第2話


 異世界に、新たな生命として生まれ変わった最初の感想は――


「いや違うだろう!!」


 荒れ果てた廃墟に、可愛らしい少女の声が響く。


 彼――いや、彼女は、転生により普通の家庭に生まれなおし、今度こそ愛のある幸せな生活を築き直すという願望を打ち砕かれ、キレていた。


「あのクソジジイ」


 思わず悪態を吐くが、前世と違う可愛らしい声では、ダメージが自分にくる。


 転生自体は無事に行われている。

 彼女は、その辺にあった割れた鏡の破片で自分の姿を確認していた。


 日本人だった前世の姿とは似ても似つかない容姿。

 SIOより装備していた二本の小太刀はそのままだが……腰の辺りまで辿り着こうというほどの長い銀髪、空の様に澄んだ青い瞳、あのクソジジイに着せられたのであろう服の下から僅かに主張する胸、そして――口を動かす度にチラチラと覗く、


 性別は反転し、あろうことか人間ではなく、吸血鬼として転生させられていたのだ。


 とはいえ、もともと性別はどちらでもいいと思っていたことだ、女に転生しているのはまぁ許そう。

 だが、転生する瞬間、あのジジイは転生の目的を理解したようなことを言っていた。

 なのに、コレ。


 主に人間の敵として描かれる、吸血鬼としての転生。


 ジジイが最後に見せたあの優しげな顔はなんだったのか。悪戯に悪戯を重ね、それを悪戯で隠そうとしたようなこの仕打ち。悪意を制御するためのネジが飛んでるとしか思えない。


 転生するとき、悪意は感じられなかったのだが……その分、裏切られたような気持ちになった。


「はぁ……」


 思わずため息が溢れる。とりあえず、ここを離れよう。ただでさえ気分は最悪なのに、陰気くさい廃墟にいたら腐ってしまいそうだ。



 廃墟の外は、森に囲まれていた。

 木漏れ日が心地よく、空気も美味い。お陰で、僅かに気分が上向く。

 廃墟に差し込む斜光でわかっていたことだが、地球の伝承に伝わる吸血鬼のように、日光に弱くなくて良かったと、森の中を歩きながら感じた。


 そうでなければ、この世に産まれ落ちた瞬間、焼け死んでいただろう。


 地球の伝承と違うのは、日光に対する耐性だけではない。鏡に映るのもそうだ。

 これは色々と検証しなければならない、そう考え、足を止める。


「っと……」


 今持つ情報は、転生前のクソジジイの言動と、廃墟の様子のみ。

 だが、この世界が地球のように、あのジジイは実力が必要であると匂わせる発言をしていた。それに、先ほどまでいた廃墟が廃墟たる原因となったのは、何者かによる破壊であったと推測される。天井や、窓があったはずの箇所に、何かを撃ち込まれたような跡が見られたのだ。


 今の装備は、腰に前世のSIOと同じく斬属性、刺突属性共に優れた小太刀二本。女性らしさ溢れるドレスのような衣服は、動きやすいものの防御力があるとは思えない。


 ゲームと違い、マップのアシストが無い分、警戒を解くわけにはいかない状態だ。


「あっ」


 控えめにフリルがあしらわれたスカートの部分のポケットを弄ると、中から、ロケットペンダントが出てきた。

 開いてみると、あのジジイともう一人、謎の女性が仲睦まじそうに寄り添っている写真があった。


 なんだこれはと憤慨しそうになった瞬間、頭上から声が降り注がれた。


『我が娘よ、誕生おめでとう』


 あのジジイの声だ。

 空を見上げるが、視界には変化がないように見える。


「これはなんのつもりだ!!」

『まぁ落ち着くがよい。これから色々説明しよう。まず、この世界は間違いなく地球とは異なる世界じゃ。儂らの管轄下にある、あのゲームの元となった世界……そこにお主を転生させたのだよ」

「これは転生と言うのか? 転生は産まれ直すことだろう?」


 親があり、赤ん坊としてゼロからこの世界に誕生する、その転生を、彼女は思い浮かべていた。

 彼女に聞いていないと言わせるつもりはない。理解したような顔をして、何も聞かずに送り出したのは神の方なのだ。


『うむ、確かにお主は産まれ直しておる。お主が誕生したあの廃墟は、200年程前に討たれた一族の最後の砦だったものだ。彼らの命潰えるその際に発せられた負のエネルギーが、200年という時を経て、吸血鬼お主を誕生させるに値する魔素となったのだよ』

