第12話


 改めて説明を受けた彼らラインハート家の目的は、ダンジョン攻略という数多の魔石をもたらすことになる栄誉を手にし、第二王子の勝利を確実にするというものだった。

 ソラの助太刀により、その栄誉は手にしたも同然と、ジャガーは皮算用を始めている。


「ソラが快諾してくれたのは僥倖でした。ですが父上、攻略が完了したも同然のように話されるのはまだ早いかと」


 戦う前から勝者の顔をしているジャガーをレオナは諌める。


「ソラの実力がどの位のものなのか、まだわかっていませんから。攻略が可能かどうか、まだわからないでしょう」

「それなら簡単だ。ソラ殿、私と庭先でお手合わせ願えないだろうか? まぁ創造神様の認める神徒だ、問題ないとは思うがな」

「いいけど」


 気に食わないことに、ソラが実力を見せていないのにも関わらず、ソラの実力を確信している様子のジャガー。創造神という後ろ盾がジャガーを呑気にさせているのは間違いない。ここは少し脅かしてやろうとソラは快諾する。


 この世界にきて初の戦闘ということもあり、ソラの口元は自然と弧を描いていた。



 というわけで庭先に移動したソラたち。二人は、ジャガーにとっての一足一刀の間合いで向き合っている。

 ソラの身長よりも一回りは大きい大槌を挟んでの間合いは、ソラにとっては不利なように見えた。


 審判はライアンである。屋敷でぞろぞろと武器を持って移動するのが見えたのか、ライアンやレイラ、タオルを持ったハンセンまで見学に来ていたところをジャガーが捕まえたのだ。


「あなた〜無茶してはダメよ〜」

「うむ! 戦場の豪雷と呼ばれたこの腕、まだ衰えてないぞ?」

「あら……」


 ジャガーが携える武器は、厳しい形をした大槌である。ジャガー曰く、戦場に於いて狙われやすい貴族にとって、剣は主流の武器なのだが刃こぼれなどにより性能がすぐに落ちるため、命を預けるには心許ないらしい。主武器メインウェポンにするのはこの大槌のように耐久性があり、もし折れても槍として代用できる物こそ命を預けるに値する相棒……らしい。


 そうやって派手にずどんずどんやっている内に「豪雷」の二つ名が付き、武勲を認められたのだから、理には叶っているのだろう。


 その相棒を軽々と回し、やる気を滾らせているジャガーに、レイラはソラを見つめ苦笑いだ。レイラが言いたかったのは、ソラに対して無茶するなということである。


「大丈夫だよ」


 ソラはレイラの視線に答える。


 ジャガーと対するソラの武器は斬属性、刺突属性共に優れた小太刀二本。ソラの使い慣れた武器だが、対人戦において大きく不利有利に影響するリーチは、今回圧倒的にソラの方が短い。


 自信があるのか、ソラは平気そうな様子だが、やはり周りには華奢な少女への心配が色濃く見られる。


「ソラ、本当に大丈夫か? 父上は本気でやるつもりだぞ? その……潰されそうに見えてしまうのだが……」


 ソラのその細さからはとても膂力があるようには感じられず、たとえ小太刀でガードしようとも、その上から叩き潰されそうである。

 レオナは可憐な少女が潰されてしまう様子を想像してしまい、先程から顔を青くしていた。


「大丈夫だって、絶対潰されないから」


 あまりに心配されるものだから、思わず笑ってしまった。前世でもこんなに心配されたことはかつてあっただろうか?


 事前に創造神が小太刀に創造の力で破壊不可の力を与えられていることは聞いている。例えどんなに大きな槌に打たれようとゲームのように壊れないのならば、ソラには悪戯を仕掛けようとする余裕さえあった。


「開始の合図は僕が声に出すよ。……本当に大丈夫なのか? まさか正面から受け止めたりしないよね?」


 ライアンにも心配される始末である。相手となるジャガー本人にはその様子は見られないため、試合には影響ないだろう。となれば、その心配は無用だと結果で示すのが一番早い。

 ソラは苦笑いをして、早くと合図を促した。


「そこまで言うなら……わかった。

 では両者構え!」


 構えの号令とともに、二人の空気がガラリと変わる。


 ジャガーは相当な重量があるはずの大槌を大上段に構える。

 ソラは、刃先が地面に付かないよう僅かに上向かせるだけで、両手をだらりと下げている。


 ソラの構えを見たこの場の者は息を呑み、それが構えなのだと瞬時に理解する。


 一見構えているようには見えないが、まるで刃物を全方位に向けているかのような威圧感が、それが構えなのだと周囲に納得させていた。


「――始め!」


 開始の合図と共に、ソラは一歩、二歩……と間合いを詰める。そして、大槌の間合いに入る一歩手前で歩みを止めた。

 そのまま、ジャガーを正面に見据え攻撃の素振りは見せない。


 ジャガーの頬からは汗が伝った。目の前には小柄な少女がいる。だが、その短い太刀は届かない。見てくれは本当に居るだけも同然である。彼女がもう一歩踏み込めば槌の間合いに入る。そのタイミングで振り下ろせばいいだけ。


 ――彼の頭の中からは、自分から一歩踏み出すという選択肢が消えていた。


 踏み出したその瞬間、ソラが大きく間合いを詰めれば、槌の間合いの内側に入る。そうなれば後手に回らざるを得ない。いや、彼女の放つオーラに押され、動けなかったのだ。この時点で後手に回らされている。


 ――私が踏み込むのを待っているのか? はたまた上段に構えたこの腕が限界を迎えるのを待っているのか? だとすれば笑止。それが通じるならば私は今ここに生きてはいない。


 ――ジャガーは幾通りも次の一手を用意していた。


 そしてついに、我慢の限界を迎えたのか、ソラがもう一歩踏み出す。


 ジャガーはで槌を振り下ろす。

 ソラは小太刀を平行に掲げて受け止める構えを取る。力技で敵うわけがないと、横から見ていた者たちが足を出す。


 しかし、ソラに受け止める気などさらさらない。

 インパクトの瞬間踏み込み、威力の中心より内側へ。接触はソラの後頭部上。

 ソラは平行に構えた小太刀の反りを利用し、槌をレールのように滑らせ、背後へ送る。


 キィィと金属の滑る音が響く。


 押し出される蒟蒻の如く、ソラの身体は自然とジャガーの元へと力を受ける。それを踏み込みに転じて利用。


 次の瞬間、ジャガーは胸にチクリと痛みを感じた。視線を下ろすと、そこには小太刀が皮膚の薄皮一枚を穿ったところでピタリと止まっていた。


 これがソラの持つ、圧倒的力差の相手への技術――その一つである。


 ジャガーの目には、何が起こったのか全く分からなかった。


 審判であるライアンでさえも、役目を忘れてその光景を啞然と口を開けていた。


 ただ、「びっくりした?」と悪戯が成功した少女の悪い笑みと、一瞬死を感じさせられ暴れる心臓が彼の負けを物語っていた。


「す、少し悪戯が過ぎるのではないだろうか」

「ちょっと機嫌が悪かったのかもね」

「これは、怒らせると怖い人物堂々一位更新だ」


 この場にはもう、ソラへか弱いイメージを抱く者は居なくなった。彼女へ向けられるのは、強者への羨望と変わる。


「ははは、素晴らしい! 我々には勝利の女神が付いたようだ!」


 ジャガーの皮算用は、もう止まらない。






__________


ストックが底付いた!

明日は1日更新空くかなぁ

20210804


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