第8話


 赤い瞳を指摘されたソラは顔を青くしながらも、必死で言い訳を考える。だが突然のイレギュラー故に、この場を切り抜けられそうな案は出てこない。赤目は魔の側の象徴なのだ、ジャガーの鋭い目がそれを捉えた以上、言い逃れは難しい。


 もう【霧化】してこの場から逃げさろうか……ソラがそう考えスキルを発動しようとした瞬間である。



『――ソラは我の娘だ。人間たち、友好の目を向けるならまだしも、その様に睨みつける事は断じて許されないぞ』


 創造神の声がに響く。


「何者だ!? 姿を表せ!」


 椅子を蹴飛ばすようにジャガーとレオナが席を立ち、壁掛けの剣を手に取った。ハンセンはレイラを護るようにして立ちはだかっている。


 一触即発の空気。

 武器を構えるラインハート。ソラはいつでも【霧化】出来る状態にある。


『ソラ、あのペンダントをジャガーに渡しなさい』

「わかった。助かるよ」


 普段とは違う尊大な父の声に、ソラは頷く。

 戦意を持たれないよう、出来るだけ見えるようにしてゆっくりとポーチからペンダントを取り出した。


 それをジャガーに向けて掲げた後、山なりに投げて渡す。


『開いて中を見るがいい』


 ジャガーはレオナに先頭を任せるように一歩引き、ロケットペンダントの中を見た。


「こ、これは!! まさか!?」


 握った武器を落とさないまでも、もう既に戦意を失った様子でジャガーは声を上げた。

 そして――その写真のままの姿で、創造神が顕現する。ホログラムの様な実態の感じられない姿ではあるものの、魔を焼き尽くさんという聖なる光を放っており、その威厳は十分だ。


 ジャガーを皮切りに、ラインハートは武器を捨て跪く。


『僥倖――どうやら敬虔な信徒たちだったようだな』


 聖属性は神と縁が深い。聖水が神の認可を受け聖属性を得るように、肖像もまた、神に認められることにより聖属性を得る。

 いま顕現している創造神から溢れ出る聖のオーラは、ソラを除くこの場の者を畏怖させる程のものであり、偽りなく本人であることを示す証拠たり得たのだ。


「創造神様、神徒ソラ様、大変なご無礼を致し申し訳ありませぬ!! どうか、この首一つで御尊大な処置を!!」


 ジャガーは悲痛の声で懇願し、首を垂れる。当主の首を捧げるこの謝罪は、貴族の間でも稀にしか行われない、最大級の謝意表明であった。


『我は貴族ではないのだ、要らぬ。我らの創造せし限りある生命を無駄にするでない。……ただ、これは我の願いである。どうか、我が娘ソラと仲良くしてやって欲しい』

「承知しました、謹んでお受け致します!」

『うむ。では……我は神界へと帰る故、食事を再開するが良い』


 そう締め括ると、創造神の姿はまるで何事もなかったかのように消えていった。

 もう冷めてしまったはずの食卓から湯気が立ち上り、時間まで巻き戻ったかのようでもある。


 まさに神の威光を見たラインハート家は、呆然として固まり、動けずにいた。


『赤眼が発露したことには驚いたが、どうじゃ? 儂かっこよかったろ!?』


 脳内で声が聞こえるソラにとってはただのカッコつけ親父になのだが。



「お騒がせしてすみません。皆さん心中穏やかではないと思いますが、食事を再開しましょう? せっかく父が温めてくれた食事がまた冷めてしまいます」


 姿を現し、ソラのピンチを救ってくれた創造神にお礼を言い終わっても、まだラインハートの面々に動ける者は居なかった。

 まさか予測できなかった事態とは言え、自身の油断が招いた事であるのは間違いないため、申し訳なさを感じつつ、座ったままのソラは食事の再開を促す。


「あ、ああ申し訳ありません。皆、席へ着こう」


 これによってようやく食事が再開となり、皆がカトラリーを手にソテーを口へ運び始める。

 だが、恐縮した様子で、言葉を発せる者が居なかった。


「あの……」


 ようやく口火を切ったのはソラである。


「あんなことが起こった後なんですけど、皆さん最初と同じように、普通に接してくれて構いません。むしろそっちの方がお互い気が楽になると思うので」


 こんなに美味しい料理があるのにもかかわらず、皆がガチガチに緊張した様子で、料理の味もわかっていないように見えたのだ。

 ソラも居た堪れなさを感じ、食事を楽しめていない。


 それに、ソラの嫌いな言葉に虎の威を借る狐というものがある。自分の後ろ盾である父の力で跪かれるのは嫌なのだ。

 跪かせるなら自分の力で。それが前世で世界を取ったソラの矜持である。


「わかりました。ですが、ソラ殿がそのように遜ったままでは、私たちも口調を崩すわけには行きません」


 ラインハート家を代表してジャガーがそう答えた。彼らは神託としてソラと仲良くするように言われたと思っているものの、相手は神が娘と称する人物であるため、どう接していけばいいのかわからなかったのだ。

 そこへソラの言で、歩み寄る術を見出したジャガーの提案であった。


「うん、わかった」


 ソラはにこりと微笑み、ほんの少しだけ女を意識した口調で話し始めた。

 急に男の喋り方で話し出すとギャップが激しく、驚かれるかもしれないと考えてのことだ。

 それに、今世では女なのである。これを機に、受け入れられるところは受け入れて行くつもりだ。


『あら可愛い』

『……うるさいよ』


 やはりまだ恥ずかしい気持ちはあるものの、美味しい食事を再開できたことで手応えを感じるソラ。


 多少のぎこちなさはあるものの、それも次第になくなるだろうと思われた。


 食卓に笑顔が戻ってゆく。


 果物で作られたデザートを食べる頃にはラインハート家が普段の様子に戻ったように感じられ、ソラは安心を覚えた。

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