「つまりお前は俺を、わざわざ吸血鬼として転生させたかったわけか?」


 まだ苛立ちが治らないという様子で、空を睨みつける。


『それも、ある。だが、今回の転生は全て、お主のために用意したものじゃ。吸血鬼という種族、場所は儂が用意した。そしてその姿は――』

『私が用意したのよ!』


 突然、声の種類が増えた。女性の声であり、ずいぶんテンションが高いと伺える声色である。


『美の神であるこの私が、最高傑作と胸を張って言えるわね! もちろん、貴女が今着てるその服も、私の作品よ!』

『というわけじゃ。つまり――』

「……つまり?」


 二人の、いまの彼女はいる。

 つまりに続くのは……大体の想像はもう付いてしまった。そこにいるのか分からないが、空に向けてジト目を向けてしまう。


『儂たちがお主の両親じゃ、我が娘よ』

『美の神と創造神の間に産まれた、最初の娘よ!』


「……はぁ」


 想像通りだったことに脱力し、その場に座り込んでしまう。


『……その様に捉えないでおくれ。いかに神といえど、世界に落とした魂の行方を操作することはできんのだ』

『そうね。酷い場所に産まれてしまう可能性だってあるわ』


 二人の神の声色がガラリと変わった。それに、聞こえ方も。先ほどまでは頭上から聞こえていたが、今は目線を合わせているような高さから声が聞こえる。

 まるで、子どもを慰めているかのようだ。


『美の神が言う通り、人間としての誕生では、上手く幸せな家庭に送り込めない可能性もあった。儂らはその可能性をどうにか消したかったのだ。転生させるためにお主の前世の身体を読み込んだ時、その記憶も同じく読み込むことができたよ。辛いものだったな……。あの様な経験はもう、させたくはない……儂らはそう、心の底から思った』

『それに、貴女が転生したこの世界を楽しむためには、力が必要よ。不運な誕生を避け、同時に産まれた時から使える力を持つ……そのための吸血鬼なの。前世で使い勝手はわかっているでしょう?』

「それは、まぁ、確かに……」

『儂らが危惧した問題を全て解決できると結論付けられた転生が、これなのじゃよ。わかってくれたか?』


 わからないことはなかった。もし二人の神がいうように、劣悪な環境で産まれた場合には、神に復讐するためだけに生きる悪魔になっていたかもしれない。

 だが、吸血鬼は人間の敵側ではないのか。この世界を元にして作ったと言うSIOでも、そういう設定だったはずだ。


「俺が吸血鬼になった理由はわかった。だけど……吸血鬼は人間の敵だ」

『うむ。SIOでの設定は、この世界と繋がることも多い。しかし、問題は潰している』

『吸血鬼の目は血の様な紅色よ。だけれど、貴女の目は青い色をしているわ。牙も、笑った時に覗くチャームポイントになるよう、長さを調整したわ!』

『そうじゃ、加えて、この世界で聖なる存在の頂点にいるのは儂ら神。娘が親の属性が苦手など、耐えられんから、お主には聖属性は一切効かないようにした! 聖水をぶっ掛けられようが、なんともならんぞ!』


 SIOでは聖水を掛けられると、火傷のように皮膚が赤くなり、継続ダメージを受ける。人間の敵側として分類されるキャラに総じてある、デメリットとして設定されていた。

 しかし、今の彼女にその弱点はない。


『言語についても問題ないはずじゃ。元の世界での言語能力を、そのままこの世界での言語能力に置き換えておいた』

「……確かに、言われるまで気づかなかったが、前世とは違う言葉で喋ったり考えている気がするな」

『代わりにニホンゴは使えなくなるが、問題無いじゃろう』


 これで、見た目、言語能力、種族特性としての聖属性弱点――その全てが、両親によってクリアされていることになる。


「人族の中に溶け込めるってことか……過保護なんだな」

『そりゃそうよ。私たちの娘なんですもの』

『うむ』


 今世の親は、なんでもありなようだ。


「ははは……」


 なんとも言えない気分で、彼女は苦笑いを零した。


『納得してくれたようじゃな。

 では、改めて……誕生おめでとう、ソラ』

『ソラ?』

『そうよ、それが今世の貴女の名前よ。空は、世界の全てを見てるの。貴女も同じように色んなところを旅して、色んなものを見なさい。前世では色々あったと思うけど、ここはそことは違う、異世界よ。いつかきっと、貴女の幸せが見つかるはずよ、ソラ』

『父と母は、いつもソラを見守っている。困ったことや、辛いことがあったら、そのペンダントを握るのだ。いつでも、話を聞こう』

「……ありがとう」


 それでは――




『『いってらっしゃい』』




 こうして、ソラの旅が始まった。





「ところで、なんで女に転生した?」

『あら、女の娘の方が可愛らしいじゃない。ソラはどっちの性別に転生してもいいつもりだったんでしょ?』

「ぐぅ……」

 

 確かにそう考えていただけに、反論はできなかった。





 

 

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