐに元気を取り戻した様子で立ち上がる。


「よかった! これでダンジョン攻略も目処が立つだろう!!」

「ん?」

「どうされたソラ殿」

「ん、いやなんでもない」


『ちょっと話が違うんだけど』

『所謂裏ボスの存在を彼らは知らぬからな』

『……』


 週末観る予定の映画のネタバレを食らった女子の顔をソラはした。

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