第1話


 闘技場奥の通路を抜けると、豪奢な広間に辿り着いた。そこに、悪趣味な格好をした男が尊大な態度でどっかりと座っている。

 僅かに光を湛えるその姿は、まさに神話のゼウスを彷彿とさせるものだった。このゲームのシステムだけに、悪趣味としか言いようがない。


 しかし、彼はその姿に笑みを浮かべる。彼の推測が、より信憑性の高いものへと変わったのだ。


「よくこの試合を勝ち抜いた。戦法の割に泥臭さを感じさせない巧みな技術、素晴らしいものであったぞ。さぁ、汝の望みを聞かせてみろ」


 今大会の優勝賞品として運営が発表したものは「プレイヤーが望むことを叶える。例えば、賞金1億円など」というものだった。


 例えばに続く例示があるものの、様々なものが期待できるその報酬に、数多くのプレイヤー達は沸いた。無課金、微課金のプレイヤー達の中には、腕に自信があり、この大会に向けて課金額を増大させた者もいる。


 通常、このような明らかに課金を推奨する強化システムを採用するゲームは倦厭されがちだが、それを踏まえてもなお人を呼ぶ魅力がこのゲームにはあった。


 五感を感じられるのである。


 視覚や聴覚なら、このゲーム以外にも実装している企業は存在する。しかし、物質の触り心地を感じる触覚、食べ物の味を感じる味覚、匂いを感じる嗅覚を実装するためには、脳へのアクセスが不可欠であり、これまでの技術では少なくともあと50年は先になるだろうと考えられていた。


 まず、味覚の存在が一番に注目された。仮想現実であるため、実際に満腹を得たり、栄養を摂取したりすることはできないが、それでも太ることなく美味しいものを食べられるというのは男女共に魅力を感じるだろう。

 そこには課金性を用いず、ゲーム内で入手可能な通貨での飲食を可能にしたことが、このゲームの人口の多さを決定付けたと言っても過言ではない。


 自身を課金によって強化することでPVPやエネミーとの戦闘で有利に立つことができ、ゲーム内通貨を入手しやすいものの、基本的には無課金でもプレイすることが可能なのである。


 謎の企業から突如発表された新技術故、発表された当時は安全性に問題はないのかを中心に様々な検証、議論がなされたものの、そういった大きな魅力もあり、現在では一周年を迎え、こうして賞品を掛けた世界大会を開くまでに至った。


 そして彼も、その賞品が目当てで大会に参加した一人である。


「俺が望むものは……」


「なんだ? 言うてみよ」


「異世界に、転生させて欲しい」

「ハッハッハ! 何を言い出すかと思えば! 異世界など存在するわけが無かろう? 少し待ってやるからもう一度考え直せ!」


 彼が願いを言った瞬間、神を模した男は声を上げて笑い始めた。


「俺の考えは変わらない」


 それでも彼は一歩も引くことなく、ニヤリと笑って男を見つめ続ける。その瞳には確信が宿っていた。


「……なぜそのような願いを持って来たか、聞いても良いか?」


すると男は笑い声をピタリと止め、真剣な表情で彼と目を合わせた。


「まずは、これらの技術力」


 そう言って彼は自身の装備を指でなぞる。


「この手触り、そして手触りを感じる触覚。すーっ……この砂の匂いを感じる嗅覚。味覚も。ハッキリ言って異常。このゲームのプレイ中、魂だけを抜き取って、他の世界の、俺たちがキャラメイキングで作り出した肉体に入れられてると言われても信じるレベルだ」


「それだけか? それだけだとただの妄想として適当な賞品を与えて追い返すが?」


 男はそう言いながらも、それだけではないのだろう? と目が訴えていた。


「もちろんまだ要素はある。これだけの技術があるなら、ゲームだけではなく、医療技術や科学技術にも応用できる。しかし、このゲームの企業はそれをしない。何度か声を掛けられたが、全て断っているそうだな。SNSで度々話題になっているぞ」

「……うむ」


 男は重々しく相槌を打ち、続きを促す。


「ハッキリ言って、人間のすることじゃない」


 極め付けに、このゲームの課金システムと、現代技術に貢献しない尊大な態度から運営は「邪神」と渾名されているのにも関わらず、それを認めるような男の格好。


「それだけ言われて、その格好だ。何か意味があるんだろう?」


 このことが知れれば、魅力的な技術があるとはいえ、社会への非貢献的な態度と相まってゲームの配信に少なくない打撃を与えることになるだろう。大炎上だ。


「これがただの悪ふざけだとしたら?」

「それでこのゲームがどうなるか、わからないわけがないだろう?」


 この人類を上回ったとも言える技術力を見せつけておいて、そんなことになるとは思わなかった、悪ふざけだったなどが通じるわけがないのだ。それを避ける頭がないはずがない。


「……それに、俺が最初転生させてくれと言った時、その返答が余りにも自然すぎた。まるで答えを用意していたかのように。答えを用意する、ということはその願いがお前にとって予測できたものということ。つまり、お前の中には『転生』と言うものが存在しているということになる。重ねて言うが、普通の人間ではないな?」

「……ふむ。確固たる証拠はないが、それだけ集め、己の中で確信たらしめたか。気に入った! 実力も申し分ない。少し時期が早まるが、其方にしよう。よし、転生を認めよう!」


 神を模した男……いや、神は立ち上がり、白い衣装をはためかせた。


「それにしても……人間ではない、か。やはり上手く溶け込めたように見えて、異物は浮くものよの」

「隠すつもりもなかった癖に」


 それどころか、こうしてわざわざ一目で神と連想付くような格好をしていたり、ヒントを振りまいているようにすら思える。


「ハッハッハ!」


 そう言うと、神は心底面白そうに笑い始めた。


「素晴らしい! さぁ! 其方の望みを叶えようぞ! 新たな世界で新たな生を満喫するがいい!!」


 彼の足元に見たこともない幾何学的な模様が浮かび上がる。その模様が、彼の身体をスキャンしていく。

 次いで、ふわりと宙に浮くような感覚が、彼を襲った。


「なるほど……今度は、いい家族を持てるといいな」


 彼が最後に見たのは、優しく微笑む神の姿だった。


 ――視界が、光に呑まれていく。

 

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